いつものように研究所で言われるがまま仕事をこなした桑古木。 彼はコーヒーを飲みながら窓の外を見つめた。外はもう夕暮れで、黄金色の空が綺麗だった。 そういえば、と空を思い出す。いつの間に黒くなってしまったのだろうと。 しかし空は優春に任せたのである。だから手からドリルやミサイルなどその内出てくるかもしれないと心配になる。 桑古木はため息とともに感傷に浸る。歳かな、と苦笑しながら。 そこへ所長もとい優春が現れた。何があったのか知らないが、朝から研究室にこもっていたのだ。 新しいコーヒーを差し出し、優しく問いかける。 「なあ、どうしたんだよ?らしくないぞ」 コーヒーを飲む優春。口から少しこぼれ出て、白衣にシミを作る。心ここにあらずといった感じだ。 するとパクパクと魚のような動きをした。何が言いたかったのだろうか、と桑古木がまた問いかけた。 「あ・・・なた・・・は、・・・・・・何?」 優春は呟いた。桑古木の顔が悲しみで染まる。苦笑いを浮かべながら言った。 「違う。俺は――――――――」 あれ?と首を傾げる。この後に続くはずの言葉が浮かばない。 「俺は、何なんだ?」 桑古木は優春の手元にあるコーヒーを見つめていた。黒々としたブラック。 カフェインという毒に着色料を加えた猛毒。それを、飲んでいる。 そして優春が、言った。 「私達は・・・・・、何か見つけられたのかなぁ・・・・・」 数日前、これが引き金だった。ここから、崩れていったのだ・・・・。 全て変わっていく。行って過ぎるか、行って戻るのか。 しかし動く。その問に答えられなくても。 |
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武は愕然とした。戦友だった筈の桑古木が自分に銃口を向けているからである。 「おいおい、冗談だろ?・・・・あ、分かったぞ。俺の後ろに敵がいて、それを狙ってるんだな?」 念を押しながら武は後ろを向く。カチコチに固まりながらも、後ろを見た。 「やっぱな。そういうオチだと思ったぜ」 武の後ろには数体のマリオネットが刃を向けていた。桑古木がゆっくりと銃口を下ろす。 「武・・・。――――やれ」 マリオネットが武に襲いかかった。反応が遅れ、胸を切り裂かれるも一瞬で撃退はできた。 ゆっくりと武は桑古木と向き合った。 「驚いただろ?アンタと俺が戦うことになるとはな」 桑古木の手には未だハンドガンが握られている。武は奥歯をかみ締め、声を絞り出した。 「どうして・・・俺は戦えない!」 「どうして?戦えないだと!?」 声を張り上げる桑古木。先ほどまでの冷静さが消えていた。ハンドガンを握る手をゆっくりと上げ、 「ただ、奪いに来ただけだ。武・・・・アンタという存在を」 引き金を引いた――――― 「私達はね、あなた達になりたかったのよ」 優春はぎらぎらと眼光とメスを光らせて、つぐみを睨み付けた。 「17年、待ってたわ」 あっさりと優春は言う。そして、爆発した。 「待って、待って、待って!・・・・・そして実ったのよ?助かったのよ?なのに・・・・・。 だから、奪うの。そして手に入らないのなら―――――無くなった方がいいの」 メスがつぐみの眼前に迫った。頬が切り裂かれ、血が滲む。そして、再生する。 つぐみには察知できない速さで優春は動いているのだ。壁、天井、床。色々な所からメスの斬撃が走る。 切り傷が多く、再生より早く、斬撃が向かってくる。しかし、 「ふざけないで。私も17年、戦ってきたの」 受け止めた。メスと接触した瞬間に元である優春の腕をつぐみは掴んでいた。 その腕を思いっきり壁に叩きつけた。ガッ、と優春が声を上げる。 「あなた達とは戦いたくないけど、邪魔するのなら―――――ね?」 つぐみは爪で優春を切り裂こうとした。少し躊躇し、 「やれるものならやってみなさい!!!」 思いっきり振りぬいた。壁がゴッソリ吹き飛ぶ。瓦礫の舞う中から一閃。つぐみはメスを弾く。 爪とメスが悲鳴を上げる。それでも二人は接近戦を繰り広げる。 ステップで交わし、つぐみの腕をクラッチ。そのまま折る動きをするが反対の腕で弾かれる。 優春は下がるが、ニヤリと不敵な笑みを作った。 開放。全て、生きている。襲うのは力の具現――――― 優春の周りから無数のメスが誕生する。 「『スペル』って、何でもアリなの!?」 『スペル』は簡単なもの、つぐみの爪のようなものならばいつでもできるが、リュカオンの時に見せたもののような大掛かりなものはいわ ゆるピンチにならねば発動しにくいのである。 つぐみは回避行動を取るがメスの方が早い。押されるつぐみ。それに加えてつぐみが叩き落したメスや弾いたものが生き物のようにつぐみ へと舞い戻る。