チャミ》eacher’s session.
                              ショージ


 私はチャミ(そう呼ばれている)、ハムスターだ。
 しかし、そんじょそこらのハムスター達と一緒にしてもらっては困る。ジャンガリアンなんてざらにいるじゃないか、と外見だけで判断しないでほしい。何故なら、ハムスターといえど私には高い知能(ハムスターとしてはそれなりに)を持っているのだから。それに幼い外見よりも遥かに長く生きており、尚且つ不老不死だったりする。
そこの嘘だと思ったあなた。そう、あなただ。だからあなただって………。
まぁ、信じる者がいれば信じぬ者が必ずいるとして、これも何かの縁だろう。これから順を追って話していくのでしっかり聞いてくれ。

始まりは私が海の中で拾われたことからだろう。え?……嘘じゃない。騙されたと思って、いや騙すつもりは毛頭ないが……とりあえず静かに聞いてくれ。質問は全て話し終えたあとに受け付ける。それまでは黙って耳だけ貸してくれればいい。
そこは海洋テーマパークLeMU。高い知能が目覚めたのは連れられて、かなり経過してからでしたので何が原因でそれが起こったのかは不明だが、とりあえず事故が発生していたらしい。
ある時まで私自身の過去の記憶は無く、おそらくLeMUの中を彷徨っていたところを救出されたのだろう。助けていただいたのが現在のご主人である、小町つぐみ様。今現在私は彼女に食事を与えられ、生きている。ご主人のことは好きですし、新しい環境(ボロアパート)にもようやく慣れた。一般家庭などでよく見られる、檻の中で閉じ込められて生かされるのはどうも好きになれないが、この家では放し飼いで実に伸び伸びと暮らせているのが嬉しい。
彼女は現在事故の最中に出会った倉成武と共に暮らしている。
いや正しくは4人一緒に、だ。……実は彼ら2人の間には既に――既成事実として双子の兄妹がいる。ご主人については私などがあまり語るのはどうかということで、この先も多くを語らぬよう注意していくとしよう。
さて、救出された私はご主人の体内には『キュレイ』というウイルスが存在しており、不運にも私はこの未知のウイルスに侵されてしまい、この身体になった訳だ。知能を持ったのはこのウイルスの副作用なのだろうか。それは未だにわからない。
考えもしなかった不老不死の身体。ハムスターの平均的な寿命は長く生きたとしても3年だ。しかし、このウイルスによってご主人は外見が17歳のままで40年以上も生きている。最初、この事実を知った時は流石に驚いたがペット(愛玩動物)という人生は選択の余地などあるはずがない。大切にしていただいていることもあり、不老不死の身体にしたことについてご主人への恨みなどは持つはずない。もともと長生きをしたいと考えていた私には好都合として受け入れることにした。
ポジティブに生きることは大切だ。感情1つで生き方は左右される。しかし、人間という生物はどうもそういった楽観的思想では生きていけないようだ。
そう、人は弱い。
横道に逸れるが第一、人とは何か?愛玩動物ではなく、動物という立場から私の意見を述べよう。
先日、倉成武が偶然チャンネルを変えている時、テレビから流れてきた一昔前に放送され、当時は子供からお年寄りまで老若男女問わない幅広い年齢層に及ぶ絶大な人気を誇っていた金曜日のドラマ番組で「人という字はなぁ、支え合ってできているんだよぉっ!ちきしょうッ!!」と国語教師が自慢の金髪を掻き揚げつつ『入』と赤い極太マジックで殴り書きされた黒板を激しく何度も何度もグーで叩きながら熱く語る台詞を耳にした。だがこれは間違いだ。
別に人という字が『象形文字から徐々に変形してできたもの』や『1文字で人を表すものだから人がお互いに支えあっているわけじゃない』や『それは人じゃなくて入だろ?わざとか?』などと揚げ足を取るのではなく、ただ私はこの文字が嫌いなのだ。
何故なら長い画(かく)が短い画に寄り掛かっているのが気に入らない。現代に生きる人間――自分のことだけを最優先に考えて、他人のことなど一切考えようと試みない――を象徴しているようで全く受け入れられないのだ。人という字から感じたのは『人の助けに頼り、自分からは何もしようとしない人間』という雰囲気。……それだけだ。
少し、余計な話をしてしまったな。話題を戻そう。
人は弱いというのは、言っておくが弱いとは体の強靭さではない。例え肉体がどんなに鍛え上げられていても精神とは脆いもの。内面の強さは外見によって隠されている。残念ながら鍛える術を私は知らない。これから先もこの術はわからないままだろう。しかし、精神とは鍛えるのではなく、強く胸に抱くものだと人間から知らされた。他の誰でもない、ご主人に。
17年。その間ずっとご主人は1人の男の帰還を待ち望んでいた。それは最愛の人。彼が残した一言を信じて、1日も忘れることなく彼を信じていたのだ。
あなたには考えられるだろうか。そして、あなたは最愛の人が死んでしまったとしたらこれから先の人生を生きていけるだろうか?……言ったばかりだが、人は弱い。普通の人間ならまず耐えられない。その時、大切な人の存在が自分の中でどれほどの規模だったのか知ることになる。大半は悔やみ、嘆く。しかし、ご主人は待ち続けた。
最愛の人、それが倉成武。ご主人も私も共に大切にしてくれているのには感謝するが、彼には興味がないのでこれもまた多くを語らぬとしよう。まぁ、機会があればまた次にでも。

