少年の進む未来
                            シュラム


「と言うわけ。 わかった?」
「…わからん」
「貴方ねぇ。 何回同じこと言わせる気?」
目の前に立っている女性がにらみつけてくる。
女性の名は、田中優美清春香菜。俺の上司であり、相棒でもある。
「何がわからないのよ、桑古木。 説明してくれない?」
「…オマエの考えていること、すべてだ」
優はため息をつき、『やれやれ』と首を横に振った。

「いい? もう一度言うわよ。 
 今日貴方に来てもらったのは、この装置の実験に付き合ってもらうためなの」
そう言って優は、ラボのど真ん中に陣取っている物体を指した。

円筒形のカプセルのようなものが立っている。
筒の表面は透けていて、向こう側の様子が見えた。
SF映画に出てきそうなフォルムだった。

先日観た映画では、
これに似たカプセルの中に、緑色の液体と人間を放り込むシーンがあった。
なんでも医療機器だったらしく、ズタボロだった人間の体が勝手に治っていった。
そんなものがあれば、現代の医者達は首吊りものだろう。

カプセルの下部からはゴチャゴチャとコードがのびていて、パソコンの方につながっていた。
細かいことはわからないが、アレで制御するのだろう。

「これは私が発明したモノでねぇ。
 その名も”RX−93・?(ニュー)トリノ・TMN”!、と言うのよ」
優は高らかに言い放つ。
その姿は、新しいおもちゃを友達に自慢する子供のようだった。
「それでねぇ、この装置はねぇ…」
「要するにタイムマシンなわけだ」
「…先に言わないでよ」
そう言って優はふくれてしまった。俺の横槍がお気に召さなかったようだ。

「おほん。 それで本題ね。
 桑古木には試運転を兼ねた、初人体実験の被験者に抜擢したいのよ」
”初人体実験”…。非常に嫌な響きだ。毒薬を飲まされるような気分になった。
「そんなわけ。 わかった?」
「…わからん」
「もう、いい加減にしてよ。 私を困らせてそんなに楽しい?」
「それは俺のセリフだ! なんで俺がそんなことしなきゃならないんだよ!」
はっきり言って理不尽だ。横暴と言ってもいい。

「大体、こんなポンコツがまともに動くのか? そんな風には見えないな」
「む。 言ってくれちゃうじゃない、桑古木くん。
 これでもマウスを使った実験では上手くいったのよ」
優は得意げに言う。相当の自信だ。
しかし、引っかかる所があったので、俺は言葉にしてみた。
「知性を持たないねずみが、どうやって過去や未来に行ったことを証明したんだ?
 旅先の思い出話でも聞いたのか?」
皮肉をこめて、言ってやった。
「…だから、貴方を呼んだんでしょ」
バツが悪そうに優が言う。どうやら図星だったようだ。
結局、コイツの”科学者ごっこ”というわけか…。

「…いいだろう。 やってやるよ、優」
考えがあったので引き受けた。どの道やらなきゃ帰れそうもない。
それを聞いた優は、顔を明るくする。
「ホント? さっすが、涼ちゃん! 話がわかるねぇ!」
聞いたこともない呼び方だった。はっきり言って気味が悪い。

「そのかわり、だ。 条件がある」
「…なに?」
いつの間にか、優の表情は真顔になっていた。
なかなか察しがいい。
「休暇を3日くれ。 こいつが飲めなきゃ、引き受けん」
こんな怪しげな実験につきあう、酔狂な人間はまずいないだろう。
相手の足元を狙うのは、交渉術の基礎である。
「…わかったわよ。 あげればいいんでしょ、お休み」
これでも妥協してやった方だ。日ごろの苦労を考えると1ヶ月でも足りない。
しかし、そんなことを言ってしまえば、優も黙ってはいない。
伝家の宝刀、ドロップキックが炸裂するだろう。

「はい、これ」
そう言って優が手を差し出す。
「何だ、これは?」
手の上のものを俺は受け取った。
一見、AV機器のリモコンに見えるが、かなり小さい。俺の折りたたみ式PDAと同じくらいだ。
「”向こう側”から”こっち側”に帰ってくる時に必要なのよ。
 特殊な信号が発信されててね、それを頼りに貴方を引っ張ってくるわけ」
「この数字は?」
リモコンには”1:00:00”と表示されている。
「タイマーよ。これがゼロになると、自動で貴方をサルベージするわ。
 ただ、気をつけなきゃいけないのが、周囲にいる人まで巻き込んじゃうの。
 よほど近くにいないと効果は出ないけど…。 くれぐれもその辺は気をつけてね」
俺は頭の中で整理する。
要点としては、切符を無くさないこと、それと発車時刻に注意すればいい。
…いかん、いかん。真面目に反芻してしまった。

