素直な自分に
                            シュラム


壁の掛け時計は12時半を指そうとしていた。
(頃合か…。)
俺はキーボードから手を離し、席を立った。
「何してるのよ、桑古木。 そっちの方は片付いたの?」
パソコンのモニターから目を離さずに、優は言う。
「そろそろ昼休みだ。 休憩にしよう。」
優が俺に視線を向けた。無表情に見えるが、すこしムッとしているのがわかる。
長年の経験があってこそ成せる技だ。
「…朝飯を抜いて腹が減ってるんだ。 勘弁してくれないか。」
「ダメね。 今日の昼休みはナシ。 あの理事長の頭の固さは貴方も知ってるでしょう?」

俺は今、優のラボにいる。今度の学会で発表する論文の作成を手伝っていた。
論文の期日は3日後。あまり時間がないため、優も焦っているのだ。
ちなみに、前にもこういった修羅場を、俺は経験したことがある。
と言うか、しょっちゅうだったりする。
この惨状を目撃したユウは、
『8月31日に夏休みの宿題を片付ける小学生みたい。』
と表現していた。
俺にはよくわからないが、そういうものなのだろう。

「そもそも、貴方。 朝食を食べる習慣なんてあったかしら。」
内心で俺は舌打ちしていた。こういうくだらないことを、優は良く覚えている。
「まぁまぁ。 いいじゃないですか、田中先生。」
今まで静観していた空が、助け舟を出してくれた。

空もまた、俺と同様に優の手伝いをしている。
『お互い苦労するな』と言った俺に、空は
『田中先生は私の恩人です。 このくらいの御用なら喜んで引き受けますよ。』
微笑みながら、そう返した。
彼女ほど献身的な女性を俺は知らない。ナース服がよく似合うことだろう。

「お腹が減っては作業に集中できませんよ。 食事はとても大切な行為です。」
綺麗な微笑みを優に向け、空は言った。
(…落ちたな。)
直感でそう思った。
「…しょうがないわねぇ。 ちゃんと時間までには戻ってくるのよ、桑古木。」
ため息を吐きながら優。
「わかってる。 …俺が言うのもなんだが、ふたりもちゃんと休み取れよ。」
去り際に振り向いて、俺はそう言った。空は頬を少し赤くして、にこやかに言う。
「お心使いありがとうございます、桑古木さん。」
対する優は、
「あー、はいはい。 わかってますよー。」
こちらには目もくれずに、可愛げもなく言った。
(やれやれ…。)
俺は優のラボを出た。











「ふー、おいしかった。」
俺の横にいる、ベンチに座った少年が弁当箱を閉じる。
倉成ホクト。俺の知人だ。
「今日のはうまくできたなぁ。 明日はロールキャベツを作ってみよう。」
現在、倉成家の食卓を指揮しているのはコイツらしい。
今日は自作の弁当を持参していた。
ハンバーグを少しいただいたが、なかなかの味だった。

俺たちは公園に来ていた。しっかり整備されたところで、芝生もよく手入れされている。
俺たちの他にも、弁当を広げているOLやカップルがちらほらと目に付く。
ホクトが言うには穴場スポットらしい。

「この前はユウといっしょに来たんだけど、その時は…。」
「そいつは結構だが、そんなこと言うためにわざわざ呼びつけたわけじゃないだろう。」
昼休みの終了時刻も迫っていたので本題を切り出すように促した。
「うん…。 そうだね。」
ホクトの表情が引き締まった。

「実は…。 沙羅のことで相談があるんだ。」
予想しなかった名前が出てきた。
倉成沙羅。ホクトの妹の名だ。
「なんだ? 夜這いでもされそうになったか?」
軽いジョークのつもりだった。
しかしホクトには通じなかったらしい。非難の視線を俺に向けている。
「…悪かった。 続けてくれ。」
茶化せない内容だと悟った俺は素直に謝った。ホクトの表情がゆるむ。

