『赤い日記帳』 
                              byおるけ


  夜。
  カリカリと、シャーペンが紙の上を走る音が響いている。
 “・・・茨城暴乱爾漣魔(じれんま)を今日潰してきた。
  全くもってたやすい。

  こちらの走りには全くついてこれず、
  途中で半分近くがエンストを起こし、
  あげくの果てには味方内でぶつかり合う者たちまで出る始末。
  こんな連中がかつて関東でも五指に入る勢力だったと思うと泣けてくる。


  下がそんなものだから、頭(ヘッド)もたかが知れていた。
  直線はともかく、カーブになるととたんに走りがぬるくなる。
  エンジン自体はそう悪くないものを使っているらしいが、バランスが取れていない。
  これなら前回の―――”

  ずがり。

  視界を横切る黒い影が生まれる。
  何なのかはすぐにわかった。
  顔面からきっかり前方5センチのところに鉄パイプが刺さっている。
  近所の工事現場からとってきたのだろう、泥が付着していた。
  飛んできたほうを見やれば、いつの間にか窓が半分ほど開いている。
  どうやら今日はここまでらしい。
  ため息をつき、書いていた日記帳を窓の外に投げる。
  寒風が吹いてくる窓を閉め、布団にもぐりこむ。
  また明日。


                        *


 “笠滝モーターズのおやっさんは、頑固だけど腕は確かだ。
  普段からもウチのメンバーの多くが、おやっさんの厄介になっている。
  そろそろ年だということで、最近は息子さんの教育に精を出しているらしい。
  息子さんの作業を見る顔は厳しいが、目には満足げな光がある。
  最近は口を出すことが少なくなり、息子さんの仕事ぶりをじっと見つめていたりする。
  もしかしたら、この老いた匠の仕事も完成が近いのかもしれない。
  こちらとしてはまだまだ現役で頑張って欲しいところなのだが。


  息子さんに任すことが増えたとはいえ、その仕事ぶりには全く衰えなんて見られない。
  今回頼んだのは磨り減ってきたタイヤの交換とエンジンの点検、それと一部の改造。
 「手前ェで直せねえバイクにゃ乗る資格がねえ」
  の口癖どおり、それら一連の作業を手伝わされる。
  無論ここの常連として自分でも一通りは直せるが、やはり細かいところは無理だ。だから頼んでいるのだし。
  しかしバイクのことをより知る努力を無くせば、やがてバイクから心が離れてしまう。
  それを忘れるなという意味を込めて、直せるものにも手伝わせるのだろう。

  作業は最後に新しく付けた前輪脇の角(ホーン)を固定して完成した。
おやっさんいわく出来は上々とのこと。
  夜ためしに峠を攻めてみたが、さすが私の愛しいアスモデウス、予想以上の走りを見せてくれた。”

  ここまできて、書く手がぴたりと止まる。
  親指ほどの太さの縄。
  それの輪が日記帳にかかり、勢いよく引っ張られる。
  あわてて手を伸ばすがそれはすでに宙高く飛んでいる。
  投げ縄はノートを締め付けたまま、金網のフェンスの向こうに消えた。

  どういう肩をしてるんだろう。

  考えをひゅるりと吹いた風に中断される。
  やはり校舎の屋上は寒い。
  空の弁当箱を包みなおして、さっさと退散することにした。


                        *


 “久々に骨のある相手だった。
  急成長したチームだと軽く見ていたこともある。
  だがそれを差し引いても十分すぎる実力だった。
  横浜狂走同盟華雅裏美(かがりび)、さすが現在関東3位を誇るだけのことはある。

  個々の実力もさることながら、チームの連携が見事に出来ていた。
  どんな頭がまとめているのかと思ったら、なんと私より少し年上なだけの女性だった。
  彼女とはいい勝負をしたと思う。
  結局今日だけでは決着がつかず、再戦を約束して別れた。
  次に会うときまでに自分の技術を高めておきたい。

  昼にホクトに一緒に出かけないかと誘われたが、断った。
  彼は親しい友人だと思うし、その好意もわかっているが、応えることは出来ない。
  今はより速く疾ることにしか興味をもてない。
  男と付き合う自分なんて、想像も出来ない。
  華雅裏美の頭はどうなんだろう。
  彼女には付き合っている男性がいるんだろうか?
  そういえば彼女は私より胸があった。
  やはり付き合うとしたら、男性は胸があったほうがいいんだろうか?
  私としては、走るときの風の抵抗が減るので胸の小さいほうがいいと思うんだけど。”

 「ええそうね。そっちのほうがいいでしょうね」

  びくり。
 「なな、なっきゅ先輩!?」
 「ええ、ペチャパイのなっきゅ先輩よ」
  そこまでは書いていない。
 「ひさしぶりね沙羅。いっつも私が入れないところにいるんだもの、会いたくて仕方なかったわ」
  いそいで辺りを見回す。
  けれど人の姿はない。
 「こ、ここって鳩鳴館の女子トイレですよ!私服姿でいるの見つかったらまずいとか思わなかったんですか!?」
 「あなたらしくもないわね。ここは1階のトイレだもの、校舎に入らずとも窓から入れるでしょう?」
  うら若き乙女が首の高さにある窓によじ登るってのはどうでしょう。

 「で、それが今日の私の日記ってわけね。・・・さて。言っておきたいことはあるかしら?」
  顔は笑っているが、目は猛禽のそれである。
 「え〜と・・・・・冗談でした、で済みません?」
 「もう一人の執筆者もそんなことを言ったからね。思わずまじめに対応しちゃったわ」
  そういえば最近、桑古木の姿を見ない。
 「・・・・お手柔らかにお願いします」
 「努力するわ」



                        *



 「あ、沙羅。優の日記を見せてくれるって言ってなかった?」
 「ハ?ナンノコトデスカ?」
  ホクトに秋香菜をあきらめさせる作戦第289号・失敗。



 了



 あとがき
  裏題・沙羅級日記。
  やたらと短いです。特に構想時間(笑)。
  また私はバイクのバの字も知りません。ツッコミ所は星の数ほどあるでしょうがご容赦を。
  読んでくださり、ありがとうございました。
  では。


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