かがやけ! えばせぶ戦隊かぶレンジャイ!
                            シュラム


晴れた日曜日の朝。 田中家の居間でこの家の家主とその娘が、L字型のソファに腰掛けている。
彼女たちの視線は、部屋の隅に置かれた30インチのテレビに注がれている。
スピーカーから声が聞こえた。

「ぐげっげっげっげ! どうした、ピピレンジャ〜よ! 手も足もでないのかァ〜!」
「ひきょうだぞ! ゲテモノ怪人ガマゴタツ! 新潟県魚沼産コシヒカリを返すんだ!」
「ばかめェ〜、返せと言われて返すヤツがいるかァ〜」
「ちくしょー! コシヒカリさえなけりゃこんなヤツー!」
「まずいぞ、ピピレッド! もうすぐルナビーチの開店時間だ! このままじゃ今日の目玉の海鮮パエリアが
作ることできないぜ!」
「くっそー! ただでさえ赤字で火の車のレストランだってのに! どうしたらいいんだ!」
「ぐげっげっげっげ! とどめだ、ピピレンジャ〜」

「待てッ!!」
崖の上から人影。

「おまえは……。 ピピシルバー!」
「安心しろ、ピピレッド! 魚沼産コシヒカリはネット通販で手に入れた! そいつの持ってるコシヒカリは
用済みだ!」
「な、なんだってェ〜〜〜!!!」
「助かったぜ、ピピシルバー! …みんな、一気に決めるぞ!」
『おう!』

「ピピン@ダイナミック!!!」

「ぐげェ〜〜〜〜〜!!!」

「やれやれ、一時はどうなることかと思ったよ。」
「まぁ、一件落着ってとこだな。」
「さぁ、帰ってパエリアを食べに行こう!」


・・・・・・・・・・・・・・・


「うーん、おもしろかったぁ。 やっぱり懲悪モノはいつの時代でも燃えるわよねぇ」
ブラウン管から眼を放し、う〜んと伸びをするユウこと元・関東愚連会・苦麗無威爆走連合・七代目総長田中
優美清秋香菜。
「………」
「どうしたの、お母さん。 もしかしてつまんなかった? …まぁ、確かにコシヒカリはどうかと思うけどね。
やっぱりお米は、あきたこまちでしょ! あのもちもち感がいいのよねぇ。」
ひとり米について語るユウを尻目に、先生こと田中優美清春香菜はブラウン管を眺めながら考えていた。
そして次回予告ナレーションを聞き流しながらつぶやく。

「そうね…。 やっぱり燃えるわよね…。 懲悪モノって………。」










「…で、なんでおまえがここにいるんだ。」
今、俺の目の前でブラックコーヒーをすすっているのは、俺の上司 田中優美清春香菜だ。
今日一日オフだということで、朝食を摂るついでに理想の休日プランを立てるため、俺 桑古木涼権は喫茶店
に来ていた。
この喫茶店は最近俺が見つけた穴場スポットだ。まだ誰にも教えたことはなかった。

「私がここにいたらマズイの?」
優はにこやかに笑った。何がおかしいんだ、と思う反面イヤな予感がしていた。
「何か頼みごとでもあるのか…?」
恐る恐る口に出してみる。
「さすがは涼権。 私の右腕のことだけはあるわね。」

ゴ・ゴ・ゴ・ゴ・ゴ・・・・・・・

最悪の展開。予感的中というやつだ。
優が直に来た時点で感じていたが、コイツは相当ヤバイ。俺のこと名前で呼びやがったぞ…。

「実はね、特撮ヒーローの監督をやってみたいのよ。」
「また妙なことを言い出して…。」
頭が痛くなってきた。
優との付き合いは長いが、いまだに理解できない所は多い。おそらく一生わからないのだろう。
もっとも、わかりたくもないのだが。
俺のツッコミを無視して、優は話を続ける。 
「それでね。 涼権にはその下準備をやってもらいたいのよ。」
「…まさかとは思うが脅迫まがいなこと、させる気じゃないだろうな。」
「はぁ? なによいきなり。 そんなわけないでしょ。 話、ちゃんと聞いてたの?」
もちろん聞いていた。しかし優なら十分ありえる話だった。目的のためならどんな手段も取るし、どんな犠牲
も払う。たとえ人道に反することだとしても。田中優美清春香菜はそういう女だ。

傍若無人

まさに優のために言葉あるような言葉。この女のせいで俺はどれだけ苦労させられたことか。まったく、どう
いう神経して…る……。
…なんか、殺意のこもった視線を感じるぞ。こ、これ以上はやめておこう…。

「おほん。 私の知り合いに趣味で映画を作ってる人たちがいるの。 でも結構本格的でね。 一度撮影現場
を見学に行ったことがあるんだけど、アレはすごかったわ。 とても素人の集まりだって思えないくらい」
ウットリとした声で語る優。
「まあ、とにかくそこの人たちの力を借りられることになったのよ。 で、あなたには役者のスカウトの方に
行ってもらいたいわけ。」
「スカウトって…。 おいおい、急にそんなこと言われても困るぞ。 大体、俺は芝居に関しては素人だし…。
どんなやつ連れてくればいいんだよ。」
「大丈夫よ、抜かりはないわ。 めぼしい人材はピックアップしてあるの。 涼権には出演交渉をして、連れ
て来てもらうだけよ。」

結局のところ、人攫いなわけか…。

交渉なんていってるが優のことだ、連れて来れなきゃ『首に縄をつけてでも引っ張って来い』と言うのは目に
見えている。
遠い眼をする俺。
どうしてボクはこんなところに…。
思わず名無しの”少年”に戻ってしまいたくなった。