「最近元気がないんだよ。 何か悩み事があるのかもしれない…。」
砂と石ころしかない地面を見ながらホクトは言う。
「武やつぐみとは話し合ったのか?」
「まだだよ…。」
「だったら、まず先にそっちに持っていくべきじゃないか? 何で俺に?」
当然の意見だろう。俺はコイツの保護者じゃない。
「それは…。」
言葉がにごる。あまり言いたくないようだ。他の質問を考えているとホクトが口を開いた。
「お父さんやお母さんには…。 ぼくらのことで、これ以上心配かけたくないんだよ…。」



あの事件から2ヶ月経った。武は大学に復学せず、職に就いた。
つぐみは赤字気味の家計を助けるため、パートで働いている。
元々は生活が軌道に乗るまで、優から資金援助を受けるはずだったが
武とつぐみはそれを断った。

これからは自分たちの足で歩いていきたい。

それが武とつぐみの考えだった。
納得ができなかった俺は武に問い詰めた。

「これは償いだ。 17年間海底で眠ってた俺がつけなきゃいけないけじめなんだ。
 つぐみもホクトも沙羅もみんな、俺が眠ってたために苦労して生きてきた。
 だから、これからは俺の力でみんなを幸せにしてやりたい。
 失った時間は大きいが、そいつを取り戻さなきゃならないんだ。 
 親としての、夫としての俺を。 それが今までグータラ寝てた俺の償いだ。」
「そんなの不可抗力だ! アンタが負い目を感じることなんてないだろ!」
「そうかもしれない。 けど、どうしても譲れないんだよ。 バカだからな、俺。」

武は笑いながらそう言っていた。
つぐみも同じような考えをホクトと沙羅に持っているから、武に賛同したのかもしれない。



「沙羅には自分で言ったよ。 『悩みだったらぼくが相談に乗る』って。
 けど沙羅、『そんなことないよ』って話をはぐらかすんだ。」
「………。」

「桑古木は…。 BWのことは知ってるんだよね?」
「一応はな…。」
BW。四次元存在。この世界を見下ろしているモノ。2034年に起きた事件の陰謀者。
優からそんな風に聞いていた。
「彼と一体化したことで、ぼくにもわかったんだ。
 枝分かれしていく自分。 もうひとつの世界の自分。」
人生には無数の分岐点が存在する。今の自分はその中のひとつでしかない。
平行世界というヤツだ。
「その中のひとつに、沙羅のことを思い出せなかった自分がいるんだ。
 自分の妹のことを忘れて、のうのうと生きていこうとするぼく。
 …けど沙羅は違った。 その”道”を歩いている自分にはわからなかったけど、
 沙羅は違ったんだ。 ぼくが血を分けた兄だってことに気付いてたみたいだった。」
口調は変わらないが、とても悔しそうにし、自分が責めているのがわかった。
「沙羅はそのことをぼくに言わなかった。
 そうやって自分ひとりで生きていこうとするんだ。 ぼくとは別の道で。
 そうやって自分ひとりで背負い込むんだ。 ぼくが日の当たる道を歩けるようにって…。」
ホクトが言葉を切った。

「たったふたりだけの兄妹なのに、どうして隠し事なんてするんだろう…。」
悲しそうにホクトが言った。

「…オマエ、自分が何言ったかわかってるか?」
「…え?」
虚空を見ていたホクトが俺に目を向ける。
「自分の言ったこと理解してんのか、って聞いたんだよ。」
そう言って、俺は立ち上がった。ゴミ箱に向かってコーヒーの空き缶を放り投げる。

カラーン!

うまく入った。なかなか気分がいい。
「それが俺から言えることだ。 …自分でよく考えてみろ。」
「………。」
どういうことだろう。そんな風にホクトは考えているようだった。



「さてと、俺はそろそろ行くぜ。 急がないと優のヤツにどやされちまう。」
ポケットからPDAを出し、時刻を確認する。きわどい時間だ。
「うん…。 ありがとう、相談に乗ってもらって。 話したら結構楽になったよ。」
ホクトが俺に礼を言った。
「俺は…。 話を聞いてただけだろ。 頭を下げることなんてない。」
「それでも…。 ぼくがお礼を言いたいんだよ。」

