注)このSSは極めて壊れです。キャラの印象を壊したくない方は、ここで戻ってください。















 発端は、たいしたことではなかったように思う。
 料理ができないと嘆く娘を、自分もかつては凶悪な腕前だったと、慰めたのが始まりといえば始まりか。
(・・・それだけのことが何で、ここまでのことになるのかしら?)
 台風が通り過ぎて強盗が押し入って野良犬の群れがあさり尽くしてもこうはなるまいと思われる惨状をさらした台所の真ん中で、田中優美清春香菜はとりあえず、ほうっとため息をついた。

『台所諸事情』 
                              byおるけ


 日曜日。普段が極めて忙しく、何かあれば休日返上など当たり前の優春だが、今日は特に予定もない。そういう場合、家で休んでいるか武を誘ってどこかに行こうとする(そしてつぐみに邪魔される)のどちらかしかない。このことを「ババくさい」と評した桑古木には、自分の休日返上の仕事をプレゼントした。
 意気揚々と倉成家に電話してみたが、武はすでに出かけてしまったらしい。電話口に出たのはホクトなので、嘘ということもあるまい。
 結果、さほど面白くない昼のテレビを眺めながら、仕事のことに思考をめぐらせているわけで。
 そしてそんな実年齢相当の休日を過ごす優春のもとへ、優秋とココがやってきたのは、ちょうど時計が午後一時を知らせたときだった。
 リビングに入るなり、優秋やたら力の入った声で一言。
「お母さん、ちょっといい?」
 言われると同時、娘を怒らせるようなことをやったかどうか、脳内を検索する。

 検索結果・49件。

(・・・考えるだけ無駄ね)
 割といい加減な母親である。
「・・・いいけど。なに?」
 身構えながら、聞き返す。目の前に立つ娘は、横でにぱーと笑っているココとは対照的な、それこそ今から族を率いてヤクザに殴りこみかけに行きますといった表情を浮かべている。もしそうなら同じ漢女(おとめ)として恥じぬ初陣ができるよう送り出してやらねばならぬ。直接手を貸してやることは言語道断、されど武具を貸してやることぐらいならば許されよう。地下でホコリをかぶった往年の英雄、かつてともに熱い時代を駆け抜けた旧き相棒達が、再び日の目を見るときが来たのだ。己の武器が娘の手の中で踊り、今一度月光を照り返し血をすする光景を思い、優春は眠っていた血が騒ぐのを心地よく思った。むしろ血ではなくて地かもしれない。
「そう、そうなのね、優。あなたもいつの間にか大人になっていたのね・・・・・・」
「・・・お母さん?」
 巣立つ子を見る親鳥もこんな気分なのだろうか。
 知らぬうちに育っていた我が子に、一抹の寂しさとそれを上回る誇らしさを感じ、優春は優しく微笑んだ。
 よろしい、我が娘よ。この母がかつてこの手に握り締めた栄光をつかもうというのなら。
 そのための一歩を踏み出したというのなら。
「いいでしょう、優。あなたに殲討衣(せんとうい)を与えましょう。そして殲道を極めるための数多の武装も」
「いや、あの、オカアサン?」
「嗚呼、優、貴方の勇姿が目に浮かぶわ。そう、2017年、恋に破れて修羅と化した昔日の私に生き写しな貴方の姿が」
 聞いちゃいねえ。むしろ奇異ているというべきか。
 失恋してませんとかクローンですとかツッコミどころ満載のセリフ。
 そんなことを思う娘をほったらかしにして、優春はゆらりと立ち上がり、ふところから錆びた、ずっしりとした地下への鍵と、この世ならざる鬼気を放つ、竿に干して外に出したら周囲の生物が死滅するんじゃなかろうかと思わせるほど兇々しい気配を持った純白の白衣を取り出し、テーブルにそれらを置く。
「さあ、受け取りなさい優! そしてこの“狂将”田中優美清春香菜の娘にふさわしい殲滅をしてらっしゃい!返り血でこの殲討衣を真紅、いえ紅蓮に染めてくるのよッッ!!!」
「あああぁあお母さん帰ってきてェッ!!? ココが、ココが笑ったまま気絶してる―――ッ!!!」
 正気を取り戻したのは、30分後だったり。