「で、これが連れてきて欲しい人たち」
そう言って優は、鞄の中から数枚の書類を取り出した。それを受け取り、目を通す。
「…おいおい、マジかよ。」
驚いた。数枚の書類には五人の男のプロフィールが書かれていた。そのうちの二人は俺のよく知る人物だった。
しかし一番驚いたのは”桑古木涼権”の名前がそこにあることだった。
「俺は裏方じゃなかったのか!?」
「まだ私『下準備を頼みたい』としか言ってないじゃない。 勝手に決めないでよね。」
「そりゃ、俺のセリフだ!」

「まさかとは思うけど…。 断るの気なの…。 桑古木涼権君……?」

ゴ・ゴ・ゴ・ゴ・ゴ・・・・・・・

当たり前だ! やってられっか! 年増女の戯言に付き合ってらんねぇよ!
「ソンナコトハ、アリマセンヨ。 アリガタク引キ受ケサセテモライマス。 オ美シイ、タナカ先生サマ。」
口が勝手に動いていた。俺の本能が生きるために最適な行動を取ったようだ。
…生きるためなんだ。負け犬なんかじゃない。生きてさえいればいいことだってあるんだ。

「よろしい。 それじゃがんばってね涼権。 私、楽しみにしてるわよ。」
うららかな春の風を思わせる笑顔を見せ、優は去っていった。
やはり恐ろしい女だ。自分の武器というもの完全に理解している。あんな顔を見せられると、嫌でもがんばろ
うという気持ちになってくるものだ。…男ってヤツは。
「そうやって俺の人生をメチャメチャにしていくんだよな。 おまえは…。」
頼んだ覚えのない、”ブラックコーヒー”の伝票に目を落としながらつぶやいた。










「あれ、桑古木じゃないか。 どうしたの?」
今、俺は倉成家の玄関前にいる。例のスカウトに来たのだ。
「まぁ、ちょっとな。 …今、一人か?」
「うん。 お母さんと沙羅は買い物に出かけてる。 ボクも一緒に行くって言ったんだけど沙羅に、『女同士
の秘密の買い物でござる』って言われて置いて行かれちゃったんだ。 沙羅のヤツ、秘密って言ってたけど、
お母さんを独り占めしたいだけなんだよ。 ずるいよなぁ。」
俺の前で倉成家の長男、倉成ホクトが不満を口にしている。

ちなみにコイツはユウの彼氏でもある。自分の妹にこんな態度を取られている様では、どうしようもないだろ
う。ユウに尻に敷かれる姿が容易に想像できる。コイツには俺のようになって欲しくないと思っていたが、本
人がこの様子ではまず無理だろう。きっと俺たちはあのサディスト親子にこき使われる人生を歩むことになる
んだ。

「武はどうしたんだ?」
そう遠くない未来に俺の同士になるであろう少年に尋ねた。
「お父さんは、『たまには俺も30代のおっさんらしい休日を過ごすぞ』って言って出かけちゃったよ。
みんな勝手だよなぁ。」
「そうか…。 一人なのか…。」
さっさと終わらせたいところだったがそうもいかないらしい。やれやれだ。
「とりあえず中、いいか?」
家の中を指差して俺は言った。





「で、今日はどうしたの?」
俺と自分用に煎れた2杯のコーヒーの片方をホクトは差し出した。ブラックだった。ソファに座ったホクトは
そのまま飲んでいる。テーブルの上には砂糖やミルクの類はない。あきらめて一口飲む。
コーヒーを皿の上に置いたあと、深呼吸し、よく通る声で、俺は

「今日からオマエは”ほくレンジャイ”として地球の平和を守ってもらうッ! 俺、”かぶレンジャイ”と
一緒に戦うんだッ!! 悪の軍団、肝臓奇人戦隊”オックマン”倒すその日までなッ!!!」

と、ホクトを指差しながら言った。

「………ハァ?」
ホクトは目を丸くしていた。と同時に哀れんだ視線で俺を見る。

俺だって好きでこんなこと言ったんじゃない。
優からもらった書類には”田中式必勝交渉術”なるものが記載されていた。

『田中先生の勝利の方程式 ホクト編
燃える闘魂! 明日に向かって突っ走れ!』    

俺のことをからかっているというのはわかっていたが、とりあえずやってみた。
結果は見ての通りだ。
…バカか、俺は。

「い、いや、実はだなぁ! 優…田中先生な。 あいつがヒーローもの映画を撮りたいとか言い出してさ。
出演者のスカウトめぐりをしてるわけだよ。 タイトルが”えばせぶ戦隊かぶレンジャイ”っていって、
おまえには”ほくレンジャイ”の役をやってもらいたいんだ。」
「ええっ!? そんなの無理だよ! ボク、今までそんなことした経験ないし…。 できるわけないよ!」
「そうか…。 やっぱり無理か…。」
こんなことになるというのは予想済みだった。そこで俺は用意していた切り札を使うことにした。

「あーあー。 優のヤツ残念がるなー。 楽しみにしてたしなー。
娘のユウもショックだろうなー。 あいつノリノリだったしなー。」
意味もなく言葉の語尾を延ばす。
「えっ? ユウが?」
「ああ。 彼氏のカッコイイ姿を見れるんだぜ。 そりゃノリノリにもなるだろう。」
「そっか…。 ユウが…。」

ホクトは国の天然記念物に指定できるぐらいの純情少年だ。そういう性格もあってか『ユウのため』という言
葉にめっぽう弱い。コイツには悪いがこういうことにさせてもらおう。もし一人でもスカウトできないものな
ら、俺の命の保障はされない。誰だって自分はかわいいもんだ。
それにまるっきりウソというわけでもないはずだ。アイツの性格を考えれば喜んで飛びついてくるだろう。
…彼氏のカッコイイ姿見たさかどうかはわからんが。

