倉成家の夏
                              製作者 REI



 ごくり、と喉が鳴った。
「ホクト、そっちはどうだ……?」
 俺こと倉成武は、息子であるホクトに厳かに声を掛けた。
 今俺の立つ位置からではホクトの姿は見えない。
 ただその気配が、言い知れぬ緊迫感をまとって部屋の外で動いた。
「こっちは大丈夫。……沙羅は平気?」
「問題無いでござるよ……」
 ホクトの双子の妹……まあ、俺の娘でもあるんだが。沙羅はいつものように答える。
 ……いつものように?
 そんなはずは無い。あってたまるか!
 現に沙羅の声は絞り出すように小さく、周りの雰囲気を和ませる「ござる」にも覇気が無い。
 沙羅は疲弊しきっている。
 ……当然だ。この状況下で、休む暇なく手首を酷使しているのだ。
 このままでは、長くはもたない。
「つぐみ。まだか? まだ、終わらないのか?!」
「待って。もう少し……!」
 頭上からつぐみの声が返ってくる。
 つぐみ……LeMUで運命的(つってもトンデモナイ運命だったが)に出会い結ばれた、俺の最愛の女性だ。
 つぐみは今、椅子の上に立ち、最後の調整を済ませたのだ。
 この四人の中で一番辛いのは他でもない、つぐみだ。
 沙羅のサポートがあるとは言え、今にも倒れそうなほど弱りきっている。
 できるなら代わってやりたい。
 だが、俺にはつぐみのような技能や知識は無い。つぐみに任せるしかないのだ。
 無力な自分が歯痒くてたまらなかった。
 まるで何かに責め立てられるようにつぐみの息は荒い。
 つぐみの頬を汗がつたい、そのまま真下で椅子を支えていた俺に降ってくる。
「あ……ごめんなさい」
「いや……」
 少し、しょっぱい。
 俺はこんな状況下で、まーその、なんだ。どぎまぎしてしまった。
 だけど気を抜くわけにはいかない。
 すべては……この倉成家の命運は、この俺の手に委ねられているのだ。
「……これでいいはずよ」
 つぐみが作業を終えて、額ににじんだ汗を首にかけてあったタオルで拭った。
 それを合図に、俺の中で決意の狼煙が打ち上げられる。
「みんな。準備はいいか……?」
 頷くつぐみ。親指を立てる沙羅。向こうの部屋からホクトの声も上がる。
 一刻も早く成し遂げなければならない。
 しかし、こんな時ですら形式は非常に重要だ。
「では、カウントダウンを開始する……」
 ボタンと言って侮ってはならない。
 ゲームのコントローラーから核ミサイルの発射スイッチまで。
 押せば大小差こそあるものの世界が変わる。
 押す……それは通過儀式といっても過言ではない。
 そのためのカウントダウンというものは必要不可欠なのだ!
「30、29……」
「いいから早くつけなさい!」
 ごきゃん! ―――快音。
 ……つぐみ。ただでさえ足場が不安定な椅子の上で片足立ちしながら亭主を蹴りつけるのはどうかと思うぞ、俺は。
「ぽちっと、な……」
 リモコンのスイッチを入れると同時に、それはごぅんごぅんと音を立てて振動しながら動き出した。