「まぁ、なんとかなるんじゃないか」
「うん。 それじゃ、あの中へ入って」
優がキーボードを叩くと、カプセルの一部の表面がふすまのようにスライドし入り口が出来た。
俺は感心しながら中に入る。そして入り口が閉じた。
「がんばってね、桑古木」
カタカタとキーボードを叩き、準備し終えた優が言う。
「…土産でも期待しててくれ」
出来もしないことを言った。もっとも、出来ない責任は優にあるのだが。
「行ってらっしゃい」
優がにこりと笑って、エンターキーを叩いたのが見えた。
そこで、俺の視界は暗闇に包まれてしまった………。



今思えば、なんて浅はかだったのだろう。
どうして最初から『出来るわけがない』と決めつけていたのだろうか。
あの事件の”首謀者”の存在を考えれば、無理とは言い切れない。
まったく、やれやれだ…。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





ドスン!、と椅子の上に俺は落ちた。
訂正、椅子ではなかった。便座の上だ。どうやらトイレに放り込まれたらしい。
(気の利かない女だ…)
個室から顔だけ出して、誰もいないのを確認する。
(女子トイレでなかったのは、幸いだったかもしれない…)
そんな下らないことを考えながら、外に出た。

「やっぱり、失敗だ」
思わず口にしていた。数名の人が怪訝そうな視線を向けてくるが、気にしなかった。
ここは優のラボがある大学だった。詳しく言えば、A棟の2階トイレ前だ。
(所詮、遊びは遊びか…)
と考えながら、俺は歩き出した。


しかし、ここからが大変だ。
一応協力したのだから、報酬の休暇がもらえるはずだった。
しかし、相手はあの女だ。おとなしく渡すだろうか?
…そうは思えない。なにか策が必要だろう。


そんなことを考えているうちに、ラボについてしまった。いい案は思い浮かばない。
流れに任せるしかないか、と俺は扉をくぐった。

「戻ったぞ、優」
「なんだね、君は?」
出迎えたのは白衣を着たおっさんだった。その顔には見覚えがあった。

「よ…」
あの頃の記憶が鮮明に回帰してくる。アマタがちりちりと焼きつくような感じがした。
「陽一さん……」

田中陽一…。今から約17年前に、TBで亡くなった優の父親。
ここに立っているのは、その人だった。
(悪い夢でも見てるのか…)
「確かに私は田中陽一だが…。 君は? どこの所属の生徒かね?」
わけがわからない。なんで俺の目の前に、この人がいるんだ。
駆け寄る衝動にかられたが、俺はそうしなかった。
第6感が『やめるべきだ』と判断していたからだ。
頭痛がするが、今はそんなことを言ってはいられない。
この状況を何とかしなくては…。

「…失礼しました。 部屋を間違えてしまったみたいです。
 ノックもせずに入ってしまって、すいませんでした」
幸い不審人物ではなく、大学生と見られているようだった。
適当に謝って部屋から出ようとする。
「…待ちたまえ。 そういえば、何故君は私の娘の名を知ってるんだい?」
陽一さんが俺の腕をつかんだ。
嫌な展開だと思いつつ、こういう鋭い所は優によく似ていると感心してしまった。

「待ってください」
突然声があがった。視線を向けると、少年が立っていた。
歳は17、8ぐらい。黒のTシャツにジーパン、麻色のロングコートを着ている。
どことなく、昔の俺に似ているような気がした…。
少年がこちらに向かって歩いてくる。
コートのボタンが留められていないため、裾がなびいている。
「その人は僕の知り合いなんです。 …別に怪しい人じゃないですよ」
俺達の目の前で立ち止まった少年は、やんわりと言い放つ。
それを聞いた陽一さんは俺の手を放した。