以上で私が高い知能を持った訳を理解して頂けただろうと思う。ところどころ抜けているところもあるだろうが、許してもらいたい。
おや?結構熱心に聴いて頂けていたようだ。好評か。そうか、それは良い。ところで質問は?え?性別?私の?……そうだな、永遠の謎という解答で。他には?……反応がないので終了とする。
ではでは。




チャミ視点
~One Day~


AM7:30 倉成家の日常・朝

 再び、喧しく目覚まし時計が鳴り響いた。もう既に私は起きている。
「う〜ん………」
 音を鳴らすだけのそれを鬱陶しそうに布団から手を伸ばし、タイマーのボタンを探している。ご主人は朝に弱い。
やっと見つけ出したボタンをポチッと押し、音が鳴り止むと手が来た道を戻る。台所の方から機械顔負けのぎこちない動きをして誰か近寄ってきた。
「つぐみ〜、頼むから起きてくれ………」
 耳元で倉成武が囁く。実にこの行為は、最初に起こそうとこころみた(7:00)時以来の2回目。前回よりも少し腰が引けているが、彼なりに勇敢に立ち向かっているつもりらしい。
「……武、うぅ……ん、あと10分だけ………」
 そう言って再び、夢の中へと沈んでいった。
「……お前のその言葉、本日通算4回目だぞ……ぐっ、先刻の、が………ッ!」
 無念。
彼は言葉を切り、フラッシュバックする10分前の腹部の激痛によって地に平伏す。
 そう、彼の言うようにご主人が起こされるのは4回目。最初に起こされたのは2人の子供を学校に送り出したあとの7:00だった。お得意の「あと10分だけ」を発動させ、それから10分刻みに7:10、7:20、7:30と目覚まし時計をセットしてきた。
 しかし、悪ふざけのつもりだったのだろう。彼が3回目のセット(7:20)をした時計を普段と違う位置に置いたのだ。
当然ご主人は普段の場所を探し、何もないことに気付くと起き上がった。上半身を起こすと焦点の定まっていない据わった視線の先には探していたモノを持ち、微笑む彼の姿が留まるわけで……ご主人は躊躇うことなく、お得意のボディーブローをお見舞いした。
 まぁ、朝はいつもこんな感じだ。


AM8:23 お父さんは職探し・お母さんは仕事師?