 こうして。
 我が家のうん十年前のおんぼろエアコンは息を吹き返したのだった。


§



「いや〜。極楽でござるなぁ〜」
 さっきまでエアコンを修理するつぐみに団扇で風を送っていた沙羅は、送風が直に当たる場所を陣取って幸せを満喫していた。
「ブレーカーのほうは大丈夫みたいだよ。エアコンと電子レンジを同時に使わなきゃ、たぶん落ちないと思う」
 ブレーカーの様子を見に行っていたホクトは、部屋に戻ってくるなりそんなことを言った。
 我が家ではどういうわけか電子レンジとエアコンを同時に使うとブレーカーが落ちてしまうのだ。何かの呪いだろうか?
 ともかく。
 いつものようにブレーカーを戻したというのにエアコンだけが動かず、調べてみると壊れていたのだ。
 おかげで午前中はエアコンが使えず辛い思いをして、業者に修理を頼むより自分達で直そうという話になり、こうして団結して修理を始めたわけだ。
「さ、沙羅ちょっと……! 胸元パタパタさせないでよ」
「ん〜? お兄ちゃんひょっとして照れてるの? 昔は一緒にお風呂とか入ったじゃない」
「一体いつの話だよ?!」
「5つか6つの時かな??」
 うむ。いつもながら仲がいいな、ホクトと沙羅は。
 でもな。
 その、ブラがチラチラ見えて、おとーさんまでドキドキしてきてしまったではないか。
「……っと。つぐみ、生きてるかぁ〜?」
 六畳のリビングに何とか詰め込んだソファー。つぐみはそこに完全に背中をもたれさせて天井を眺めていた。エアコンを修理して工具箱を片付けてからずっとこんな感じだ。
「………」
 つぐみは答えない。
 無意味な質問だからか、答える気が無くなるほどまいってるのか。
 この暑い日につぐみは見ているほうが暑くなるような袖のある黒シャツを着ている。
 しかし……生地は薄めなのか、それとも汗で張り付いているのか。身体のラインが見ただけで分かる。
 そそられるというか、夜が待てないというか……。
「ねえお父さん」
「お、おう。何だ? ホクト」
 突然ホクトに声を掛けられて、俺は少しどもった。
 横には沙羅もいる。さっきまでサウナ地獄の真っ只中にいたためか、いつものようなスキンシップ(突然後ろから抱き付いてきたりとか)はしてこない。
「冷蔵庫の中、何も入って無いんだけど」
「あー」
 そう言えば、朝から冷房が動かないもんだから午前中に冷たいドリンク類はすべて飲み干してしまったのだった。
「……へいへい。んじゃ、ひとっ走り何か買ってくるとしますか」
「うん。ありがと、お父さん」
 よっこらどっこいしょ、と、俺は重い腰を上げた。
「あ、私アイスクリームがいいな。えーっと、ハーゲン……」
「100円の超バニラで勘弁。つぐみは?」
「適当にお願い」
 つぐみは片手だけ挙げてそう告げた。
 顔は上げない。相当グロッキーのようだ。
「んじゃ、行って来るわ」
 冷房の効いた部屋を出る。
 玄関までの見送りは無かった。


§



「はぁ〜あっと」
 俺は空を仰いで大きく息を吐いた。
 街路樹からは蝉の声が嫌味のように聞こえてくる。
 まるで「今は夏だ! だから暑いんだコンチクショー!」と叫んでるみたいだ。
 もう一つ、吐息。
 今度は間違いなく溜息だった。
「結局のところ、俺は……」
 足を止める。
「『家族』って奴に、まだ戸惑ってんだよな……」
 呟いたのは、きっと暑さのせいだ。
 戸惑っている。
 それは俺の本音であって、全力で否定したい事実だった。

 俺が浦島太郎のごとく17年の時を越えて父親になったのが今から3ヶ月前のこと。
 そして、つぐみとホクトと沙羅。みんなで一緒にあの家で暮らすようになったのが1ヶ月半前だ。
 最初はそりゃ戸惑ったりもした。
 突然俺を「お父さん」、「パパ」と呼ぶ息子と娘ができたこと。
 そしてそれがつぐみとの間にできた子だということ。
 17年眠り続けた俺と、それまでずっと待たせてつぐみに辛い思いをさせてしまったこと。
 戸惑いはしたが、俺は受け入れた。
 すべてを受け入れて、そして覚悟した。
 今までできなかった分、今度は俺がみんなを守る。幸せにしてやる、と。
 そして、今の生活にも慣れた。
 そう。
 慣れた、はずだった……。
「どこがだよ。ったく……」
 つぐみとの仲は、まあうまくいってる。
 ただ、一緒に暮らし始めた時と比べると……そうだな。当比社20%ダウンといったところか。