「そうか、涼権君の知り合いか」

耳を疑った。陽一さんが”少年”に向かって”リョウゴ”と言ったように聞こえた。
「はい。 …すいません、ラボを待ち合わせに使ってしまって」
リョウゴと呼ばれた少年は、陽一さんと自然に会話している。
その様子から察するに、俺の聞き違いではないらしい。
「優もここに集合ということになってたんですが、いろいろ事情があって…。
 別の場所で待ってもらってます。 けど彼にはそのことを伝えてなかったんです」
少年は俺をフォローする。いまいちコイツの考えがわからない。
何故こんな大嘘を吐くのだろうか。

「なるほど、それで優の名を…。 疑って悪かったね」
陽一さんは俺に向かって謝罪した。
とりあえず、ここは流れに任せた方がいいようだ。
「いえ…。 自分こそ失礼しました」
「それじゃ、僕らはこの辺で失礼します」
「ああ。 …わざわざ呼びつけてすまなかったね」
「僕でよかったら、また呼んでください。 では」
そう言って笑った少年と共に、ラボから出た。



「それじゃ行こうか」
俺に向かって、少年は言った。
「…どこに」
「中庭。 用事があるんだよ」










「今日はいい天気だ…」
俺の横に座った少年が言う。
俺たちは中庭のベンチの腰掛けていた。
「…そろそろ聞かせてくれないか。 なんで俺を助けたんだ?」
調子を崩されそうだったので、自分から切り出した。
「君が困ってたみたいだったからね。 それだけだよ」
「…本気で言ってるのか」
「悪い人にも見えないし、優の知り合いみたいだったから。 お互い苦労するねってことさ」
どうやら、優の知人だと思い込んでいるらしい。
確かに”向こう”ではそうなのだが…。

「そういえば、名前聞いてなかったね。 君は?」
桑古木涼権、とは言えなかった。俺の思っている通りなら、正直に答えるのはマズイ。
「俺は…。 石原誠だ」
適当にでっち上げた。
「誠か。 僕は…」
少年が名乗りを上げる。

「涼権。 桑古木涼権」

これが決定打になった。半信半疑だったが、そういうことのようだ。
優の実験は成功し、俺はタイムスリップをしたらしい。
しかし、まだ謎がある。
どうして”俺”と”コイツ”の顔が違うのか。何故陽一さんは生きているのか。
俺と陽一さんはLeMUの事故で一度、数時間ほど顔を会わせただけだ。
過去にも、未来にも、こんな状況はない。だとすると…。

「よろしく、誠」
手を差し出してくる。
「ああ…」
俺はその手を握り返した。まさか自分と握手することになろうとは…。
その時、駆け寄ってくる足音と、少女の声が聞こえてきた。

「涼ちゃ〜ん!」

ピンク色の髪をした少女が、手を振りながら近寄ってくる。
「ココ」
リョウゴは少女のことをそう呼んだ。

少女は俺の知っているココとは少し違った。
向こうのココは中学生の容姿だが、こっちのココは高校生ぐらいに見える。
2、3年後のココと言ったところか。

「ごめんね、遅くなっちゃって。 ハイ、これ」
弁当箱を差し出してココ。
「わざわざありがとう、ココ。 休みの日なのに」
「ううん。 別にいいんだよ。
 素敵なカレシさんにお弁当作ってあげるのは、カノジョさんの仕事だからね」
にこりと笑ってココが言った。
「…なんだい、それ?」
「なっきゅから聞いたの。 ”田中先生の恋愛方程式”だって」
「またあいつは…」
こっちの俺も優に苦労させられているらしい。

「それから、ハイ」
”俺”に弁当箱を差し出すココ。
「え…?」
あまりに唐突で、それでいて自然な流れで言ってくる。つい、間抜け声を発してしまった。
「お料理ってね、1人分作っても2人分作っても、あんまり変わらないんだよ。 だから、ね?」
またもや、にこりと笑う。
「ありがとう…」
ここで『いらない』と言って、彼女の気持ちを踏みにじるわけにはいかない。
気になるところはあったが、それを受け取ろうとした。

「…ごめんね」

受け取る直前で、何か言われた気がした。顔を上げるとココは笑っていた。
(気のせいか…)

「それじゃ、わたし、もう行くね」
「なにか用でもあるの?」
「うん。 とっても大事な用事。 だから、お弁当の感想は今度聞くよ」
「わかったよ。 またね、ココ」
「うん! じゃ〜ね〜、涼ちゃ〜ん!」
そう言ってココは駆けて行った。


「さて、それじゃ食べようか」
何事もなかったように言って、包みを解こうとするリョウゴ。
「なんであの子が2人分持ってきたのか、気にならないのか?」
先程から、俺はそればかり考えていた。のんきに食っている気分ではない。
コイツが手配した可能性はなかった。ラボを出てから通信機器の類には触れていない。
だとするとなんだ?