「…とりあえずオマエも急げよ。 授業、始まっちまうぞ。」
PDAの時計表示部を突きつけ、そっけなく言った。
それを聞いたホクトは、笑ってこう返した。
「大丈夫。 もう遅刻だから。」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





「なにやってるの、涼権? こんなところで。」
後ろから声が聞こえた。誰かはすぐに見当がついたので、僕は振り向かずに答えた。
「…なんだっていいだろう。 そうゆう、優は何しに来たんだよ。」
足音が近づいてくるのがわかった。
「風に当たりに。 ついでに夕日を観に、ね。」
僕の隣まで来た優は僕と同じように、屋上の鉄柵に腕を乗せ体を預けた。

「それよりも、涼権。 今のもしかして洒落なの?」
「…なんのこと?」
質問に質問で返した。意味がわからない。
「『そうゆう、ゆうは』って。 ”ゆう”を2回言ったでしょ。」
「なに言ってるんだよ。 僕がそんなくだらないこと…。」
視線を優に向ける。優は僕の言葉をさえぎった。
「ぶぶー。 パネラーの桑古木涼権さん、NGワードで〜す。」
優は両手の人差し指でバツを作った。
またやっちゃった…。
「これで通算34回目ね。 だめだめだなぁ、涼権君は〜。」
うれしそうに優が言う。
「今までの数が…。 7回だからぁ、あと27回パシれるわけね。」
優は僕をこき使った回数を、指折りで数えた。
「こんなのやめにしようよ。 大体なんでこんなこと…。」
「前にも言ったでしょ? 涼権少年を20歳のおちゃらけ大学生に仕立てあげるためよ。」
「そんないきなりできるわけないよ! 僕は…!」
「また、『僕』って言った。 一人称は、『俺』でしょ?」
ついでに35回目ね、と優は付け足した。

「やっぱり…。 無理なんだよ。 武のように振舞うなんて…。」
自信がない。僕の心はそれ一色に染まった。
「まだ始まったばかりじゃないの。 そんな簡単に…。」
優の顔を見据えて僕は叫んだ。

「自分のことさえわからないやつが、他人の真似なんてできるわけないよッ!」










「戻ったぞ。」
そう言って俺はラボに入室した。時間ぎりぎりだった。
「おかえりなさい、桑古木さん。」
「おふぁふぇりー。」
丁寧に返事を返す空とは対照的に、優はピザを食べながら適当に出迎える。
「なんだ、まだ食べてるのか。 もう昼休み終わりだぞ。」
「ええと、それがですね…。」
一転して空の表情が曇った。
「もぐもぐ…ごくん。 ふう。 …私たち、休憩中なのよ。
 だから私たちが休んでる間は桑古木だけでお願いね。」
口の中のものを整理しながら優が言った。
またコイツの悪知恵か…。

「いやー、うっかりしてたわねぇ。 
 作業に没頭しすぎて、ついさっき休憩を取ってなかったことに気付いたのよ。」
空に関しては本当だろう。彼女はとても真面目だから、その辺も頷ける。
問題はこの白衣を着た女の方だ。
「どーしよっかなー、って思ったんだけど桑古木くんが
 『絶対にッ! 何が何でも休んでくださいッ!』って言ってたのを思い出しちゃってねぇ。」
(そこまで言ってない…。)
「そんなに言われちゃしょうがないから、休んでるのよ。 ”空”と一緒にね。」
空のところだけ強調されていた。

こいつは俺に予定を崩されたことの仕返しに
俺が作業している横でのんきにテレビでも見て、騒ぎ立てるつもりでいるのだろう。
空と一緒に休憩することで、くつろぐための名目を保っているわけである。
確かに空にまで『仕事をしろ』とは言えない。
相変わらず、くだらないことを思いつくヤツだ。

「わかったよ。 俺は先に作業に戻る。」
デスクに向かおうとした俺の足を、優の言葉が止めた。
「なんか、表情がさえないわねぇ。 ”出張お悩み相談所”はうまくいかなかったの?」
「…なんのことだ。」
俺はシラを切った。しかし、それも無駄に終わる。
「私が何も知らないとでも思ってるの? だったら改めた方が良いわね。」
喰えない女だ。確かに改めた方が良いらしい。