数分唸ったのち、ホクトが口を開いた。
「わかったよ、桑古木。 引き受けるよ。」
「おお、マジか!? そりゃ助かったぜ。 これであの親子の泣き顔を見ないで済むわけだ。」
心にもないセリフを吐きながら俺は
(まずは一人目か…)
と、まったく別のことを考えていた。










「うわ、お父さんホントにいるよ。」
「当然だろ。 倉成武のことで俺の右に出るヤツなんかいたりしないさ。」
俺たちは”30代のおっさんらしい休日”過ごしているホクトと沙羅の父、そしてつぐみの夫の倉成武の姿を
探しに来ていた。

「でも、どうして釣堀なんかに来てるってわかったの?」
俺の予想通り、武は釣堀に来ていた。
「はっきり言って勘だ。
とりあえず現代の30代の溜まり場にいるとは思えなかった。 アイツはバカだからな。」
文明の発達した今、釣堀に行く30代なんてかなり珍しい。武のほかに客は来てはいなかったが、21世紀の
浦島太郎は気にも留めてはいないようだった。
「確かにお父さん、バカだしなぁ〜。」
「バカの考えそうなことをまじめに考えても、バカが移るだけだ。 バカだから。」
「バカにはバカの理屈しか通じないしね。 バカだから。」
「だぁーーー!!! バカバカうるせえぞ、おまえらぁ!!!」
釣竿を放り出してバカが叫んだ。





「で、何しに来たんだよ、お前たちは」
武が不機嫌そうに言う。
「ごめん、ごめん。 ちょっとふざけただけなんだ。 機嫌直してよ、お父さん。」
「自分の息子にバカ呼ばわりされるなんて、屈辱以外のなんだってんだよ…。」
どうやら普通に凹んでしまったようだ。確かに悪ふざけが過ぎた。フォローしなくてはいけない。

「まぁ、落ち着けよ武。 武の”バカ”と、世間で言う”馬鹿”とはちょっと違うんだぜ。」
「少年…。 おまえケンカ売ってんのか…?」
「そうじゃないって。 武の”バカ”ってのは、バカ正直だってことだよ。」
「やっぱケンカ売ってんじゃねーかよ!」
「…それってそんなにカッコ悪いことだと思うか? 俺は思わない。 純粋で真っ直ぐな気持ちは時に勇気を
与える。 あのLeMUでの事故の時みたいに。」
「………。」
武は唖然としていた。
視線を外す。

やはりこういうのは俺のキャラに合わないとつくづく思う。結局この点に関してだけは、倉成武になりきるこ
とができなかった。優曰く、どこまで行っても俺は俺とのこと。

「ボクもそう思うよ。 あの時のお父さん、とってもカッコよかった。 きらきら輝いてたよ。 お母さんも
先生も空もココも桑古木も、みんなお父さんの輝きを分けてもらってたんだ。 だからみんながみんな、最
後まで希望を捨てずにいられたんだよ」
ホクトも2017年に起きた事故のことを知っている。4次元的存在との接触による影響で過去、現在、未来
に渡る時間の流れを知覚できたらしい。それゆえに、自分の父親の勇姿を語ることができるのだ。

「…ふぅ。 おまいら、よくそんなくさいこと言ってられんな。 恥ずかしくないのかよ。」
「お父さんほどじゃないと思うけどなぁ。」
「まったくだ。」
やれやれ、といった感じで武は肩をすくめた。多分、うまく話を逸らされたと思っているのだろう。
確かにそのつもりで話していたわけだが、ウソや偽りなんかはない。すべて俺の本心だった。倉成武は俺の男
としての理想像そのものなのだ。彼が在るからこそ、今の俺が在る。

「まぁ、それはともかくとして、だ。 おまえらホントに何しに来たんだよ。 わざわざ人のことからかいに
来たわけじゃあるまいて。」
「そういやすっかり忘れてたな。
武にヒーローものの映画に出演してもらいたいんだ。 ”たけレンジャイ”って役で。」
至極簡潔な説明。それに対して武は即答する。
「ヒーローものかぁ。 面白そうじゃんかよ。 いいぜ。
この倉成大先生に任せとけば”のー ぷろぶれむ”! 大船に乗った気でいたまえよ!」
そして予想通りの反応。武の性格を考えると、蹴るどころか無理やり飛びついてきそうな話である。
そんな風に考えていたから、別に驚きはしなかった。
それはホクトにとっても同じことだったようだ。くすくすと含み笑いしている。それにつられて俺も可笑しく
なってしまった。
「お、おいおい。 なんなんだよ。 二人して急に笑い出して…。 気味が悪いぞ。」
良くも悪くも”バカ”なのだ。倉成武という男は。

ちなみに優の書類にはこうあった。

『田中先生の勝利の方程式 倉成武編
ど真ん中、直球ストレート。』










残りの二人と俺は面識がない。赤の他人というやつだ。書類には大学生とある。優の知り合いなのだろうか。

「ここにいるんだ、その人。 ボク、沙羅と一緒に来たことあるよ。」
「こんな所にホテルなんて立ってたかぁ? やっぱ17年のブランクはきついぜ。 
そういや、”ぴぐみーらんど”潰れちまったって本当なのか?」
純情少年とバカ正直青年の二人がのんきに言う。
俺たちが今いるのは”月屋ホテル”という、ホテルの前だった。優の書類によれば、ソイツは必ずここで休日
を過ごしているらしい。

「しかしでかいホテルだ。 俺、こうゆう堅苦しそうなところ苦手なんだよなぁ。」
眉間にしわを寄せて武。
「でもここ、結構庶民的なホテルなんだよ。 見た感じが豪華なだけで中は普通なんだ。 最上階にレストラ
ンがあるんだけど、ファミリーレストランと変わらないし。 でも見晴らしは良かったよ。 沙羅も満足して
たなぁ。」
「ふーん…。 とりあえず、プールから当たってみるか。」
当り障りのない返事をして、俺は奥にある温水プールの方に足を進めた。





