オトコの花道
                            シュラム


「うん。 お兄ちゃんもよく似合ってるよ」
両手のひらを合わせて沙羅が笑う。
「…そんな風に言われると、なんだか照れくさいなぁ」
亜麻色のパーカー、インナーに黒のハイネック着ているホクト。
パーカーのポケットに手を入れて、恥ずかしそうにしている。
「まぁ、俺の息子だからなぁ。 何を着たって、似合うものは似合うさ」
自慢げに武が笑った。
彼は紺のスーツに、コバルトブルーのYシャツを着崩している。
Yシャツのボタンを上から2つ、3つ止めていない姿は、
沙羅曰く『歌舞伎町の指名率ナンバー1ホスト』を思わせるらしい。
私には何のことかよくわからなかったけど、”男の色気”というものは充分に伝わってくる。

「ホントにありがとな、つぐみ」
その武が私の方に向き直って、お礼を言う。
とても嬉しそうに笑っている彼を見て、
システムエンジニアで恋愛ドラマ狂の知人の言葉を思い出した。

『倉成さんの笑顔は反則です。
 笑顔が素敵なのは良い事ですが、それを振り撒くのはあまり善くない思います。
 ”あれ”を見せられたら、誰だってその気になってしまいますよ』

(…確かに、反則かも)
「私は…。 特別な事はしていないわ。 服を選んだのは沙羅だし…」
出来るだけ表情に出さないように、足元を見ながら私は言った。
「それでも、さ。 俺が『新しいスーツが欲しい』って言ったのを覚えててくれたわけだろ?
 その気遣いが一番嬉しいよ」
「……」
返す言葉が見つからない。適切に表現すると、見つけることに集中できなかった。
ホクトの呼びかけがなければ、数十分は上の空だったかもしれない。

「ぼくもありがとう、お母さん。 大切に着させてもらうよ」
「うんうん。 これを期に、お兄ちゃんもおしゃれしてみたら? 素はいいんだからさ」
ホクトはあまり服装に気を使うタイプではない。そういったことに興味を示さないのだ。
そのせいで、秋香菜に『おしゃれ探求の旅だ』とウィンドウショッピングに付き合わされたり、
『飾らない年下系美少年』の通り名を持っていたりと、色々と苦労しているらしい。

「まぁ、確かに素はいいよな。 さすが我が息子だ」
再び、自慢げに笑う武。
「でもさ」
武の言葉を受けて沙羅が言葉を継ぐ。



「パパとお兄ちゃんって、どっちの方が”ミリョクテキ”なんだろうね?」



何気ない一言。深い意味などなく、沙羅にとってはただの疑問にすぎなかった。
けど…。

「ははは! そんなもん俺の方がいいに決まってんだろ。
 ホクトも悪くはないが、俺とじゃ比較にならないぜ。
 ”比べる”、なんて考える時点で間違ってるぞ」
「…そんなの納得いかないよ」
武の言葉を聞いたホクトがムッとする。普段はない、珍しいことだった。
「その言い方だと、ぼくがお父さんの足元にも及ばないダメ人間に聞こえるよ。
 大体、今のはお父さんの主観じゃないか。 
 ”一般的”に言ったら、ぼくの方が人気があるかもしれない」
『一般的』の部分を強調するホクト。この子が明確に毒づくのなんて初めて見た。
「そんなことはないぞ。 絶対に俺の方が上だな。
 日本でも、アメリカでも、イギリスでも、バングラデッシュでも、俺の人気は不動だぞ。
 ”クイズ100人に聞きました”で、クイズに出来ないくらいにだ」
にやにやと悪意のない顔で言う武と、口の端をピクピクと引きつらせるホクト。
少々理解できない例えがあったけど、正に”完全否定”だった。
いくらなんでも、言いすぎだと思う。
たしなめの言葉を口にするよりも先に、ホクトが口を開いた。

