4月30日、ゴールデンウィークの前日。
世間では明日からの連休はどこに行くとか家族サービスとか騒いでいる。
けど俺の心はそんな世間とはかけ離れていた。

〜今の想い人は・・・〜
                             作:ニンニン



「ふぅ・・・」
雲もなく星天な夜空。しかし今の俺にはそんな空はうっとしいだけだった。
「・・・マズイな」
−クシャ
俺は今まで飲んでいた缶ビールを握りつぶしゴミ箱へと放った。
まだ半分位残っていたが、これ以上飲む気には到底なれなかった。
「少し歩くか」
誰に語りかける訳でもないが声に出してしまう。
目的もなしに俺はインゼル・ヌルを気ままに歩き出した。
10分ぐらいだろうか。いや、正確にはわからないし、どうでもよかった。
あれからの17年間、俺は激しい虚無感に包まれ時間なんてどうでも良いモノへと変化した。
「不死の俺に時間なんて最も無意味なものの一つだな」
今、目の前に石碑がある。その石碑には文字がつづられていた。
『天国はどこにある
空の上と君の足元に・・・』
「フッ、この下にはあるのは天国なんかじゃなかった。
俺の大切な人を苦しめ・・・奪った!あんなモノが天国なものか!!」
気が付けば語尾のほうが荒っぽくなっていた。
だが、仕方の無い事だ。この下にあるのは天国とは正反対のものだったのだから・・・。
―その時
ガサッ
後ろの繁みで物音がした。
「こんなところにいたのね」
「ユウか」
正確には田中優美清春香菜。
だが面倒なので手っ取り早くユウと呼んでいる。
俺のパートナーであり、そして俺と同じ・・・不死の人間。

−優視点−
計画の実行日前日の夜、私は彼を探していた。
「全くもう・・・。一体どこにいるのかしら」
私も彼も明日のためにインゼル・ヌル上にある施設に宿泊している。
つい先ほど彼の部屋を覗いてみたがいなかった。
明日のことを思うとどうしても寝つない。
どうやら彼も同じらしい、それで部屋にいないと自己完結して探し始めた。
何の為に私は彼を探しているのだろう?
彼を励ますため、それとも彼に励まして欲しいため?
・・・違うかもしれない。私は彼を通して倉成 武を見たいのかもしれない。
でもやっぱり桑古木に励まして欲しい・・・。
何故なら私達はパートナーのだから。17年間共に闘ってきている、互いに気を許せる存在。
ふと、目の片隅に人影が寄切った。
こんな時間に外を歩いているのは私ともう一人ぐらいだろうと思い、すぐに人影の方へと歩いて行った。
―当たりだった。彼は石碑の前にたたずんでいた。
「こんなところにいたのね」
「ユウか」
素っ気無い返事、私が探していた桑古木だった。演技している『倉成武』ではなかった。
「何か用か」
「用事があるからあなたを探していたのよ」
「用事!?ユウが俺に?」
少し驚いているみたい、そんなに珍しい事かしら私からの用事って?

−桑古木視点−
「用事!?ユウが俺に?」
正直、戸惑っている。
今さら何の用だろう、準備は全て終わり後は明日からの計画を実行するだけなのに。
「で、何の用だ」
とりあえず用件だけ聞くことにした。
「・・・あのね一緒に月夜の散歩でもしない?」
「・・・」
迷った。いきなりユウが誘ってくるなんて滅多にないことだ。
「ダメかな?」
不安げに俺の瞳を覗きこんでくる。
・・・あぁ、そうか。そういう事か。
こいつは俺を通して倉成武と一緒に散歩したいってコトか。
何となく腹が立つ、嫉妬心も芽生えてきた。
・・・はっ、嫉妬心だって!!
何故俺は腹を立てているんだ。でも・・・無性にくやしい。
やっぱり武は・・・凄い。ユウが17年間も想っているくらいだもんな。
「ダメだよね、やっぱり。ゴメンね邪魔して。私戻るね」
自問自答している俺を現実に戻したのは寂しげなユウの声だった。
よく見ると表情も沈んでいる。こんなユウの顔を見るのイヤだった。
気付くと、
「待てよ。ダメ何て言ってねーだろ。付き合ってやるよ、月夜の散歩に」
「ホントに!?」
いきなり明るい表情になった。
「嘘なんかついてどうするんだよ。さっ、行こうぜ」
ユウが武を見たいなら、俺はそれに応えることにしよう。
「じゃあ行こうか。桑古木!」
・・・へっ?今、俺の名前を呼んだな。武を見たいなら俺の名を呼んだら意味が無いだろう。
「どうしたの桑古木。早く行きましょうよ」
ユウはいきなり俺の手を掴み歩き出した。
こうして俺とユウの散歩が始まった。