砕かねば、また狙われる。全方向からの攻撃が波のように連続的に襲い掛かった。 肩を撃たれた武。反動が来るも、思いっきり踏ん張り、倒れるのを抑えた。 左肩の痛みより、胸が痛んだ。武とはそういう人物なのだ。 「一体・・・何を・・・・」 「俺はなりたかったんだよ、武に。俺は憧れていた!」 もう一発、今度は避ける武。しかし手が出せない。心の迷いがそうさせている。 「武、アンタはなんなんだ?正義感が強くて、でも少し馬鹿なんじゃないのか? そう、分かっていても俺には武のマネはできても武になる事ができなかったんだ!!」 話がかみ合っていない。桑古木は狂気に侵されたように叫んでいた。 「マネ・・。桑古木、お前は2034年のあの時に俺を完璧に演じていた。違うのか?」 「そう。完璧だった・・・。だから、だから俺という存在は17年かけて作り上げた『演じるための武』に飲み込まれてしまった!!」 桑古木は、17年間武になりきる事にほとんどを費やした。 「いつでも武を意識し、俺は言動を正確なまでに覚えた。たとえ仕事をしていようと、休んでいても。 でも、本当に休まる事なんてなかったんだ。いつも意識してたからな。 そして、おそらく自分が生きてきた時間よりも、偽った時間の方が多くなりそして――――演じきった。 もう、俺はなんだか分からないんだ。本当に自分は桑古木なのか!記憶も戻らない。だからだよっ!!」 ハンドガンを両手で握り締め、桑古木が動いた。至近距離で撃つつもりだ。武は壁を蹴り、距離を取る。 上半身に捻りを入れながら、迫ってきた桑古木を右手で叩き落した。 ・・・・プツリ 「っ!!!・・・・・戦えるんじゃーか」 武は悪態をつく桑古木を睨みながら言った。 「そうだな、戦えないってのは奇麗事かもな。でもな、自分の事を人のせいにしてんなよ」 「理解、してくれないのか・・・・仕方が無い、殺――――」 桑古木を思いっきり武は、殴った。壁に打ち付けられ、頭から出血している。 「殺す?殺れるんならやってみろ。理解?んなもんできるか。お前が拒絶しているんだからな。 全ては後だ。そんなものを望むお前をぶん殴って、俺達の行く末を見せつけてやる」 「ハッ!言ってろよ。無理だ、倉成武はここで、死ぬ!」 一瞬で間合いをつめる桑古木。不意に被せられた黒衣に邪魔されて視界が遮られ、黒衣ごと武は吹き飛ばされた。 しかし黒衣の中では両腕でガードし、次の動作へ移ろうとしていた。 壁を蹴り、桑古木の肩を掴む。接触の瞬間、二人は同時に銃弾を射出。一つの金属音が鳴った。 そんな光景にも目もくれず、武は桑古木の右腹目掛けて蹴りを入れる。しかしそれをハンドガンで受け流し、桑古木は武の顔面を掴む。 「落ちろ。そして、二度と這い上がるな!!」 そして、タツタサンドの売店に叩きつけた。プラスチックでできたタツタが吹き飛び、赤い店が武ごと壁に激突した。 開放。魂は憎悪。肉体は殺意。望むは存在の爆ぜ――――― 桑古木は拉げたタツタサンドの売店に銃弾を打ち込んだ。銃弾が瓦礫の中に入り込み、閃光を放った。 轟音とともに、粉々に砕けた壁から海水が蛇のように飛び出す。 蛇は勢いを増す。が、桑古木が意識を研ぎ澄ました瞬間蛇は巻き戻しがかかったようにするすると壁の中へと消える。 砕けた壁も修復されタツタサンドの売店以外元通りとなった。しかしタツタサンドの売店は依然として煙を上げている。 「この空間を維持するのも、大変なんだぞ?・・・・出て来いよ」 桑古木が言うと、本当に瓦礫の中から武が現れた。舌打ちし、桑古木は状況を確かめる。 「俺のスペルのかかった銃弾が当たる前に壁を破壊し、水流とスペルを相殺させた、か。 いい考えだが甘いな。ダメージを少し減らしたに過ぎない。水圧がどんなに恐ろしいものか、知ってるだろ?」 「ああ・・。左手をやられちまったが、これもハンデさ」 武は左手をぶらつかせながら言った。左手は水圧にやられ、全身は軋む。それでも武は前に進んだ。 痛みをものともせず左手でフック。あっさりと桑古木にかわされるが無事な右手でストレート。 全体重をかけた攻撃は桑古木を軽々と吹っ飛ばした。左手は、折れた。 先ほどのフックで肘が曲がってはいけない方向へとダラリ。桑古木は口から血を流しても笑う。 「ま、治癒能力があるからすぐ治るさ。ほら」 武は曲がっていた腕を持ち上げ、乱暴にもとあるべき方向へと治した。ゴキリ、と痛々しい音が流れる。 「なんで、そう簡単に・・・・。痛いだろ?水圧も、左手も!」 「痛いさ。でもな、痛くても『仲間』を叩き起こさなきゃなんないんだ。仕方が無いだろ? 俺は自分が傷つくのは嫌だ。