 誤解、いや暴走が収まり改めて話を聞いてみると何のことはない、「料理を覚えたいので教えてくれ」ということだった。だがその熱意が半端でない。優春が思わず気圧されてしまったほどだ。
「まったくもう、そうならそうといってくれればいいのに。おもわず『一人前』になったのかと期待してしまったわ」
 落ち着いてそんなことをのたまう母を優秋はジト目で見た。
(・・・よかったね武さん、つぐみさんと結婚できて)
 嗚呼、此処に母を裏切る娘が一人。
「でもどうして?今までそんなこと気にしなかったじゃない」
 そう、空と優春という料理のうまい二人がいたせいか、優秋は同年代の女子に比べ、料理をすることに全くといっていいほど興味をもたなかった。それがこうして興味を持ってくれたのは、母として嬉しいのであるが。
「エッ!?」
 ピタ、とエプロンをつけていた優秋の手が止まる。
「い、いやそんなのどうだっていいじゃない。まあね、友達がみんなできて自分ができないのってシャクだし、ホラ」
 口では言い訳を紡いでいるが、その赤くなった顔が事実を語っている。
 その顔を見て、ニマリと笑う年上二人。片方はまるでそうは見えないが。
「ふ〜ん、そっかぁ、ホクたんに作ってあげるつもりなんだぁ、なっきゅの娘さんは」
「ふふっ、青春してるわねぇ」
「ち、ちがうんだってば!!その、確かにそれもあるけど、それより重要なことがあるのっ!」
 重要?てっきり完全否定してくるものばかりだと思っていた二人は、疑問符を顔に浮かべる。
「ねえ、重要なことってなに?」
「う・・・いや、この前私、ホクトに連れだされて出かけたじゃない?」
 ココの問いに対し、優秋は優春に同意を求める。
「ああ、この前のデートのことね」
「デートじゃないってば。そのときに、まあ・・・ホクトがお弁当作ってきてね」
「・・・・・・」
「・・・いくらなんでも彼女として情けないわよ、優」
「彼女じゃないし私が作らせたわけでもないってば!!・・・で、それを食べてみたんだけど・・・」
「予想外においしかった、と」
「そうだけど・・・なんでわかったの?」
「遺伝よ」
「調理場に立ってるたけぴょんっていきいきしてたもんね〜」
 少し遠い目をする優春と、うんうんと頷くココ。
「で、見返してやりたいと」
「そうっ!そういうコト!」
 なんとか話を誘導できたことが嬉しいのか、声を弾ませる優秋。
「へ〜ぇ」
「ふ〜ん。ま、そういうことにしといてあげましょうか」
 でも自分のオリジナルたる母と超能力者にはお見通しだったり。


 ココは桑古木に作るのだということで、納得した優春は台所で二人のアドバイスをしながら見守ることにした。火と刃物の使い方にさえ気をつけていれば、危険なことなどそうはない。基本的なことを教えてから、二人から少し離れた背後に陣取り、危なくなったら口を出すようにする。この家の台所は広めなので、二人が作業をしてもまだまだ余裕がある。
 作業。
 そう、それは作業と呼ぶにふさわしかった。料理とは考えづらい。
 しかしそれでも、二人は確かに、料理を作ろうと一生懸命になっていた。二人のその表情を見れば、桑古木もホクトも感涙にむせぶかもしれない。
 優春は穏やかな目で食材や調理器具と必死の形相で格闘する優秋を見ていた。
 かつての自分がそこにあった。
 卵を握りつぶし、
 鶏肉を素手で細切れにし、
 大根を手刀で『縦に』かち割り、
 球キャベツを殴って砕き、
 おたまを捻じ曲げ、
 フライパンをへし折る。
 すべてにおいて、そうすべてにおいて昔の自分だった。
 上手くいかなくなり、奇声を上げて吼えはじめるところまでソックリ同じだった。
 手にしていた元フライパンを調理台に叩きつけ始めた優秋にひたすら優しい視線を送った後、優春はココの観察に移った。
 ココは意外にも手際よく進めていた。猫手で食材を押さえてリズムよく包丁を動かし、調味料の分量を確かめ、火の加減に気を使う。
 まさに隣の優秋の空間とは異世界とも呼べる光景だった。
 食材をなべに入れてしばし煮込み、ふたをとって混ぜ合わせておいた調味料を入れる。