何の目的も無く俺たちは歩いた。
取りとめのない会話をしたり、明日の事や17年前の事など色々と話した。
気が付くと海が見える道に出ていた。
「わぁ・・・」
ユウが声をあげた先を見るとそこには月が浮いていた。
正確には水面に映し出された月だが。
「もしこれが満月なら海月みたいでしょうね」
「そうだな・・・」
「あっ、ちょっと待ってて」
―数分後
「おまたせ〜」
手には二本の缶ビールが握られていた。
「三日月の海月を見ながらってのもイイと思わない」
一本を俺に手渡した。
「それに・・・たまにはこうしてゆっくり二人で飲むのもね」
「まぁ、たまにはな」
−プシュ
俺とユウは同時にフタを開け、ビールを飲み始めた。
「・・・うまいな」
「ええ、そうね」
お世辞ではなかった。不思議な事にさっきまではマズかったビールがおいしく感じられた。
ユウが隣にいるからかもしれない。
俺とユウはパートナー。互いに気を許せる存在。
この17年間ユウがいなかったら俺はどうなっていただろう。
ユウにどれだけ救われてきた事だろう。
ココの愛しい笑顔を奪われ、親友(とも)の武を失い、悲しみに包まれた俺を救ってくれた。
17年前のあの日から俺の中の世界は色を失ったが、その中で唯一鮮やかな色を放っている存在。
「なに私に見とれているのよ」
「えっ!?」
どうやら俺はユウの横顔を凝視していたようだ。
「いや、その・・・」
なんと返答すればよいか迷ってしまう。
「クスクス、な〜にそんなにあわてているの」
「俺そんなにお前の顔を見つめていたか?」
「ええ、穴があくほどにね」
「すまない」
何となく謝ってしまう。
「別に謝る必要はないわよ」
「そうか?」
「そうよ」
「ハハッ」
「フフッ」
何となしに二人して笑い始めた。
気が付くと久しぶりに気分が良くなっていた。

−優視点−
「フフフッ」
私達はお互いに笑い合った。
そういえば久しぶりにかれの笑顔を見た気がする。いつもは『倉成武』としての笑顔をしているから。
彼はこの17年間ほとんどを『桑古木涼権』でなはく『倉成武』として過ごしている。
より本物に似せるために日常生活でも真似をさせている。
いつもなら怒るけど今日だけは見逃してあげよう。久しぶりに桑古木本人と話をしていたいし・・・。
「どうしたユウ?」
「えっ?」
彼が心配そうな顔でこちらを見ていた。
「急にぼ〜っとして疲れたのか」
「ううん何でもないの」
本当は何でもない訳ではないけど。
「そうか・・・。無理はするなよ」
「何でもないって言ってるのに。心配性ね」
「心配はするさ明日からのこともあるしな」
「・・・そうね」
明日からの七日間、それで全てが決まる。ココと倉成を救うためにも失敗は許されなかった。
「桑古木・・・」
「ん、なんだ」
「ホントゴメンね。この17年間あなたは自分を捨て倉成になってくれた」
「ユウ・・・」
何故だろう急に桑古木に謝罪をしたくなった。
酔っているせいか、それともやっぱり不安なのかもしれない。
「自分の人生まで投げてまで・・・」
「ストップ!!」
「えっ!?」
「それ以上言えば本気で怒るぞ」
彼は真っすぐに私を見て言い放った。
「俺は自分の意思でやっているんだ。別に人生を投げちゃいない」
「桑古木・・・」
「第一不死の俺には人生なんてもんは尽きる事ないんだからな」
・・・嬉しかった。彼の言葉が、優しさが。
この17年間、私は彼と共に歩んできた。彼の優しさや励ましに何度救われてきただろう。
「ありがと・・・」
精一杯のお礼と感謝の念を込めて言った。
「そろそろ戻るか。明日は早いしな」
「ええ、そうね」
こうして私と彼の月夜の散歩は終わりを告げた。