「いつものことだからね」
弁当を食べながら、リョウゴは言った。
「ココには不思議な力があるらしいんだ。 少し先のことがわかる”予知”ってやつ。
 僕が家にレポートを忘れた時に、届けてくれたことがあったんだ。 頼んでもいないのに。
 『どうしてわかったの』って聞いたら、『なんとなく』って言ってた。
 でも、明日の天気はよく間違えるんだ。 変な話だよね」
なるほど、と納得した。向こうのココにも、何らかの力があるのは聞いていた。
あの少女に、そういう力があっても不思議ではない。
腹が減ってきたので、俺も弁当を食べることにした。





「ごちそうさま」
リョウゴは弁当箱のふたを閉じた。俺はすでに食べ終えていた。
ちなみに弁当の味は上々だった。正直な所、意外だ。
「聞きたいことがあるんだが、いいか?」
空の弁当箱を返しながら尋ねた。
「どうぞ」
「あの子とは、いつから付き合ってるんだ?」
その瞬間、リョウゴの顔が赤くなった。
「…なんでそんなこと聞くの?」
「興味本意、だ。 言いたくないなら別にいい」
それっきりリョウゴは黙り、うつむいてしまった。
馴れ初めを思い出して赤面しているのかと思ったが、そうではなかった。
覗き見た彼の顔は真顔だった。

「誠はLeMUの事故のこと、知ってるかい?」
しばらくして、彼は口を開いた。
「…一応な」
「ココとはその時知り合ったんだ。 取り残された数人の内の2人が、僕とココだった。
 あの時は大変だったよ。 今でも不思議だ、こうして生きているのが。
 抗体の摂取が遅ければ、僕はここにいなかっただろうね」
「他のみんなはどうなったんだ?」
話が思わぬ方向に流れる。我を忘れて、俺は聞き返していた。
「みんな元気さ。 優は奇跡的に病気が完治してあの通りだし、
 つぐみと空は”人”として、普通に歩き始めた。 武はつぐみと籍を入れて、幸せそうだよ」
いつの間にか、握り締めていた拳を緩める。
自分と”この世界”につながりはないが、それでもホッとした。

「…って、君にこんなこと話してもしょうがないか」
そこで我に返った。同時に罪悪感が生まれる。
「悪かった。 他人の俺が聞いていい話じゃなかったな…」
俺の言葉をうけて、リョウゴは笑顔で返す。
「いいんだよ。 僕が言い出したんだから。
 …不思議だね、君が今日知り合った人とは思えないよ。
 付き合いの長い友人のように感じる…」

「さてと、そろそろ行こうかな」
ベンチから立ち上がったリョウゴは、腕時計を見るしぐさをする。しかし…。
「ラボに時計を忘れたみたいだ…。 時間、わかるかい?」
間抜けなヤツだと思いながら、ポケットからPDAを取り出した。
「見たこともないモデルだね。 どこの機種?」
そのセリフを聞いて脂汗が出た。俺も人のことは言えない。
今、俺が使っているPDAは、先日発売したばかりの新型だ。
コイツ…。いや、この時代の人間は誰一人として知らないだろう。
俺は慌ててPDAを引っ込めた。
それと同時にとんでもないことに気付く。

「ない…」
「何が? バッテリーかい?」
「切符だよ…」
左ポケットに入れたはずのリモコンが消えていた。どこかで落としたのか…?
発車時刻は到着から1時間後だったはずだ。
随分と時間が経っているような気がする。
列車に置いて行かれる、最悪の展開を想像してしまった。

「悪い! 急用ができた!!!」
そう言って、ベンチから跳ね上がった。
「え…?」
「弁当美味かったって言っといてくれ!」
面食らっているリョウゴを置いて、俺は駆け出した。










