※ネタバレ注意。









2034年5月1日―

遂にその計画は実行された――

届かぬ思いと叶える願い
                              作者:霜月 律

―4月30日― インゼル・ヌル

「とうとう明日か...」
 空に浮かぶ月を見ながら思わず呟いてしまう俺。優に見つかったらなんて言われるのだろうか。い
や、『今』は『田中優美清春香奈』ではなく、『田中ゆきえ』という一人の人間だった。そしてここ
にいる俺は、『桑古木涼権』という人間ではなく、『倉成武』という人間になりきっていた。
全ては明日から始まる計画のために…。
「倉成、ここにいたの?」
 研究所の人間には『田中先生』と呼ばれている俺のパートナーがそこにいた。
「優か。」
 周りには計画の準備をしている研究所員だけがいる。よって娘の『秋香奈』に本来の名前を聞かれ
る心配はない。
「こんな所で何してたの?」
「明日の事、考えてた。」
「緊張してるなんて、『倉成』らしくないわよ。」
 『倉成』らしくないか...
「ねぇ、きっと計画はうまくいくわよね。」
 どうやら、優も同じ事を考えてたらしい。
「きっと、大丈夫だ。」
 『大丈夫だ―』倉成武があの七日間よく言っていた事。断言出来なかったのは、完全に武になりき
れてない事だと思う。
「そう、『大丈夫』よね。」
 優も俺に見習って月を見上げる。この計画が成功すればココと武は生きて戻ってくる。
「そう言えばさ、武が戻って来たら優はどうするんだ?」
「そうねぇ。『桑古木』はどうするの?」
 『桑古木』という名前が優の口から出るのは久しぶりに思えた。
「そうだなココにアタックしてみようかな。」
 笑いながら俺は答える。それは『桑古木涼権』としての、久しぶりの会話だった。
「ふふ、私なんて多分無理よ。彼、目が覚めたら子持ちになっているんだし。」
「ホクトと沙羅、だったか?」
「つぐみもなかなか隅に置けないわね。」
 苦笑いを浮かべる優。自分の思いが届かないと知っていても、好きになった男を助けるという願い
を持っている彼女は時折、『強い』と感じることがある。
「つぐみにはもう連絡入れたのか?」
「ええ、うちの優秀な所員兼工作員がね。」
 そこで俺は一つの問題を思いつく。しくじった。なんで今まで気付かなかったのだろうか。
「もしつぐみが俺に詰め寄って来たらどうするんだ?」
「適当に誤魔化しておきなさい。つぐみには全てが終わった後で私が事情を説明しとくから。」
「んな無責任な。絶対、LeMUの中でつぐみに殴られるだろうな...。」
 キュレイ種である彼女の力はまさに『鬼』だった。よく武も殴られて悶絶していたのを思い出す。
 俺や優もキュレイに感染してはいるのだが、身体能力の方はあまり向上していない。『あまり』と
言っても常人とは比べられない物だが―。
「―さて」
 PDAの画面を覗き込む。もう準備は終了しているであろう時間になっていた。
「そろそろ、行こうか?」
「そうね。」
 ―今日という一日が終わる。そしてまた明日という一日が来る。
 俺達は17年間、そんな当たり前の事をして、2034年5月1日という日を待っていた。
 俺は『倉成武』を演じ、優は『田中ゆきえ』を演じながら。
 ココや武、そして今まで頑張って来た俺達のためにも、絶対に失敗は許されない。
 『倉成武』に戻りながら、そんな事を考えていた。



―5月7日― 船上

「お疲れ様。『桑古木涼権』。」
「そっちこそ。『田中優美清春香奈』。」
 今まで演じていた役を捨てて、元の人間に戻った俺達。それを実感するために本名で呼び合った。
 二人同時に笑い出す。全て計画通りになり、BWも召還でき、ココも武も生きて戻ってくるという
ハッピーエンドで幕を閉じることになった。皆は今、ココの提案(強制)により、ひよこごっこをし
ている。
「―で、ココには告白してきたの?」
「ん?その事なんだけどな...」
 少し言いにくいけど...という言葉を心の中で呟いて、
「言おうとしたんだけど、その前に『少ちゃん、少ちゃん♪あのねぇ、ココねぇ、お兄ちゃんでもあ
り彼氏さんでもある人ができたんだ☆』とか言われちゃったんだよなぁ。」
 『お兄ちゃんであり彼氏さんでもある人』というのは言うまでもなくBWの事だ。
「あらあら、これで桑古木も私の仲間入りね。」
「はぁ。」
 とてつもない脱力感に襲われて俺は本土へと向かっている船の手すりに寄りかかった。
 なんか、納得いかない。なんだってココは四次元人間を彼氏にしてしまったのだろうか。
「なによ、その私と一緒になるのはイヤ、って言いたそうな顔は。」
「別に、誰も優と一緒になるのがイヤだなんて言ってないぞ?」
 また笑い出す。もはや些細な事でも笑うようになっていた。
「みんな来て〜!」
 遠くからココの声が聞こえる。どうやらひよこごっこ大会は終わった後らしい。チャンピオンは誰
になったのだろうか。後で聞いてみよう。
「行ってみようか?」
 優に聞いてみる。
「ええ、そうね。」
 それは予想していた通りの答えだった。
 二人でゆっくりと声がした方へ歩いていった。
「はやくはやく〜」
 ココがはしゃいでいた。もう俺以外の全員が集まっていた。
 皆で空を指差して、やんややんやと騒いでいる。多分そこにいる者が見えるのはココとホクトだけ
だろう。しかし、そこにいるのは誰なのか、俺と優は感じていた。
「彼ね。」
 優が呟く。
「ああ。」
 俺は短く答える。
 彼は今、誰を見ているのだろうか。
 俺は今、『君の存在』を見ている。
―月は見られることによって存在する。

―ココを助けてくれてありがとう。―
―ボクを騙してくれてありがとう。―

 俺とBWが同時にそう『言った』。

―また、ココに会ってやれよ?―
―また、ココを守ってやって?―

 また同時に『言う』。まるでBWとリンクしているみたいだ。

―ソレジャ―

―ヤクソクダ―

―キカイガアッタラマタアオウ。―

 風が吹いた。
「何笑っているの、桑古木?」
 隣にいた優が話しかけてきた。
 ふと、見てみると優も笑っている。
 優は『彼』と何を話したのだろうか?
「まぁ、色々、な。」
 そう言って、俺は皆に背を向けた。
 心の中で呟いてみる。


―おかえり、桑古木涼権。―

―ただいま、桑古木涼権。―



〜あとがき〜
え〜初めてのSSによる初めての投稿になります。そのため変な文章になっている所も多数ありますが、そこはこのSSを読んでくださった読者様々の寛大な心で許してください。イヤ、ホントニ(汗
だから、「なんでこんなに過去形が多いの?」とか「ワケワカンネェ!」などのツッコミは勘弁して下さい。とりあえず今回(てか、次あるのかなぁ?)は私的ストライクゾーンの田中先生と、報われない桑古木涼権のSSを書いてみました。「田中先生と桑古木を主役とするシリアスなSS」として考えた末にこのようなSSに至った訳で。
ではでは、機会があったらまた投稿させて頂きます。その時は読んでやって下さい。


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