次の日の早朝。私はある物を持って彼の元へと足を運んだ。
彼の部屋の前に着き、深呼吸をしてからノックをした。
−コンコン
「桑古木〜、起きてる〜?」
「ユウか・・・。開いてるから入って来ていいぞ」
−ガチャッ
彼の部屋に入ると彼は寝グセの付いた頭をかきながらあくびをしていた。
思いっきりさっきまで寝ていましたという感じだ。
「ハァー・・・。今お目覚めかしら」
「ユウの起きる時間が早いんだよ。これからシャワーを浴びても予定の時間に余裕で間に合うぞ」
「それじゃあシャワーを浴びてきなさい。その間に朝食を用意してあげるわ」
彼が目をパチクリさせていた。
「ユウ・・・」
「なによ」
「熱でもあるのか、お前がいきなり朝食を作ってくれるなんて・・・。一度、医療班のやつらに診てもらった方が、いやそれよりもM-RLIでスキャンさせるべきか」
ピクッ・・・これにはさすがに腹が立った。
「バカな事言ってないでさっさと浴びてきなさ〜い!」
私は手元にあった「月刊ネジ」を彼に投げつけた。
−ガンッ!
「グハッ」
見事彼の顔面にヒットした。そのまま彼は鼻をおさえながらバスルームへと移動した。
・・・それにしても彼なんでこんな雑誌読んでいるのかしら。
まぁそんなことよりもさっさと朝食を作ってしまおう。

「いただきます」
華を赤くしたまま彼は食事を始めた。
献立はトーストにハムエッグ、野菜サラダとデザートのオレンジ。
「うん、うまいな」
「ありがとう」
久しぶりに他人に料理を作った。
そういえば彼はこれから七日間はタツタサンドだけだったわね。
・・・もう少し豪勢にしても良かったかも。
「まともな食事ともこれから一週間おあずけか」
どうやら同じことを考えてたみたい。
「帰って来れたら好きなものを奢ってあげるわ」
「おっ、そうか。それじゃあ何奢って考えとくとしよう」
彼は気軽に答えたが、私はこの時無事に戻ってきて欲しいという願いを込めて約束していた
「あっと、そろそろちょうど良い時間だな」
朝食を済ませ彼は立ち上がった。
「そうだ桑古木、ハイこれ」
私はある物を彼に渡した。これを渡すために朝早くここに来たのだ。
「ん、何だコレ?」
「お守り代わりよ」
私が渡したのは普段使用している懐中時計。
「あなたに貸してあげるの。事故が起きてからは時間が分からないでしょうから」
「本当にいいのか?」
「エエ、ホントは娘に渡そうかと思ったけど今いないからね。
だから仕方なくあなたに貸してあげたの」
「ったく、仕方ないからかよ」
・・・嘘だった。私は初めから桑古木に貸すつもりだった。
けど、素直にその事を言えなかった。
「桑古木」
「何だ」
「必ず返してよね、七日後に無事に戻って来てちゃんと私に渡してよね」
「ユウ」
これは私の本心でもあり、願いでもあった。
「安心しろ。必ず返してやるからな」
彼は微笑みながら私の肩をポンと叩いた。

−桑古木視点−
「それじゃあ行って来る」
「くれぐれもバレないように」
「わーってるよ」
俺は宿泊施設を出発し、LeMUの入り口へと向かった。
ユウは地上からサポートしてくれる手筈になっている、といっても通信は不可能な状態になるが。
俺はゆっくりと歩みを進めた。
「ふぅ・・・太陽の光とも一週間のお別れか、それに食事は俺の作るタツタサンドのみ・・・」
自然ともう一度ため息が出てしまう。
そういえばユウが無事に終了したら何か奢ってくれると言っていたな。
さて何を奢ってもらうか・・・一週間後に。
俺は今朝の何気ない、それでいてとても大事な約束を思い出していた。
俺には未来がそれもとびっきりの未来があると信じて今朝の約束をしていた。
もっともユウにとってはホントに何でもない会話の一つだったのだろうけど。
気が付くと目的地の前まで来ていた。
「さてと・・・」
俺は一呼吸置いてから、
「武、ココ。必ず救うからな!!」
ユウから預かった時計を握り締めながら決意を固め、LeMUの中へと入っていった。