「そこまで言うんならさ…。 ぼくとお父さんで勝負しようよ。 どっちが”魅力的”か…!」
「ほほーう! 面白いな、マイ サンよ! パパンの偉大さを思い知るがいい!」
「ちょ、ちょっと! ふたりとも何言ってるのよ! 変なことで喧嘩しないで!」
流石に黙って見ていられない。私はふたりの間に入った。
「邪魔をしないで、お母さん。 白黒つけなきゃぼくの気がすまない…!」 
「少し頭を冷やしなさい! そんなことどうだっていいでしょ!?」
「だったら、つぐみ。 俺とホクト、どっちがいい男だと思う?」
またまた、武がとんでもないことを言い出した。
「つぐみの意見を聞かせてくれよ。 つぐみの言うことなら俺達は納得する」
その言葉にホクトも頷く。
「それは…」
決められるわけがない。
夫と息子を男として比べられる妻がいるのだろうか。
「沙羅は?」
「…え? いや…どっち、かなぁ?」
「だろう? だったら、勝負しかないんだよ。 俺達が納得できる方法は」
妙に強気な武の言葉を受けたように、家の外から大声が聞こえた。

『その戦い、与ったぁー!!!』

がしゃーん!

突然、居間の窓ガラスを蹴破って、うんちく女学生が乱入してきた。
更に、その背後から白衣を着たうんちく女教授が続く。
「な、何てことするのよ、秋香菜!」
「あ。 ご無沙汰してます〜、お義母さん」
「誰がお義母さんよ!」
「落ち着きなさい、つぐみ」
なだめるように、もうひとりの乱入者が言った。
「あなたも何考えてるのよ、優! 人の家を壊してそんなに楽しいの!?」
「こんなものは些細なことよ。 これから始まる”聖戦”の前ではね…」
「…は、はい?」
「聖戦よ。 親と子の聖なる戦い。
 親は子の成長のために、子は親を超えるべく、全力でぶつかり合うのよ。
 これを聖戦と呼ばずして何と言うの」

…なんだか頭が痛くなってきた。
このふたりまで絡んでくるとなると、もう私では止めるなんて出来そうにない。
「…とりあえず」
諦めた私はため息をついて、力なくこう言った。

「ふたりとも、玄関で靴を脱いで来てくれないかしら…?」










「皆さん、こんにちは。
 本日、『第一回 チキチキ! 聖杯争奪戦争 倉成 武 VS 倉成 ホクト』の
 司会進行を勤めさせていただきます、茜ヶ崎 空です」
パイプ椅子に座った空が、誰に向かってか律儀に挨拶する。
目の前に机には、”実況”と書かれた三角プレートが置かれている。
「解説は、八神 ココさんです。 よろしくお願いします」
「おっけ、べいべ〜。 アタイがウワサの八神ココでい! よろしくぅ〜」
「わん!」
空の隣に座るココが挨拶をした。胸に抱えられたピピも返事をする。
「そして、審査委員会の会長、副会長の倉成 沙羅さん、倉成 月海さんです」
「ニンニン」
「…ど、どうも」
よくわからないけど挨拶をした。
いつの間に副会長なったんだろう…?

「ルールはいたって単純です。
 全3試合中、先に2勝を先取した方の勝利となり、聖杯を手に入れることが出来るのです!」
確かに単純だけど、いつの間にか目的が変わってるような気が…。
そもそも聖杯って、一体…?

「よろしい、お答えしましょ〜」
突然、ココがしゃべり始める。
「聖杯といいますのは、
 ケルト神話のアーサーっていう、えら〜い王様の物語に出てくるの聖遺物なのです。
 この杯にはすっご〜い力があるらしくって、中からおいしいタツタサンドが出てきたり、
 とってもよく効くお薬が出たりと、色々な説があるナゾのアイテムなのです。
 以上、八神先生の神話講座でした〜」
「わん!」
わかり易く聖杯について説明するココ。
どうして、私の考えてることがわかったんだろうか…?
深く考えると頭が痛くなってきそうなので置いておく。
それよりも…。

「…あのふたりは、そんな物を取り合うの、空?」
「……」
「……」
「…あ。 どうやら第1試合の準備が整ったようですね。 それでは中継にいってみましょう」
「…はぁ」