「シャラ〜ン」
ズキューーーン!!!
「うおおッ!!!」

思わず叫んでいた。プールで例の男を探そうとしていた俺の視界に、茶髪のロン毛が突然現れた。俺との距離
は約15cm。当然視界のすべては男の顔面だけである。驚かないわけがない。
「なんだ! 新手の変態か!?」
「た、大変だよ、お父さん!? 早く警察呼ばなきゃ!?」
倉成親子は狼狽していた。我に返った俺は、すばやくロン毛と距離を置いた。

「はっはっはっ! 脅かせてすまないね。 話は聞いてるよ、桑古木君。」
黒のビキニを履いた茶髪のロン毛が言う。イヤな予感がした。手元の書類に目を落とすと、そこには俺の目の
前で立っている男とまったく同じ顔があった。

「で、僕がぁ〜! いつも爽やか好青年、粋でいなせで涙にゃもろい、地球の平和を守るため、神が送った
正義の戦士……。 その名も『飯田億彦』だ!」

ロン毛はマジな目をしていた。俺のように冗談ではなく、本気で言っているのがよくわかった。
…最悪だ。超電波系じゃないか。正直、こういうヤツとは関わり合いになりたくない。
無視して帰るため、きびすを返そうとした。
頭の中に優の笑顔が浮かぶ。その笑顔はゆっくりと、それでいて確実に怒気をはらんだ顔になっていく。

ゴ・ゴ・ゴ・ゴ・ゴ・・・・・・

コ…コロサレル…!

「お、おう。 桑古木涼権だ、よろしく…。」
とりあえず無難に返す。
「そこにいる二人が僕の”戦友”になるわけかい?」
「ああ…。」
あまりの衝撃で流してしまったが、『話は聞いている』と言っていた。
この感じだと、快諾したように思える。
だったらわざわざ俺が出向くことはなかったのではないだろうか。

ロン毛は倉成親子のほうに視線を向ける。
「僕が”肝臓戦隊オックマン”のリーダー、”オクレッド”こと飯田億彦だ。 よろしく!」
「え? タイトルが違くない? 確か、えばせぶ戦隊かぶぅんんんっ!」
「は、ははは! 嫌だなぁホクト君! 間違って覚えてるじゃないかぁ! 僕らの名前は肝臓戦隊オックマン
なんだよぉ!」
俺はあわててホクトの口をおさえる。この先を言わせるとまずいことになるとわかったからだ。

『田中先生の勝利の方程式 飯田億彦編
騙したヤツが悪いんじゃない。 騙されるヤツが悪いのさ。』

コイツは自分が主役の映画を撮ると騙されているようだ。確かにこういう自尊心が高そうな男は、脇役なんか
じゃ見向きもしないだろう。
俺としてはどうでもいいことなのだが、監督の優が許さない。アイツは自分の都合で人を振り回すのは好きだ
が、他人の都合に振り回されるのは嫌いなのだ。
それはともかく、コイツを騙したまま優の所まで連れて行くことが俺の仕事らしい。

「武もなんか言ってやれよぉ!」
「…あ、ああーはいはい。 ホクト〜、ちゃんと人の話聞いとけよ?」
状況を理解した武が話を合わせる。ホクトもようやく理解したらしく、親指と人差し指でマルのサインを作っ
ていた。それを確認した俺はホクトの口から手を放した。
「ごめん、ごめん。 あれはこの前見た映画のタイトルだったよ。 変なこと言ってごめんね。」
「おいおい、驚かせないでくれよ。 僕だけ騙されてるのかと思ってしまったじゃないか〜。」
「そ、そんなわけないだろぉ! いやだなぁ! あ、あははは!」
俺は額にアブラ汗を浮かべながら乾いた笑いをもらした。

…やれやれだ。










億彦は最後の一人と知り合いだった。コイツが言うには精神年齢14歳の女子高生と”姫ヶ浜”という海岸で
戯れているだろうとのこと。道案内も兼ねた億彦と俺たちは海辺へと歩いていた。

「む、げぇ〜んの よ、ぞぉ〜らに い、ちぃ〜ばん と〜おいばぁ〜しょ」
「………」
「………」
「………」
億彦は上機嫌そうに歌っている。しかし中途半端に下手だ。いっしょにカラオケに行くと一番困るタイプであ
る。ネタにしてからかうこともできないし、かといって上手いわけでもない。歌の感想は?、と聞かれたら間
違いなく首をひねるだろう。
しかし、今はそんなことどうでもいい。
「こわ〜いほどぉ きぃれ〜いなぁ とお〜めいのらぁくえんへ」
「………」
「………」
「………」
問題なのは今のコイツの格好だ。黒のビキニ一枚だけなのである。そんな姿をした男と俺たちは街中を歩いて
いる。視線がかなり痛い。服はどうしたと聞いたら『家からこの格好だ』と億彦は答えた。よく警察に捕まら
なかったものだ。
俺の上着を着せてみたが、下半身だけ何も履いていなくては余計にリアルだった。途中で服を買って行くこと
になったが、どういうわけか売っていそうな所をまったく見かけない。先頭を歩いている男は確信犯なのでは
ないだろうか。
俺はこいつの格好を何とかできそうな所を探すのを諦めて最後の一人の資料に目を落とした。

名前は”石原誠”。20歳の大学生。サークルなどには入っていない。運動神経は平均的。成績は中の下程度。
性格はやや軽めだが、いい加減というわけではなく、根底は熱血漢、とある。
これを見る限りではごく平凡な大学生だ。個性の塊の億彦とは対極の位置にあるだろう。
ついでに言うと、

