アカギ IN LEMU 
−深海に降り立った天才ー

                              鳴きの虎

第4章 復活

2033年 5月1日
田中研究室 AM8:00

「優、おはよう。」

まだ眠気の抜け切らない顔で、一人の青年が研究室を訪れる。
青年の名は、桑古木涼権。
かつて2017年に海洋テーマパーク、LeMUで発生した事故に巻き込まれ
記憶喪失となった、あの「少年」である。
事故発生から数日後、巻き込まれたメンバーの内、田中優美清春香奈、少年、小町つぐみは
何とか脱出に成功した。
しかし、倉成武、八神ココの二人は、結果的に崩壊したLeMUの中に取り残される結果となった。
ここまでは、どの世界においても共通する厳然たる事実である。
だが、実は、この世界においては巻き込まれたメンバーに、
ただ一人有り得ないはずの人物が存在していたのである・・・。
男の名は、赤木しげる。
白髪の、謎めいた雰囲気をもつこの男は、倉成武達と運命を共にしながらも、必要以上に
彼等に干渉することは無かった。
彼のもつ得体の知れない何かに時折翻弄されながらも、彼等は迎えるべき運命を迎え入れたのである。
そして、彼はLeMU圧壊の一日前に、倉成達の前から姿を消した。
彼が、どのようにして脱出したかを知る者はいない。
彼が何者だったのか・・・、誰もそれを知らないまま、2017年の事故は終幕を迎えたのであった・・・。
しかし、ここでLeMUを舞台にした大事件が全て終わったわけではない。
2017年の事故は、単なる序章に過ぎなかったのだ。
そのことを知らせる存在が、事故の直後田中優美清春香奈の前に出現した。
それこそが、BW(ブリックヴィンケル)であり、この事件を終結に導くための
鍵を握る存在である。
彼は、2034年にもう一度彼等の前に姿を表すことを約束し、倉成武、八神ココを救うために
もう一度LeMUにおける事故を再現し、BW自身を騙すことを優に提案した。
そして年月は過ぎ、脱出に成功した田中優美清春香奈と桑古木涼権は事故を再現するための準備を進めていたのである・・・。
だが、計画の実行まであと1年に迫った2033年に、彼女達の前に大きな障害が立ちはだかることとなったのである・・・。

「・・・あれから16年か。長くもあり、短くも有ったってトコロかな・・・。」

桑古木はカレンダーをみて呟いた。
彼は、今回の事故の再現において倉成武の役を務めることになっていた。
数多くの失敗を重ねながらも、彼は武の役を演じることに自身をもてるまでに
なっていたのである。

「・・・・・・・。」

机に座って、新聞を読んでいるのは田中教授。かつての田中優美清春香奈であり、
今回のプロジェクトの中心となる人物である。
優は、浮かない顔をして新聞を読んでいる。まるで、研究室に入ってきた桑古木のことに気がついて
いないかのようだ。
「何だよ優。さっきから押し黙って・・・。よっぽど面白い記事でも載ってるのか?
 あれ?この新聞、確か昨日の朝刊じゃ・・・。」

「涼権・・・。私達の計画は、もう駄目かもしれない・・・。」
優は、そう言って顔を上げた。

「な、何言ってんだよ。ほぼ9割近くは何とかなってるって言ってただろ?
 そりゃあ、多少の問題はこれからも起きてくるかもしれないけど、そんなのは今までだって・・・」

「・・・こればっかりは、どうにもならないのよ!」

優は、突如大声を上げると、新聞を床に叩きつけた。

「涼権、あんた、昨日の朝刊読んだ・・・?」

「あ、ああ・・・、一応・・・。
 徹夜明けだったから、一言一句全てに目を通したわけじゃないけど・・・。」

「その下の欄を読んでみて・・・。」

「ええっと・・・、“赤木しげる逝去に伴い左記の通り告別式を執り行います”
 な、何だって!?」

あまりに信じ難いその内容に、桑古木は目を疑った。

「嘘だろ!?そんなの・・・!ただの同姓同名じゃないのか!?」

「いいえ・・・。その告別式が行われたっていう、清寛寺に電話して確認したわ・・・。
 間違いない・・・。亡くなったのは、私達とかつてLeMUで運命を共にした、
 あの赤木しげるよ・・・。」