それからはすべて計画通りに進んだ。
俺にユウの娘の優(秋)、空につぐみとつぐみの子供のホクトと沙羅だけが取り残される形になり、そして日が進むにつれてホクトに異変が生じ始めた。
恐らくユウが言っていたBWが降りてきたのだろう。
今のところは順調に進んでいる。このままいけばきっと武とココを救えるだろう。
「あっ、倉成さん」
今までのことを思い出していると、急に空の声が聞こえてきた。
「どうしたんですかこんな時間に」
「こんな時間って?」
「現在の時刻は・・・」
「午前2時34分」
俺は空が時刻を告げる前にユウから預かっている時計で時刻を確かめた。
「もう、倉成さんにイジワル」
「ハハハ、悪かったな空」
「もう・・・それにしても変わった時計をお持ちですね」
「ああ、これか。知り合いに貸してもらっているんだ」
俺は懐中時計を掲げて空に見せた。
「あら?」
「どうした」
「この海中時計の飾りなんですけど」
「飾りが何か珍しいのか?」
「このふたの中央部分に付いている石なんですけど、後からはめられた感じがします」
「そう言われれば」
確かに他のトコと比べる見ると中央にはめられている石だけが新しかった。
ユウの奴、なんでわざわざこんなことを・・・。
「修理にでも出したのかな?」
「この石はグレー・パールですね」
「グレー・パール?」
「そうですグレー・パールです。この石は見ていただければ分かると思いますが、通常のパールとは色が違います。その名の通りグレーです」
「何か他にネーミングは無いのか。なんつー安直な」
「フフ、そうですね。ちなみにこの石にも意味があります」
「通常のパールとは違うのか?」
「違います。グレー・パールの意味は『勝ち取る愛』です。
この時計の本来の持ち主は誰かに恋をしていたのでしょうね」
・・・ユウの奴。
恐らく武のことを言っているんだろうな。けど武には・・・。
この石はユウにとっての願いみたいなものか。
「どうしました?」
「いや、何でもない。ありがとう空、色々教えてくれて」
「どういたしまして。それより倉成さん、そろそろお休みになった方が」
時刻を確かめると既に3時を過ぎていた。
「そうだな。それじゃ、お休み空」
「お休みなさい、倉成さん」
そう告げると空の身体は消えていった。
「グレー・パールの意味は『勝ち取る愛』か・・・。俺も願ってみるかこの石に」
・・・願うだって!?ハッっと気が付いた。
俺は今誰のことを想っていたのだろう?
海底に眠っている少女の笑顔か、それとも・・・。
考えがまとまらないまま俺は眠りについた。