 倉成武も腹部の痛みが何とか治まったようで出掛けていった。最近、働く意志を見せ始めた彼に田中優美清春香菜が仕事を探してくれているようだ。大学に行くことも検討したようだが、ご両親との話し合いの結果も左右され、就職することに。
彼の両親は、倉成武の実年齢38歳(彼もまたご主人と同じくキュレイウイルスを持つキャリアなので外見は20前後)から推測するに、大体晩婚であったとしても60歳は超えている。そのような高年齢者に鞭打って働かせる訳にはいかないだろうし、年金も奪い取ってしまうことは十分目に見え、過労死などでポックリ逝ってしまわれては余計に費用のかかることだろう。人間の世界はよくわからないが。……おい、筆者の知識不足も結局それで逃げるのか?
「ふぅ………」
 ご主人は静寂の広がる部屋の中、1人で黙々と作業に没頭していたがやがて一段落したらしく手を止める。生活の面では移り住む前に田中優美清春香菜から少しばかり「結納金よ」と援助があったため、今のところは特に苦労していない。しかし、ご主人は倉成武が働くことを決意すると自分も内職をして家庭を支えようと考えた。
 内職の内容は袋詰めやシール貼りなど様々ですが、とにかく量が半端じゃない。「絶対無理だ」と断言して言われる量だ。けれど、それを神速と呼べるほどの速さでノルマをこなしていくご主人の腕前は会社の方に「ここまでのモノができるとは………」などと感嘆の息を吐かせるほど。もはや職人というよりも神の領域に踏み入れつつある。いえ、神というほうが形容するのに相応しいくらいだろうか。そういえば、この間臨時収入を貰っていたような気がする。
「さて、と」
 ちゃぶ台に乗っていた無数の封筒を紐で縛り、束にしてダンボールの中に詰めると押入れの中に入り込み、天井裏へ続くであろう天井板を外した。取り出したのは大きな黒いゴミ袋。中身は膨らんでかなり大きい。私はその中身を知っている。
 袋の結びを解き、袋から姿を現したのは臨時収入で買った青い毛糸。
 この季節に毛糸といったら人間界では1つしかないようだ。言い忘れていたが季節は今、冬真っ只中。本日は12月21日の金曜日。
「はい、チャミ」
 捕獲された私は試しに作られた円筒形の編んだ完成品を頭から被せ、腹部まで移動させられて着衣した。中々、暖かい。温もりが伝わるというのはこんな感じだろうか。
畳に戻され、ちょこんと座る私を見たご主人は微笑んだ。
 