「で、どうだったの? 力になってあげれた?」
観念した俺は優の方に視線を向けた。
「そんなことオマエには関係ないだろ。 …話はそれだけか?」
そう言って俺は再びデスクに足を向けた。
「気になってるんでしょ? あの子のこと。」
「誰のこと言ってるか知らんが、俺には関係ない。 この問題はアイツらが片付けるべきだ。」
「本当に”素直”じゃないわね。 貴方も。」

足が勝手に止まっていた。

「確かに貴方は、このことに首をつっこむべきではないかもしれないわ。
 倉成家のことは倉成家の人間が解決する…。 それが理想でしょうね。
 けれど、貴方がそうしたいって言うなら私は止めない。
 武やつぐみもこのことで貴方を責めたりはしないわよ。」

久しぶりに思い知らされた。俺はどうやってもこの女に勝てないことを。
(やれやれだ…。)

「…悪いが急用を思い出した。 今日はもう手伝えそうにない。」
大きな声で俺はそう言った。
「へぇ。 なんなの?」
にやにやしながら優は猿芝居をする。もっとも、俺もなのだが。
「…新しいラーメン屋が今日、開店日なんだ。
 昼から営業だから、うまくいけばまだ間に合うかもしれない。」
思いついたままを口にした。我ながら酷いものだ。
「ふーん…。 ま、いいわ。 明日は必ずこの埋め合わせをしてもらうわよ。」
そう言って優はピザを食べ始めた。俺はラボの出口に向かう。
「いってらしゃい、桑古木さん。 ラーメンのお味、聞かせて下さいね。」
後ろから丁寧な言葉をかけられた。彼女まで俺の毒気に当てられたらしい。
「ああ。」
今度は振り返らずに、ラボから出た。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





「今でも、何も思い出さない僕に。 こんな不安定な僕に。
 誰かになりきるなんてできるわけがないんだよ…。」
からっぽな自分。空虚な自分。僕はいまだに”自分”がわからないでいた。

「あなたはここにいるじゃないの。 桑古木涼権。 それがあなたの名前でしょ?」
優はやんわりと言い放つ。それが僕の神経を逆撫でした。
「それだけなんだよッ!! 名前しかないんだ! 
 両親もいない! 帰る家もない! 誰一人として僕のことを知らないッ!!!」
大声で怒鳴り散らす。こんなに叫んだのは、タツタサンドの時以来だった。
沈黙が流れる。

どれくらい経ったのか。しばらくして優が沈黙をやぶった。
「確かに…。 私にはあなたの気持ちは理解できないわ。
 私は記憶喪失になったこともないしね。」
そう言って優は僕と目を合わせた。とてもやさしい目をしていた。
「けど…。 お母さんやお父さんを失った悲しみなら、私にもわかるよ…。」

ムネがちくりと痛んだ。 
優のお父さんはLeMUでの事故で。お母さんは数ヶ月前にTBで亡くなった。

「大切なものを無くした気持ちなら私にもわかるよ。
 だから、自分ひとりしかいないなんて言わないで。
 帰る家がないとか、誰も知らないとか言わないでよ…。
 私が…。 私がいるじゃない…。」
優の声は涙声になっていた。
「両親がいなくて辛いのなら、私が一緒に泣いてあげる…。
 帰る家がないのなら、私の家に来ればいい…。
 涼権のことを誰も知らないなら、私が涼権のこと知ってあげる…。
 だから…。 そんなさびしいこと言わないでよ…。」
優は僕を抱き寄せた。
「一人で…。 背負、い…。 込まない…で……よ………。」
上から水滴が落ちてきた。 
優の涙だとわかったときには、僕も優も声を出して泣いていた。