「クソ! ここじゃないのか!」
最初に訪れたトイレに戻ってきた。転移したときの衝撃で落としたと思ったが…。
舌打ちをして俺は外に出る。

「探し物?」
トイレから出ると、声をかけられた。
「ココ…!」
驚いた。何故、彼女がここにいるのだろうか?
考える間もなく、更に驚きは増す。
「これを探してるんでしょ?」
ココの手の上にはリモコンが乗っていた。俺が探していた帰りの切符だ。
「どうしたんだ、これ!」
「大変だったんだよ。 
 どこに落ちてるかまでわからなかったから、そこいらじゅう探したんだ」
ココからリモコンを受け取る。彼女は少し汗をかいているようだった。
「なんで、これを探してたんだ?」
「涼ちゃんがお家に帰れないからね。 だからだよ」
俺を見ながら、ココはそう言った。
彼女の”力”の前では、お見通しだったわけか…。

「どうして、俺なんかのために…」
「それはね…」
ココは口ごもった。申し訳なさそうな表情をしている。
「どうしても、謝りたかったんだよ。
 わたしのせいで、涼ちゃんやみんなに大変な思いをさせて…。
 ”今のわたし”は幸せな生活をしてるけど、涼ちゃんは…」
ココは言葉を切った。
「ありがとな、ココ」
普段は使っていない笑顔を見せる。さび付いていないか心配だったが、無視した。
「そう言ってもらえるだけで、俺はうれしいよ。 がんばった甲斐があるものさ。
 だから、俺のことは気にするな。 アイツと仲良くやれよ」
「うん…」
ココは目に涙をためて頷く。

「そろそろ行くよ。 ”俺”のこと、よろしく頼むな」
リモコンに目を落とす。残り時間、約3分。きわどい時間だ。
「うん。 バイバイ、涼ちゃん」
涙をぬぐってココは笑った。
「弁当美味かったよ。 それじゃあな!」
再び、俺は駆け出した。










扉を開け放つ。やや強めの風が流れ込んでくる。
全力でダッシュしてきたこともあってか心地よい。
屋上には誰もいなかった。休日なのだから当然だろう。俺の読みは当たった。
リモコンは”0:01:17”と指していた。
安心して腰を下ろそうとすると、背後から扉を開け放つ音が聞こえた。
「ようやく見つけた…」
振り返ると、ベージュのロングコートを着た少年が立っていた。
「オ、オマエ! こんなとこに、何の用だよ!?」
「君を追いかけてきたんだ。 さっきのPDAの質問に答えてもらっていない。
 それは一体なんだ? 僕は”GOSPEL”なんてメーカー、聞いたことがないぞ」
(本体表面に書かれたメーカー名を見たのか…!)
俺の時代から3年前に出来た会社だ。コイツが知っているわけがない。
「一体、君は何者なんだ!」
そう言ってリョウゴは詰め寄ってくる。
「バカ! こっちに来るな!!」
優の言葉が脳裏をよぎる。

『周囲にいる人まで巻き込んじゃうの。 くれぐれもその辺は気をつけてね』

最悪の展開が近寄ってくる…。
「近づくとマズイんだ! とんでもないことになるぞ!」
距離を取るように後退する俺。
「何がまずいんだよ!」
お構いなしに距離を詰めて来るリョウゴ。
「ふっ跳ばされる! こことは別の世界に!」
「適当なことを言わないでくれ!」
「信じなくてもかまわない! だが、もう時間がないんだよ!」
「時間て、どういう…」

ピピピピピ!

リモコンが、けたたましい音を発する。
表示は”0:00:00”となっていた。
「なんだよ! 今の音は!」
視線を戻すと、リョウゴが目の前にいた。
「離れろッ!!!」
突き飛ばそうとしたのが裏目に出てしまった。
手が触れた瞬間に、俺の視界が暗闇に包まれた………。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