「第1試合は、ホームランダービー対決です。
 サドンデス形式で、差がついた時点で勝敗を決します。
 なお、倉成選手には田中先生。 ホクト選手には秋香菜さんがピッチャーを担当します。
 これから先、お二方にはそれぞれの選手をサポートする形で、立ち合っていただきます」

「がんばろうね、ユウ!」
「おっけぃ、任せなさい! 
 鳩鳴館のドカベンこと、田中優美清秋香菜が、きみを勝利へ導いて進ぜよう!」
意気込む、ホクトと秋香菜。
いいコンビネーションが期待できそうだ。
ふたりとは対照的に…。

「まぁ、せいぜい私の足を引っ張らないでよね、倉成。
 これは私達親子の戦いでもあるんだから」
「へッ! そんなヘマするかよ! お前こそ変な所に投げるなよ、優!」
「安心しなさい。 バカでも見切れるような球をしっかり投げてあげるから」
「て、てんめー! 誰がバカじゃァー!!!」
思い切り揉めている、武と優。
あの二人の関係はとても微妙だ。
普段はああやって、いがみあってばかりいるのだけど、
極稀に話が合って10年来の付き合いに見えることもある。
ちなみに、この前は『若手芸人の育成』について意気投合していた。
…当然ながら、私にはさっぱりわからない話だ。



「それじゃ、行くわよ、ホクト!」
「任せて!」
第1打席に立つホクト。マウンドに立った秋香菜が投球の構えに入った。
「せ〜の!」
足を浅く踏み込んで、腕を上から振り下ろして投げる。
ボールはゆるい弧を描いて風を切っていく。
私は野球について知らないけど、とても打ちやすいボールに見える。
案の定…、

かきーん!

…木のバットと皮のボールの間に快音が響いた。
「…よし!」
手ごたえを感じたのか、ホクトが右の拳を握りこむ。
ボールはぐんぐん飛距離を伸ばして行き、
グラウンドのフェンスを越えて、その奥にある林の方まで飛んで行った。

「やた〜! ホクト、えらい!」
秋香菜がバッターボックスにいるホクトに抱きつく。
ふたりとも本当に嬉しそうだ。とても初々しい。



「行けるわね、倉成!?」
「おう、来い!」
先程までホクト達が居た所で、武と優。
返事に頷いて、優が構える。秋香菜とは違う構えだ。
「…行け!」
ボールを持った腕を、下から上へ、前に1回転させ、勢いをつけて投げる。
”ソフトボール”というスポーツと同じ投げ方だ。
手から離れたボールは、真っ直ぐ武の元へ。
秋香菜のとは違い、球速は少し速いけど軌道が直線で安定している。
速ささえ克服すれば、位置の予測は簡単だから…。

かきーん!

…これも打ちやすいと思う。
ホクトのとき同様、フェンスを越えてボールは見えなくなった。

「余裕、ってな」
「当然ね。 子供でも打てるわ」
あまり喜びを表現しない武と優。
とても冷めている。
『チームプレーなんだから、もっと嬉しそうにしてもいいのに』と、
思うのは私が変わった証拠なんだろうか。





そんなこんなで、数打席を終えた。ここまではふたりとも完璧な展開だった。
優も秋香菜もコントロールはいいし、武とホクトもきちんとボールを捕らえている。

「これは長引きそうね…」
「…んー」
先程から、沙羅はPDAのメールに没頭しているようだった。
「…友達?」
「違うよ。 …って、これはわたしの希望なんだけどね」
「?」
よくわからない。なんだか意味深だ。
そんなことを考えていると、武と優が持ち場に着いた。