「今幸せか?」
「……バカ。そんなこと訊かないでよ。決まってるじゃない」
「だよな」

 ……とかいってイチャついてた(?)あの頃が懐かしい。
 ……って、まだ二ヶ月も経ってないぞ!?
 まさか、こんなに早く倦怠期とか言わないだろうな、オイ。
 まあ、あれだ。いつも家にホクトか沙羅がいるから、あんましイチャイチャできないってのが現状だけど。
 そして問題なのがつぐみよりもホクトと沙羅だ。
 ホクトにお父さんと呼ばれることにさえまだ抵抗があるどころか、沙羅の脱ぎ捨てられた下着にドキドキする始末。
 俺の心は、ハイバネーションで眠っていたあの時から大して変わっていない。
 普通の、どこにでもいる大学生の時そのものだ。
 いくら決意を固めたところで、心の経験が追いつかない。
 俺がどんなに必死に走ったところで……17年苦難の中を生き続けたつぐみや、その時間の中で成長し続けたホクトと沙羅に追いつけるはずがないのだ。
 突然、一眠りしていたうちにできた家族。
 たとえ俺の望んでいたものだとしても……俺の心―――感情とか想いとかじゃあどうにもならないほど根本的なモノにしてみれば、それはただ異質だった。
 このままやっていけるだろうか?
 破綻はすぐ目の前に迫っているように思えた。
 他の誰でもない。
 俺が、耐え切れずに壊れる。
 俺の心が、俺の想いと感情を塗り潰してすべてを壊す日がきっと訪れる。
 17年。
 俺はその時の重みに押し潰されかけていた。

「―――倉成さん?」
 途方に暮れかかっていた俺は、久しい声を聞いた。
 まるで、あの頃―――LeMUに閉じ込められていたあの七日間に戻ったような気さえした。
「本当だ、武だ」
「空……? 桑古木……?」
「奇遇だな」
 桑古木が巨大な緑色の球を二つ手に提げながら小走りにやってきた。
「ああ。何だか、夏になってからずっと会う機会なかったしな」
 遅れて、空も俺の目の前に立った。
「お久しぶりです、倉成さん」
 暑さのせいで調子が悪いのか、空は顔を赤くしながら挨拶してくる。
「おう、空。久しぶり。……それより大丈夫か? 何だか、調子悪そうじゃないか。熱射病か何かか?」
「あ、その、いいえ、違います」
 しどろもどろになりながらも空は「平気です、大丈夫です」と連呼した。
 そういえば、俺と会う時はいつも空は熱っぽい気がする。
 空は風邪を引きやすいのだろうか?
「まあ何にせよ、病気には気をつけろよ? せっかく身体を手に入れても、辛いのばかりじゃわり合わないだろ」
 おどけて笑うと、空は少し困ったように、しかしやっぱり顔を赤くして微笑んだ。
 俺はあらためて二人の姿を眺めた。
 少年は成長した。
 かつての面影が消え去るほどに。
 空はあの頃と変わりない。
 しかし、中身は―――心は、つぐみや優と同じように17年間ずっと走り続けていた。
 俺だけが、外見も中身も変わらずにいる……。
 まるで、本来乗るはずだった電車に乗り遅れて駅のホームに立ち尽くした時のような気分だった。
「……で、二人はこんなところで何を?」
「ああ。優に買い物を頼まれたんだ」
 緑色の球―――それはスイカだった。
「ふむ」
 何気なく叩いてみる。
 いい音がした。
「それで、折角ですから倉成さんのところにお裾分けに行こうとしていたところです」
「お裾分け? くれるのか?」
「もちろん」
 桑古木から一個、スイカを渡される。
 ずしりと重い。思わず落としそうになった。
「……そうだ。どうせなら寄ってかないか? つっても、何も無いけど」
「いいえ、皆さん待ってますので」
 空はなんだかとても残念そうだった。
「それに―――」
 一瞬の憂い。それを吹き飛ばすように微笑みながら空は続けた。
「倉成さんも、待たせているのでしょう? 小町さん達を」
「え?」
 俺の手には、コンビニの袋。
「……しまった。アイス溶けてるかもしれねえ」
 中身を確認する。
 どうやら、まだセーフのようだ。しかし急を要する。
「悪い。今度、都合つけてゆっくり話でもしような」
「はい」
「それと桑古木。スイカ、さんきゅな」
「礼なら優に言いなよ」
「ああ。宜しく言っておいてくれぃ!」
 こうして、俺達は別れた。