「お帰りなさい。 …随分と、大きなお土産ね」
白衣の女がにらみつけてくる。
一方、俺の横では、
「…ここ、どこ?」
”土産”が疑問を口にした。





「と言うわけ。 わかった?」
「はい…。 信じがたい話ですけど…」
理解を示すリョウゴ。
優は俺の正体や、こっちと向こうの関係、平行世界について話した。

やはり、俺の思っていた通りだった。平行世界。無数にある、可能性の世界。
つまり、向こうはLeMUの事故で、皆無事だった世界ということになる。

「う〜ん。 やっぱり、優秀な生徒はいいわねぇ〜」
「…悪かったな。 出来の悪い生徒で」
「まぁ、そんな冗談は置いといて。 リョウゴ君の時代は、西暦何年だったことになるの?
 桑古木の説明だけじゃわからないんだけど」
優は、俺を”桑古木”、少年を”リョウゴ”と呼び分けていた。
「2020年です…。 20年の5月17日、です…」
うつむきながらリョウゴは言った。さすがにショックを隠しきれないのだろう。
「なるほど。 設定の方はうまくいったみたいね…」
「誤作動はなかったんだな? それなら、さっさとコイツを返しちまおう」
人のことは言えないが、コイツはこの世界に紛れ込んだ、異物のようなものだ。
ここにいても、コイツのためにはならない。
「そうしたいのはやまやまなんだけど。
 どっかの誰かさんのおかげで、装置に過負荷が、かかっちゃってねぇ。
 ちょっと、修理しなくちゃいけないわけよ」
(いちいちイヤミくさい女だ…)
「たぶん一晩はかかりそうね。 
 今日のところは、リョウゴ君を家に泊めてあげなさい」
「はいはい。 了解しましたよ」

「あの…。 少しの間、ひとりにしてもらえませんか?」
それまで黙っていたリョウゴが口を開いた。
「別に構わないけど…。 どうしたの?」
心配した様子で優が尋ねる。
「考えたいことがあるんです。 …それだけですよ」
「…大学の外には行くなよ。 見つけにくい所にも、だ」
「ありがとう」
そう言ってリョウゴは出て行った。

「…何か思い詰めている様だな」
「みたいね。 昔の貴方にそっくり」
懐かしむ表情で優が言う。またコイツは…。
「ちゃんと、相談に乗ってあげなさいよ。
 きっと貴方みたいに、下らないことを抱え込んでるんだから」
「わかってる…。 それより装置の方、問題ないのか?」
「大丈夫よ。 そんなにひどい状態じゃないから」
「そうじゃない。 ”線路”の方だよ」
「…なんのこと?」
俺のポーカーフェイスはコイツに仕込まれたものだ。
相変わらず上手いとは思ったが、騙される俺ではない。

「本当に、2020年に跳ばすつもりだったのか?」
うまくいかなかった。俺はそう推測していた。
何故、別の次元の2020年に跳ばしたのか、それがわからない。
実験するのなら、この次元の明日に跳ばした方が問題も少ない。
列車に置いて行かれても、また手配することが出来るはずだ。

優はため息をついた。
「…大丈夫よ。 データは取れたし、有能な助手の力を借りれば大したことないわ」
「ならいいんだがな…」










「こんな所にいたのか」
リョウゴは中庭のベンチに座っていた。2020年で座っていた位置と同じだ。
「………」
気付いているようだったが、反応はなかった。隣に腰を下ろす。
「まだ考えてることがあるのか? 安心しろ、ちゃんと元の時代に返してやるよ」
「…ここは西暦何年なんだ?」
ようやく口を開いたと思えばこれだ。まったく、面倒なことを…。
「さっきの説明は本当なのか? 君達は、僕に大事なことを隠しているんじゃないか?」

優はこの世界のことを説明する際に『数年後の世界』と表現し、
あの事件のことには触れなかった。
正直に言わなかったのは、アイツなりの配慮なのだろう。
俺達の体験してきた17年間を、コイツが知る必要はない。

「何を言ってるんだ。 ここは、西暦…」
「2034年」
俺の言葉をさえぎり、リョウゴ。
「…知ってたのか」
「さっき人に聞いたよ。 LeMUで2度事故があったことも…」
最悪だった。隠し通せるとは思っていなかったが、こんなに早くボロが出るとは…。
「話してくれないか…。 こっちの僕は、”君”はあれからどうなったんだ」





「ごめん…」
すべてを話し終えて、数分が経った。
優の危惧していた通りになる。こうなることを想定して、黙っていた訳だ。
「何故オマエが謝るんだ」
「なんだか申し訳なくて…。 
 君たちだけに重荷を背負わせているような気がするんだ…」

「…ココにもそんなことを言われたな」
「え…?」
「オマエの彼女だよ。 あの子にも言われた」
先程の少女の顔を思い出す。
「あの子は最初から俺のこと知っていたらしくてな。
 例のリモコンを見つけたのもココなんだ。 俺に償いをしたいって。
 似たもの同士の恋人ってわけだ」
からかうような視線を投げかける。
「けど、そのことで責任を感じることはないだろう。
 名前は同じだが、俺とオマエは別人だ。 それぞれ違う道を歩いてきたんだ。
 オマエは18年、俺は33年の道を。 
 それにな、オマエはこの17年間を悲劇だと思ってるみたいだが
 俺はそんなに捨てたものじゃないと思ってる。
 確かに、獣道ばかり歩いてきたが、色々といい思いだってした。
 そしてなによりも、道はまだまだ続いている。 これで終わりってわけじゃない。
 俺達は進んでるんだよ。 …前に向かって」
ここからはそれぞれの問題だ。
良くするも、悪くするも、すべて自分にかかっている。