事故から数年の後、優はBW発現計画を進める中で、事故の再現に必要となる人間を
探すことにも尽力した。
その中で、彼女は赤木しげるが何者であったかを知ることとなった・・・。
16年前、自分たちと同じ場所で運命を共にし、TBに感染したにも関わらず、
彼は、赤木しげるは生き続けていたのだ。
そう、わずか数日前まで・・・。
彼の素性は、裏社会で名を馳せた超一流の麻雀打ちだったのである。
13歳の時、対抗するチンピラ達とのチキンランに生き残り、偶然立ち寄った雀荘で代打ちを勤めたことをきっかけとして、
彼はヤクザ相手の命懸けの麻雀勝負に勝ち続け、伝説を築き上げた・・・。
そのあまりに冷徹で天才的な闘牌から、人は彼を悪魔と呼んで恐れたという。
そして、遂には彼は裏社会の頂点にまで登りつめるも、富や名声を築こうとしないその無欲さから、
赤木は3年余りでその世界から身を引いたと言われている。
その後の彼の根無し草のような生活ぶりは、優が赤木を探すことを困難にした。
そして、気付いたときには彼の訃報が飛び込んでくるという結果になったのである・・・。

「やっぱり、ティーフ・ブラウが影響してたのかな・・・。
 あの事故の直後は助かったけど、再発して死んだってことになるのか・・・。」

「いいえ、多分赤木が死んだのは、ティーフ・ブラウのせいじゃない・・・。
 もっと、別の何かだと思う・・・。
 おそらく、彼は自分自身の力だけで、ティーフ・ブラウを駆逐したんだわ・・・。
 でも、裏社会で悪魔と恐れられたあの赤木が、死んでしまっていたなんて・・・。」

「優!諦めるのはまだ早いぜ!まだ一年あるんだ。
 その間に、何とか代わりを立てるとかして・・・。」

「・・・涼権、あんたが倉成を演じられるようになるまで、どれだけ時間がかかったか分かってるの?
 それに、あの赤木の代わりが勤まるような人間なんて、他にいると思う?」

「そ、それは・・・。」

桑古木は愕然とした。今まで自分がやってきたことは何だったのか、自分が生きてきた意味は何なのか・・・。
今まさに、それら全てが失われようとしているのである。

「くそおっ!俺は・・・、俺は結局、ココを助けられないってのかよっ!」

自然と桑古木の目から悔し涙が溢れてくる。そして彼は、床に拳を思い切り叩きつけた。
その直後・・・

プルルル・・・、プルルル・・・、

優の机の上の電話が鳴った。
どうせ仕事の件だろうとは思ったが、何とか平静を装いながら、優は受話器を取った。
「はいもしもし・・・、田中研究室です・・・。」

「・・・よお、久しぶりだな、長い名前の姉ちゃん。」

「え・・・・!?」

優は、またも驚愕した・・・。その声の主は、他でもない・・・、
他に絶対に存在するはずの無い、唯一無二の存在、あの、赤木しげるの声だった・・・!

2033年 4月30日
岩手県 清寛寺

「俺だ・・・!
 俺が死なせたくねえんだっ・・・!
 俺っ・・・!俺っ・・・!
 俺のために・・・生きてくれって言ってるんだ・・・!」

4月30日、岩手県清寛寺では、赤木しげるの告別式が行われていた・・・。
そこには多くの人間達が集まり、天才、赤木との永遠の別れを惜しんだ・・・。
だが、ある者は棺桶の中に横たわる赤木の姿に何か違和感を感じていた・・・。
そう、赤木はまだ死んでいなかったのだ・・・!
清寛寺を訪れた弔問客の一人で、かつて裏麻雀の利権を巡る東と西のヤクザが中心となった代理戦争、
通称“東西戦”に最年少ながら決勝まで勝ち進んだ井川ひろゆきは、変則的に行われた告別式の後の通夜の場で、
再び現れた赤木の姿に動揺を隠し切れなかった・・・。
だが、赤木は平然と彼に対して答えた・・・。

