青く澄んだ空。
それは昔、鳥たちだけに住むことが許された場所…
今は轟音とともに飛ぶ、人が造りし鉄の塊が支配する場所。
空を飛びし優しき少年は、
人々の戦いの中で迷い、そして…







『 ソ ラ ノ カ ケ ラ 』
                              チョコシュー

PHASE 4 躊躇と人の死と願いと…」










2034年 8月14日 午後 12時45分


ピーー
艦から発進して十数分。
この音で、考え事をしていた僕は現実へ引き戻された。
どうやら通信のようだ。
「こちら、ラグナロク」
綾さん、と言うことはそろそろ作戦空域…
やっぱり、このまま戦闘なんかしないで飛びつつけていられたら…なんて甘い考えは簡単に打ち砕かれた。
「作戦空域まで残り170秒。全機散開、作戦空域到達後、基地上空にいる敵を排除せよ」
「ナイトレーベン、了解」
「…メビウス1、了解…」
綾さんと玲名さんが、速度を上げて作戦領域へ向かって行くが、僕は二人について行く事が出来なかった。
気が乗らない…なんてものじゃない。今すぐ引き返して帰りたい。
これが今の僕の素直な気持ちだ。
ついに、戦闘が始まる。
僕が人を殺す。
自分の手を血で染める。
何人もの人の死体の上での幸せ。
この戦争が終わっても、本当に幸せに生きていけるわけがない。
人殺しに安息はない。
沙羅の持っていた漫画の影響か、今の僕の頭にはこんな言葉しか思い浮かばない。
沙羅を守るために…
そして、沙羅を撃って僕たちの幸せを壊してくれた敵に復讐するために。
何より…沙羅を助けられなかった分、他の人を助けるために…
そう思って、この戦闘機に乗ったというのに…
「マスター、戦闘領域へと到達。ミドルレンジレーダーに敵の反応、ENGAGE」
「AIR」が作戦が始まった事を告げる。
作戦が始まった瞬間、僕の目に飛び込んできたのは…
ライプリヒ軍の、残虐非道な行為だった…
ドン!ドン!ドン!!
キュンキュンキュンキュン!!
「うわぁぁぁ!!」
「きゃぁ!!」
「あああ!!」
目に映るのは、血と死体と炎。
それは、あの時を思い出させる。
沙羅が撃たれたあの時を…
人々が逃げ惑い、そしてそれを狩るかのように敵の戦闘機が攻撃する。
お母さんや綾さん達が、その敵の戦闘機を人々を守るように落としていく。
そのなかでも、一番の戦果を上げているのは空だ。
機体の周りに浮いているビットを巧みに使い、敵の戦闘機を寄せ付けることなく落としていく。
しかし、それでも戦力の差か基地にミサイルが落とされていく。
基地側も必死に応戦するが、滑走路もハンガーも緊急用カタパルトもやられてもう戦闘機が出せない。
基地側の全てのミサイルランチャーが、煙を吹いている。爆撃により全て破壊されたのだろう。
対空砲だけで必死に応戦するが、それでは敵のシールドにダメージを与えても突き破るとまでは行かない。
対空砲も、もう何機かやられている。
「WARNING! LOCKON ALERT!」
キュンキュンキュン!
「うわぁぁぁ!!」
周りに気をとられている隙に、警告されている時にはもう戦闘機が後ろに回りこんでいた。
「WARNING、SHIELD DAMAGE。シールド展開率、78%にまで減少。機体にダメージはありません」
「AIR」が淡々と報告をする。
どうやら、シールド貫通とまでは行かなかったようだ。
「CAUTION!、敵戦闘機翼部より高エネルギー反応。データ検索、レールガンと判明。
シールド貫通の可能性、73%」
まずい、レールガンなんて撃ちこまれればこの戦闘機の装甲じゃひとたまりもない!
「ち!」
僕は一心不乱に、コンソールを叩く。
「武装選択。後部チャフグレネード」
チャフグレネード。チャフは本来、誘導型ミサイルを回避するために使われる。
ENSIシステムは肉眼での飛行が出来ないため視界の全てはセンサーによるものである。
強力なジャミング等を行われると視界にノイズが入り、
たちまち敵機をを見失う事になってしまうので、チャフグレネードは意外に有効なのだ。
「なめるな!僕だってこのくらいはできる!」
僕は、トリガーを引きチャフグレネードを2発後方に撃った。
すぐにグレネードは破裂し、アルミ箔のような物とノイズポットが後方にまかれる。
「敵戦闘機、センサー沈黙。こちらを見失いました」
僕は、このチャンスを逃さなかった。
すぐさま、敵戦闘機の後方に回り込み
コンソールを叩いた後、トリガーに指をかける。
「武装選択。ショートレンジミサイル。残弾数50。
CAUTION。敵センサー復活。」
もちろん、相手も馬鹿じゃない。
すぐに、センサーを復活させこの状況を理解したのか急旋回やスラスターでの微妙な動きで
こちらのロックオンをはずそうとする。
しかし、気づくのが遅すぎた。
すでに、ロックオンカーソルは緑から赤へと変わっていた。
「もらった…!」
殺らなければこちらが殺られる。
僕は、コントローラーのトリガーを引いた。