「ごめん…」
リョウゴはまた謝った。
「君達に対して、失礼な考え方をしてたみたいだ。 本当にごめん…」
「なんだよ、全然わかってないじゃないか」
呆れてしまった。一体、どこが優秀なんだ。
「人のことに気を使ってる前に、自分のことを考えろよ。 …自分の進む未来のことを」

「…それは先輩のアドバイスってことでいいのかな」
うつむいていたリョウゴが顔を上げる。その表情に迷いはなかった。
「そんなところだな。 …彼女、泣かせんじゃねぇぞ」
「だったら、君は大切にする人を見つけなきゃね」
「…先輩をからかってるのか」
「まさか。 これは後輩からの助言だよ」










翌朝、優からメールが届いた。
『大学の屋上にて待つ』
一見すると、果たし状のようだ…。

「おはようございます、桑古木さん、リョウゴさん」
屋上に着いた俺達を出迎えたのは、優と有能な助手・空だった。
「遅いわよ〜! 何分待たせれば気が済むのよ」
本当に可愛げのない女だ、と考えている俺の横に空がやって来て耳打ちをする。
(察してあげてください。 田中先生は徹夜明けでお疲れなんです)
(徹夜…?)
(はい。 なにしろ、すべておひとりでなされたようですし。
 私が呼ばれたときには、起動実験を残すだけでした。
 それなのに田中先生は『私が乗ってチェックするから、空は操作の方をお願い』と。
 私が換わりますと言ったんですが、田中先生は『嫌だ』と言い張って大変でした)
1回のテストで済んで本当に良かったです、と空は付け加えた。
アイツなりに責任を感じているわけか…。



「それじゃ、これでお別れね」
「はい。 先生もお元気で」
差し出した優の手を、笑って握り返すリョウゴ。
「お体に気をつけて下さいね」
「ありがとう、空。 君も元気でね」
空にも同様のことをする。
空は自分の頬に手を当てて赤くなっていた。優も顔には出さないが照れているようだ。
この辺は俺よりも才能があるな、とキラークイーンの異名を取る男の顔を思い出した。

「君も元気で、涼権」
俺の方に向き直ってリョウゴは言った。
「…紛らわしいからやめろ。 大体、気持ち悪い」
「そっけないね」
リョウゴは手をかざした。
叩け、との合図なのだろうが、見え透いたものだった。
俺は叩こうとする。

すっ!

「…あれ?」
俺は手が当たる直前に寸止めした。
当たると思っていたリョウゴは、咄嗟に手を引いていた。
「ははは、いっぱい喰わされちゃったね」
悪びれた素振りもなく、リョウゴは笑う。
「俺を出し抜くなんて10年早い」
「10年で足りるのかい?」
「…訂正。 15年以上、だな」
にやりと笑って、再びリョウゴは手をかざした。
悪意はないと読み取った俺は、おもいきり手を叩く。

パシン!





「行ったわね」
優がボソリ呟いた。言葉には出さずに、俺は頷いた。
「さってと! 空、例のやつをセットして!」
場の空気を吹き飛ばすかのように言う。
「何だよ、例のって。 まだなにかあるのか?」
「事後処理」
優は短く言い放って、不敵な笑みを見せた。
俺はこの笑い方が大嫌いだ。絶対に良からぬ事を企んでいるに違いない。
「先生、準備できました」
装置の周りでいそいそと作業していた空が戻ってきた。
「ごくろう、茜ヶ崎君。 …それじゃいくわよ」
優はいつの間にか耳栓をして、なんだかよくわからないスイッチを握っていた。
スイッチを持った腕を地面と水平にして、ボソリと一言。
「任務、了解…!」

どかーん!!!

