Ever17

Ｇｏｏｄ　ｂｙ，ｉｎｆｉｎｉｔｙ
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　作者：霜月　律

　　　－０－

　さようなら、こんにちは。

　　　－１－

　ぱんぱん。

「…………」
「……………………」
「………………………………」

　がやがやと賑わっている境内は人で一杯だった。
　……人で一杯でなかったら賑わっていないけれど、という自分へのツッコミはなしにして、ぼくは顔を上げて隣に並んでいる少女二人を見た。
「さて、行こうか」
「はいっ」と藍衣さん。
「オーケイ」と沙羅。
　こうしているとまるでぼくには友達がいないようにも思えるがそんな事はない。ちゃんとぼくにだってそういう存在はいるのだけれど、沙羅はそれを許さなかった。
　あの出番すらも与えられていない友人達の悲痛そうな表情と言ったら……。
　南無～～～。
「あれ、お兄ちゃんはまだお願い事を済ませていないの？」
「いいや、こっちの話」
　ぼくは友人達の存在を振り切るようにして実に爽やかな気分でそう言った。
　ああ、新年ってなんて素晴らしいんだろう。
「という訳で藍衣殿、今日は全て兄君の奢りでござるよ」
「ちょ、ちょっと――」「え、本当ですか！？」
　……あの、藍衣さん。着物姿で、しかも物すっごく眩しい笑顔で言われましても。
「本当に本当ですか？　うわー、ありがとうございます！！」
「あはははははは…………」もう乾いた笑い声しか出てこなかった。
「うん、きょうはぼくのおごりだからーなんでもいいよ」
「……棒読みだし」ぼそっと沙羅。
　沙羅は冗談で言ったつもりなのだろうけど、藍衣さんはそうとは取らなかったらしい。
　って藍衣さんの背景を思い返せば、奢られるのはぼく達の方じゃないのか？　しかし仮にもぼくは男だ、そして藍衣さんは女の子だ。
「本当に本当に本当にいいんですか？」
「本当に本当に本当にいいよ。うん、奢ってやろう、皆の衆！」

「よーし、優しい優しいホクト君には何を奢ってもらおうかなー」

　その言葉でハイテンションは一気にローテンションへと落とされた。
　目の前の二人は完全に固まってぼくの背後へと視線を注いでいる。
「ねえ、ホクト。たこ焼き十箱とかどうかな？　五千円だけど大丈夫よねー」
「え、えっと、ユウ？　ぼくは……」
「ぼくは皆に何でも奢ってくれるんだよねー♪」
「それは前言てっ――」「ああん？（゜д゜」

　…………新年早々こうなりますか。

　　　－２－

「はー、平和ですねぇ」と私。
「ふふ、そうだねー」と田中先生。
　……若作りはみっともないですよ、田中先生。
「ああん？（゜д゜」「いえ、何でもないです」
　さすがは親子と言うべきでしょうか。
「ところで倉成は？」
「小町……つぐみさんと仲良く初詣です」
「どうしても認めたくない訳ね」
「当たり前です！」
　ちょっとムキになってしましたが、私は「こほん」と咳払いをして、
「そう言う田中先生はどうなんですか？」
「うーん、諦めかけたって言うかビミョー」
　田中先生は呆れたような顔をしてそう言いました。
「何ですか、それは」
「いやさ、私達がどう頑張った所であの二人の関係が揺らぐのかなーって」
「私は貴方をそんな子に育てた覚えはありませんっ！」
「いや、育てられた覚えもないけど」
　ナイスツッコミです、田中先生。
「それで空の今年の抱負は？」
「倉成さん奪回です！　ゲットバックです！！」
「……奪回ってのは元々自分が所有していたものを取り返すことよ」
「だって倉成さんは私のエンディングを先に見たんですよ！？」
「それなら私のエンディングの方が先だったけれど」
　……どうやら私と田中先生は平行線のようです。
「って先生のエンディングってバッドエンドじゃないですか」
「…………」
「……………………」
「………………………………」