§



「ただいまー」
 靴を脱いでリビングに直行する。
 部屋の中は、外の地獄が嘘のように涼しかった。
「お父さんお帰り」
「パパ、はやくアイスを〜」
「まあ待て待て待て」
 ビニール袋に飛びつく沙羅を制止する。
「聞いて驚け見て驚くな!」
「なんでござるか、それは……」
 相変わらずソファーにもたれていたつぐみも顔を上げる。
 す……っと、緑色の球を三人の眼前に掲げる。
 一様に無反応……いや、反応したくてうずうずしてるのが約一名に、きょとんとしてる奴が一人。そんな俺達を見て呆れてるのか微笑ましく思ってんのか分からない微笑を浮かべてるのが一人。
「どぉーんっ! スイカだっ!」
「おおぉ、これは見事に熟れた南瓜でござるな!」
「そう。16世紀頃カンボジアから伝来したウリ科の一年生果菜で、別名唐茄子とも……って、南はカボチャじゃい! スイカは西! ウエスト! ハイ、復唱」
「ウェスト、それは腰」
「でなくって!」
「なら、船の上甲板の中央やや前寄りの部分でござるか?」
「そういう無駄知識はLeMUと一緒に沈めちゃいなさい、ね?」
「お父さん、これどうしたの?」
 収拾のつかなくなりそうな俺と沙羅の会話にホクトが割って入った。
「ああ。ちょっとそこで空と桑古木に会ってな。お裾分けに貰ってきた」
「冷えてるの? それ」
「おう。手のひら当てるとひんやりするぞ」
「じゃあ、早く切って食べようよ」
「任せろ」
 俺はスイカ持ってキッチンに向かった。
「手伝うわ」
 驚いたことに、つぐみがついてきた。
「……そうだな。じゃあ、皿出しててくれい」
「お父さん、ぼくも」
「私も何か手伝うこと無い?」
「おいおい。台所は狭いんだから」
「いいじゃない」
 戸棚から四人分の皿を出しながらつぐみが言う。
 思わず、頬が綻んだ。
「よし。なら忘れる前にコンビニの袋ん中のもん全部しまってくれ。アイスは緊急を要する! 任せたぞ、諸君」
「うん」
「御意!」

 半分にカットしたものを更に四等分に切ってリビングに運ぶ。
 つぐみは今までずっとそうしてきたのか種まで食べていた。
 指差して笑うと、むくれながら少しだけ赤くなった。
 ホクトは几帳面に種を一つずつほじくりながら食べていた。
 何でも、種を食べ過ぎるとへそから芽が出ると本気で信じているらしい。可愛いものだ。
 沙羅は種をマシンガンのように飛ばしていた。
 忍法種飛ばし。標的はホクト。俺も参加しようとして……つぐみに怒られた。
 そんな団欒の中。
 俺は、確かにここにいた。
 スイカはとても甘く、冷えていて美味かった。