気がついたときにはすでに日が落ちていた。
「なんか、おもいっきり泣いちゃったね。 恥ずかしいなぁ。」
顔を赤らめて優が言う。
その目はウサギのように赤かった。きっと僕も同じような目をしているのだろう。
「そんなのは僕も一緒だよ。 叫んだりとかしたんだから。」
「そういえば涼権。 さっきも”僕”って言ってたよね?」
一気に現実に引き戻される。もしかして…。
「ずっと、数えてたの?」
僕は恐る恐る言った。
「まっさか〜。 全然覚えてないよ。 覚えてないから、7回言ったことにするね?」
くしゃくしゃになった顔で、優は満面の笑みを浮かべた。
「優ってホントにちゃっかりしてるね…。」
僕はあきれて反論する気にもならなかった。

「ま。 冗談はともかくとして、私はうれしかったよ。」
優は僕に、包み込むような笑顔を向けた。
「今日も涼権、ひとりで考え込んでたでしょ? 
 …私、いつも思ってたんだ。
 どうして私に相談してくれないのかなぁ、って。
 どうして独りで背負い込むんだろう、って。」
(そうか…。)
いつの間にか、僕は優を傷つけていたんだ。ひとりで勝手な勘違いをして…。
申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「そんな顔しなくていいよ。 言ったでしょ?
 私は”素直”にぶつけてくれたのが一番うれしかったんだよ。」
優が僕を気遣ってくれる。その気持ちがとてもうれしかった。
僕のムネに、晴れ晴れとしたものが満ちる。
「ありがとう…。 優…。」
僕は素直にお礼を言うことができた。

「さーってと!」
優が場の空気を入れ替える。
「これで私たちスタートラインに立ったわけだね。 …パートナーとして。」
僕が自分を見つけた日にもなった。僕の新しいパートナーの力を借りて…。
「そんなわけだから、今から涼権のことを”桑古木”って呼ぶね。」
「え…? どういうことなの?」
急に話が飛んだので、僕は聞き返していた。
「私はね、一人前の男は苗字で呼ぶことにしてるの。
 ほら、会社に就職すると絶対苗字で呼ばれるじゃない?
 あれは、ひとりの人間としてだけじゃなくて、
 その人が家庭を支えている姿を敬って、言ってるんじゃないかと思うわけよ。」
優はなんだかよくわからない論理展開をする。
「あいかわらず、変なところで細かいんだね…。 優は…。」
「いいじゃないのよぉ。 まぁ、とにかくよろしくね、桑古木。」
そこで僕はある悪知恵を思いついた。
「それじゃあさ、僕みたいに賭けをしようよ。 『涼権』って言ったらアウトってことにして。」
「ほっほう。 おもしろいわねぇ。 いいわよ、絶対『涼権』なんて…。」
「ぶぶー。 NGでーす。」
あっさり引っかかった。思わず笑ってしまう。
「ちょ、ちょっと! なによそれ! 今のは不可抗力でしょ!?」
「でも今、『涼権』って言ったじゃん。 だめだよ。」
「むきー! アタマにきた! それじゃ、さっきの7回も足させてもらうわよ!」
「ええー! さっきは冗談だって…。」
「うるさーい! つべこべ言うなー!!!」

その日の星空はとても綺麗だった……。










「家にも帰らずに、こんな所で何してんだ。」
ベンチに座っている少女に、俺は問い掛けた。あたりの景色は赤色を帯び始めている。
まったく、手間取らせてくれるものだ…。
少女が首をひねってこちらを見る。俺の姿を確認すると再び視線を戻す。
「別に…。 そうゆう桑古木はなんなのよ。」
制服を着た少女…、沙羅はそっけなく言い放つ。その姿に俺は既視感を感じた。

「俺は…。 ラーメン屋の帰りだ。
 今日開店の所に行ってきたんだが、出遅れが響いてな。 食えず終いさ。
 ああいう所はどうして、もっと食材を入荷しないのかね。
 コストも下がって、いいことづくしだと思うんだが。」
そう言って俺は沙羅の横に腰を下ろした。
そういえば、今日はロクに食べていない。腹の虫が鳴き出しそうだった。
「選りすぐりの食材を使ってるから、大量に仕入れできないんでしょ。
 そうでもしなきゃ人気が出ないよ。」
「なるほど。 そういうわけか。」
大して感心もせずに言う。
こんなどうでもいい話に相槌を打つなんて意外と律儀だな、と思った。