『田中先生の勝利の方程式 石原誠編
デンプシーロールは回転軸が弱点!』

と、ある。言葉をひねりすぎて何が言いたいのかまったくわからない。
これについてはもう触れないでおこう…。

「らせ〜んの よお〜に つながあってくぅ〜 こたえわぁ〜」





「さぁ、ついたよ。 ここが姫ケ浜さ。」
姫ヶ浜の堤防に俺たちは立っていた。浜辺には誰も居ない。
「…いいところだね。」
「…そうだな。」
俺はホクトの感想に相槌を打った。綺麗な所だった。眺めもいい。
優の厄介事さえなければ今日はここで過ごしたいものだが、現実はそんなに甘くない。
「…で、その石原誠ってぇヤツは、どこに居んべーや?」
「あ! あそこにいる人じゃない?」
ホクトが指差す。確かに岩場の方に人がいるのが見える。しかしここからでは断定はできない。
「とりあえず行ってみよう。」
浜辺に下りて歩き始める。





「やあ、くるみちゃん。」
億彦が中学生ぐらいの女の子に向かって声を掛ける。
「あれ、おっくんじゃない。 めずらし〜なぁ。 どしたのこんなとこで。」
女の子がこちらに気付く。その手にはカニが握られていた。どうやら岩場にいるカニを捕まえていたようだ。
「石原、見なかったかい? ここに来てるって話なんだけど。」
「お兄ちゃんならカニを捕まえに、遥さんと向こうの方へ行ったよ。」
くるみと呼ばれた女の子が指差しながら言う。それを聞いた億彦の顔が引きつる。
「な、なんだってぇ! 石原ぁ〜、君って男は!」
億彦は女の子の指差した方へ、走り去ってしまった。
「くるみたちはねぇ、第21回天下一カニ相撲たいか…。 って、もういないや。」
「お、おい。 なんかやばそうじゃないか?」
武が不安そうに言う。確かにさっきの億彦は血走った狂犬のような目していた。ただ事ではない。
「同感だ。 さっさと追いかけよう!」
女の子を置いて俺たちは走り出した。





「いた! あそこだ!」
10mほど先で億彦と、写真の男 石原誠が言い争っているのが見えた。その後ろにさっきの女の子とは別の
子がたたずんでいる。先ほどの会話から察するに、彼女が”遥”だろう。
「石原ぁ〜、君って男は!」
「あー! さっきからなんなんだよ、おまえは! 言いたいことがあるならはっきり言え!」
「石原ぁ〜、君って男は!」
飛び出して言った時と同じ言葉を連呼している。頭が逝ってしまったのか?、と思っていると億彦が拳を振り
上げた。そしてまた同じ言葉。
「石原ぁ〜、君って男は!」

ぷっつ〜ん!

「ガタガタうるせぇッーーー!!!」
誠は億彦のパンチを屈んで避け、カウンターを放つ。

バシィィィィン!

億彦の左わき腹に拳が決まった。後ろによろめいた億彦に対し、誠は間合いを詰める。
誠の上半身が奇妙な動きをみせる。∞の字を作るように体を回転させているのだ。上半身の動きは徐々に加速
し、スピードが乗ったところで回転しながらパンチを繰り出す。

「ドラドラドラドラドラドラドラドラドラドラッ!」

激しいラッシュの後に体の回転を止めた誠は、ダメ押しの一撃を放った。
「ドラァーーーーーー!!!」

ひゅーん

誠のアッパーをくらった億彦の体は綺麗に舞い上がりやがて、

ぽっちゃーん!

と、海中に落ちていった。

「って、沈んじゃったよ!」
ホクトの声で俺は我に返った。
冷静に考えたら億彦もメンバーの一人なのだ。欠けることは許されない。
俺は上着を脱ぎ捨て海へ飛び込んだ。





「いや、ホントに助かったよ。」
海から億彦をサルベージしてきた俺に誠は礼を言う。武とホクトはいまだ倒れている億彦の介抱をしている。
遅れて追いかけてきたくるみと、誠の連れの遥は億彦を気にする様子もなく、再びカニ捕りに没頭している。
飯田億彦…。不憫也…。

「寝てもらうだけのつもりだったのに、あやうく海の藻屑にしちまうところだった。」
あんなに激しいデンプシーロールを喰らって、気絶だけですむ人間はごく稀だろう。というか普通は天に召さ
れる。誰がどう見てもやりすぎだ。
「そういや、まだ名前言ってなかったな。 オレは…。」
「石原誠…だろ?」
誠の言葉をさえぎり俺は言う。それを聞いた誠は怪訝そうな顔をする。
「悪い…。 名前忘れちまった。 もう一回教えてくれないか?」
誠は俺たちが一度会ったことがあると勘違いをしているようだった。
「気にしなくていい、初対面だ。 俺は桑古木涼権。 
…いきなりですまないが、実は君に頼みがあって来た。」
本当は、誠の知り合いだという億彦の力を借りて話を通すつもりだったのだが、肝心の億彦はこれだ。
もはや使い物にならないと判断した俺は話題を切り出した。

「俺たち、自主制作の映画を作ろうと立ち回っているんだ。 誠には役者として映画に…。」
いきなり、『悪の秘密組織と戦う映画を撮りたい』とは言えない。
俺の軽い牽制球を誠の声がさえぎった。
「そいつはちょうどいい! 是非やらせてくれ!」
いきなりのOKサイン。拍子抜けだ。
「いいのか? まだ映画の内容すら言ってないぞ。」
誠が耳打ちしてくる。
「ああ、いいんだ。 あの二人から開放されさえすればさ。」
そう言って誠は遥とくるみの方に目を向ける。