俺は今船の上にいる。そう終ったのだ、全てが。
親友の武は戻り、ココの笑顔も再び見ることが出来る。
17年という長い苦労が報われ皆に笑顔が戻ったのだ。
しかし俺には一つだけ気がかりな事がある。
ユウにはまだ時計を返してはいない。この時計にはめてある石を見ると返すのを躊躇してしまう。
それにあの夜、俺自身が誰のことを想っていたのかも・・・。
武とつぐみは幸せそうな顔をして話をしている。
それも当然のことだ。お互い17年も会えずにいて再びめぐり合う事がでたのだから。
しかしユウは再会が出来ても武に自分の思いが伝わる事はない。
いつまでも胸の内に想いを秘めておく事しか出来ないのだ。
(あいつは今何をしているのかな?)
俺はユウのことが気になり探してみる事にした。
−いた!
ユウはすぐに見つけることが出来た。甲板の手すりに腕を置きどこか遠くを眺めていた。
「よう」
「桑古木、どうしたの?」
突然声をかけられ驚いているように見えた。
「いや、少し話をしようかと思ってな」
「フフいいわよ」
俺はユウの隣につき、手すりに寄りかかった。
「無事に終ったな。武もココも救えてつぐみも笑っている。沙羅やお前の娘も幸せそうだ」
「ホント苦労が報われたわね」
俺は差し当たりのない会話から話し始めた。いきなり本音を聞けるわけもないしな。
「それで話しって何?何か尋ねたい事があって私のところに来たのでしょう」
ユウはいきなり本題に入ろうとした。
(ったく、こっちはまだ心の準備が出来て無いのに)
ユウの勘のよさを心の中で少し恨めしく感じた。
「・・・武に自分の想いを打ち明けないのか?」
「!!」
言ってしまった。もう後戻りは出来ないだろう。俺はユウを見ずに言葉を続けた。
「わざわざ時計にまであんな石をはめ込んでいるのに」
「・・・そっちこそココに言わないの?」
「・・・何を言うんだ?」
「ごまかさないで!!貴方はココのために今日まで頑張ってきたのでしょう」
確かに俺はココのために一番の理由だった。
でも17年ぶりにココの笑顔を見たときの俺の感情は過去のものとは微妙な違和感があった。
「「・・・」」
互いに気まずい沈黙が流れた。
「あっ、そうだ時計返すな」
俺はこの雰囲気を取り払うため出来る限り明るい声で告げた。
「・・・う、うん。ねぇあの時計の気付いた?」
「時計のってグレー・パールのことなら空から聞いたけど」
「そっか・・・」
何だ?ユウの奴今寂しそうな表情になったな。
「ちゃんと無事だぞ、ホラ!」
時計にフタを開けて中を見ると、
「「・・・」」
・・・全く動いてなかった。それもピクリとも。
「・・・えっ!?」
「桑古木〜、アンタ!!」
や、やばい本気で怒っているよ。どうしよう。
ってか絶対におかしい!朝は普通に動いていたのに。
「直しから私に返してね!」
「・・・ハイ」
拒否なんて選択肢はなかった。

ひとまず船室に戻って時計を直す事にした。
しかしどうするべきか。下手にバラバラにすると二度と元の形にはならない気もする。
直すに当たってユウが条件をつけてきたのだ。
「1つちゃんと動く事、2つ分解したら元の形に戻す事、3つ本土に着くまで直す事。
もし一つでも破ったらどうなるか分かっているんでしょうね〜〜!!」
と、半ば強制的に約束させられたがこのときのユウの背後には仁王が見えたのは言うまでもない。
「とりあえず空にでも見せてみるか」
空を探すためデッキへと移動した、するとすぐに見つけることが出来た
「オ〜イ空〜!」
「あっ、桑古木さん。どうしました」
「ちょっとこれを見てもらいたいんだ」
俺は動いていない時計を空に見せた。
「あら、これは田中先生のでは?」
「ちょっと訳ありでね・・・直せそう?」
「特に異常はないみたいですけど」
「空にも分からないとは・・・」
ため息をつきつつ引き返そうとした時に、
「ちょっと待ってください!!」
いきなり空に呼び止められた。
「桑古木さんはその時計に込められた想いをご存じなのですか?」
「知っているもなにもユウの武への想いだろ。 
『勝ち取る愛』、つまりいつか武を振り向かせて見せるってことじゃないのか」
少し胸の奥につまるものがあった。
「そうですか、桑古木さんはそう理解してしまったのですね」
・・・どういうことだ。まるで俺の解釈が違っているかのように言われている。
「違うのか」
空は少し迷った挙句、顔を上げた。
「・・・これから話すことは田中先生には秘密にしていて下さい。お願いします」
「分かった」
疑問に思いつつも了承の返事をした。
「その言葉を信じます。これから話すことはその石、つまりグレー・パールをつけたときの事です」