「今日は、俺の葬式なんだ・・・!」

案内されて入っていった通夜の場には、かつて凌ぎを削った東西の猛者達が一同に会していた・・・。
東北の麻雀の猛者であり、今回の葬式を取り仕切る清寛寺の住職、金光によると、
赤木は現在、ある病に冒されているという・・・。
それは、進行性で早発性の高い、アルツハイマーだった。
その事実を知った赤木は、決意した・・・!
本当に訳が分からなくなる前に、自らの人生を閉じることを・・・!
無論、そのようなことに、皆が納得できるはずもない・・・。
ある者は言葉を尽くし、ある者は自らの命を賭けた勝負を申し入れ、ある者は赤木を拉致してでも
赤木が命を絶つことを思い留まらせようとしたのである。
だが、全ては徒労に終わった・・・。
集まった8人の内、7人は赤木の説得に失敗したのだった。
だが、彼等が赤木を説得したことそのものが、決して無駄だったわけではない・・・。
言葉を交わす中で、赤木の死生観から彼等は自分自身を振り返る形となった。
自分自身の死を恐れ、受け入れられない自分・・・、
失敗を恐れ、立ち止っている自分・・・、
成功という名の棺の中で、生きながら死んでいる自分・・・、
赤木と交わした最後の言葉が、確実に彼等を変えていったのである・・・。
そして今、最後の面会人が訪れていた・・・。
赤木と同じく、積むことに固執せずただひたすら己自身を貫き通す男・・・、
顔に無数の傷をもち、かつての東西戦において東の総大将を勤め、
不敗の赤木にただ一度だけ土を付けた男、天貴史(てん たかし)である・・・。
赤木がただひたすら己自身を貫き、自らの信念に殉じようとしているのに対し、
彼自身もひたすら己自身を貫いて、赤木の死を思い留まらせようとしていたのだ。

「適わないな、お前には・・・。」
 でも、俺は俺だから・・・、
 ありがとうよ、天・・・。
 最期に、暖かい言葉だった・・・。
 救われたよ・・・。
 でも、俺は俺だから・・・。」

赤木は微笑むと、目の前のスイッチに手を掛けた・・・!
それは、患者を安楽死に導くという、マーシトロンという名の装置であった・・・。
スイッチが作動すれば、赤木の静脈にセットされた注射器から、チオペンタールという
人間を昏睡状態にする薬が注入され、無痛の心臓麻痺を起こし、赤木は絶命する。
そして、赤木が天に別れを告げ、永遠の旅路に出ようとした瞬間・・・!

「(ダメだっ!ダメだよ赤木さん!
 お願い!死なないで!)」

「あ・・・?」

赤木の声に、誰かの声が響いてきた・・・。

「天・・・、今、何か聞こえたか?」

「え・・・?聞こえたんですか?赤木さんにも・・・。」

周囲を見渡しても、この部屋には赤木と天だけだ。
天が用心深く襖を開けるが、外には誰もいない・・・。

「随分とガキっぽい声だったが・・・、
 ひろゆきの声じゃねえよな・・・。」

「今、確かに聞こえました・・・。
 赤木さん、死なないでって・・・!」

「遂に、アルツハイマーが行くところまで行っちまったかと思ったが・・・、
 天にも聞こえたってことは、幻聴じゃねえな・・・。」

「(赤木さん!聞こえる?
 お願い!答えて!)」

またも得体の知れない何かの声が響く・・・。
その時、赤木は何かを感じ始めていた・・・。
頭の中に、とてつもない熱を感じる・・・。
意識がはっきりし、今まで忘れていた何かが否応なしに甦ってくる・・・!
そう・・・!赤木の死んだ脳細胞が、復活したのである・・・!
冷え固まったマグマが、熱を帯び、うねりを上げて流れ出すかのように・・・!
既に飛んでいた、赤木の左目の視界3分の1も、既に回復している・・・!
その理由は、赤木に語りかけてきた謎の声の力によるものなのかどうかは定かではないが・・・、
その何かが、赤木の失われた脳細胞に、熱を宿らせしめた・・・!