§



「武、どうしたの?」
 夜。
 昼間買っておいたビールで一人晩酌をしていると、後ろからつぐみに声を掛けられた。
「もう寝たんじゃなかったのか?」
 ソファーの背もたれに寄りかかりながらエビぞりになって後ろを向く。上下が反転したつぐみの姿がそこにあった。
「暑くて寝付けなかったの」
「そっか」
 答えると、つぐみは正面に回りこんでから俺の隣に身体を沈めた。
 我が家唯一の洋間であるリビングに合わせて調達した二人掛けのソファーはつぐみのお気に入りだった。暇を見つけてはこの場所で寛いでいる。
 ただ、最初はいつも一人で座っていて、俺が強引に割り込んでもそそくさと逃げ出してしまう始末。せっかくの二人掛けが意味を成していなかった。
 どうやら二人掛けとはいえ同じイスに腰掛けるのは気恥ずかしかったらしく、一度ホクトと沙羅が優んところに泊まりに行った時に「二人用のイスは二人で使ってナンボのもんじゃい!」ってことを教えてやって以来、つぐみは素直に隣を許すようになった。
 今では隣にオプションとして沙羅やホクトを従えてゴールデンタイムの番組を見るようになっている。カラダを張った甲斐があったってもんだ。
 が、今まで自分から隣に座ってくることは一度も無かった。
 一体どういう風の吹きまわしだろう?
「どうしたの?」
「いいや、別に何でもないぞ」
 飲むか? と、缶ビールの口を僅かに傾ける。
 つぐみは無言で缶を受け取ると、一口それを口に含んだ。
 ―――間接キス。
 俺なんかはつい意識してしまうが、つぐみはきっとしないだろう。
「間接キスだな」
 呆れや嘆息の一つや二つ覚悟して苦笑気味に呟くと、つぐみは一瞬だけきょとんとなって、
「……ばか」
 とだけ言った。
 頬が少し赤いのは愛敬だ。
 ああ。だから、そう。
 世の中、俺の考えてる通りじゃないってことだ。
 つぐみとの隔たりがあるとすれば、それは俺の勝手な思い込みだけだ。
「……なあつぐみ」
「何?」
「なんかな。俺、ずいぶん気を張り詰めてたみたいだ」
 缶を手にしたまま、つぐみは次の言葉を待っていた。
「17年待ちぼうけさせてたわけだし、沙羅やホクトもいることだし……。何があっても、俺だけはしっかりしてよう。みんなを守って、お前達を、幸せにしてやろう……ってな」
 缶に目をやった瞬間、それは俺の手元に伸びてきた。受け取って、一口飲む。
「けどさ。難しいもんだな。やっぱり。……張り詰めれば詰めるほど、俺は磨耗してく……磨り減ってく。……頭でも感情でも頑張らにゃならんって分かってるんだが……もっと別の、根本的な部分が追いついてくれないんだ」
 もう一口だけビールをあおってから、つぐみに渡す。
 飲み込んだ空気と一緒に言葉まで飲み込んでしまわないように、俺は言った。
「だから……すまん、つぐみ。時々でいいから、こんなふうにつぐみに頼っていいか?」

 ―――弱音を、吐いてもいいか……?

 つぐみは見ていた。
 真っ直ぐ、俺を見ていた。
 俺の瞳を見据えて、そして言った。
「当然じゃない」
 微笑む。触れ合っていた肩に少しだけ重みが増した。
「それが、夫婦でしょう?」
「夫婦、ねえ」
 意味もなく口にして、俺は気恥ずかしくなる。
「つぐみも言うようになったな」
 紛らわすように、俺は笑った。
「少し安心した」
「……何が?」
「私、分かってた。……武が無理してること。必死に今を維持しようとして、私やホクト達のことを見て、それに、馬鹿なこともあまり言わなくなって。正直、不安だった。このままだといずれ武は壊れるって」
「いつになく饒舌だな」
「ビールのせいよ」
「ビールの?」
「そう。ビールの」
 安物の発泡酒にしてはトンデモナイ効力だな。
「まあようするにだ。俺は無理せず俺っぽくやってくから、呆れず見捨てずこれからもヨロシクってことだ」
「そうね。呆れないよう努力はしてみるわ」
「あ、呆れないよう努力?」
「だって武、ばかだもの」
 一呼吸置いて、俺達は笑った。
「そうだな。じゃあ馬鹿は馬鹿なりに、呆れられないよう努力してみるかぁ」
 無理に追いつこうと心身を殺ぐのではなく。
 俺は俺のまま。無理の無いよう、楽しみながらやっていこうと思う。
 せっかく手に入れたこんな生活だ。楽しまなければ……楽しめなければ損だ。
「やけに嬉しそうだな、つぐみ」
 つぐみはいつまでもにやにや笑っていた。
「ええ。嬉しいわ。だって武、今日が初めてじゃない。……私に頼ったのは」
 ……確かに、そんな気がしなくもない。
 一緒に暮らすようになってからは、遅れた分を取り戻そうとずっと気を張り詰めていた。
 みんなに心配掛けないよう強がって、俺一人でなんとかしてきたんだった。
「だから、嬉しいの」
「は〜、やれやれ。こんな素直なつぐみが拝めるとは。麒麟様さまさまだな」
 ことん。
 つぐみは空になった缶をテーブルに置いた。
「……ばか」
 僅かに上気したつぐみの顔に迫って、迫られ、そして…………。