「来い、優! さっさと打ち取ってやるから!」
「…へぇ」
優の肩がピクリと震える。
「…随分強気ねぇ、倉成?」
一瞬だけ、目の色が変わったような…。
「それじゃ…。 行くわよ…?」
構えに入る優。下から上に腕を回転…させなかった。
左足を思い切り踏み込んで、右腕を勢いよく切り落とす。
「壱の魔球、紅蓮走破…!!!」
手から離れると同時に、ボールから火が着いた。
火の玉と化したボールは、真っ直ぐバッターボックスへ飛んで行く。
「…な!? は、図ったなぁ、優ッ!」
「この魔球! 打てるものならば打ってみなさい、倉成ッ!」
「く…! 上等だぁーーーッ!!!」
バットにボールが当たる。しっかりと芯で捕らえたようだ。
あとはボールを引っ張れるかだけど…。
「ムオォォォ!!!」
踏ん張る武。その形相は恐ろしいほどに歪んでいた。
血走った眼球は、その存在をこの上なくアピールし、
白い刃を覗かせている口は、鼻から下の顔面積を埋め尽くさんばかりの、
大きさに膨れ上がっている。
火の玉を、木のバットで打ち返そうとしている、眼球が飛び出そうな口裂け男。
新しい怪談話が出来そうなシチュエーションだった。
(怖すぎよ、武…)
やがて、木のバットから焦げ臭い匂いがして…

ずばーん!

バッターボックスの後ろにあるネットにボール突き刺さる。
武が持っていたバットは、ボールを捕らえた部分から引火し、
その点を境に2つに割れてしまった。
「ふ…! 所詮はこの程度ね」
嬉しそうに、それでいて見下すように笑う優。
「ちぃ…! 素材が木でなければ、こうは行かなかった!
 球自体は完璧に捕らえていたんだ! これで勝った気になるなよ!」
「言ってくれるわね…? だったら、弐の魔球で決着をつけましょう…!」
「望む所だ!」



「…え〜、倉成選手。 空振りということで、第1試合はホクト選手の勝利です」
『やった〜!!!』
『…あ』










「第2試合は、シチューの大食い対決です。
 制限時間60分以内にどれだけ食べられるかを競います」
「競いま〜す!」
「わん!」

「大食いか…。 運動した後だし、ちょうどいいかも」
「ふふふ! この食卓魔人、倉成武にかかれば造作もないことよ!」

「それでは、月海さん。 手配の方、お願い致します」

表から合図が来た。私は約20人分のシチューが入った大鍋を持って調理室を後にする。、



「どうしたの…?」
私を出迎えたのは、凍りついた表情をした武とホクトだった。
「まさかとは思うんだが…つ、つぐみが作ったのか?」
渇いた声で武。
「お母さんは、運んできただけなんだよね? ね!?」
懇願するような顔でホクト。

「その…私が、作ったんだけど…」

「よし! 俺の負け!」
「うん! ぼくの負け!」
『って、違うだろーーーーー!!!』
見事にハモる親子ふたりに、ハリセンで叩く親子ふたり。

「勝負の前から諦めてどうすんのよ!」
「で、でもユウ。 ぼくは1勝してるから、この勝負は落としても…」
「あまーいッ!!! そんなセコイ真似してどーすんのッ!
 この戦争は全力で戦ってこそ意味があるのよッ! 死ぬ気で戦いなさい、ホクトッ!!!」
「うう…」
秋香菜に一喝され、萎縮してしまうホクト。

「倉成! 負けたら終わりなのよ! ここは何が何でも勝ちに行きなさいッ!」
「他人事だからそんなこと言えんだ、お前は! 人の気になって考えろッ!」
「負け犬の気持ちなんて、私には一生理解出来ないわね…!」
「この…言ってくれるぜ…! 上等だ、やってやるッ!」
うまく武を挑発して、その気にさせる優。

「あ〜あ、拙者は知らんでござるよ…」





「こうなったからにはやるしかない! 勝って次のステージへ進ませてもらうぞ、ホクト!」
「ぼくだって! ここで終わらせてもらうよ、お父さん!」
テーブルに着いたふたりはやる気に満ち溢れていた。
「それじゃ…。 はい」
シチューを器に盛り、ふたりの目の前に置く。

