空を見上げた。限り無く広がる空。
「―――!」
 彼女が呼ぶ声が聞こえる。
 俺は、別の世界へと飛んでいた意識を、現実に戻す。


ハッピーエンドをもう一度
                              作者:霜月 律



「桑古木!」
「聞いているって。」
「上の空みたいだったじゃない。」
「間違いは言ってないな。」
「え?」
 彼女は面を食らった顔をした。
「空を見上げていたからな。」
「ああ、そういう事ね。」
 俺こと桑古木涼権は、彼女の顔を見つめた。
「私の顔に何かついているの?」
「いや、綺麗だなぁって。」
「冗談は言わない。」
 いや、冗談のつもりは全く無かったのだが。
 きっと、彼女は照れているのだろう。こういう事に関しては面白い程、不器用だから。
「で、明日は何時に待ち合わせだ?」
「本当にちゃんと聞いていたのね。」
「勿論。」
 彼女は以外、といった表情を浮かべていたが、すぐ普通の表情に戻した。
「桑古木って、結構、話聞いてないように見えるから。」
「おいおい、優は俺の事そういう風に見てたのか?・・・否定はしないけど。」
 やっぱり、と言って彼女――田中優美清春香菜(一応言っておくが、本名)はクスリと、笑みをこぼした。
「ええと、午前11時に、いつもの喫茶店にしないかしら。」
「俺は暇人だから別に構わないぜ。」
「そんな事言っちゃって。机の上で山になっている書類は何なのよ。」
「あれは修羅場モードで全部片付けられるからいいんだ。」
 実際、俺は締め切りギリギリまで放っておくが、書類の締め切りを過ぎた事は無い。
 漫画の様な話だが、本当の話だ。
「修羅場モード、ねぇ。」
 優は、遊んでいる子供たちに視線を向けた。
 今、二人は大学近くの公園のベンチに座っている。
 生徒に出会う事もあるので、二人の仲は公然の秘密となっていた。
 というか、俺達の話は優の一人娘、優美清秋香菜(しつこいようだが、本名である)の口によって、大学中に広められているのだが。
「そういえば、ココと空は元気でやっている?」
「元気すぎるぐらいだ。」
 あの事件以来、ココと空は俺の家(といってもアパートだが)に住み込む事になった。
 ココは、両親をティーフ・ブラウ・ウイルスによって、亡くなっている為、同じく、既に両親を亡くしている俺の家に住む事になった。
 空は優が俺の世話をする様、頼み込んだらしい。お目付け役といった所だろう。
「なんか近所まで声が響き渡ってそうなんだよな。」
「ふふ、そうでしょうね。」
「あれは新手の嫌がらせじゃないかと思ったぐらいだ。」
「本当の所は、嬉しいんじゃないの?」
「まあな。一人暮らしは寂しいからな。」
 優は突然、真剣な顔になった。
「・・・それだけなのかしら。」
「ん?何か言ったか?」
「いや、何でも。」
「そうか。」
 まだ、優は思い詰めた様な表情を浮かべている。
「何か相談事があるなら、乗ってやるぞ?」
「本当に何も・・・ないから。」
「それならいいけど。」
 何故か気まずい雰囲気になった。何か言ってはいけない事でも言っただろうか。
「桑古木って・・・」
「ん?」
「やっぱり鈍感ね。」
「なんのこっちゃ。」
「変な所で倉成と似るのね。」
「そりゃどうも。」
 はあ、と優は溜息をつく。
「さて、そろそろ大学に戻るか?」
「ええ、そうね。」
 もう一度、俺は空を見上げてから、ベンチを立った。