「で、こんな所で何をしてるんだ。」
俺がいる公園は、昼間見た時と違う姿に変えていた。
アイツのハンバーグはなかなかうまかった。機会があればまた食べたいものだ。
「しつこいなぁ。 なんでもいいでしょ。 桑古木は赤の他人なんだから。」
うざったそうに沙羅が言った。
(他人、ね…。)

「もうすぐ夕飯時だ。 家には帰らないのか?」
「わたしはお腹減ってない。」
「夕飯だけじゃない。 オマエの家族だって待ってるぞ。」
能面だった彼女の表情に、色が付いたのがわかった。
「みんな心配してるんじゃないか?」
「うるさいなぁ! もうほっといてよ!」
俺を睨みつけながら、沙羅が怒鳴った。
重い空気が流れる。

「今日、ホクトが俺に相談しに来た。 オマエのことでな。」
「…え?」
彼女の眉が下がる。
「アイツは真剣に悩んでた。 
 なんで隠し事してるんだろう。 自分じゃ力になれないのか、ってな。」
「………。」
「一体何を悩んでるんだ?」
「そんなの…。 関係ないでしょ…。」
弱々しく沙羅は言った。ホクトの件が響いたのだろう。
「人に言えないような悩みなのか?」
沙羅は答えなかった。力なくうなだれている。
俺はため息をついた。
本当に面倒ばかりだ…。

「オマエのその態度が他人を傷つけている。 そうは思わないのか?」
意を決して、俺は切り込んだ。
沙羅がこちらを向く。何を言ったのかわからない、そんな顔をしていた。
「考えてもみろ。 オマエがそんなあやふやな態度を取らなければ、誰も苦労したりしない。
 ホクトも俺も、こんなこと考えずにすんだわけだ。 …オマエのせいだとも言えなくはない。」
「そ、そんな! わたしは…。」
「口では何とでも言えるさ。 現実にホクトはオマエのことで苦労している。
 それだけじゃない。 
 武やつぐみもだ。 ホクトが気付いて、あのふたりが気付かない理由はない。」
沙羅は唇をかみ締めている。
「なぜ、皆を傷つけるようなまねをするんだ。」
「そんなつもりじゃない! わたしは…!」
沙羅が立ち上がって反論する。その目には涙をためていた。
「わたしはただ迷惑をかけたくなかっただけよ!
 お兄ちゃんも、パパも、ママも、みんな!
 みんなに迷惑かけないで、自分ひとりで解決しようって!
 だから…。 だから……!」
沙羅の声は勢いがなくなり、次第に小さくなっていった。

「やっと、本音でしゃべったな。」
俺はできるだけやさしい声で言った。
「え…。」
「”素直”になったな、って言ったんだよ。 …人は独りでは生きられないものだ。
 弱いんだよ、みんな。 お互いを支え合って生きるんだ。
 だから絆を大事にするのさ。 たとえば、家族とか恋人とかな。」
俺はベンチから立ち上がった。
「オマエみたいな優しいヤツほど絆を大切にするんだよな。
 大切にしすぎて、本当の目的を忘れちまう。 …支え合うってことを。」
そう言って俺は沙羅の顔を見据えた。
「みんな待ってるのさ。 オマエが打ち明けてくれるのを。
 世の中には、重荷を背負いたがるバカもいるってことだな。」
沙羅は俺から目を離す。泣くのをこらえているようだった。
「…泣きたいときくらい泣け。 若いうちの特権だぞ。
 幸い、ここにいるのは”赤の他人”だ。
 公園で女子高生が泣いているのを見たって、明日には忘れちまうよ。」