 そして異世界が具現した。

 鍋から沸きあがった赤黒い煙がココの周りを飲み込み、あちこちで紫電を放つ。渦を巻き続けるその中に、無数の歪んだ人の顔が現れては消える。内から漏れ聞こえるは獣の唸り声、否、ノイズにも街の喧騒にも似た老若男女の声こえコエ、哄笑嗚咽嬌声怒号絶叫。
 煙でできた渦の表面に泡が形成され、はじけて聞こえるハジケタ嘲笑、内部でクルクル回る黒いカタマリ。
 本編中よく出てきたあのシーン、田中家台所にて発現。
 さらに怖いのはその煙の中、変わらずココの鼻歌が聞こえていること。
(ああ、食材を切ってるのね―――)
 トントンという音を聞き、麻痺した頭の片隅でそんな場違いなことを考える田中教授。
 ちなみに優秋は、台所の反対側の隅で顔面蒼白で震えている。
 そんな二人の反応を無視して、膨れ上がる赤黒い渦。
 やがて中央、ココがいる(と思われる)あたりの上空2メートルぐらいの場所に、黒い球体が現れ始める。
 あまりに真っ黒のため、優春には「それ」が穴のように見えた。何か違う世界に連なる穴に。
 と、煙の端に青いものが見えた気がしてそこに目を移す。
 火だった。ガスコンロの青い火。優秋の使っていた鍋がそのまま火にかけられている。優秋は煙が出ると同時に飛び退ったので、火を消している暇などなかったのだろう。取っ手がねじ切れているので消そうにも消せないが。
 優春はそこまで考えたところで黒い「穴」が人の胴体ほどのサイズになっているのに気づいた。
 その闇の中に何かが見えた――そう田中母娘が思ったのと、閃光が辺りを包んだのは、ほぼ同時だった。
(さすがに私も、爆発を起こしたことはなかったわね・・・)
 意識が飛ぶ寸前、優春の頭の中に浮かんだのはそんなことだったり。


 当たり前のことだが、あれで料理などできるわけない。そう優春は思っていたし、実際優秋のほうはそもそも料理を作ることにすらなっていなかった。だがココは平然と反論。
「ちゃんとできたよぉ?だってココ間違えなかったもん」
 なにができたというのか。
 如何なる魑魅魍魎が創り出されたというのか。
 ガスコンロの爆発で煙も声も黒い「穴」も消し飛んでしまい今は跡形もないが、それらを放出した鍋は傷ひとつなくたたずんでいる。
 その時点でもはや物理法則を超越している。
「見ればわかるよ?ほれほれ」
「わ、わたしッ!?」
 鍋を目の前に出された優秋、悲鳴。
 青ざめながら、どうしようという目で母を見る。
 その目を見た優春、一瞬固く目をつぶり、
「ココ、私が開けるわ」
「おかあさんっ!?」
 娘の叫びを聞いてもその表情、微動だにせじ。
 優しきは母の愛情、凛々しきは母の威厳。
「お、お母さん・・・」
「優・・・私がいなくてもいつか・・・いつか『一人前』になってね・・・」
「それは嫌。」
 舌打ちを残し、優春は鍋のほうに向く。
 ごくりと音がなるのど、緊張で痛くなる頭。
 そろそろとふたに手をかけ――

 ――かぱんっ!

