〜They were covered with snow and love〜
                              ショージ


 暗闇の中を2つの影が歩んでいく。
 人の影というものは闇と違うものだ。どちらも黒いが、暗さが異なる。
闇は全てを包み込み、あらゆるものの存在や価値、それに形跡をも消してしまう。しかし、影は優しい暗さと言ってもいいだろう。影は隠すだけだ。一時的、または長時間……あるいは――永遠に。
光によって、人や物から作り出されるが影。
人の中に秘められていたり、闇そのものが闇。
 
 
 時間はまだ5時過ぎだというのに、外は闇に包まれていた。悠然と浮かぶ満月。月が中心となってその周りに星が夜空に煌き、夜の世界にも明るさを与えてくれる。昼間の太陽よりも弱い、優しい明るさだ。
 俺達は浜辺を歩いていた。海は暗いと言うよりも黒い。昼間の海からは想像できない裏の顔。不気味で違った雰囲気を漂わせている。潮を乗せた冷たい海風が頬を突き刺し、勝手に意識を冴えさせる。耳に届く潮騒が心地良い。波打ち際からちょうどいい位置にいるみたいだ。
優の紹介によって、俺は何とか就職した。優から貰った結納金としての資金にいつまでも頼るにはどうかと思っていたし、家族を支える大黒柱として働くことを決意した。もう1度大学に行き直すか考えたが、今更行ったところでやりたいことなど無いし、定年退職した親父を再び働かせて過労死に近づけてまで行きたくなかった。
さて、どうして浜辺を歩いているのかというと、まぁ長くなるが話してしまおう。アパートの前まで来た俺の帰宅を狙って、つぐみは家から出てきたらしい。いや、正確には待っていたと言うべきだろう。普段と同じ黒い服を着てコンクリート塀を背にし、もたれ掛かっていた。
つぐみによればホクトは優の娘とデートで、沙羅は友達と出掛けたらしい。だから、自分たちも何処かに行こうという訳だ。俺が何処に行きたいと訊いて、海がいいとつぐみは言った。だから海へ来ただけだ。別にクリスマスぐらい、言うことを聞いてやってもいいだろう。
「くしゅっ!」
 平行して隣を歩いていたつぐみが可愛らしいくしゃみをした。俺は溜め息を漏らす。そんな格好じゃ当たり前だ。
「やっぱりな、すると思った―――よ」
 喋りながら着ていたコートを脱ぎ、意外と華奢な肩に語尾と同時に優しく掛けてやった。
「あ、ありがとう………」
 目線を逸らし、俯くと頬を朱に染めてたどたどしくお礼を言う。言葉が冬の冷たい空気に触れ、白くなってこの世に現れる。冬しか見れない、言葉の正体を見た気がする。
「いえいえ。つぐみの可愛いくしゃみが聞きたかったからわざと今まで貸さなかったんだ、って言ったら怒るだろ?」
そんなところが可愛いんだよなぁ、などとしみじみ思っていたら次の瞬間には腹部に強烈な衝撃が駆け抜け、物の見事に甘い幻想をぶち壊し、共に意識を一瞬失った。
「ぐはっ!?」
 幻想は全て消えてしまったが、また築き上げればいい。それよりも意識を失って次の日に凍死体で発見されるのは御免だ。
「武のバカ!」
 ふっ、相変わらず見事なボディブローだな。威力は愛の力で格段と増してるんじゃないか?
 つぐみはトナカイの鼻よりも顔を赤くして走っていく。
え?トナカイの鼻は赤くない?んなことねーって、だって『真っ赤なお鼻の〜、トナカイさんは〜♪』だろ?……喋ってる場合じゃない!追いかけねぇと!
 俺も走り出す。
「待てよ〜、つぐみや〜い!」
 追い求めるつぐみの姿は遥か遠く……。闇に包まれつつあった。
 速ぇっ!ありえないくらいに速いぞ、つぐみ!世界新記録更新だ!?……って、何故疑問形なんだ!?くっそ!遊んでいる場合じゃねぇんだよ!
 足の筋肉が伸びたり縮んだり、と伸縮運動を繰り返す。自然と連動するように額から汗が流れてきた。全身を血液が普段より速い速度で流れている。呼吸を繰り返す際に苦しさがどんどん増してくるが、足を止めようとはしなかった。
いや、止められなかった。まるで、足が自分とは別の生き物のように自然と足を出している感じで、自分として意識を保って行っていた行動は踏み出す足と正反対に腕を振るだけだった。
ちなみに俺が今追いかけている理由は、あとでつぐみに追われる立場になるからじゃないぞ!立場逆転を恐れているわけじゃない!断じて違う!下克上?違う!そんな生温い言葉……一言では言い表せない! あれは……そう、地獄だ!
意外にも、というか俺の体はあの事件以来おかしくなってしまった。ちょっとした切り傷や擦り傷なんかはすぐに治ってしまう。だからつぐみの一風変わった愛情表現がバリエーション豊かになったと思うのは俺だけか?確かテロメアだかヌーメアだとか言っていた気がする。しかし、今掘り返すべき過去じゃない。
話を元に戻そう。体の異変はそれだけではなく、力が強くなったり、足も速くなった。記憶力も鰻上りで家事も大分覚えてきたし、料理のレパートリーも大幅に広がって最近は洋食に凝っている。ついでに裁縫のスキルも上達した。どうやら物覚えが良くなるらしい。
つぐみの後姿が先刻よりも近くに見えた。どんどん近くなっていく。おかしい。スピードを緩めているに違いない。きっとマジ切れ寸前だ。
ああ、神よ!どうか私にご加護を!
「つぐみ、つーかまーえた♪」
 腕を捕まえると同時につぐみは立ち止まった。首だけを巡らせ、冷ややかな視線を放つ。
「遅い」
 うぐっ、いきなりそれですか。おのれ、このまま引き下がる訳にはいかなくなったな。
腕を放して目を逸らす。
「はぁ……っ。あ〜、こちらクラナリタケシ。目標を完全にロストした。どうぞ」
 口元にトランシーバーを握る手を持っていき、クィクィ星人と連絡を取った。無論、振りだ。結果がどうなるかも予想できている。
「はぁ〜っ………!」
 つぐみは額に青筋を浮かべ、拳に向かって白い息を吐き掛けていた。うむ、完全に殴る前のお約束である予備動作だ。