でも、身近な人間が傷つくのも傷つけるのも嫌なんだ!! だからお前が間違いを起こす前に目を覚まさせる」 「なっ!?俺は、俺は自分の意思でここに立っているんだ。『仲間』?勝手に決め付けるなよ!!」 桑古木は叫びとともに数発の銃弾を射出。しかしどれも武には当たらなかった。武は苦笑する。 「そんなこといった奴がいたな、前にも。いや、そんなことよりも・・・・お前は桑古木だ」 武は当たり前のことを言う。当たり前すぎて気づかなかったことを。 「矛盾だな。お前は自分の意思でここに立ってるんだろ?いいじゃないか。お前は桑古木。俺は倉成。ただ、それだけさ」 「意味が、分かんないよ。俺は・・・・もう戻れない」 桑古木が一気に距離をつめる。武は迫る桑古木を足元に数発の鉛を打ち込むことによって回避。 壁を蹴り、反動で桑古木にタックル。しかし桑古木の袈裟懸けのグリップアタックで邪魔をされる。 「どーしてだよ!!一緒に帰ろう、桑古木!!!」 「・・・・俺は、俺はぁ・・・・あああああああああ!!!!」 もがき、苦しみながらも攻撃を止めない桑古木。しかし乱れた攻撃では武を捕らえる事ができなかった。 苛立ちが更に状況を悪化させていく。桑古木は確実に、負けていた。そして武の拳が、桑古木の殻を粉々にした。 「桑古木・・・お前は・・・・」 「どうして、勝てないんだろうな。力も手に入れたのに・・・・」 自己を笑うような言葉を呟く桑古木。頬は赤く、全身も赤い。 「桑古木。お前は自分を見つけられていないから、自分を武だと思っているからだ。 お前が武になっても、オリジナルの俺にかなう訳が無いだろ?だから、見つけろよ」 「え?」 聞き返す桑古木に手を伸ばす武。伸ばされた手の意味が分からず、桑古木は答える事ができない。 「お前は、桑古木だ。少し優柔不断でワガママだけど根は優しい桑古木に・・・」 反則な笑みを浮かべ無理矢理桑古木の手を取る武。 「俺は、アンタに憧れていたんだ」 「ああ」 「アンタみたいになれたらいいなって、思ってた」 「ああ」 「でも、結局は自分が一番って事かな」 「ああ。桑古木は桑古木が一番だ」 二人はゆっくりと手を離す。その時には桑古木は、ボロボロと大粒の涙を零していた。 「あり・・がとう、武。俺は・・・傷つけちまった・・・」 「傷?・・・・・馬鹿だなぁ。痛くも痒くもないっての!」 胸を張り、主張する武。現に傷は塞がりつつある。左手もスッカリよくなっていた。 「そ、そうか?じゃあ出るか、ここから。アイツも止めないと・・・」 「優・・・・か。大体予想付くな。つぐみは大丈夫かな」 武も薄々感づいていたらしい。桑古木は目を閉じ、意識を集中させた。 すると周りの景色、ドリットシュトックがうっすらと薄れてきた。代わりに現れたのは大きなホール。 所々が吹き飛んでいる。さっきまでのドリットは仮想空間だったのだ。 「つぐみはいつ戻ってくるか分からない。決着が付くなり何なりしなければ優はツヴァイトを解かないだろう」 「信じて、先に行くしかない・・か」 二人は歩み始めた。暗く澱みきったこの場所をものともせず。 優春は感じた。ドリットが解かれた事を。まさにトドメを刺そうとした瞬間だった。 「っち!!!しくじったか。・・・使えない奴」 優春は毒付きながらメスを振り下ろす。つぐみは意識を失っている。しかし寸前でメスが宙に浮く。 「・・・何よ」 「人質ですよ。頭を使って欲しいですね」 メスが砕け散る。そして気を失ったつぐみも宙に浮いた。 「ふん!・・・・好きにするがいいわ」 ツヴァイトを解き、不適に笑う優春。メスを片付け、少し歩く。広々としたホール。 「そうさせていただきます。・・・・鎖もいいですね」 つぐみは鎖によって吊るされる。そして――――― 「さて、準備はできました。あとは来てくれるのを待つだけです」 「そうね。・・・・・早くしなさい、武。この優と空が待ってるわよ?」 ――――光る天使と白衣の悪魔は、彼らに絶対的な絶望を逢わせようとしていた。 問いは近づく。焦りと急ぎはどう違うのか。 答えは非常に簡単。なんでもないことなのだから。 |
あとがき え?武はナゼ桑古木と呼ぶのか?・・・・・ノリです。涼権って、ねぇ・・・・・。 ま、桑古木を格好よく見せようとして失敗したのですが、格好よかった!といってくれれば黄金色のお菓子でも・・・(爆 さて、予告通り空が出ました。・・・・予告したらインパクト、足りませんね。 失敗です。でわでわ!!!・・・・・あとがきって何書くのでしょう、ホントに。 |
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