「実はこの1週間、カニ相撲大会だとかにつき合わされててさ。 大学の講義が終わった後に付き合ってるん
だが、これがなかなか終わらなくて…。 まだ総取組数の三分の一しか終わってないんだ。単純計算でもあと
2週間はカニ相撲漬けだろ。 俺はさっさとやめたいんだが、そんなこと言ったら二人とも怒っちまいそうだ
し…。 どうしたらいいか途方に暮れてたんだよ。」
これで大義名分ができたわけだ、と誠は付け足す。”カニズモウ”って何だ?、と思ったが口には出さなかっ
た。とりあえず、事態は俺にとって好転的なようだ。

「二人とも何してるの?」
いつの間にか遥とくるみが俺たちの後ろに立っていた。誠が俺を小突いてくる。『話を合わせてくれ』という
サインだろう。俺は無言で頷いた。
「ああちょうど良かった。 …実はさ、オレ用事ができちまったんだ。 だからしばらくの間はここに来れな
いと思う。」
「ええ〜! お兄ちゃん行っちゃうの! じゃあカニ相撲は〜!?」
くるみが非難の声をあげる。遥も不服そうな顔をしていた。
「いや、オレも残ってやりたいところなんだけど、コイツがど〜してもってさ。」
そう言って誠は俺を引っ張り出す。『調子のいいヤツだ』、とは顔に出さずに会話を続ける。

「そうなんだ。 どうしても俺たちは誠の力が必要なんだよ。」
「先に”約束”していた私たちを差し置いてまで?」
遥が俺に向かって言う。口調は先程と変わらないが、顔はムッとしている。彼女が約束事を重んじるタイプだ
というのがよくわかった。
「二人には悪いけど…。 それでも、だ。」
「…わかった。 それじゃしょうがないね。」
彼女の表情がほぐれた。しかし、薄っすらと悲しそうな目をしているのが見て取れる。
彼女たちには本当に悪い事をしてしまった。俺の心に罪悪感が生まれる。
「ゴメンな。 この埋め合わせ必ずするからさ。」
誠も俺と同じことを思ったのか、両手を合わせて本当にすまなそうに謝った。
いまさら『ただの口実だった』と言えない事もあるが、俺の事情も考えた上でこうして頭を下げているのだろ
う。軽そうに見えて責任感がある所は武に似ているなと思った。

「絶対だよぉ。 破っちゃダメだからね〜。」
くるみもしぶしぶだが納得してくれたようだ。
「ああ! 約束だ!」










「戻ったぞ、優。」
苦労して役者たちを集め終えた俺は、彼らを引き連れ報告と今後のスケジュール調整のために優のラボに来て
いた。ちなみにノックアウトした億彦は、誠が背負っている。
「丁度良かったわ、桑古木。 ベストタイミングよ。」
受話器を机の上の本体に戻し、椅子に座ってふんぞり返った優が言う。
どうやら、どこかに電話していたようだが…。
「意味がわからん。 どういうことだ?」
「私の方も今、丁度終わったのよ。 準備がね。」
にやりと笑う。悪の秘密結社の幹部を思わせる笑みだった。

ハマリ役だ…。

「さぁ、それじゃ行きましょうか。」
優が椅子から立ち上がる。
「行くって…。 どこに行くんですか、先生?」
「そんなの決まってるじゃないの、ホクト君。」
再び、優が怪しい笑みを浮かべる。

「撮影に、よ。」





「てーか、今から撮影かよ!」
現場に着いてから発した、俺の第一声だった。そもそも台本すら持っていない。これで何をしろというのか。
「着替えてから言うな…。」
武がツッコむ。俺たちは撮影用の衣装に着替えていた。

あれから俺たちはロケバスに乗り、ここに連れてこられた。優は行く所があると言い、一人どこかに消えてし
まった。バスを運転していたのは黒服にサングラスをかけたガタイのいい男だった。
ロクに舗装もされていない道を進むこと1時間、現場に着いた。バスから降りた俺たちに黒服は衣装を渡した。
「これに着替え、次の指示を待て。」
そう言って男はバスと共に消えてしまった。残された俺たちはおとなしく衣装に着替えることにしたのだ。

「なぁ、ひょっとして撮影する映画ってヒーローものの映画なのか…。」
衣装に着替え、自分の格好を見ながら誠が言う。
そういえば彼にはまだ本当のことを言っていなかった。
「そうだけど…。 もしかして、聞いてなかったの?」
「ああぁ! やっぱそうなのかぁ!?」
ホクトの質問には答えずに、誠は頭を抱える。
「ってことは、やっぱアレか。 あの恥ずかしいキメ台詞とか言わなきゃいけないわけか!?」
「おまえさんが考えてる恥ずかしいキメ台詞がどんなんだかわかんねぇが、そういう台詞のひとつやふたつは
あるんじゃねえかな。」
「ああ、マジかよ! 考えただけで恥ずかしくなってきやがった…。」
そう言った誠の顔は赤くなっていた。俺が何か言おうかと思った瞬間、

「恥ずかしがることはなぁーい!!」

気絶していた億彦が起き上がり大声で叫んだ。
「キメ台詞とは古来から受け継がれてきた、戦士たちの魂を形にするものだ! 断じて恥ずべき行為などでは
ないのだぞ!!」
億彦の口調は先程と比べるとかなり変わっていた。根っからのヒーローマニアなのだろう。
いまだ渋る誠にヒーローについて熱弁を振るっている億彦も、衣装に着替えている。いつまでも海パン一枚に
しておくわけにはいかなかったので、無理やり着替えさせたのだ。
 
「しかし、いかにもって感じのとこだな。」
辺りを見回しながら武が言う。俺たちは切り立った崖の下にいた。辺りには大小色々な大きさの岩が転がって
いる。特撮ヒーロー番組の山場、悪の怪人とのバトルシーンを思わせる所だった。
崖の上を見上げる。いまにも誰か出てきそうだ。