「ナイスツッコミよ、空」

　　　－３－

　なっきゅ先輩に連れ去られていったお兄ちゃんの存在を払拭するように私は藍衣の方を見た。
「……えーと、そういう訳で行こうか？」
「うぅぅ、ホクトさんの奢りー」
　藍衣は名残惜しそうにがくりと頭を垂れた。
「それにしてもお兄ちゃんのどこが好きになったの？」
　私は何気ない風にそう聞いたつもりだったのだが、どうやら藍衣は私の心中を見透かしたらしい。「ふふ」と笑っている。
「それは人に聞く前に自分の心に聞きましょうねー」
「……スパイの最高峰と言われていた拙者が……無念でござる」
「スパイと忍者ってまぁ似てなくはないですけれど」
　もう一度「ふふ」と微笑むと、藍衣は「内緒です」と答えた。
「仮に私が同じ質問をしたら沙羅ちゃんは答えてくれます？」
「クラッキングされようと暗号強度１３６ビットで対抗するでござる」
「でしょう？」と藍衣はおどけた調子で言ってみせる。
「まあ、いいや。それよりお祭り行こうか？」
「はいっ」
　お兄ちゃんにしたのと同じように藍衣はそう元気よく返事をして、私の後をついてくる。人が一杯なので、二人はその隙間を縫うようにして屋台を回った。
「お好み焼きを買うでござるか？」
「はい、まいど」と屋台のおじちゃんが愛想のいい笑顔でパックを差し出した。
「どこかで食べません？」
「いいけど――って、わわっ」
　人の波がその間にいた私たちのことなどお構いなしに動き始めたので、二人はその波に流される。
　藍衣を見ると――その手にはお好み焼きのパックの姿はなかった。
　そしてそれはゆっくりと地面に向けて落下中。
「あぁぁあああぁぁああ！！」
「わぁぁあああぁぁああ！！」
　二人は慌てて手を差し出そうとするが、人の波がそれを許さない。
　届かない――と思ったその時。

「うい」

　パックは私の『見覚えのない人間』によって受け止められていた。

　　　－４－

「武」「うん？」
　普段着の私と普段着の武の前を正月など知らないかのように電車が走り抜けていった。
　耳障りな音が止むと、ゆっくりと踏切が持ち上がる。
「明けましておめでとうございます」
「……お前、これで十七回目」
「私も随分と無意味な事をするようになったと思わない？」
「そうだなぁ、あの俺を詰っていた時代はどこに行ったのやら」
「深海の奥深くに沈んだのよ」
　これを俗に夫婦漫才と言う（本当に言うのかは知らないけど）。
「つぐみの今年の抱負は？」
「幸せな家庭を築く事」と言うと武は呆気に取られたような顔をした。
「お前さ、自分で言ってて恥ずかしくないのか？」
「恥ずかしいけど我慢」
　初詣の帰りだろうか。すれ違った数人が私たちに好奇の視線を向ける。
「ああ、俺たちって若いよなぁ」
「何、明後日の方向に言ってるのよ」
　武はぐっと親指を立てて、
「安産祈願ぽんぽこぽん」「……はい？」
　と実に爽やかに言った。
「これから身に起こる災いをだな……」
「ふふふ、意味わからないわよ」
　そして笑っている私自身も訳がわからなかった。
　本当、まったく。
「武の大馬鹿者」
「俺は世界一だ」
「武のＴＶ○ックル」
「俺は出てないぞ」
「ジャイアン」
「たーけーしーってそりゃ違う！」

　もう一度、私は笑った。

　　　－５－

「ホクト」「うん？」
　同じやり取りを人生の先輩方が繰り広げているとも知らずに、私はホクトに話しかけた。
「たこ焼き十箱」
「え、あれ本気で言ってたの？」
「冗談よ」
　脱力するホクトを見て、私は思わず笑った。
　人気の多い境内と違ってここは静かで、周りには屋台で買った食べ物を食べている人たちが目に付く。
「十箱もいいけど一つは欲しいかな」
　丁度小腹を空かせていまして、と苦笑するとホクトもそれにつられるように苦笑して「うん、わかった」と走っていった。
「あ……私も行こうと思っていたのに…………」
「ただいまー」はやっ！！
「うん、どうしたの？」
　ホクトは何でもないように父親譲りの爽やかな笑顔でそう言った。
「え、だって今行ったばかり……」
「いやさ、記憶を失う前は陸上部だったみたいでさ」
　そういう問題ではないと思うのだけど……ホクトの手に（恐るべし）ぶら下がったビニール袋を差し出されて私はそれを受け取る。
「ありがとう」
「どういたしまして」
　お安い御用さ、という感じの笑顔だった。
　なんかとてつもなく嬉しい。
「ホクト」「うん？」
　同じやり取りを人生の先輩方が繰り広げているとも知らずに――