「それでは時間です。 お二方、始めてください!」

空の合図と共に、武とホクトは同時にシチューを口に運ぶ。

『ごっぶ!』

またもや同時にむせ返るふたり。
「ち、ちょっと! 慌てて食べるからよ! 勝負だからって、そこまで急がなくても…」
「…そ、そうだな。 この勝負、スピードよりも耐久力の方を重要視するべきだな…」
「…う、うん。 途中で倒れるよりは、そっちの方が勝率は良さそうだよね…」
なんだかわからないけど、ふたりの考えは同じようだ。
顔をしかめながら、ふたりはもそもそとシチューを食べる。



「…味付け、変かしら?」
思い切って、ふたりに聞いてみた。

料理なんて久しぶりにしたから、正直自信がなかった。
最後にしたのは、みんなでそろって初めて食卓を囲んだ時だったと思う。
(その日のハヤシライス、みんな涙を浮かべながら食べていたなぁ…)
けれど、その日を境に台所はホクトの管轄になってしまった。
『つぐみには、料理以外、の家事に専念してもらいたいんだ』
ちょっと不服だったけど、好意だと思って素直に受け入れることにしたんだっけ…。

「そ、そんなことはないぞ! うまい! うまいなァ!」
「そ、そうだよ! おいしいよ、お母さん!」
私の言葉を否定するように笑いかけるふたり。…青い顔で言われても説得力がない。
不安になってきたので、鍋の中に入ったシチューを味見してみる。
「バ、バカ! やめろ、つぐみ!」

すすす…。

「これって…」
「ああ…。 間に合わなかった…」



「…少し塩を入れすぎたみたいね」



「……」
「……」

「? どうしたの、ふたりとも?」
「いや…そう言えばそうだったな、と…」
「そうだね、すっかり忘れてたけど…」
「?」





勝負が始まって50分が経った。
ふたりは共に、8皿目を苦しそうに食べている。
ここまでに何度も『無理をしないで』と言ったのだけど、ふたりはやめようとしなかった。
諦めた私は進行に徹することにした。
「お、おかわり…」
器を差し出してくるホクト。これで9杯目。
「行けぇー! ホクトー! もう一息よー!!!」
外野の秋香菜がメガホンをバンバン叩いて応援している。
ペースとしてはホクトの方が速い。
このまま逃げ切りかと思いきや…。

「ぎ…ぶあっぶ…!」
9皿目を食べていたホクトが、
目の前にあったシチューの器に顔をつっこんで、テーブルに伏せてしまった。
「ああ! ホクトー!!!」
秋香菜が悲痛な叫びを上げる。
「立てぇ〜! 立つんじゃジョ〜、もとい、ホクトォ〜!!!」
両の手をグーの形にして、床をバンバン叩く秋香菜。
いつに間にか、付け出っ歯と眼帯している。

「チャンスよ、倉成! ここで一気に差を詰めなさい!!!」
「も、もう俺はダメだ…。 俺を置いて行くんだ、優…」
武もテーブルに突っ伏している。かろうじて意識を保っているような状態だった。
「何、意味のわからないこと言ってるのよ!」
「お前まで…犠牲になることはない…。
 俺の分の…食料を、持って…。 先…へ…進め……!」
ガタリとテーブルを揺らして、武は目を伏せてしまった。
「倉成! 一体どういう場面なのよ! 微妙すぎて乗れないわ! はっきりしてッ!!!」
「話がずれてるわよ、優…」
私には見向きもせずに、優は時計をにらみつける。
「残り5分か…! …仕方ない、切り札を使うわ!」
数回深呼吸した後、すうっと大きく息を吸い込む。
そして、力の限りこう叫んだ。
「倉成武ーーー!!! そんなことじゃアンタの大事なつぐみがぁーーー!!!」



「空に寝取られるわよーーーーーッ!!!」



「はぁ!? あなた何言ってるのよ!?」
「彼女は密かにつぐみを狙っていたのよ!
 アンタのことを『くらなりせんせ〜』なんて呼んでたのは、
 つぐみ攻略用データを収集するためだったのよ!!
 アンタから”倉成家亭主”の肩書きを強奪するためだったのよーーー!!!」
私はナレーター席に視線を移した。
彼女はぶんぶんと首を左右に180度捻り、力一杯否定していた。
それはそうだ。そんな趣味があるなんて聞いた事ない。
子供でも分かる嘘だった。
けど…。