はずだった…

カタカタカタカタカタ…
「え?」
手が震えて、トリガーが引けない。
気づけば、全身に汗をかき呼吸も荒くなっていた。
撃てない…撃ち落とせない…
殺さなければならないと分かっていても…
人を…人を殺したくない…!
「WARNING! MISSILE ALERT!」
ボン!ボン!
警告が来た時にはもう遅かった。
さっき僕が使った手を、そっくりそのまま返された。
目の前の視界はノイズだらけで何も見えない。
そして、少しずつ機体の高度が下がり始める。
墜落するのだ。
「くそ!オーダー!オートパイロット起動!」
「YES MASTER。AUTOPILOT MODE。高度1000フィートまで上昇」
肉眼で何も見えない状態での人間の操縦は危険だ。
センサーが死ぬといっても全てではないので、オートパイロットにすれば何とか墜落だけは回避できる。
しかし、この隙が相手にとってどれだけ重要なことかは、自分がやっておいて分からなかった。
「CAUTION。敵戦闘機の飛行経路上に民間人、非戦闘員の反応多数。爆撃の可能性85%」
「AIR」が敵の次の予想目標を僕に警告してくる。
僕の目の前のモニターに、反応が多い建物がひとつだけ表示された。
今もっとも爆撃にあいそうな建物、それは…
「病院…!」
病院には、この爆撃で怪我を負った人や避難民がいるはず。
あんなところに、爆撃なんかされたらどれだけの人が死ぬか…!
「!?」
モニターに移る病院の前に、幼い女の子の姿がある。
あの戦闘機を落とさないと、あの子が死ぬ?!
僕は、誰か近い人はいないかとレーダーを見るが、お母さん達も綾さんも玲名さんもあの戦闘機から遠すぎて間に合わない。
「敵戦闘機、予想爆撃コースに入りました。爆撃予想目標まで残り500」

撃たなければ…撃たなければみんな死ぬ…!
すでに、ロックオンカーソルは赤に変わっている。

「敵、爆撃予想目標まで400」

でも、人は殺したくない…!
敵は、ロックオンされているにもかかわらず攻撃されないと踏んでいるのか無視して爆撃体制に入る。

「敵、爆撃予想目標まで300」

でも、ここで撃たなければあの子が…!
敵がさらに加速する。

「敵、爆撃予想目標まで200」

「メビウス1!撃ってください!!撃たなければ皆死んでしまいます!!」
綾さんが僕「撃て」と言う。

「敵、爆撃予想目標まで100」

「う、うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

僕はもう何も考えられなくなっていた。
目の前が真っ白になる。











長い静寂の中












「ショートレンジミサイル、敵戦闘機に命中。敵戦闘機大破、パイロットの脱出は確認出来ませんでした」












「AIR」の声が冷酷に現実を告げた。







2034年 8月14日 午後17時34分


僕は、戦闘が終わり艦に戻った後、コクピットでうずくまっていた。
「…………………」
戦闘の方は、勝利を収めた。
でも、あの戦いで何人もの人が死んでいった。
救えなかった。
沙羅を救えなかった分、他の人を救うつもりだった僕に、容赦なく戦闘結果は現実を突きつけてくる。
全撃墜戦闘機数、18機…
敵戦闘機パイロット、全員死亡…
戦死者、59名…
重軽傷者、266名…
「僕は正義の味方だ」
そんな事を考えていたが、今日の戦闘でそれはまったくの虚構だった。
僕は正義の味方なんかになれなかった。
沙羅の持っていた漫画のひとつにこんなセリフがあった。

「人は人である以上、正義の味方である事などできない」

そんなことは…そんなはずはない。
そう…今まで思っていた。
でも、現実は誰一人救えない。
そしてこんなセリフもあった。

「正義の味方など、自分が救おうと思ったものしか救えぬ偽善者」

僕はこのセリフをその時は信じる事ができなかった。
救えても、誰かの犠牲によって成り立つ偽善。
考えたくもなかったが今回の戦闘は、僕にそれを知らしめるのに十分過ぎた。
何かを失うなんて、考えたくなかった。
でも、そんなことだから沙羅を守ることすら出来なかった。
そんなことだから、誰一人守れずにただそこで見ているだけしか出来なかった。
そんなことだから…皆死んでいった…
「…………………」
もう…何も考えたくなかった…