「だーっ!わかった!俺が悪かった………おい、その腹は……なんだ?」
 俺はそこで初めて気が付いた。つぐみの腹が大きく膨れていることに。
「これ?」
 つぐみは自分の腹を指す。いつの間に膨れたんだ?風船か?お前の腹は。
「ああ、それだよ」
 平然とする自分を保つのに苦労しなかった。きっと、まだ状況を把握しきれてないんだ。少しずつ理解してきたらしく嫌な汗が背中を流れる。反応を待った。
「……できちゃった♪」
いや、可愛く言っても駄目だから。胸元に手を重ね、微笑む。あの笑顔だ。
「嘘言え………」
 大体記憶が無い。最悪の事態を招かないよう、いつもちゃんとした処置を施したつもりだ。最近の記憶だと一昨日か。膨らみ具合からして数ヶ月前が妥当だろうな……だとしたら、いや……ありえない……。いくら俺がボケて今の今まで気付かなくても今日でも昨日でもホクトや沙羅が気付くだろう。だから、そんなはずある訳がない!ふっ、つぐみよ、そろそろ嘘だと認めたらどうなんだ?
「本当よ。武、覚えてないの?」
 ああ、神は死んだ………。ずっと昔に死んでいたんだ。
膝の力が抜けて、その場に崩れ落ちた。砂と顔が接触する前に両手を突き、四つん這いの形になる。ガックリと頭を項垂れた。
「寒い……」
 寒かった。いくらコートを脱いだからといって、こんなに寒く感じるか?この寒さは一体なんなんだ。心まで冷えてきやがった………。
「武、寒いの?」
つぐみは肩に手を載せ、訊いてきた。ああ、そうだ。俺は寒い………。
「じゃあ、暖めてあげる」
「はい?」
 辛うじて動く眼球だけを泳がせた。モゾモゾと膨らんだ腹の辺りを何やら探っている。
「はい」
 つぐみは丸くなった、ボール状のふっくらとした手触りのそれを俺に差し出す。月明かりがそれを照らし、青いことが判明した。ついでにつぐみの顔はそっぽを向いて紅潮していた。
「何だこれ?」
 受け取って、立ち上がる。
 わからない。チャミの遊具か?それにしてはデカイ。転がせないだろこれじゃ。第一、俺に渡す意図がわからない。遊べと?遊んで暖まれと言うんですか、つぐみさん。
「マグロに見える?」
 溜め息を漏らし、呆れた表情を浮かべながら吐き捨てるように言った。
「いや……あ、セーターだろ………?」
 正体を見抜けずに困り、解答を求めるような声で呟いていた俺は、途中で気が付き、慌てて当然のような口振りで答えた。袖が丁寧に畳まれ、中に仕舞い込んであったのだ。
少々疑問形だったため、肩を軽く竦めるつぐみ。バカという言葉を待ち受けていた俺は次の瞬間に面を食らったのは言うまでもない。同時に安堵感が生まれたのも。
つぐみは再び手を突っ込む。
「はい、マフラー」
「お」
「はい、手袋」
「ほぉ」
「はい、帽子」
「え?」
「はい、腹巻き」
「マジ?」
全てを身につけると、たちまち気温が上がって寒さが緩んだ気がする。まさに完全装備とはこのことだ。
「これって………」
 今更になって呟いてみる。
「そう……。メリークリスマス」
 目を微かに細めて、口の端を持ち上げた。優しい笑顔が今俺だけに向けられている。普段通りのぶっきら棒な口調もこの瞬間だけは天使の甘い囁きに聞こえた。
「……ふっ、ふふ……あっはっはっはっはっ!」
 胸の底から込み上げてくる何か。正体がわからないが、笑いがこぼれてくる。だから俺は思い切り笑ってやった。
「た、武?どうしたの?」
 突然のことに流石のつぐみも困惑の色を隠せず、尋ねてきた。何だかんだ言っても心配してくれているのだろう。嬉しいことだ。
「さぁな、俺にもよくわからん」
 顔に手を当てて仮面のように覆う。別に、笑い顔を隠そうとしているわけじゃない。
「………ふふっ、バカなのね。武は」
 納得すると口に手を当て、笑い出す。
「ああ、だから今日がクリスマスだということも忘れてた――と思うか?」
 意味深な笑いを浮かべて目を見つめる。全ては計画通り………なはず、だ。
「え?」
 現実に引き戻され、見つめ返す。虚を突かれたに違いない。
「忘れてた――と、思うか?」
「ええ、もちろん」
 間髪入れずに答えてくれた。即答ですよ。今の質問から解答までの間を計測していたら計測者がストップウォッチ早押し種目で俺の中での最高記録を更新しそうなくらいに。
「…………」
 沈黙するしかない。この際だ、いじけてみるか?いや、ちょっと待てよ。つぐみが優しく介抱してくれるとは思えない。だとしたらするだけ無駄だ。くそっ。
「冗談よ」
 溜め息を吐いて短く言う。
 仕方ない。許してやるよ。
 そして、ポケットの奥に忍ばせておいた水色の包装紙に包まれた小さな箱を優しく半円を描くように投げた。放ったというほうが正しい。
 両手で慌てて受け取ると白い息混じりに呟く。
「何……、これ?」
 小さなその声は空気を震撼させて耳へと届いた。
 つぐみはずるい。わかっているくせに自分から事実を言ってはくれない。いつまでも待たされる側を選んでいる。待ってくれている、とここでは言わない。17年間も待たせてしまった俺にそれを言う権利なんてないのだから。決めるのはつぐみ自身だ。
「開けてみろよ」
 切り返しを軽い一言で終わらせる。誰かに似せて、わざと冷たく言ってみた。もちろん、すぐに睨まれたのは当たり前だ。
 セロテープを几帳面に取り、包みを開けた。正体は藍色の箱。
「これって………」
 蓋を開けば、現れる。
 そこに輝くのは銀色のリング。宝石など何の飾りもない指輪だ。
「……武っ!」
もう、言葉なんていらない。
 耳で捉えられないものを俺達は抱き合って、確かめ合った。つぐみの姿を、音を、香りを、手触りを。そして
「メリークリスマス、つぐみ」
 唇を重ね、最後に味を感じた。
 そして祝福するかのように空からは雪が舞い降りてくる。容赦なく俺達を染め上げていくのは愛だけでなく雪も同じだった。聖夜に舞い降りる雪はこの瞬間だけ、何よりも幻想的に思える。
 俺は今、雪と愛にまみれていた。
 