「(赤木さん!死なないで!
 あなたを必要としてる人が、まだ他にも大勢いるんだよ!
 みんなを助けて・・・!お願い!死なないで!)」

「・・・俺を必要としてる・・・?
 どこの誰だか知らねえが、随分と勝手なこと言ってくれるじゃねえか・・・。
 俺と話がしたけりゃ、とっとと顔を見せろ・・・。」

「(それはできないんだ!
 何故なら、僕はこの世界の存在じゃないから・・・!
 だから、僕が赤木さんにできることは、語りかけることだけなんだ!)」

「・・・ますます訳わからねえが・・・、
 まあいい、お前は俺に用事があって来たんだろ?
 とっととそいつを話しな・・・。」

「(赤木さん!あなたは、16年前に起きた事故のことを覚えてる?)」

「事故・・・?ああ、確か海の底の遊園地に閉じ込められた時のことか?」

「(そう!LeMUで起きた、あの事故のことだよ・・・。
 あの事故は、実はまだ終わってないんだ!
 お父さんが、倉成武が、あそこに閉じ込められてるんだ!)」

「倉成・・・?
 ああ、あの威勢のいい兄ちゃんのことか・・・。
 あいつのことならよく覚えてるぜ・・・。
 あいつは、脱出したんじゃなかったのか?」

「(倉成武は、僕のお母さん、小町つぐみを助けるために、自分が海の底に沈んだんだ・・・。
 僕は、別の世界から来た、倉成武の子供だよ。
 僕は、お父さんを助けなくちゃいけない!
 だから、どうしても赤木さんの助けが必要なんだ!)」

「・・・お前、何言ってやがるんだ?あいつが閉じ込められてることを知ってるなら、
 そのことを他の奴に教えて、とっとと引き上げてやったらどうだ?
 ・・・それとも俺に、海の底まで泳いでいってお前の親父を引き上げてこいってか?
 ・・・この歳でそんな面倒臭いことは御免だぜ。」

「(ああもう!冗談言ってる場合じゃないんだよ!
 いい!?良く聞いて!
 事情があって、今は倉成武を海底からは救出できない・・・、
 いや、救出しちゃいけないんだ!
 倉成武を救出できるのは2034年5月、つまり、あと一年先になってからなんだ!
 それを実行するために、今、田中優美清春香奈が頑張ってる!
 僕のお父さんを助けるためには、事情があって赤木さんがどうしても必要なんだよ!
 お願い、赤木さん!田中優美清春香奈に会って!
 詳しいことは、彼女が全部知ってる!
 絶対だよ!赤木さん!今、赤木さんが死んじゃったら、
 お父さんも絶対助からない!
 ・・・もう時間が無い・・・。
 赤木さん、生きて!僕のお父さんを助けて!)」

その言葉を最後に、謎の声は途切れた・・・。

「・・・赤木さん。」

「・・・妙に、頭の中がはっきりしてやがるな・・・。
 まるで、さっきまでの俺じゃねえみたいだ・・・。」

「赤木さん、あの・・・。」

「いいよ・・・天。
 どうやら、俺はまだ死ねないらしい・・・。
 いや、今の俺自身が死ぬ理由ってのが、綺麗さっぱり無くなっちまったようだ・・・。」

「赤木さん、じゃあ・・・!」

「ああ・・・!
 俺の人生は、勝負はまだ終わってねえ・・・!
 やめねえ・・・!続行だ!!」

「あ・・・、赤木さん!!」

その時、離れの戸が開き、母屋に控えていた東西の雄達が入ってきた・・・!

「赤木っ!」

「赤木さんっ!」

「赤木っ!」

「アカギィ〜〜〜〜!」

感涙に咽び泣く、8人の男達・・・。
今までに、涙などとは無縁の世界に生きてきた男達が、まるで子供の様に
泣きじゃくっている・・・。

「なあ、原田よ・・・。
 腹が減った・・・、ふぐさしが食いてえんだが・・・。」

「バ、バカヤロォッ!
 二度と食いたくなくなるくらい、食わせてやるっ・・・!」

かくして、死の淵にあった赤木しげるは、復活した・・・。
17年を股に掛けた、大事件に終止符を打つために・・・。
天才、赤木しげる・・・、
今、ここに復活す・・・・・・!!






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