 
AM11:43 2言目は………

 昼になりご主人は食事を作る。毛糸は私の服共々、元の隠した場所に戻した。
「チャミ〜、ごはんよ〜」
 呼び掛けるご主人の元へヒマワリの種の山に私は向き合った。身長の倍はあるだろう。
「たくさん食べていいのよ」
 躊躇せず、食べ始めた。
 しばらくその様子を見ていたが、再び台所へと戻っていく。包丁がまな板を叩く、トントントンという軽い音が響いてきた。
 あれからというもの、ご主人は料理を覚えた。最初は包丁の握り方から教えなければならないほど経験が無かったため、いきなり包丁を向けられたことさえある倉成武は大分苦労したようだ。しかし、真剣に取り組んだこともあって徐々にだが上達していった。
「今帰ったぞ〜」
 玄関の方から扉の閉まる音と男の声が聞こえる。ご主人は首だけを巡らせ、
「あ、武。お帰りなさい」
彼の姿を確認すると作業へ意識を戻した。
 倉成武は昼に1度帰宅する。その理由は昼食。田中家で昼食を済ませることはあるのだが、何度も世話になるのは彼の性格上許されないようで週末のこの日だけは早く家へと戻ってくる。
「お昼、もうすぐできるから待ってて」
「違うっ!」
 突然、彼は叫んだ。その声に驚いたご主人は大きくビクッと体を震わせ、訊き返す。
「な、何が?」
 靴を揃え、真剣な顔で歩み寄ってきた。滅多に見られない真剣な表情は、時折私に恐怖を植え付けることすらある。
「つぐみよ、帰ってきた夫に対する2言目の台詞はそうじゃないんだ!」
 しかし、大半はつまらないことに真面目な話に見せかけるカモフラージュとして使用されるため、彼の口から吐き出された言葉の信憑性が薄れていく。
 どうやら今回もそのようだ。やはりというか、予想的中というか………。
「え?え??」
 真剣な表情に騙され、全く意味が掴めていない。
 彼はパンと自らの胸の前で手を鳴らし、両手を重ねた姿で硬い表情を解き、柔らかく微笑んだ。
「いいか?『先にお風呂?ご飯?それとも……わ・た・し?』だ!!」
 最後に首を傾げるのを忘れない。叫ぶように訴える彼の姿を私は特に何とも思わないが、ご主人は顔を真っ赤にしていた。
「ぐふっ!?」
 朝の出来事と共にこちらも予想通りというか、日常でよく見かける光景。
 繰り出されたのは数々の修羅場を潜り抜けてきた者の証明でもある光り輝くほどまでに洗練された技。まさに数多くの敵の崩れ落ちる姿を見てきた決め技だ。フィニッシュブローに値する。
「そ、そんな恥ずかしいこと……言える訳ないじゃないの………」
 ご主人の18番(オハコ)が鳩尾に炸裂し、倉成武は今朝と同様に床へと倒れ込んだ。最初のダウンにより、試合開始早々勝利という2文字はご主人に傾きつつある。
 いつもならここで沙羅の実況中継とホクトの解説が入るのだが、今日はお互いに学校へ行っているため余計な雑音は何1つ無い。沈黙という名の静寂が広がった。
「なーんてな。ハハハハハッ!」
 有り得ない。
肉体の限界を超えているのか?それとも精神が肉体を凌駕し、痛みを感じないのだろうか?
どちらにしろ3カウント内に立ち上がった彼は反撃といわんばかりに抱き締めた。
「きゃっ!ちょ、ちょっと武!?」
 完全に不意を衝かれたご主人は必死に逃れようと試みるが、敵うはずもなく力での抵抗を諦めた。
「打たれ強くなったもんだ俺も・・・・・・はぁ」
 否応無しに自然と鍛え上げられ、変わり果ててしまった自分に溜め息を吐く。涙も一筋流れていた。
「卑怯よ!」
 顔は真っ赤なまま叫ぶ。
「お前の攻撃の方が反則だ・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
 表現し難い複雑な表情でご主人も静かに溜め息を漏らす。身体からはほとんど力が抜け、彼に身体を預ける形となっていた。信頼できる大切な人だからこそできること。
「外は寒かったぞ〜。あ〜、凍るかと思った」
 いや、常識から考えて凍るわけはない。私が毛繕いをする間もなく、呆れるご主人。
「・・・・・・それで?」
 彼は耳元に口を持って行き、
「暖めてくれよ」
 囁いた。
「バ、バカ、お隣に―――」
 意味を悟ったようで一瞬目を見開く。
「405室の伊波君ならいるわけないだろ。本人に直接聞いたところによると、高校はまだ冬休みじゃないらしいからな」
 404号室の倉成家。その隣には現役高校生が1人暮らしをしているのだ。彼の両親は海外へと渡っている。どうやら、母親がピアニストらしい。
「・・・・・・バカ」
 調査していた彼の腕の中で消え入りそうな声で呟いた。
 倉成武は抱き締めたまま、移動する。
「そりゃ、俺にとって最高の褒め言葉だ」
 聞こえていたらしい。
私は彼と目が合った。そして手で払う往復動作を向けられ、目的はないが玄関の方へと仕方なく向かう。
 その途中、少々乱暴に倒れ込むような音が聞こえたのは気のせいではない。


PM1:34 ご機嫌つぐみん

 再び内職を始めたご主人はどこか楽しそうだ。
普段よりも顔が微笑んでいるように窺える。鼻歌も聞こえる。原因は毛糸の作業が思いのほか進んだからに違いない。
既に子供のためのモノは完成していた。