 開くと同時に後ろへ跳び、間合いを取る。何が出てきても反応だけはできる距離。そんなものはなくとも、煙に包まれないぐらいのことはできるだろう、というつもりだったが。
「・・・は?」
 鍋の中には無数の目がこちらをみつめているわけでも、触手が飛び出してくるというわけでもなく。
 中に入っていたのは白い、具としてニンジンやら鶏肉やらジャガイモやらが入ったもの。
 それはどうしようもなく、クリームシチューと呼ばれる料理だった。
 おたまでかき回しても変わらない、ただの湯気を立てるクリームシチュー。
 においも食欲をそそる。
「クリームシチューね・・・」
「クリームシチューだね・・・」
 田中母娘、なんだかよくわからないが一安心。
「だべ?美味しそうだべ?遠慮はいらないから食べてみて〜♪」
「「まっぴらごめんの介」」
 この瞬間、二人のシンクロ率は99%を記録したり。


 夜、倉成家。
「危うかった・・・」
 周りに散らばった空皿。あえぐような呼吸。横たわる子らの屍。
 優春の持ってきた異様なほどに美味なクリームシチュー、そのラスト一皿を勝ち取り食べ終えて、武の言った言葉はそれだった。
「・・・・・鬼・・・」
 生ける屍(ホクト)が視線だけを武に向けてうめいた。ひっくり返した皿からかぶったサラダが哀れを誘う。
 だが勝者が敗者に情けをかけるのは傲慢でしかない。許せ我が子よ、父はお前を千尋の谷へ突き落とさねばならぬ。
 目元に手を当てて首を振る武と、恨めしそうにそれを見上げるホクト。実際には、ホクトの分も残してある。なのに武は、そんなものがないかのように見せて、ホクトをからかっていた。それはふざけてはいるが、確かに「家族」の光景だった。

 つぐみはその光景を微笑んで見ていた。ここにはかつてなかった、得られることなど考えもしなかった暖かさがある。
 ――それだけで、ただそれだけで生きていけそうなほど。
 左手で頬杖をつき、いつの間にかキープしていた略奪対象のシチューの皿を眺めながらそう思う。
 それを見た沙羅が、ずるずると這いずってやってくる。
 潤んだ目が叫ぶ。お願い分けて。
 その懇願につぐみは文字通り慈母の笑みで答えた。
 そしてそのまま、右手に持ったスプーンで皿の底をかつんと叩く。
 凍りつく娘を横目で見ながら、つぐみは皿を流しに持っていった。

 ―――でもそれじゃあ、腹はふくれないわ。

 長年の野外生活で染み付いた、そんな温かみのカケラもない考えを先ほどの考えに加えながら。


 翌日、倉成夫婦はすさまじい頭痛と悪夢にうなされて五日間寝込む羽目になったり。
 初日には天罰と言っていた倉成兄妹、二日目には半泣きで看病に走り回ったり。



 強制終了




 あとがき

 はじめに。
 カミソリは髭を剃るものです。
 手首を切るためのものではありませんしましてや便箋に入れて送りつけるためのものでもありません。
 ウィルスは早めに治すべきものです。
 街中にばら撒くものではありませんしましてやメールに詰めるためのものでもありません。

 ごめんなさいすみませんもう二度とやりません(たぶん)。
 要するにありきたりのネタをいじくりまわしてみたらどうなるか、というものでして。

 結果・笑えもしない壊れギャグ。

 なお、本編中のあのシーンは、チャミが潰されたり考え事をしてたり血を吐いたときにでてくるアレです。
 別に動いたりしないし声もしませんが。BGMはGedaechtnisschwundだったかな?
 文で書いてもあまり怖さが伝わらないようです。残念。
 タイトルとのつながりもあまりないです。
 何はともあれ。
 長くしても面白くはならない、という物の見本のごときコレをここまで読んでいただき、ありがとうございました。


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