沙羅
                              大田
暗闇の中、沙羅は目を覚ました。

時計を見ると午前3時。

まただと沙羅は思う。
ここ毎日いつもこの時間に目を覚ます。
原因は分かってる。

毎日見る夢。夢などと可愛らしいものではない。悪夢だった。
日によって見る内容は変わるが共通点がある。過去のこと。

沙羅が見ているのは過去の自分。
思い出したくないもの。忘れ去りたい。
でも、忘れたくない者もある。


沙羅は軽くため息を付き、ベットから出る。
目を覚ました後は、たいてい寝れない。ここ何日かでそれは分かっている。

少し何かを考え込んだ後、洋服に着替え、家をそっと出る。
向かった先は公園。
太陽が出るまでにはまだ時間がある。
息を吐くと白い。
途中でコンビニに寄り、暖かい飲み物を買った。
それを手に握りしめ、ベンチに座る。
時計を見ると午前4時を少し回った所だった。
5時には帰ろうと沙羅は思う。


どうすればいいんだろう。
沙羅はそう考える。
あの頃と違って今は幸せなのに、比べられないほど幸せなのに・・・・満たされないのは。
その理由も知っている。ただ一人、会いたい人がいる。


家族で暮らすのは沙羅の昔からの夢だった。
いつかは迎えに来てくれると信じてた、それと同時に絶望があった。
期待すればするほど、絶望も大きくなる。
泣きたい夜もあった、泣いた夜もあった。
いつの日からか涙がでなくなった。
それでも闇に捕らわれなかったのは味方がいたから。
たった一人の味方。


会いたいなぁ。お兄ちゃんに・・・。

ホクトではなく別の人。


沙羅はその子のことをお兄ちゃんと呼んでいた。
自分よりか三つ年上で、物知りだった。ホクトに似ていたわけではない。
ただ気付いたらそう呼んでいた。
光が届かない闇の中で唯一の光。そんな存在だった。
沙羅は知らなかった。どうしてお兄ちゃんがライプリヒに連れてこられたのか。
聞かないのは暗黙の了解。


もう二度と会えない人。それでも会いたいと切に願う。
ありがとうも、ごめんなさいも、何も伝えられなかった。
伝える術をもっていたのに、いつでも伝えられると傲慢になり、伝えられなかった。

どうして?なんでお兄ちゃんが?
話を聞かされても出てくるのは疑問符ばかり。
身近な人の死を沙羅は初めて体験した。
別れなら経験はあったが、永遠の別れはこれが初めてだった。
殺された訳ではない。病気で死んだのだ。
それでも幼い沙羅は納得できなかった。

いつか沙羅にお迎えが来るよ。
お兄ちゃんは優しくそう言ってくれた。
記憶の中のお兄ちゃんは優しい笑顔なのに、悪夢の中でお兄ちゃんは出てこない。
悪夢でもお兄ちゃんに会いたいという沙羅の願いが、再び沙羅に悪夢を見させる。
でもその儚い願いも届かない。


沙羅は上を向く。涙が零れ落ちないように。
泣いてはだめだと自分に言い聞かせる。




「沙羅?」
え?と思い、声のしたほうを見ると武がそこに立っていた。
時計を見ると午前6時。知らぬ間に時間は経っていた。コンビニで買った飲み物も冷え切っていた。
やばいな〜顔には出さず、沙羅は心の中で自分の失態に毒付く。
「なにしてんだ?」
「散歩でござるよ」
いつも通りの笑顔で沙羅はなんとか答える。
「こんな朝早くにか?」
「早起きは三文の徳、そう言うではござる。ニンニン」
「4時は少し早すぎないか?」

ピク、と武の言葉に反応し、思わず武の方を見る。
武は沙羅の方は見ずに前を見ながら、沙羅の隣に座っていた。
「知ってたんだ」
「たまたま・・・・・な」
「そう・・・・」
しばらく重たい沈黙が流れる。
「・・・・帰るぞ。つぐみも心配する」
そう言いながらおもむろに、武は立ち上がる。
その背を沙羅は見つめていた。

「・・・・パパ」
沙羅の言葉に反応し武はゆっくり振り向く。
「どうした?」
「何も聞かないの?」
困ったように頭を掻きながら武は言う。
「聞きたい。が、どうしたらいいのか分からん。父親になってまだ
日も浅いからな。こうゆう時はどうすればいいんだか。だからお前が
話したくなったら話せ」
沙羅は立ち上がり武の前に立つ。
コツン、と自分のおでこを武の胸板に付ける。

「沙羅?」
武が呼んでも反応はない。
「どうした?」
「・・・・会いたい人がいるの。どうすれば・・・・会えるかな」
「会いに行けばいいんじゃねーの?」
「会えないよ。もう二度と会えないよ」
「どうして?」
「だって・・・・もういないもん」
「いない?」
「死んじゃった」
そうかと武は小さく呟きながら、ポンポンと優しく沙羅の背中を撫でる。
「うん。会いたくても・・・・会えない」
「どうして会いたいんだ?」
「わかんない。ただ会いたい」
「沙羅」
ん?と沙羅は顔をあげ、武を見る。

「その人とお前の関係は知らんが、お前は幸せになれ」
「え?」
「会いたいんだろ?お前が死んでもう一度会ったとき、お前が幸せに
なってなかったら、きっとその人も悲しむ。俺だってお前に幸せになって
欲しい。だから幸せになれ。お前が幸せだと思う人生を送れ」
一端言葉を切り武は続ける。
「これは俺のエゴだ。お前に幸せになって欲しいと思うのは。お前と会って
まだそんなに時間は経ってないが、俺はお前が大切だ。お前に笑って欲しい。
それに我侭も言って欲しい」
「パパ?」
「スマンな。ろくでもない父親で」
沙羅は首を横に振る。
「なるよパパ。幸せに。だからパパも幸せになってね?」
「俺はもう十分幸せだぞ」
「じゃあもっとだよ」
「おう!そんじゃ帰るぞ。二人でつぐみに怒られなくちゃな」


忘れないよ、お兄ちゃんのこと。ずっと忘れない。
泣けない弱さも包んでくれてありがとう。
もうね、言わないよ?
悲しいことがあっても大丈夫って。
ちゃんと心配してくれる人が出来たから。
いつの日か、お兄ちゃんの元に行く日が必ず来るからその時は
笑っていてね?いつものように。
沙羅って呼んでね?
だからその日まで、バイバイ。


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