「く、くそぉ…。 卑怯だぞ…茜ヶ崎君……!」

…この人は騙されてしまった。
「優…! 教えてくれ、どうしたらつぐみを守れるんだ…!」
体を起こす武。その表情はとても必死だった。
嬉しいような、悲しいような、とても複雑な気分だ…。
「簡単なことよ!
 この愛妻シチューをすべて平らげて、アンタ達の愛の絆を見せつけてやりなさい!」
「おっしゃぁーーーッ!!! 任せろぉーーー!!!」
武がものすごい勢いで食べ始める。まるで豚の食事を見ているようだ…。
あっという間に器を空っぽにした武が席から飛び跳ねる。

「つぐみは渡さんぞぉーーーーーッ!!!」
シチューの入った大鍋を傾けて、どばどばと水の様に流し込む。
1分も経たない内に、中身は飲み尽くされてしまった…。

「わ…若妻…。 ば、ん…ざい……!」

そう呟くと、武は床に大の字になって倒れこんでしまった。
「よくやったわ、倉成武! それでこそ私のライバルだ!」
倒れこんだ武のお腹を、太鼓のようにぽこぽこ叩く優。

私はシチューの器に顔を突っ込んだ少年と、
床に大の字になって倒れている青年を交互に見遣った。

「なんで私の家の男って、バカしかいないのかしら…」










「いよいよ、最後の試合です! 最終戦はデュエルです!
 細かいルールなど一切合切ありません! 戦って、生き残った者の勝利です!」
「戦うんじゃ〜、オノレのすべてをかけてぇ〜!」
「わん!」

「この戦い…! 聖剣アガートラームに誓って、ぼくは負けない!!!」
「来い、ホクト! 魔剣グラムザンバーの餌にしてやる!!!」
リングの上で、おもちゃの刀を持って身構える武とホクト。

「やったれ、ホクトー! いてこましたれー!!!」
「倉成! 正真正銘、最後の聖戦よ! 死力を尽くしなさい!!!」
セコンドとしてリング際で叫ぶ優と秋香菜。

「ほいじゃ〜、行きまっす! れでぃ〜…ごぉ〜!」
「わん!」

ガーン!

ココがゴングを叩くと同時に、ふたりはマットを蹴った…。





「…本当、あのふたりには困ったものね」
ため息をつきながら、私は隣に座ったもうひとりの審査委員に話しかけた。
「…ママはさ」
リング上でバキバキと、おもちゃの刀で打ち合っているふたりを見ながら沙羅。
「パパとお兄ちゃん、どっちがかっこいいと思う?」
「…そんなこと、わからないわよ。 そもそも、比べること自体が間違いだわ。
 あのふたりはそう思ってないみたいだけどね」
「…やっぱり、そうだよね」
沙羅はPDAに目を落とす。
「家族と、好きな人じゃ、どっちがいいかなんてわからないよね」
「べっ、別に、そんな意味で言ったんじゃないわよ…!」
柄にもなく、赤くなってしまった。照れ隠しで怒ってみせる。
「わたしも、比べられないんだろうなぁ…」

その時、出入り口からドアが開く音がして、青年が入ってきた。
「あ、涼〜!」
沙羅が立ち上がり、笑顔で青年に手を振る。
青年は苦虫を噛み潰したような顔で、こちらに近づいてくる。
「その呼び方、前にやめてくれって言った気がするんだが…」
近づいてきた青年、桑古木はやれやれと頭をかぶり振る。
「えー! 別になんて呼んだっていいでしょー!」
「良くない…。 オマエがそんな風に呼ぶから、
 『非常勤講師桑古木は、女子高生と戯れるのが趣味』なんて噂が立つんだよ…」
言葉にしながら、白衣を着たセコンドをにらみつける桑古木。
彼女も悪い人間ではないと思うけど、その下に就くとなると話は別だ。
必要以上に働かされて、必要以上に苦労するのではないかと思っていたけど、
それは間違いではなかったらしい。

