リレーSS シリアスパート
                             霜月 律

4

人と人形と硝煙と 


 さてさて、人と人形、どこが違うのだろうか。
 動けるか動けないか。
 自我を持つか持たないか。
 違いは――まだ何か、違いはあるのだろうか。
 たとえば今回にしてみても、RBM。
 そう、あのRBMだってどこかに司令塔があって、その命令に従っているだけ。
 他人の意思か、自分の意思か。
 たった、それだけ。
 動くか動かないか動かすか動かさないか――そんな問題、どうだっていい。
 要は僕らと何も変わらないその人形を果たして殺せるのかどうなのか。
 それが、問題ではないだろうか――――




   【視点:倉成ホクト】

 がんがんがんばりんがんばんがんばりんがんどんばりん……

 遠くから聞こえる爆発音(多分、拓水さんと美雲さんだ)とこちらの銃声。
 それからガラスの割れる音に――

「きゃっ」沙羅の悲鳴に視線を巡らす。
 沙羅が隠れていた台の、その上に飾ってあった花瓶が流れ弾に当たって割れた。
「――大丈夫っ?」
 涙目で何度もコクコクと頷く沙羅。
 なんて言うか……これがこんな状況じゃなかったら――
 ばんっ、と音を立てて僕の近くのガラスが割れた。
 破片が飛んで、外にも僕にも降りかかる。
 よかった、どうやらどこも切っていないようだ。
 ……冷静のようで実はパニックに陥っている僕だったり。
 グレネードランチャーは反動がすごくて扱いにくいし、かといって小拳銃で当てられるほど僕は射撃の腕はうまくない。
 言い訳を言うようでかなり格好悪いが、僕は素人なんだ、ああ、まったく。
「――あれ、空は?」


   【視点:倉成沙羅】

 銃弾、銃弾、銃弾、銃弾。
「わわわわわっ」
 台から柱へと駆け抜けながら、マシンガン乱射。
 少なくとも私は文化系の部活に所属していた訳で、運動神経だっていいという訳ではない。
 しかし、そんなことを言ったらなっきゅ先輩はどうなるのだろうか。
 ……………………「とりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」…………。
 さあ、自分の身の事を考えよう。
 全員生き残って帰る。できれば大怪我をしないで。
 楽しいリゾートだったはずなのに……。
 そんな考え事も向こうは許してくれないらしい。
 遮蔽物で全身が隠れるように再び駆ける。
――と、何となくで天井を見上げた。
 緑色の、野球ボールぐらいの球体が放物線を描くように飛んでいた。


   【視点:茜ヶ崎空】

 全員支給の手榴弾。
 私はそれを天井高く放り投げて、計算した位置にスナイパーライフルを構えました。
 最近の手榴弾は時限式で、四秒経つと爆発すると拓水さんに教えてもらっていたので、手榴弾はピンを抜いていないままです。
 そしてやっぱり計算通りの時間に手榴弾が覗き穴の視界に入り、私は引き金を引きます。
 ばぁぁぁぁぁん、と辺りによく響く音で手榴弾が爆発。
 熱感知をしたスプリンクラーから勢いよく水が吹き出ました。
 ……まずは成功、といった所でしょうか。
 それを境に、RBMがドミノ倒しのように倒れていき、それで銃撃戦はおしまい。
「――どういうこと?」とホクトさん。
「電波遮断、みたいなものでしょうか」
 私はにこりと微笑んみました。
「最近のビルは火災があったときに主電源が落ちて非常電源に切り替わる仕組みになっているんです」
「んー、それってこういうこと?」と田中先生。
「スプリンクラーが熱に反応して作動、主電源が落ちた時にRBMを操作していた回路も落ちた、と」
「そういうことです。これで外の方も随分楽になったんじゃないでしょうか」
 再起動する時間も掛かるでしょうし、と付け加えた。
 唖然とする一同の中、私は平然とした表情で、

「美雲はおいしい所を持っていきすぎなんですよ」


   【視点:田中優美清秋香菜】

 流れるように視界の後ろへと消えていく廊下の壁。
 私とお母さん、それからホクトと沙羅は左方向の廊下を走っていた。
 ロビーの左と右、どちらに行こうかという話になった時にお母さんが提案したことだ。
 どちらかがコントロールルームに辿り着いたとしても、
 どちらかが最上階に辿り着いたとしてもいいようにそれぞれのスペシャリストを分けている。
 私は――全員が無事に日常に戻れることを祈るだけだ。


   【視点:桑古木涼権】

 流れるように視界の後ろへと消えていく廊下の壁。
 俺と空、それから武とつぐみは右方向の廊下を走っていた。
 侵入者対策、だろうか。
 一階層毎にビルの逆の位置まで走らなくてはいけない面倒さ――
 武は後ろで何か言っているがここまで聞こえてこなかった。
 ちなみにここは第四階層。
 空の機転のおかげで、廊下には倒れているRBMしかいない。
 それにしても、静かすぎる。
 それからこの感覚――――