「待たせたわね! えばせぶ戦隊かぶレンジャイ!」

というか、本当に出てきた。

「数々の悪事もこれまでよ! 今日この地で貴方達の道は潰える!!」
姿を現せたのは優だった。両手を白衣のポケットに突っ込んで悠然と立っている。
「何のことだ! 優ッ!!」
なにやら雲行きが怪しい。俺の第六感が危険を告げている。
再び崖の上から人が現れる。

「<魔術師の赤>! アキカナ!」
「<隠者の紫>。 ツグミ。」
「<銀の戦車>! くるくるクルミ!」
「<法皇の緑>…。 ハルカ…。」
「そしてッ! <星の白金>! ハルカナ!」
『人の法で裁けない悪を! 私達”エヴァーダストクルセイダーズ”が裁くッ!!』
現れたのは、ホクトの彼女 ユウと、武の妻 つぐみと、誠と億彦の知人 くるみと遥だった。

ゴ・ゴ・ゴ・ゴ・ゴ・・・・・・

俺の第六感も捨てたものではないらしいが、それを喜べる状況ではなかった。
「おい、涼権! どうなってんだよ! これじゃまるで…」
「ボクたちの方が…。」
「悪者みたいだねぇ。」
誠、ホクト、億彦が俺に非難めいた視線を向ける。
「みたい、じゃなくて実際そういうことなんだろう…。」
3人の顔を見ずに言う。
「てことは…。 つまり…。」
武はあごに手を当て、推理ドラマの主人公のように思考をまとめようとしている。
「おそらく撮影はでっち上げだ。 本当の所はわからないが、優は俺たちを袋叩きにすると言っている…。」
辺りには何もないし、誰も居ない。誰か隠れている様子もない。打ち合わせのようにも見えない。あの白衣の
女が何を考えているのかわからないが、俺たちを集めた理由は別にあるはずだ。

「ふざけんなよ! そんなのやってらんねぇって! 俺は降りるぞ!」
武はきびすを返し、立ち去ろうとする。
「逃がさないわよ…。 武…。」
いつの間にかつぐみが俺たちの背後に回り込んでいた。
「つ、つぐみ! おまえ、自分の旦那をいたぶるようなことして楽しいのかよ!?」
「ええ、とっても…。」
場の空気が5℃下がったのがわかった。
「ど…。 どういうことなんでしょうか、つぐみさん?」
おろおろと武が言う。まさに、蛇に睨まれたカエルである。

「武にはがっかりしてるの…。 二人で共働きしてるのに、家事はほとんど私の仕事。 そのくせ家族サービ
スのひとつもない。 若妻のストレスはたまる一方なのよ…。」
『若妻って…』というツッコミを口の中で消化する。こんなこと口走ったら、俺の体がどうなるかわからない。
「お、おい! ちょっと待てよ! 俺、家事は手伝ってるじゃねーか!」
「日曜日だけ、ね…。」
毎週日曜だけは武が一人で家事をしていることをホクトから聞いた覚えがある。武は平日の朝から晩まで働い
ているため、家事に時間を割けない。必然的に夕方からパートで働いているつぐみに家事を任せることになる。
しかし、それではつぐみに負担がかかりすぎてしまうということで、日曜は武がこなしているらしい。
倉成家の”若妻”は、それでも不満なようだ。
「ストレス…。 そう、ストレス。 この苛立ちを消してくれるのは武、貴方しかいないのよ。 貴方をいぢ
めればきっと私の心は晴れると思うの。 この空のようにね…。」
天を見上げる。どす黒い雲が辺りを覆い尽くしていた。つぐみの目にはどう見えているのだろうか?

「つぐみだけじゃない…。 みんな貴方達には何かしらの不満を持ち合わせているのよ。」
つぐみに気を取られている間に俺たちは完全に囲まれていた。退路はない。ユウが一歩前に出る。

「ホクト…。 マヨとはどういう関係なの…?」
「どうって…。 ボクの妹、としか言いようがないよ…。」
「それにしては、仲が良すぎじゃァないかしら?」
ユウの右眉毛の角度が45度くらいに傾いた。恐ろしい形相だ。血は争えない。
「彼女に内緒でデートなんて…。 プッツンシソーだわ。」
口調がだんだんと怪しくなってきた。まるで不良学生のようだ。
「そんな! デートなんてボク…。」
「月屋ホテル! 知らないとは言わせないわよ!!!」
ホクトの弁解をユウが一刀両断する。ホクトは何も言えなくなってしまった。
「…まぁそういうわけだから。 少年…? 付き合ってもらうわよ…!」
バキバキと指を鳴らすユウ。ホクトの顔は青ざめていた。とても情けない構図だ。

「誠と億彦にも…。 言いたいことがあるの…。」
遥が前に出る。
「タンマ! 億彦はともかくオレは何もしちゃいないぞ!」
「石原ぁ〜、君って男は!」
仲間割れをする二人。そんな二人を無視して遥は話を続ける。

「誠は…。 私たちを置き去りにした…。」
「そーだよぉ! カニ相撲大会ぃ〜!」
「あれは二人とも納得してくれたろ! …て、どうして二人ともここにいるんだ! 姫ヶ浜に残ったはず…。」
「”埋め合わせ”をしてもらいに来たんだよ。」
「へ?」
そういえば誠は、遥とくるみに対し
『ゴメンな。 この埋め合わせ必ずするからさ。』
と言っていた。
「優先生がねぇ、機会をくれたの。 お兄ちゃんを『ひいひい』言わせる機会を!」
さすがは優。ひとの私怨まで利用するとは…。