 俺は家のドアを開けて、中に入り込む。
「少ちゃん、おかえりー。」
「おう、ただいま。」
 少ちゃんという名前はどうにかならないのだろうか。考えたくはないが、一応三十路過ぎているし。
「おかえりなさい。桑古木さん。」
「ただいま。」
 今まで、交わす事の無かった挨拶。返してくれる人がいるのは幸せな事なのかもしれない。
「それじゃ、早速、晩御飯にしましょうか。」
「お、サンキュ。」
「晩御飯♪晩御飯♪」
 かくして、3人は食卓につく。
「鹿鳴館には慣れたか?」
「うん!沙羅ちゃんがいるからね。」
「そうか。持つべきものは良き友かな。」
「いい事いいますね。」
「そうかな。」
 そう言って、空の作ってくれた晩御飯を口に放り込む。
 武に、料理の手解きをしてもらったらしく、師の教え方がうまかったからか、弟子の作る料理も絶品だ。
「今度、お菓子を作ろうかと思っているんです。」
「いいねぇ、チャレンジ精神で。」
「美味しく出来たら、ココにも食べさせてね!」
「勿論です。」
 空はニッコリと微笑む。
 武の笑みは、空曰く、反則らしいが、空の笑みも十分反則な気がする。
「田中先生とはうまくいっておられるのですか?」
 びくっと過剰に反応して、その後、むせ返る。
「ご、御免なさい。」
「空さん、野暮な事は聞いちゃ駄目だよ☆」
「そうなのですか?」
「うん。」
 ナイスフォローだ、ココ。
「傍から見てるだけでも、お似合いって感じじゃん。」
 前言撤回。
「そうですね。」
 話の内容がどんどんエスカレートしていく二人。
「待て待て。」
「?」
「そんなに俺と優って・・・その・・・なんだ。」
「お似合いだよ。」
「そうなのか・・・って、何で心読めるんだよ!?」
「超能力者だから♪」
 とまあ、こんな感じで日常的な晩御飯は終わる。
 これが毎日繰り広げられるのだ。
 賑やかで楽しい事この上ないが、一人暮らしから一転した時は不慣れのせいか、疲れるものである。
 朝から、
「お兄ちゃん、遅刻しちゃうよ!」
 などと大声で言われた時は、心臓が破裂するかと思った。
「・・・兄妹か。」
 誰もいない部屋で一人呟く。
「ま、そんなのもいいかな。」
 ・・・とは、言うものの、やはり頭に引っかかる物がある。
 今度、優に相談でもしてみっかな。
「少ちゃん♪」
「うおっ!」
 慌てて後ろを見ると、そこにはココが立っていた。
「人の部屋に入る時はちゃんと・・・」
「ノックならしたよ。少ちゃんが気付かなかっただけじゃないかな?」
 マジで?
「何か考え事でもしていたのかな?」
「ん〜、そんな所だな。」
 どうやら、空は優の家に行ったらしくて、そのうち寂しくなったココは俺の所に来たらしい。
「ひよこごっこしようよ。」
「こんな狭い所で出来るか!」
「ん〜それじゃ、スーパーめくりんちょ。」
「ま、それならいいかな。」
 交渉成立・・・じゃなくて。
「ココ、勉強とかしなくていいのか?」
「うん、これでもココ、勉強しなくても学校のテストいい点とれるんだ☆」
 羨ましい話ではある。
 ココは、俺の部屋を出て行った。
「・・・困ったもんだな。」
 あんな事考えていた矢先に来られたんじゃ、嫌でも意識をしてしまう。
「こりゃ重症だ。」
 どたどたと、足音を立てて、走り込んで来るココ。
「ココ、気を付けないと――」
 一足遅かった。

 ドタン!

 ばらばらと、床に落ちるトランプ。
 一瞬時間が止まった錯覚に襲われる。
「コ――コ?」
 見事に足を引っ掛けたココは俺の体にダイブ。
 傍から見れば、二人は抱き合っているようにも見えただろう。
「桑古木?」
 反射的にドアの方に目を向けた。
――さぁ、お約束の展開だ。
「優――」
 言い掛けている間に優は玄関へと、猛ダッシュ。
「ココごめんっ!」
 俺は、ココから手を離すと優を追いかけて本気でダッシュする。
「あいつ、様子がおかしいと思っていたら――」
 俺とココの仲を心配していたのか。
「空っ!」
 アパートの階段を駆け下りた所に空がいるのが見えた。
「桑古木さん、どうしたのですか?田中先生も――」
「その優は、どっちに行ったかわかるか?」
「ええと、あちらの方に――」
「ありがとう!」
 俺は息を整えてまた走り出す。
 今なら、世界陸上新記録も出せるような気さえしてきた。
――いた。
 彼女が曲がり角を曲がっていくのが見えた。
「優!」
 思わず叫んで、全力疾走をする。
 すれ違った通行人が見てはいけない物を見てしまったかのような、視線を向ける。
 しかし、俺はそんなものを気にする程、暇じゃない。
――追いついた。
「優!待てって!」
「放してよ!」
「嫌だ!ノストラダムスの大予言が当たろうと、ハルマゲドンが起きようとも絶対この手を放してやんねー!」
 それもどうかと思うが。
 はぁはぁと、息の荒い二人。
「お前、俺達の事、心配してんだったら何で言わないんだよ!?」
「だって、そんなの、桑古木を信用してないみたいで嫌だったのよ!」
 深呼吸をしてみる。
「とにかく、来い。」
「ちょ、ちょっと。」
 程なくして、俺の家に辿り着く。――が、俺は2階に続く階段を上らずに、駐車場へと向かう。
「後ろに乗れ。」
 俺はバイクを引っ張りだして、優に促す。
「・・・」
 優は素直に後ろに乗ってくれた。
 俺は勢いよく、バイクを出発させた。