　もう一度、私は笑った。

　　　－６－

「少ちゃん、少ちゃん！　綿飴！」
「おう、ちょっと待ってろ」
「少ちゃん、少ちゃん！　林檎飴！」
「おう、ちょっと待ってろ」
「少ちゃん、少ちゃん！」
「ちょっと待ったと言っている」
　俺がそう言うと、ココは「ほえ？」と首を傾げた。
「どうしたの？」
「とりあえず一つの物を食い終わってから次に行かないか？」
「あ、そうですね……にはは♪」
　新年、という事もあってかココのテンションは更にアップテンポになっていた。
　そう、ロック。ドラムンベース。３００ＢＰＭ。
「ココ、はぐれるなよ」
「了解でっす」
　落ち着ける場所に出て、俺は近くのベンチに腰を落ち着かせた。
　ココもそれに習うようにそうする。
「って言うかさぁ、新年なんだしそろそろ俺の事は『少ちゃん』じゃなくて『涼ちゃん』にしてくんない？」
「……涼ちゃん、自分で言ってて恥ずかしくない？」
「無茶苦茶恥ずかしい」
　ココは「にゃはは」と笑いながらパクパクと戦利品（？）を食い漁っている。
「しっかしまぁ……妙な縁もあったもんだよな」
　ココの方を見てみたが、ココは食べるのに夢中になっていた。
「まさか近所で生活を始めるとはなぁ」
　俺はそれを承知で独り言を続ける。
「ほんっと、妙な縁だよ」
「ほんっと、ここで会うなんて奇遇ですね」
　第三者の声に俺は振り返りもせず「初詣？」と聞いた。
　ココはと言えば最初からそれがわかっていたかのようだった。
「はい、おかげさまで」
「おかげさまはこっちの台詞、樟葉さん」
　笹原樟葉さんはベンチの前に回ってからやんわりと微笑んだ。
「魔術師って厄払いとかしてくれるんかいな」
「ええ、一応は出来ますよ。もしかして厄年ですか？」
「いや、興味本位」
　そうですか、と近くの石柱に背中を預けて少し残念そうに呟いた。
「私はこの後、人と待ち合わせをしているので」
「ああ、うん」
　と、樟葉さんはやっぱり微笑みながら、

「明けましておめでとうございます」

　　　－７－

「空……わかってる？　貴方も私も後一発なのよ？」
「わかっていますよ……これで仕留めてみせます」
　そう言って二人はライフル銃を目標に向けて引き金を引く！

　ぱんっ！

　静寂に包まれた中、そんな間抜けな音が鳴り響く。
　飛んだ玉は……目標物に当たったがそれが倒れる事はなかった。
　静寂がその場にいた誰かに破られる。
「……ああぁぁぁ、惜しかったね～」
「ふぅ、まったくです」
　屋台のおじさんが「残念」と言って、コルク弾を拾い上げると近くの景品を取ってそれをおもむろに私たちに放り投げた。
「……ぬるいメッコー○」
「ははは、奮闘賞だ。大丈夫、栄養分に文句のつけようはないから」
　味に問題があるのだが。
　おじさんがその言葉を言い終えると、周りのギャラリーたちが拍手を送り始めた。

――状況を説明するのなら、いい大人がゲーム○ーイアドバンスを取ろうと一時間弱、射的を続けていたのだ。全ての弾は当たっているのにびくともしないので最後は二人で一緒に撃ち続けていたのだが……結果はこの通りである。
「あれ、あそこにいるの、倉成さんじゃないですか？」
「え、ああ、本当だ」
　私たちは片手にメッ○ールを持って、倉成たちの所へ歩いていった。
「おーい、倉成ー」
「おう、明けましておめでとう」
「明けましておめでとうございます」
「……おめでとう」
　なんだか同窓会でもやっている気分になったが、まったく、私らしくもない。
「お前らいい年して射的に夢中になるなよな」
「うわっ、倉成には言われたくないわよ！」
「おおう、言ったな？」
「馬鹿二人組」
「こればっかりは同感です」

「…………」
「………………」
「……………………」
「……………………ぷっ」

　最初は誰だったか知らないけれど、爆笑の渦は四人は巻き込んだ。

　今年度、最初の大笑いだった。

　　　－８－

　涼ちゃんが女の人と話し終わるのを同時にココは綿飴と林檎飴とそれから焼きとうもろこしを食べ終わった。
「涼ちゃん、誰？」
「ああ、笹原樟葉っていう魔術師。そっち方面では結構有名な人らしくてね」
「ふうん。あの人も太陽星人さんが見えるのかな」
「さあ」涼ちゃんは肩を竦めると「今度聞いてみたら？」と言った。
「うん、そうする♪」
　ココは勢いをつけてベンチから立ち上がると、ぐっと背伸びをした。
「うにゃ～～～～」涼ちゃんはそれを聞いて苦笑する。
　ココは涼ちゃんの手を取ると、再び屋台を見て回ることにした。
　と。
「あぁぁあああぁぁああ！！」
「わぁぁあああぁぁああ！！」
　沙羅ちゃんと藍衣ちゃんが悲鳴に近い大声を出して手を差し伸べているのが見えた。