PM6:21 時代は流れる

 私はちゃぶ台の上で座っている。窓の隅に夕焼けが映えていた。
「何か、嬉しそうだな?」
 倉成武は夕刊から顔を上げて、ご主人に尋ねた。どうやら、普段以上に機嫌の良いご主人に困惑している様子。
「別に?」
 冷たく、ではなく微笑んで言った。思わず笑みがこぼれるといった感じだ。
「そ、そうか。ならいいんだが」
 何を感じたのか、慌てて新聞へと顔を戻した。
 ご主人は席を立ち、「沙羅も手伝って」と彼女がトイレから出てきたところに声を掛けると、連れ立って2人は台所へと向かう。夕飯の用意でも始めるのだろう。
「なぁ、ホクト」
 新聞を開いたままで、隣に座っている息子に呼びかけた。その声は小さい気がする。2人には聞かれたくない話か?
「何?お父さん」
 ちゃぶ台にノートと教科書を広げ、宿題をしていたホクトは首を巡らせて聞き返した。
「お前、おかしいと思わないか?」
 怪訝そうな顔で声は小のまま、更に訊く。
「何が?」
 何を言っているのか把握できていないようで、ハテナマークを頭上に泳がせ、こちらも更に尋ねた。
「つぐみだ」
 台所へと一瞬、息を呑んで間を作りだし、無音の中で倉成武は一言言った。
「お母さんが?」
 少し驚いている。驚きは不安を表したものだ。どうやら、彼の目には普段と何ら変わりない姿が映し出されているのだろう。
「あの機嫌が良いのには何か裏があるはずだ」
 軽く眉間に皺を寄せて断言した。
「そうかなぁ?」
 父親の質問を些細なことだと処理したらしく、返答と共に吐かれた溜め息には安堵も籠められている。
「ああ、そうだ」
「ふ〜ん。あ、そうだお父さんこの問題教えてよ」
 ホクトが数U教科書を差し出した。それに目を移す。
 ちなみに問題は『関数f(x)=ax3−3ax2+bの区間1≦x≦4における最大値が23、最小値が3となるように定数a,bの値を定めよ。ただし、a>0とする』だ。
「ん?ああ……………………」
 問題を見て、倉成武はフリーズした。
「お父さん?」
 長い沈黙が流れ、やっと気づいたようだ。今頭の中で必死に言い訳でも考えているのだろう。今後の話の展開をシミュレートし、話し掛けられるのを待っていたのだ。
「すまんな、ホクト。数学は現在出張中だ」
 目頭を指で押さえ、数秒経過していく。
「え?それって30年以上前のネタじゃ………」
 思わずツッコむ息子を尻目に記事へと視線を戻した。額には大粒の汗が浮かんでいる。
「って、お前が何故知っている!?」
 物凄い勢いで再び首を巡らせた倉成武は鋭くツッコんだ。『なんでやねん!』という動作はないが熟練の技が感じられる。
「友達に聞かされた」
「ほ、ほぉ、随分と懐古趣味な友人をお持ちなようで………」
 冷静に返答され、勢いは弱まってしまった。確か四字熟語で竜頭蛇尾というような似た言葉があった気がする。まさにピッタリだ。
「それで?」
 未だに理解できていないのはホクトが優しいのか、父親思いなのか、鈍いのかの三者択一だろう。
「だから、出張中なんだ」
 苦しそうだ。嫌な汗が流れている。
「要するに、……解けないの?」
 私には彼の視線が父を哀れんでいるように感じられた。それは倉成武も同様らしい。
「違うっ!それは断じて違うぞ!俺は解けないのではなく、『今は』解けないだけだ!」
 向けられた息子の視線に何かを感じたらしく、断固として熱く語る父親は言い訳を叫ぶ。
「ふ〜ん。沙羅〜、ちょっと数学教えてよ」
 疑心の眼差しを依然として向けながら台所の妹を呼んだ。
 ちょうど一段落したようで沙羅は走ってやってくる。
「御意でござる♪あ、解けたら御褒美にちくわ欲しいワン!」
「うん、いいよ」
 私も欲しいがあえて何も言わない。きっと沙羅なら分けてくれるだろうから。その証拠にホクトが契約に応じた時、お互い目線を交えた。3分の1は貰えそうだ。
 完全にご主人の話からズレてしまったため、今更話を戻す気力もない倉成武は私を摘むように持ち上げ、掌に載せた。
「なぁ、時代は変わったのか?」
 違う。だが、全てはお前が変えたんだ。
 