「優は知らなかったんだろうけど、昔から何かあった時は、この道走っていたんだ。気分がスカッとするもんでな。」
「・・・」
 優は答えない。後ろで泣かれている気配が痛いほど伝わってくる。
「いきなり本題に入るんだけど。」
 反応あり。
「ココとは兄妹みたいな感じで暮らしていこうと思っているんだ。」
「・・・」
 まだ不貞腐れているのか、こいつは。
「大分、家にも慣れてきたみたいだし、ココにも今度そう話そうと思っている。」
「じゃ、あれは何だったの?」
「お前の誤解。」
 何を、と言った感じの視線。
「ココが遊ぼうって言ってな。トランプを持って来たのはいいんだが、どっかのギャグ漫画みたいに見事にすっ転んでな。」
「え・・・?」
「んで、あんな体勢になったんだ。まぁ、誤解してもおかしくないな。」
「本当に?」
「お前に嘘をついている様に見えるか?」
 ったく。
「私、それで勘違いして飛び出したの!?」
「そういう事。人の話も聞かないで、お前って奴は。」
 ぐちぐちぐち・・・
 俺は既に子供を叱る時のような説教モードへと突入していた。
「・・・ごめんなさい。」
「わかりゃ、宜しい。」
 俺はカーブを抜けて、直線に出る。
「じゃ、スピード上げるからしっかり掴まっとけ。」
「うん。」
 優は後ろからしっかりと抱き付いてきた。

「ただいまー。」
「お邪魔しまーす。」
「お帰りなさい。お二人さん。」
 空は何やら意味深な笑みを浮かべていたが気にしない。
「ココは?」
「ココちゃんなら居間にいますよ。」
「サンキュ。」
 居間に入るとココが反省の色を浮かべて待っていた。
「少ちゃん、なっきゅ。ごめんなさい。」
「いや、いいって事よ。誤解も解けたしな。」
「本当にごめんなさい・・・。」
「いいのよ、私が勝手に勘違いしただけなんだから。」
「でも・・・」
 ココの謝罪は、永遠に続きそうだったので俺が強制的に終わらせた。
「なぁ、ココ。大切な話があるんだ。」
「・・・?」
 俺と優と空は、ソファに座った。空は何事かと興味津々な顔だった。
「ココさ、俺の家族にならないか?」
「へ」
 ココと空の声がハモる。
「えええええええええええ!!?」
 こんな夜中に叫んだら近所迷惑だろう。
 だがそんな事など俺にとってはどうでもいい事だった。
「ココちゃんが桑古木さんの家族に!?」
「でも、少ちゃんにはなっきゅという・・・」
「待て。」
「は?」
「勘違いすんなって。」
「どういう事?」
 隣で座っている優を見たが、彼女は笑っているだけだった。
「兄妹にならないかって提案しているんだ。」
「あ、そういう事。」
 またしても、ハモる2人。この2人、相性抜群なのではないだろうか。
「でも、なんで急に?」
「女の子2人と同居していたら、周りの人の目が白い気がするんだよ。それだけ。」
「なんか適当だね。」
 まさか、本当の理由は『優にこれ以上心配を掛けたくないから』だなんて恥ずかしい事は言えない。
「でも、ココは別に構わないよ。」
「マジか?」
「大マジ。」
 でも、と言って続ける。
「苗字変えるつもりないよ。」
「ああ、立場上の話だから、苗字を変える必要はない。」
「うん、わかったよ。少ちゃん。」
――俺は溜息をついた後、精一杯の笑顔で言ってやった。

「知ってるか、ココ。お兄ちゃんっぽい人はお兄ちゃんって呼んでもいいんだぞ?」



 あとがき
 桑古木救済計画ひとまず完結っ!多分救済されているはず。うんうん(勝手に納得)。
 さていかがでしょうか。何だかいつもの自分とは違った感じのスタイルがそこはかとなく・・・
 『ココはどうなったのか』という問題を考えていましたが、自分は『兄妹になる』という事で落ち着かせました。
 ・・・ってなんか桑古木がやっぱりロ・・・ごふっ!(BWによるアッパーカット)
 それでは、ひとまず退散させていただきます。


/ TOP / BBS








SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送