「あっ、田中先生」
「空、どうしたの?」
「その懐中時計の飾り・・・」
「ああ、これね。ちょっと願掛けでもしようかなと思ってね」
「願掛け・・・ですか」
「そう。この中央にはめてある石はグレー・パール、意味はね『勝ち取る愛』っていうのよ」
「勝ち取る愛・・・ですか」
「私はね一人の男性に幾度も救われてきた。最初は感謝の気持ちしかなかった。
けどねいつの間にか感謝以上の気持ちが芽生えてきたの。
でも、その人の心には別の女性が住んでいるの。私の入る余地がないくらいにね」
「田中先生・・・」
「私にはその彼女のように笑えない。彼を振り向かせる自信が・・・ないの。
だからせめてね私の想いを強めようかなって思ってね」
「それでその石に願掛けしているのですか」
「そう、彼の心を勝ち取ってみせる、そんな想いを込めてね」
「その男性は幸せ者ですね、先生にこんなに想ってもらえているのですから」
「かなりニブイだろうけどね、なにせこんなに近くにいる私の想いに気付いていないんだから・・・」
「・・・もし、その人が先生の想いに答えてくれなかったらどうするつもりですか」
「空、普通はそんな質問はしないもんよ」
「す、すいません」
「まぁ、いいけどね。そうね・・・この時計ごと彼にプレゼントするわ。
せめて、彼の恋ぐらい実って欲しいから・・・」
「・・・田中先生」
「もし気付かれなかったり、答えてもらうことが出来ないのなら・・・それが私に出来るせめてもの恩返し。
だからこの時計をその人に渡す時は諦めたとき・・・。
でも、そのときが来るまではこの時計は誰にも渡さないしもちろん貸したりなんかもしないわ」
「・・・大丈夫ですよ!!そこまで想っているのですからきっと叶いますよ」
「ありがとう空。あっ、そうだ。空にプレゼントしてもいいわね。
つぐみから倉成を勝ち取れるようにって」
「た、田中先生!そ、そういう先生こそ桑古木さんの愛を勝ち取れるといいですね」
「ちょ、ちょっと。何でそこで桑古木がでてくるのよ!?」
「あら、違ったんですか?てっきり私は桑古木さんと・・・」
「そら〜!それ以上言うと・・・」
「そ、それでは失礼します!」

俺は空から話を聞いて驚いてしまった。
「そんなことが・・・。それじゃあこの石は」
「そうです桑古木さんを振り向かせようとした田中先生の想いです。
でも、貴方がその時計を持っているということは・・・」
空が何を言おうとしているかが分かった。
すぐにでもユウの元へと駆け出したかった。
しかし、頭では分かっていたものの身体が動いてはくれなかった。
「桑古木さん、先生の想いを無駄にしないで下さい」
空はそう告げると足早に去って行った。
・・・ユウの想いだって。それは俺に対することだろうか。それともこの時計を俺に預けた方だろうか・・・。
その時、フト気付いた。時計のそこから白いものがはみ出ていることを。
「何だこれ?空が調べた時にでも出てきたのかな」
とりあえず取り出してみた。するとそれは一枚の小さな紙だった。
何か書いてあるように見えたので広げてみるとそこには、
『アンタにあげるわ、この時計。もう必要ないから』
とだけ書かれていた。
何の飾り気もなく、素っ気なしに書かれた文章だが文字は酷くよれていた。
・・・ユウの奴!
何が必要ないだって、しかもあげるだと!!
なぜか無性に腹が立ってきた。気がつくと俺はがむしゃらにユウを探していた。
見つけた!!ユウは船の最後尾に寂しげにたたずんでいた。
「ハァハァ・・・ユウ!!」
「桑古木!?急に何よ、驚かさないで」
「このハァハァ・・・時計ハァ」
全力疾走したため息が切れて言葉が上手く続かない。
「・・・直ったの?」
俺は時計に挟まっていた紙を見せた。
「それに気付いたんだ。じゃあその通りよ、あげるわ。だから無理に直さなくてもいいわよ」
ようやく息が落ち着いてきた途端このユウの一言で俺は完全にわれを失っていた。
「俺にも必要ない!!」
「ん?どういう意味よ?」
ユウは意味が分からないといった表情をしていた。
(・・・くそっ、何で気付かないんだ!)
しかし後になって冷静に考えると分かる訳がなかったろうが今の俺はそんな冷静さを欠いていた。
俺は心の中で毒づけながら、次の言葉を放った。
「互いに想っているのに、両想い同士のなにを勝ち取るんだよ!」
「・・・えっ、それって?」
「だから!俺が今想っている女性は・・・」
一呼吸置いてから俺ははっきりとユウに言ってやった。
「田中優美清春香菜、つまりお前だけだ!!」
これで分からなかったら鈍感のレッテルを貼ってやると俺は考えていた。
「・・・・」
ユウは一言も喋らずにこちらを見つめていた。
「おいコラ、お前も何か言えよ」
と言っている自分自身も恥ずかしさで一杯なのが分かる。
「だってアナタはココのことが」
(・・・まだ言わすかこいつは)
「もう一度言うからよく聞けよ。
俺が今この手で抱きしめたい人、愛しくてどうしようもなく『特別』に好きといえる女性は・・・
田中優美清春香菜、つまりお前だけだ」
俺は自分で表現できる限りの言葉で思いを伝えた
「えっ・・・だって私、びっくりして」
ユウは真っ赤になりながら瞳から落ちてくる涙をぬぐっている。
「・・・私でいいの」
(何回俺の気持ちを確かめれば気がすむんだ、3度目となると確信犯の気もするが)
そう思いながらも俺はユウの気持ちに応えた。
「お前しゃなきゃダメなんだ。これからも俺の傍にいてくれ、ユウ」
ユウはコクリとうなずいてくれた
「ありがとう」
不器用な俺の精一杯のお礼の言葉、そして偽りのない本音だった。