コンコン…




誰かが、コクピットの装甲をノックしている。




パシュ!
軽くエアーの抜ける音がしてコクピットが開いた。



「ホクト、さん…?」
きれいな声。
長く、腰にまで届きそうなきれいな髪が見える。



「綾さん…」
僕は、泣きそうな顔で綾さんに顔を向ける。
「どうか…しましたか…?」
綾さんは、何か気まずそうに話かけてきた。
「どうか……そんなものじゃすみませんよ…」
何故かは分からないが、自然と言葉がきつくなる。
「初めて人を殺したんだ…気分は最悪ですよ…!」
怒りが押さえ切れない。
「誰も救えなかった…!救うどころか皆、殺した!」
こんな事、綾さんに言うべきではないのに。
「誰も救うことなんか出来ない!誰か救っても犠牲によって成り立つ偽善だった!!
もう…戦いたくない…!人を殺したくない!!」
そして…

「なんで…なんであなた達はああも簡単に人が殺せるんだ!!」

言ってはならない事を口走った。



しばらく沈黙が続いた。
そして数分後、綾さんの口が開いた。



「…ホクトさん…」
綾さんは…

「私だって…人を殺すのにためらいを感じないわけではありません…
いえ、むしろ争いなんかしたくないです」

笑っていた…
全てを許すかのような、微笑み…
僕に向かって…笑っていた…
「だったら…!」
「でも…」
綾さんは僕の言葉を止めるように、話を続ける。
「それでも…戦いの中で、自分の目の前で人がいなくなるのを黙ってみているのは嫌なんです。
自分には…少なからず人を救うことが出来る力があるのに、黙ってみているだけなんて嫌なんです。
私が救うことが出来る命は救いたい…私に出来るのは…ただ、それだけですから」
…言葉に覚悟が感じられる。
綾さんの言葉を聞いて、初めて綾さんが少しだけ分かった。
暗い、闇の中でもがき苦しんでいるけど、
それでも…自分に出来る事はやろう。
たとえそれが…

自分の命を捨てる事になっても…

ただそれだけなんだと…
「綾さん…」
ただ、自分に出来る事を…するだけ…
「皆を救おうなんて、自惚れた事は考えてません…
悔しいですけど…私にそこまでの力はありませんから…」
「………………」
綾さんの言葉に、悲しさが混じってきた。
僕に、言い聞かせると同時に自分にも言い聞かせているのだろう。
「ホクトさんも…皆救おう、全員助ける…なんて思っちゃ駄目です。
そんな調子だと、心が壊れちゃいますから…
たとえ、それがどれだけ悔しい事でも。
たとえ、それがどれだけ悲しい事でも。
自分に出来る事だけをしましょう…
じゃないと…誰一人…救うことなんて出来ませんから…」
綾さんの瞳に涙がたまってきた。
何か、思うことがあるのだろう…
きっと、僕なんかが容易く想像できるような物ではない、何か悲しい出来事を…
「…ありがとうございます…」
僕は、聞こえるかどうか分からないような声で綾さんにお礼を言った。
「え?」
「ありがとうございました、綾さん。おかげで少しは気が楽になりました」
できるだけ、元気に、もう心配なんてさせないように笑って見せた。
もう、出来るだけ迷わないようにしよう。
自分に出来る事だけをする、ただそれだけのために。
「ホクトさん…よかったですっ、元気になってくれて!」
綾さんも、笑いかえしてくれた。
綾さん一体何があったかは知らないけれど、きっとこの人は僕なんかより地獄を見て来たに違いない。
その人が、僕なんかを元気付けてくれている。
僕に向かって、笑顔を向けてくれている。
ただ、それだけなのに心が温かい気がした。




艦は次なる戦場へと向けて
出来るだけの人々を救うように
自分たちに出来る事を精一杯しようと
ただそれだけの想いを乗せて
海を静かに進んでいた




わけのわからないあとがき


久しぶりに、投稿するこのSS。
何ヶ月ぶりだよ…だめじゃん、俺…
ネタの構築自体はすでに全編を通して終わっている事は終わっているのですが、
それをさらに盛り上げようとしたり、自分には書く事の出来ない話だったりと自分の能力を越えた話になってきました。
…ネタだけはあるのに…
ただそれだけで書いているこのSS。
読んでくださるだけで光栄の極みにございます。
おもしろい、と少しでも感じていただけたならば作者は狂喜乱舞することでしょう。

綾の過去についてですが、これはおいおい話していく事になると思います。
自分の脳内設定では、かなり暗く、ホクトなんかと比べ物にならない。
こんな過去を想定しております。
そして…ホクトの正(?)彼女である秋香菜ですが、もうあまり話には出てこないような気がしてきました。
オリキャラである、神凪 綾と安藤 玲名 そしてホクト。
この三人がメインのお話となりそうです。

それでは、ご意見、ご感想を心よりお待ちしております。
失礼します。



BGM…………「消えない思い」


/ TOP  / BBS /  








SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送