優がスイッチを押した瞬間、例のタイムマシンが跡形もなくブッ飛んだ。
危険を察知できなかった俺は、地面に尻餅をついてしまった。
耳栓をしていなかったため、アタマがキンキンする。
「な、なにしやがんだー!!!」
腰を抜かして叫んでも、情けないだけだとわかっていたが、それでも叫んだ。
「なにって…。 自爆」
「田中先生、自爆ではなく爆破では?」
「自爆でいいのよ。 何のために、こんな回りくどい真似をしたと思ってるの」
女ふたりはどうでもいいことで言い合う。
今にもアタマが沸騰しそうだったが、それでは思うツボだ。
自分に言い聞かせて、冷静に聞き返す。

「…なんで、自分の発明品をぶっ壊したりしたんだ」
「最初からこうする予定だったのよ」
「はぁ…?」
「あの装置はね、自分の理論実証のために作ったのよ。 結果だけで充分なの。
 けど、世の中にはバカがたくさんいるからねぇ。 悪用しようと考えるバカもいるでしょ?
 だからよ。 ”ここ”も誰にも見せることはないでしょうね」
自分のこめかみを人差し指で叩きながら優。
屋上に呼びつけた理由がわからなかったが、そういうことか…。

「ごくろうさま、桑古木。 もう帰っていいわよ」
ようやく立ち上がった俺に優は言った。しかし、肝心のところがうやむやになっている。
「ちょっと待て! 休暇の件はどうしたんだ!」
「ああ、ごめんなさい。 言い忘れてたわね。 明日から3日、お休みでいいわよ」
「マジか…?」
「マジよ。 冗談だ、なんて言わないから安心して頂戴」
予想外の展開だった。こんなにあっさり行くとは…。
そこに空が耳打ちをしてきた。
(田中先生も悪かったと思ってるんですよ。 桑古木さんを巻き込んでしまって)
気味が悪い話だったが、都合がいいことに変わりはない。
俺は深く考えないことにした。
「さってと! ぱぱっと、片付けて撤収するわよ!」










翌朝、インターホンを押す音で目がさめた。
開けろだの、起きろだの、玄関の辺りから聞こえてくる。
今日は1日寝ていたかったが、近所迷惑になるのでしぶしぶ体を起こした。
目をこすりながら、俺は玄関のドアを開けた。
「おっはよー!」
そこにはココが立っていた。
(こんな朝っぱらから、一体どうしたんだ…)
そんなことを考えていると、他のヤツらが騒ぎ出した。
「おっそいぞぉ、桑古木! まだ寝てたの?」
「ほほ〜う。 ここが桑古木殿のお住まいでござるか。 どれ、早速…。」
「ああ! 待ってよ、沙羅!」
ユウと沙羅とホクトだった。テンションの高いヤツばかりだ。
止める間もなく、沙羅とホクトは家の中に入って行く。
「オマエら、なにしてるんだ…?」
「遊びに来たに決まってるでしょ。
 お母さんが『美味しいものを食べに行くらしいわよ』って」
やはり、あの女は疫病神だ。俺のささやかな休日を台無しにするつもりだろう。
やれやれと頭をかぶり振って、俺は家の中に入った沙羅とホクトの監視に向かった。


・・・・・・・・・


「なんだか不機嫌そうだったね、桑古木。 電話くらいすればよかったかな」
頭ををぽりぽりとかいてユウ。
「そうかなぁ〜」
「ココにはそう見えなかったの?」
にこりと笑って、質問に返すココ。
「うん。 今日の少ちゃん、とっても楽しそうに見えるなぁ」



追記のようなあとがき

桑:そんなわけで、あとがきなんだが…。
涼:なんで僕をにらむんだ?
桑:オマエの扱いが良すぎなんだよ! なんでこんなに差があるんだ!
涼:今回はカッコいい”僕”の話だからね。 仕方ないさ。
桑:うるせえぞ! マト○ックスみたいな格好しやがって!
涼:ロ○コンに言われたくないな…!
桑:テメエのことを棚に上げてよく言うぜ!
涼:”僕”とココの差は1つだ。 ”君”とは、どの程度あるのかな…!
桑:…ち、ちっきしょー! オマエなんかキライだぁー!!!

だだだだだ!

涼:あーあ、行っちゃったよ…。
 まぁ、彼のことは放って置くとして、挨拶をしなくちゃね。
 今回のゲストキャラ、桑古木涼権ことアナザー涼権です。
 18歳の大学生で、理工学部所属。 趣味は映画鑑賞、好きなものは…って時間切れか。  僕の話の感想、意見等あったらお待ちしてます。
 それじゃ、この辺で。 またね! 


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