 
 FINE



あとがき

はい、完全に手抜きです。
所々で頑張ってますが、必死ですよ(苦笑)

本当なら武が缶コーヒーでも買いに行っている間につぐみがライプリヒの『元』研究員に眠らされそうになったところを武に助けられ、そのまま意識を失ってしまったつぐみを背負い、近い田中家へと運び込む。
つぐみを2階で寝かせ、1階ではクリスマスパーティの真っ最中。何故か目を回して床に倒れている桑古木と出掛けたはずのホクトを横目に女性3人は相当酔っており、武は酔った空(酒乱?)の熱烈な接待に翻弄(ヤバイくらいな接待です♪)される。そこにつぐみが登場するが、すぐさま逃げてしまう。追いかける武。だが空は中々放そうとしない。そこに春香菜の空手チョップ炸裂。何とか気絶させ、「峰打ちじゃ」と。
追いついた武。色々あって、グッドエンド♪

って、最後かなりいい加減。空のところだけ書きたかったからですね(爆)

題名『They were covered with snow and love』ですが『雪と愛にまみれて』です。
covered with~は受験生の人は知っているでしょう。『〜に覆われた』だったと思います。多分。

指輪には誕生石なんかを加えようかな〜、なんて考えましたがやめました。いや、つぐみの誕生石はルビーです。真紅のルビー。意味はありません。

こういう短い話もいいかな〜。

ではでは〜♪




2002



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