 ばぁん、と爆発音が鳴ったかと思うと、天井が崩れて退路を断たれた。
 嫌な予感、それはこういう場合に限ってよく当たるものだ。
 もう一度爆発音が鳴って、武とつぐみのその中間点。
 そこに瓦礫の壁が出来上がった。


   【視点:倉成つぐみ】

 舞い上がった砂塵が落ち着いた頃、私は隣に続く扉を見つけた。
 つまりボスと戦うのは主人公ではなく私の役目らしい。
 ゆっくりと、その扉を押し開ける。
 楕円状に伸びるテーブルとそれに並ぶ椅子。

 その一番奥に、いつかの少年が座っていた。

「こんにちは、つぐみさん」
「……少年」
 少年は「あれ?」と首を傾げて立ち上がると両手を広げた。
 どこかの独裁者気取りだろうか。
「アドニス。それが俺の名前だ」
「そんなのどうでもいいわよ」
 妙に悠々としているアドニスに私はソーコムの銃口を向けた。
「邪魔をするのならあなたを殺す。さっさと消え失せなさい」
 邪魔をしなくてもあなたを殺す。私の友人を誘拐した報い。
「ここに来るまでの映像をずっと見ていたんだけど」
 アドニスは私の殺気をまるっきり無視して、テレビを顎で示す。
「どうやらキュレイの力を引き出せていないみたいだな」
 ニヤリ、と口元を歪める。
「ま、田中女史の妙な薬のせいだろうけど」
 そして、まるでそれこそ映像でも見ているかのようにアドニスの姿がブレた。
 風が起きた、と感じた時にはもうアドニスは目の前に立っていた。
「――――ッ!」急いで銃口を向けようとするが手を掴まれる。
 一体、どういう事なの?
 キュレイと言えども物理学を無視した動きなんて出来ないはず。
 なのにこの少年、私の目の前でさらりとそれをやってのけた。
 一体、何を――アドニスは私の狼狽に口を開いた。
「驚いた? 驚いた? 驚いた? おどろいたおどろいたおどろいた」
 子供のようにはしゃぐアドニス。
「あはは、はは、はぁ、ははははは、驚いてる、つぐみさんが驚いてる」
 左手でアドニスの顔を殴ろうとしたが、逆に左手を殴られた。
 ミシ、と骨の折れたような音。
「が、く――」
「痛いのか? ああ? 痛いのか、あのキュレイが、ははは」
 狂ってる――どいつもこいつも狂ってる。
 昔の私も、あいつらも、そしてこの少年も。
「貴様さえいなければ、俺は――」
「知らないわよ……そんなの」
 ぐるん、と視界が反転して壁に叩きつけられた。
 拳銃は取り落とし、右腕は捻り上げられる。左腕は動かない。
「薬を打つだけでオリジナルがこんなにザコく感じるんだな」
 以前言っていた『投薬』とやらか。
 力だけならキュレイウィルスで増幅するが、姿が見えないほど速く動くなんてのは物理学的にできない。
 アドニスは投薬によって異常なスピードを得ているのだろう。
「上の人間には生け捕りにしろって言われているんだけど……あんな無能な連中の言う事なんざいちいち聞いていられるか」
 まったく、厄介なボスだ。
 ゲームバランスなんて知ったこっちゃない、という事ね。
「助けてって言ってみ? 今なら大出血サービスで痛みなく自覚なくあの世に送ってやる」
 そんなのは――嫌過ぎる。
 馬鹿な事が思い浮かんでは消えていく。
 楽しみにしていたリゾート。
 武の笑顔、武の声、武の存在。
 優が持ってきた妙な薬――――

『効果はリゾートの期間と一緒、一週間』

「ふふ、ふふふふ……」思わず笑い声が出てきてしまった。
 あの注射を打ってからこれで何日目?
 六日は経っているだろう。
 だとするのなら今まで身体の調子が出ていなかったという事か。
「おいおい、おかしくなっちゃったの?」
「違うのよ……少し楽しい事を思い出してて」
 ふふ、と冷や汗を流しながら謎かけのように言葉を紡ぎ出す。
「仮に私が全力を出せたとしてもあなたには速さがある。私の負けでしょうね」
「そんなのは当たり前だ」何を、という感じのアドニス。
「でも、力で勝負すればあなたに勝てるのよね?」
「――何を言って……」
「それなら動きを封じればいい。ああ、こんな簡単な事だったのね」
「何を……言っている?」
「私はオリジナル、あなたは三下。私があなたごときに負ける道理はないのよ」
「な――――」
 やっと狼狽の色を見せたアドニスだが、まだ完全に理解していないらしい。
 それならもっとわかりやすく言ってやろうじゃない――――――――――――