「…そう言えば、あなた。 こんな所にどうしたの?」
「今日は約束の日。 故に拙者が呼び出したのでござる」
「約束って?」
「この前、俺の仕事用パソコンがウイルスにやられてな。
 システムの復旧をコイツに手伝ってもらったんだ」
それぞれの質問に、尋ねた方とは逆から答えが返ってくる。
「今日はその礼。 メシを食いに連れて行け、てのが直してもらう条件だったんだよ」
「そうゆうこと」
「ふうん…」
『仲が良い』と優から聞いていたけど、想像以上だ。

「つぐみもどうだ?」
「…え?」
「メシ。 もう、そういう時間だからな」
PDAに目を落とし、何気なく彼は言った。
でも…。
「…なんで?」
私には何かを隠そうとしているように見えた。
「…アンタには色々と迷惑をかけたからな。 その詫びがしたい」
顔を上げずに、私から目をそらす。
外見は変わっても、彼の”少年”らしさは変わっていなかった。
「そうね…。 それじゃ、誘われてみようかしら」
私が、椅子から立ち上がろうとした時…。
「…ママじゃ、しょうがないかぁ」
「? 何か言った、沙羅?」
「…なんでもないでござるよ〜」



「さて、と…。 どうしたものか…」
「先に言っとくけど、ファミレスとかナシだからね?」
「…手厳しいな」
「わたしたちふたりを誘っといて、それはないでしょ?」
「給料日前で、懐が厳しいんだが…」
「気にしない、気にしない。 …ママ〜! 早く行こうよ!」
「…う、うん」
そう言えばと、私は後ろを振り向いた。
その先には…。

「ああっ! 危ないです、倉成さん! …ホクトさん、少しは分をわきまえて下さい!」
「たけぴょん選手、ほくたんの逆袈裟をうまく払いました〜!
 いや〜、今の受け流しはすごいですね〜、ピピさん!」
「わん!」

「やったるんや、ホクトー! どつきまわしたれーーー!!!」
「構えが乱れているわよ、倉成! 集中しなさい!!!」

「ホクトーーーッ!!! お前に勝つッ!!!」
「お父さんだけには負けないッ!!! 負けられないんだぁーーーッ!!!」

勝負に熱狂している6人と1匹の知り合いがいた。
「…はぁ」
私は吐き捨てるようにため息をついて、
『涼はやめろ』だの『好きに呼ばせてよ』だのと言い合っているふたりの後を追いかけた……。



「ぼくの勝ちだぁーーーッ!!!」
「お前の負けだぁーーーッ!!!」
『うおおおぉーーーーーッ!!!!!』


追記のようなあとがき

桑:えー、そんなわけであとがきだ。
つ:…あなた、ここで何してるのよ?
桑:何って…あとがきに出演してるんだよ。
つ:このあとがきは、作品中にスポットを当てられたキャラしか出れないことになってるの。
  …どうして一番出番が少なかったあなたがここにいるのよ。
桑:ちっちっ! わかっていないなぁ、つぐみ。
  俺はこの作者のヒイキキャラなんだぜ!
  例え出番がまったくなくても、ここには無条件で出られるんだ。
  いやはや、人気者はつらいっすねぇ〜。 ははは!
つ:…あなたが贔屓されてる理由、わかってるの? 脇役の男だからよ。
  あの作者はねぇ、
  「いたい、いたいィー!」が名言の決闘ガ○ダムのパイロットが好みなのよ。
  あなたはそれと変わらないような存在なの。
  わかった?
桑:そ、そんなこと、はっきり言わなくても…。 ぶつぶつ…。
つ:…まぁ、お約束ってことで、あいつは放って置きましょう。
  そんなわけで「オトコの花道」。
  疑問に思った人もいるかも知れないけど、
  この作品は「twilight」の設定を引継いでいるわ。
  どうも、「怒る人もいないし、このまま突き進むぞ」って考えてるらしいわよ。
  …本当に、呆れるくらいモノ好きな奴よね。
  いつものように感想、意見等、待ってるらしいわ。
  それじゃ、縁があったらまた会いましょう…。


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