それがきっかけになったのか。沙羅が俺の胸の中に飛び込んできた。
「わたし…! わたし…!」
沙羅はすすり泣きながら、無理やり言葉を紡いだ。
「怖かった…。 みんな、いなくなっちゃうんじゃないかと思った…。
 また、お兄ちゃんがいなくなっちゃう夢を見て…。
 この幸せが壊れちゃうのかと思った…。  またあの頃の戻るのかと思った…。
 都合のいい夢を見てるんじゃないかって考えたら、怖くなって夜も眠れなくなった…。
 でも、わたしが…。 わたし自身が…! みんなを拒絶して、この幸せを壊してた…!」
「…そんなことないだろ。 拒絶してたんじゃない。
 オマエは自分の力で乗り越えて、自分の力で”今”を、幸せな時間を守ろうとしたんだろ。
 …そんな辛い考え方をするなよ。
 俺が言った、皆を傷つけてる云々の話は忘れてくれ。」
それ以上言葉を紡げなくなった沙羅は、俺の胸の中で子供のように泣きじゃくった…。





「落ち着いたか?」
「うん…。」
沙羅が泣き止んだ頃には暗くなっていた。
公園のライトが辺りを照らしている。
俺たちは再びベンチに腰掛けていた。
「それじゃ、そろそろ帰るか。 本当にオマエの親や兄貴が心配する。」
そう言って俺は立ち上がった。
「ありがとう…。」
沙羅が俺に礼を言う。あんな強引な方法を取ったのに、沙羅はそれを気にしていなかった。
「…なんで礼なんか言うんだ。 
 結果で言えば力にはなったが、オマエを傷つけるようなまねをしたんだぞ。」
「そんなの…。 わたしがお礼を言いたいから言ったんだよ。 それでいいじゃん。」

どこかで聞いた台詞だった。それを思い出したときには思わず笑っていた。
「オマエたちはよく似てるよ、本当に。
 …アイツにも教えてやれ。 支えあうってことをな。」
名を出さなかったが、沙羅には見当が付いたようだった。顔に笑みを浮かべて
「…うん。」
そう返事をした。

「とにかく帰ろう。 いい加減、腹が減ったしな…。」
自分の腹に手を当てる。中に住んでいるヤツらがグーグーと鳴き出しそうだった。
「それじゃあさ、家に来ない? お兄ちゃんの料理、とってもおいしいんだよ。」
「行きたい気はするが…。 武とつぐみのアツアツぶりな所まで見なきゃならないだろ。
 悪いが、今回は遠慮させてもらう。」
「ええ〜! わたしがせっかく誘ってるのにぃ〜!
 いいじゃない、それくらい。 慣れれば大したことないよ。」
「慣れるまで辛い…。 アタマがオーバーヒートするぞ…。」
「あ〜、もう! いいからついて来るの! 本当においしいんだから!」
「おい、バカ! 袖を引っ張るなよ! 結構気に入ってんだぞ、この服!」

星空の下、くだらないやり取りの末に俺たちは駆け出した………。









追記のようなあとがき

桑:ついにやったぞ…! 武も唸るほどのくさい台詞を吐いてやったぜ!
  これで俺も立派な彼女持ちだ! もう、ロ○コンとはいわせねぇッ!
沙:ちょっと待ったぁー! なんでわたしと桑古木がいい感じになってるのよ!
  しかも彼女にはなってないじゃん! わたしは嫌だからね!
桑:ふふふ! もう遅いぞ、沙羅! このSSはすでBFに投稿済みだ!!!
  今ごろは色々な人の目に入ってることだろうよ! がはははは!
沙:う〜! かくなる上は…!
  科学忍法”爆熱ふっとびんがー”の術!
桑:お、おい! 今どこからハリセン出したんだよ!
沙:せーの…! ふっとべー!

ばしーん!

桑:ってハリセンで叩くだけかよ〜………!

ひゅ〜〜〜ん

沙:さてと、邪魔な奴がいなくなった所で…。
  サイト閲覧者の皆様。 それと他のSS作家のみなさん。
  この作品ではあんな奴とくっついちゃいましたが、
  わたくし松永沙羅、まだまだ彼氏募集中です。
  かっこい〜、男の子。 待ってま〜す。
  それじゃ、あでぃおす!


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