−優視点−
数分後、ようやく私は落ち着いてきた。
「なぁ、ユウ」
「何?」
私が落ちつくのを待って彼が話しかけてきた。
「あの約束覚えてるか」
「あの約束・・・?」
当然覚えているけど少し焦らせてみたかった。
「ほら、一週間前俺の部屋でした」
「そんな約束したかしら、覚えてないわ」
「なっ・・・」
少し意地悪すぎたかしら、でも何年も私を待たせた罰にはちょうどいいかも。
「そ、そんな・・・。楽しみにしてたのに」
彼は本気で落ち込んでしまった。さすがにこれ以上は止めておこう。
(・・・もう少し見てみたいけどね)
「じょ、冗談よ。好きなものをおごる約束でしょ」
「お前、告白したときといいやっぱり確信犯だろう」
「それで決まったの?」
「・・・ごまかしたな。まぁいいや
そうだな、ユ・・・」
「私を食べたいと言ったら二度と太陽が拝めない海底深くに沈めるわよ」
「・・・・」
彼は返答に困っているようだ。
まさか本当に言おうとしてたのかしらこんなベタなネタを。
「まっ、それはそのうちにね・・・」
彼に聞こえない程度に呟いた。
「えっ、何か言ったか?」
「べ、別に何も言ってないわよ」
(・・・聞こえてないわよね)
私は自分でも顔が赤くなるのがわかった。
「ホ、ホラ早く言いなさいよ」
取りあえず話を戻す事にした。
「う〜んそうだな・・・」
彼はこちらを意味ありげに見た後に言った。
「ユウの手料理がいいな。その、出来れば毎日作ってくれるとありがたいのだが」
「・・・えっ!?」
彼は恥ずかしそうにしながらつけ加えた。
「その・・・なんて言うか。毎日お前が作ってくれた料理を食べたいのだが」
もしかしてプロポーズ!?さっき告白したばかりなのにいきなり・・・
「あ、その桑古木、それって」
「俺からのプロポーズと受け取ってくれていい」
彼は真っすぐにこちらを見て私の返事を待っている。
迷うはずがない。私の返事は決まっているのだから。
「ハイ、よろこんで!」
彼は私を抱き寄せ、そして互いに唇を近づけキスを交わした。
カチカチと彼のポケットに入っている止まった時計が動き出した。
私の、いや私達の時間が始まるかのように・・・。


〜エピローグ〜
「あ〜、時間がない〜!!」
「あらユウ。まだ居たの?今日は確かホクトとデートじゃなかったかしら」
全く、私の娘ながらもう少し余裕を持ってほしい。
「だから急いでいるのよ」
「ホラ早く行きなさい。彼きっと待っているわよ」
「うん、行ってきま〜す!」
ドタドタと騒音を撒き散らしながら優は家を出た。
「フゥ・・・。私も昔はあんな感じだったのかしら?」
急にバタンと乱暴にドアを開いたと思ったら、優が戻ってきていた。
「言い忘れた。お母さん」
「何の用、時間もう過ぎているわよ」
遅刻しているのに戻ってくるなんてよほど大事な事だろうと思っていたら。
「今夜は彼とごゆっくり〜♪」
「な、何でそれを!?」
「式の日取りが決まったらすぐに連絡してよ」
「ちょ、ちょっと式って?」
「もちろん結婚式に決まっているじゃない。プロポーズもすんでいるんだしね」
「何で優が知っているのよ。まだ誰にも・・・」
「あっ、そろそろ行ってくるね〜」
わたしの制止を聞かず飛んで出て行った。
一体どこで情報を聞いたことやら。
本当にわが娘ながら・・・。