「たとえば、この状況。あなたこのままじゃ動けないでしょ?」

 今出せる限りの全力でアドニスの手をほどき、逃げられる前に捕まえる。
 後はあちらと同じ事を繰り返してやればいい。
 アドニスを壁に叩きつけて、左腕を膝蹴りで潰す。
「な、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで」
「うるさいわよ、黙りなさい」
 ぼきり、と同じ要領で両足をへし折ってやってから手を離す。
 ショットガンを拾い上げて無造作にアドニスの頭に銃口を向けた。
「滅殺なさい」轟音が響く。
 震える手で弾丸を詰め直し、引き金を引く。
 何度も、何度も、何度も何度も――復元できないくらいに。

――自分の死体を見るならまだしも、やっぱり他人の死体を見るのは堪える。
 アドニスの座っていた椅子にどっかりと座って、目を閉じた。
 日の光を浴びていられる、ということはまだ本調子ではないのだろう。
 次に骨がくっつくのはいつになるのやら。
 ゆっくりと息を吐き出す。
 手に持っていた凶器をごとりと床に放り投げた。
 さあ、この調子で日常に戻ろうじゃない。

「今度は武と露天混浴の温泉に行きたいな……」


   【視点:田中優美清春香菜】

 丁度、私たちを通さないようにその少女は立っていた。
「ふふふ♪」
 本当に『楽しげ』な笑みを残して少女の姿が消えた。
――と。
 不意に衝撃が体を襲って、私は無様に後ろに倒れた。
 顔を上げようとするが、その必要はないらしい。
 いつの間にか少女がマウントポジションの形で私の上に乗っかっていた。
「かはっ……あんたたち、さっさと先に……ぃきなさいよ」
 ぶぅぅぅぅん、と空気の震える音が聞こえたかと思うと少女の姿は消えていた。
 よろけながらも起き上がる。
「こんな狭い所で四人が戦う、なんて、邪魔だし……銃器も使えないのよ」
 途切れ途切れで、言葉を吐き出すけれど、それでも三人は動かなかった。
「早くしなさい、私を誰だと思っているの?」
 その言葉でやっと三人は動いた。

 さーて、タイマン張ってやろうじゃない。
「速度増加薬……みたいな名前だったわよね、それ」
「よく知っているのね?」
「だって、私がライプリヒにいた時から計画があったもの」
 平然と、冷静に、余裕を持って答える。
「ついでに対つぐみ用に私が使おうと思っていた」なんて軽口も叩いてみた。
「ああ、そうそう、冥土の土産に教えてあげる」
「冥土の土産、なんて今時古いわよ」
「私が初めてみた日本映画で言っていたのよ――話が逸れたけど、私の名前はルナ」
「本当、つぐみなら『どうでもいい』って言うわよ?」
 そこで会話は終了。
 再び少女は姿を消した。
 しかし先程は不意を突かれたものの、私だってキュレイのはしくれだ。
 ふっと身体を横にずらして、グリフォンを横に薙ぐ。
 カン、という金属音。ぱん、という打撃音。
 私はその位置から動かないで、ルナは依然と姿を消したまま、そんな戦いを続ける。
 気を抜くなんて余裕、私にはない。
 蹴る、斬る、殴る、そんな単純な戦い。
「ひゅう♪」さりげなく遊ばれていることに気が付く。
 ああ、すっごいムカツクなぁ!!
 けれどもその余裕が命取りなのよ、小娘。
 飛んできた所を蹴りで壁に叩きつけて、グリフォンを突き立てる。
 が、紙一重の所で避けられた。
 しかし私は抜かりなく、手榴弾をおもむろに放り投げた。
 今度は空と違ってピンは引き抜いてある。
「あなた、結構、間抜けって言われない?」
 でたらめに投げた手榴弾はとん、といい音を立ててルナの胸に当たった。

「勢いつきすぎて止まれないのも困り者ね――」

 閃光と爆発、壁の崩れ落ちる音。
 それに私も巻き込まれて、体が吹っ飛ぶ。
 これでルナが生きていたら絶体絶命だな、と思いながら。
 私は床に強く頭を打って、無様に意識を失った。


   【視点:倉成武】

 桑古木の提案で先に階段を駆け上っていた俺たち。
 俺としては納得行かなかったが、つぐみは大丈夫であろうと信じて走った。
 ああ、男前が落ちちまうじゃねえか、馬鹿野郎。
 第十七階層まで上り詰めて――そこが今までと違うことに気が付く。
 一本道の先の、一部屋。
「つまり、ここが終着って訳だ」

 その扉を、押し開けた先に――――――――――――――――――――――――



つづく


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