「はっはっはっ! 自業自得だなぁ、石原ぁ!」
億彦が愉快そうに笑う。遥はその笑い声を聞いてムッとする。
「億彦、邪魔。」
「は! 遥ちゃん!?」
遥が億彦に辛辣な言葉を投げる。それを聞いた億彦は、塩をかけたナメクジのようにしおれてしまった。
「遥さんはねぇ。 困ってるんだよ。 おっくんがシツコク付きまとうからさぁ〜。」
くるみが畜生を見るような目つきで言う。
「くるみちゃんまでそんなこと!」
「億彦、うるさい。」
「はぁ!! 遥ぁちゃんっ!!?」

「と、まぁこんなわけ。 お解かり?」
優が話をまとめようとする。
「勝手に締めるな! 俺はどーなる!? 意図的に無視するなよ!」
なにもしていないのに、恨みを晴らすから殴らせろでは納得がいかない。心当たりもなかったので大きく出た。

「桑古木は…。 わたしが殴りたいからよ。」

「ハ、ハイ? ナンデスト?」
何を言っているのか解らなかった。優の言葉を翻訳できなかったのだ。口が勝手に聞き返していた。
「昔は私が頼み事するだけで嫌そうな顔してたじゃない? そういう時には桑古木に”お仕置き”してたこと
思い出してね。 またやってみたいなーなんて。 今の桑古木、完全に調教しちゃってるからそういう機会が
なかなかないでしょ?」 
なんという女だ…。つまり『殴りたいから殴らせてくれないかなぁ、桑古木くん』とかわいい顔して言ってる
わけか。
「お、俺はサンドバックかぁーーー!!!」
「悪くない例えじゃない? ま、そんなわけだから逝って頂戴、桑古木。」
この期に及んで、ファンクラブ新規会員受付中的笑みを浮かべる優。俺はこの女が悪魔だということを再認識
させられた。

「くそ! こうなればやるしかない! いくぞ、みんな!」
腹をくくった俺は全員を一括する。しかし…。
『遅い!』
「クロスファイヤーハリケーンスペシャル!!!」
「ハーミットパープル AND オーバードライヴ!!!」
「チャリオッツ! 針串刺しの刑!!!」
「エメラルドスプラッシュ!!!」
『ぎゃーーーす!!!!!』
ユウ、つぐみ、くるみ、遥の必殺技を喰らった武たちは吹っ飛ばされてしまった。
いきなり俺ひとりかよ…。

優が俺の前に立ちはだかる。

ゴ・ゴ・ゴ・ゴ・ゴ・・・・・・

恐ろしいほどの威圧感だ。全身の毛が逆立つのがわかる。こんなヤツに俺は勝てるのか…!

「覚悟はいい、桑古木…?」
「覚悟とは! 暗闇の荒野に! 進むべき道を切り開くことだッ!」
優の威圧を吹き飛ばすため、自分に活を入れた。俺の心に闘志がみなぎってくる!
「俺はすでにできているッ!!!」
拳を固め、優に向かって俺は突撃した!
「貴方はこの田中優美清春香菜が直々に手を下す!」
「やれるものならばやってみろッ!!!」
優の方も間合いを詰めてくる。至近距離で俺の拳をぶちかましてやる!
俺と優の距離が5mを切ろうとした時、優が突然叫びを上げた。

「スタープラチナ・ザ・ワールド!!!」

咄嗟に危険を感じ、備えようとしたが遅かった。
「がは…!」
瞬きをする程度の一瞬の間に、優は間合いを詰め無防備な俺の体に拳を放った。
「ば、ばかな…! 一体いつの間にッ…。」
体が重い…。立っているのがやっとだ…。
「貴方では私に、指一本たりとも触れることはできないわ…。」

「チェックメイトよ! 桑古木涼権!」

ドォォォン!!!

「ぐわぁぁぁ!!!」
優の拳がクリーンヒットする。それは俺の意識を刈り取るに充分な威力だった。

目の前が暗くなる…。










「ふー、すっきりしたわねぇ。」
満面の笑みで田中優美清春香菜。彼女の言うとおり、その表情には曇りはない。
「そーだねぇ。 久しぶりに運動したから、結構気持ちよかったよ。」
彼女の一人娘、優美清秋香菜も額に少量の汗を浮かべ満足そうにしている。。
「お兄ちゃんとおっくんも、これで懲りてくれるといいんだけどねー?」
森野くるみは、隣にたたずんでいる樋口遥に同意を求める。遥は静かにうなずいた。
その4人の後方で倉成月海は独り言を呟いている。
「ふふふ…。 武が悪いのよ……。 そう…。 みんな武のせいなのよ………。」
その顔には氷の笑みが浮かんでいた。










地面にズタボロの男が、仰向けに大の字で倒れている。
男の名は桑古木涼権。32歳、独身の会社員。今日一日を休日として過ごしていた男である。

くわッ!

突然彼の目が見開かれた。
「お、おまえに、ひとつ…。 言っておくこと、が…。 あ、る……。」
天に向かって彼は独り言を言っている。とてもイタイタしい。

「おれ、は…! マゾ、キャ…ラ、では……! ないッ………!」

がくッ!

2ヶ月ぶりの休日をすごした男が、その日最後に残した言葉だった………。








あとがき

はじめまして。それとごめんなさい。シュラムといいます。
読んでみればわかりますが、キャラの性格をかなり壊してます。
自分の中の涼権と優先生は、あんなお笑いキャラではなく、かなりクールなキャラです。
…ホントですよ。
キャラの書き分けも大変でした。
特に涼権、武、誠、の3人。みんな明るい好青年のイメージを持ってたんで、
自分なりにアレンジして

涼権:表面的に気取ってる感じ 思慮深い
武:ノリノリな感じ 口調が独特
誠;粗野な感じ 口調も二人と比べて荒い

という風にしました。イメージと違ってたらごめんなさい。

そんなわけで、ここまで読んでくださった皆様ありがとうございました。
SSの難しさを体感したシュラムでした。


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