−桑古木視点−
「♪〜♪」
「桑古木さん嬉しそうですね」
「うん、空か。そう見えるか」
「誰にでも分かりますよ」
空は微笑みながら答えた。どうやら今の俺は相当にやけているみたいだ。
何しろユウと久しぶりのデートだから無理もないけど。
「それで今日は田中先生とどこに行くつもりです」
「そうだなひとまずは・・・って空!」
「フフッ、ごめんなさい」
どうやら空には全てお見通しらしい。
まぁ、空の一押しのおかげで今の俺とユウがあるのだから感謝している。
「式の日取りが決まったら教えて下さいね」
「分かったよって式!?」
「もちろん結婚式ですよ。なにせプロポーズはもうお済みなのですから」
俺は口をパクパクさせた。まるで酸素不足の魚のように。
「何でプロポーズした事まで知っているんだ?」
「私だけでなく皆さん知ってますよ」
・・・何だって!?みんな、何故!?
まだ誰にも言ってないのに・・・。
「一つ教えてくれ。どうやって知ったんだ空」
「ああ、それでしたら・・・」
その時足元から犬の鳴き声が聞こえてきた。
「うん?何だピピか」
・・・もしかして。俺は一つの可能性を見出した。
「空、もしかして原因はこの優秀な電子犬とコメッチョを言う少女か」
「ええ。あの時のお二人の様子は全てピピが録画していたようです。
この間ピピの様子をチェックした時に知ったんですが、そのときココちゃんも一緒にいまして」
「誰も見てないと思っていたのに」
空は苦笑している。
まさか俺の告白シーンを全て見られ、あまつさせ録画までされているとは。
「・・・空。ちなみに録画の画像を他の奴らには?」
「私は用事があったんです。それではまた」
空はそそくさと逃げ出してしまった。あの様子からすると・・・。
「・・・見られているな」
しばらくネタにされそうだ。

「という事があったんだよ」
「なほどね、それで優も知っていたのね」
俺はユウに会うと空との出来事を話した。
「はぁ〜、しばらくは覚悟していた方がいいみたいね」
「それでなユウ。その、式のことなんだが」
「分かっているわよ。もうしばらく後の予定だけどこの調子だと早くなりそうね」
「そうだな」
俺たちは互いに笑いあった。災い転じてって奴かな。
「それじゃ、今日はどこに行く」
「まかせるわ」
「取りあえず歩くか」
ユウは自然に俺の腕を取り自分の腕と絡めた。まるでそれが当たり前かのように。
今俺の隣には愛しき人がいる。この先様々な困難があるだろうけどきっと大丈夫に決まっている。何故ならユウがいるからだ。
俺たちの時間はまだ始まったばかりでこの先何があるかは分らないけど一つだけ不変なことがある。
それは俺とユウがいつまでも一緒にいるという事だ。
そうこれだけは絶対に分かる。絶対に変わらない永久不変の真理だ。
 

この物語はひとまずここで終了する。といっても決して終わりではない。
ここから先は見ている貴方達一人一人が紡ぎだして欲しい。
何故なら・・・未来は決して一つではない。
あなた達の望む数だけ未来は存在している。
そして願わくば貴方達の描いた未来に『彼ら』の幸多き明るい未来を描かん事を・・・。


〜fin〜



〜作者のひとり言〜
まずは、見てくださった方それに管理人様ありがとうございます。
さてとそれでは言い訳でも・・・。
何となくこの二人が結ばれるのがあってもいいんじゃないかなと思って書き上げたのがこれでして。
しかし、ラストが強引かなと自分でも思うのですがネタが思い浮かばずこのような形となってしまいました。やっぱり修業不足のようです。
どんな事でもいいので感想お聞かせください。
それでは・・・。


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