「本当にありがとうございました」
「いや、だからいいって」
　拾ってくれた男の人にペコペコとお辞儀をして謝る二人だけど、その男の人はどうでもいいという感じだった。
「……うん？」
　男の人がこちらを振り向いて「えっと」と口篭った。
「どこかで会った事……ない？」
「うん、あるよ♪ココは微笑んでそう言った。
「狛ったんの事はちゃんと覚えているよ」
　涼ちゃんが「え？」と首を傾げているのが見える。
「あれ、俺名前言ったっけ？　まあ、いいや」
　どうでもいいし興味も無いと無愛想に呟いて、
「悪いけど俺は忘れたから、うん、あー、明けましておめでとう」
「おめでとうございます♪」
　涼ちゃんと沙羅ちゃんと藍衣ちゃんはぼけーっとそれを見守っていた。

　　　－９－

　俺はつぐみ、空、優と待ち合わせ場所に向かった。
　そこは何故か土俵があって、一体誰がここで相撲をするのだろうと思ったがあえて気にしない事にする。
「お父さん」
「おう、ホクト」と振り返って絶句する。
「……お前、その両手の荷物は何だ？」
「お好み焼きにたこ焼きに大判焼きに……ｅｔｃｅｔｃ」
　……修羅場を潜り抜けてきたんだな、息子よ。
　見ると秋香菜は優と話している。
「沙羅と藍衣……さんは？」
「あー、あの二人とははぐれたって言うか何て言うか」
「……秋香菜か」「うん」
　即答だった。
「あの二人はそろそろ来ると思うけど……」
「たっけぴょーん♪」
「おう、ココ。明けましておめでとう」
「おめでっつありがっつ」
　沙羅と藍衣も後ろからやって来た。
「さて、と。しばらくはここで休憩だな」
「おーし、倉成！　あんた後で勝負よ！！」
「望む所だ、俺の銃の腕は『鷹の目』と呼ばれている程だぜ！」
「私は『ステルス落とし』の異名でアメリカ空軍から恐れられているのよ！？」
　そこでつぐみがぼそりと。
「……弾が当たっても景品が落ちなきゃ意味ないじゃない」
「それは言わないでくれ…………」
「小町つぐみさん」空の冷たい声。
「倉成さんを巡って勝負です」そういう事を本人の前で言うなよ。
「ええ、いいわよ？　戦闘能力において私は常人より上なのよ？」
「私だってそれは同じ事です」
「言ってくれるわね、ＬＭ－ＲＳＤＳ－４９１３Ａ」
「本気で来て下さいよ、キュレイキャリア」
　背中を突付かれて後ろを振り向くとホクトが耳打ちで、
「二人の喧嘩、止めなくていいの？」
「そういうお前はどうなんだよ。止められるのか？」

「……………………」答えは勿論ノーだろう。

　かくして本年度第一回の壮絶なバトルが繰り広げられることになった訳だが……。

　俺は溜息を吐いて、苦笑して、それから頭上の空を見上げた。

　青い、青い、澄み切ったような空。果てしなく、どこまでも続く空。
　雲一つなく、飛んでいるのは鳥だけだった。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　－Ｈｅｌｌｏ，ｎｅｗ　ｗｏｒｌｄ－

　あとがき

　……全キャラ視点を書くのって大変ですね。
　そんな訳で明けましておめでとうございます。
　いやあ、もう本当に明けましておめでとうございます(意味不明

　あとがきに書くことすらもないって感じなので余談を。
　サイト運営始めちゃいました。
　……ああ、石を投げないで（´д｀；
　まあ、今の所何もありませんが是非遊びに来てください。
　リンクしてくれる人激しく募集中です。

　一月、と言えば受験シーズンですね。
　実を言えば自分も受験生だったりするのですが……。
　こんなんで受かるのでしょうか？ｗ

　はぁ、『覚えろ、１１』（直訳）が発売されたらエバセブの方も衰退していくのでしょうか。
　しかも年代が2011年だから一番最初に逆戻り。
　まあ、とりあえず頑張っとけＫＩＤ（何様
　それでは、今年度最初の霜月でした。

/ TOP / BBS /

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