 
PM9:35 倉成家の日常・夜

「はい!そこまで!!いいかげんに――うぶっ!」
 倉成武の横っ面に白い何かが偶然当たった。即死は免れないだろう。倉成武、死す?
これは流れ弾だ。前以て言っておくがこの表現は決して間違いではない。
「あ、お父さん、ゴメ――ぶっ!」
 思いもよらない結果にホクトが慌てる。しかし、戦場は待ってくれなかった。「隙ありでござる!」と何処からか聞こえてきた。どうやら忍者がいるらしい。そして彼にも白い何かが剛速球と化して顔面にブチ当たった。ホクト、死す?
「油断大敵でござるよ、ニンニン♪」
 沙羅だ。ジョブは相変わらず忍者らしい。
 初めて目にした者はこの光景をどう思うのかわからない。しかし、これは今や倉成家では恒例と呼ぶより日常となってしまったもの。
そう、これは戦いだ………枕投げという名の。
初めは大体ホクトと沙羅のタイマンで幕を開けるのだが、途中から流れ弾に当たった倉成武が報復といわんばかりに大人気なく自ら参加してくる。しかし、必ずと言っていいほど……否、断言できる確率で父は……息子と娘の前に跪く。
「……ぬぅ、これでも喰らえ!」
 リビングデット(生きる屍)となった倉成武は白い何か――枕を乱暴に掴み、沙羅へと照準を合わせ、オーバースローで発射した。
余談だが、枕には戦争を経験した爺さんが筆を使って書いたような達筆な字で『枕投げ専用』と大きく枕カバーに印刷されている。倉成家ではちゃんと認定された物を使用しているのだ。
「なんのっ!」
 身軽な忍者は柳のような身のこなしであっさりとかわす。
そして、もうそれは引き返せない。……かわしてしまった。その行動が災いを呼んだ。
「……あ」
 逸早く、それに気付いたのは今まで目を回していたホクトだった。口を開けたまま、何かを見ている。視線の先は沙羅の背後、つまり倉成武が枕を投げた方向だ。
「あ………」
「………あっ」
 ホクトに釣られて残りの2人も視線を移す。
 彼らの視線の先に立っているのは、他ならぬ専用枕を両手に持った――ご主人だった!
「いい加減に……しろ〜っ!」
 そして吼えた。
 私は部屋の隅で騒ぎが収まるまで待つことにした。収まった後はご主人の布団に潜り込めばいい………。
 
 
 こうして、『第46次倉成家・明日の朝食担当争譲(?)枕投げ合戦』の終結と共に倉成家の1日は終わりを告げるのだった。


FIN



 This story is in charge of the two story’s sequel and prologue.
 Sequel is “From Now Onward 2”.
 Prologue is “They were covered with snow and love 0”.


あとがき

 明けましておめでとうございます!
 ショージです。
はい、短編ですね〜。今年1発目のSSがこれですか………ふっ。
2003年になりまして、初のSSです。今年も執筆活動に力を入れて、生きます(笑)

 チャミのSSは結構前から考えていたんですが、中々時間がなくて短編という形で実現しました。ちょっと長編は無理ですね。話が思いつきません。
 人とは全く違うことをやりたがるのが自分の性格なので、変わったものを書きました。
 チャミの性別はわかりませんので男のような口調に仕上げました。完全に年寄り臭いですね〜。自分は結構好きですこんな感じに喋る人♪……って、趣味丸出しです(爆)

 特に今回意識して書いてみましたのが、やたら長い描写とシーンタイトルです。練習と実践を兼ねまして、更に夢も加えた結果です。
 あ、昼の武とつぐみのアレは途中、枚数稼ぎのために文章挿入いたしました〜♪平和な感じ(?)を出したかったのではありません(苦笑)
それと争奪ならぬ、争譲(そうじょう?)とは造語です(笑)。あるかどうかはわかりませんので。

ついでに言わせて頂きますと、この話(チャミ視点)はFrom Now Onwardの続編(のようなもの)とThey were covered with snow and loveのプロローグみたいなものを兼ねています。英語は正しいのか微妙です………(汗)

それではまた会いましょう。
ではでは〜♪







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