「二人とも、何時まで起きてるでござるかぁ……?」

 半分寝ぼけた沙羅がリビングに現れて、俺達は慌てて身体を離した。
「さ、沙羅、まだ起きてたのか?!」
「もう3時過ぎてるんだから。早く寝なさい」
「だって、部屋暑くって暑くって……」
 はぁ〜……と嘆息する。
 沙羅に続くように、ホクトも部屋から出てきた。
「うわ〜、涼しいなあ、ここ」
 言いながら二人は強引に俺達の座ってたソファーに割り込んできた。
「きゃっ、ちょっ……沙羅?」
「今日もうここで寝る……」
「ちょっと待て! このソファーはどう頑張っても二人掛けで……」
「じゃあぼくも」
「っておいおい、完全に寝ぼけてるだろ、おまえら……」
 有無を言わさず(聞かないだけか?)強引にソファーに割り込んでくるホクトと沙羅。
 あっと言う間に寝息がたった。
「眠っちゃったよおい」
 俺は苦笑した。
「……で、どうする? つぐみ。こいつら部屋に運んで……」
「このままでいいわ」
 つぐみはあくびを噛み殺しながら言った。
「このまま?」
「そう。このまま」
 確かにこの部屋を出ればそこは熱帯夜だし、ここまで密着してれば暖かくてエアコンつけっぱなしでも風邪は引かないだろうし。
 このままでもいいかぁ、なんて考えた途端、突然眠くなった。
 まあ、こんな日があってもいい。
 こんな生活、悪く無い。
 気が付くと、俺はごく自然につぐみと沙羅とホクトの肩を、まとめて抱き寄せていた。

 俺達は……家族、だ……。

 まどろみの中。
 俺は確固とした真実を、今更に思い描いた。
 その真実は、三人が望んでやまなかったもの。
 そしておそらく……いや、必ず。
 それは、俺の望みでもあったのだ………。

 家族。
 もう一度だけその幸せな響きを噛み締めて。
 確かな温もりを感じながら、俺は眠りについた。



End





  おまけ

「こ、腰がいてぇ……」
「パパ、オッサンくさ〜い」
「ソファーで眠ったりするからだよ」
「ところで武。朝ごはん、まだ?」
 そんな倉成家の朝もあったりする。






あとがき

 どうも。Ever17暦三週間のREIです。
 前回の「いつかどこかの屋台の前で」がE17の世界に入り込むための試作SSだとすると、この「倉成家の夏」はE17のキャラクターを動かすための試作SS、といったところでしょうか?
 ほのぼのSS、と見せかけてドッコイ。たけぴょんが弱音を吐いて、つぐみんに励まされる(支えられる?)お話です。
 たまにはこんな武君もアリでしょう。
 次回は秋香菜、春香菜の二人を動かしてみようかな、などと考えてる次第ですが、あんまり期待せずして待っていてくださいー。
 では、感想お待ちしています。


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