倉成武の素晴らしき日曜日 
                             作 とおか



早朝だというのに、アスファルトは早くも顔を出した太陽に焼かれ、彼の靴の裏に灼熱の咆哮をあげていた。

 倉成武、通常ではここに年齢を書くべきなのだろうか。だが彼の年齢を語るには書籍1冊分のボリュームを要する――とまではいかないが、やはりそれなりの情報とそれを利用した考察を重ねなければ彼の年齢は語れない。ので、省略する。まあ、2,30代の男としておこう。サラリーマン。
 ここまで懸命に読んできた読者の方々は勘違いされたかもしれない。そういった方のために断っておくが、休日出勤ではない。まちがっても健康のための朝のウォーキングではない。彼の現在の状況を記すならば以下のようになる。
 彼は昨日、退社後、複数の友人と共にある店に向かった。
 店の名前は仮に「梨香園」とでもしておこう。その店の実態は金を所持して来た顧客に酒と食品とそれなりの空間を提供し、それらをその場で利用していただく――所謂呑み屋である。更に深く解説するならばその店では顧客が利用する机の中心を幾らか低くしており、そのスペースに電熱線等を張り巡らした鉄板を設営し、更にその下の層に水道水を補給している。顧客はこの鉄板で購入した動物の構成物を焼き、食う。また、時には酒を呑み、時にはキムチや冷麺、クッパや白飯といったものを前出した食物の付け合せとして同時に食す――簡単に言えば焼肉屋である。
 彼とその友人たちはそこで夕食を摂り、ここからが重要なのだが、彼等がその店を出た時既に空は赤っぽくなっていた。と、書いたりすると真面目な方は「随分と早めの夕食だな」と思われたりするかもしれないが、その時既に日付は変更され新たなる太陽が地上に姿を現しつつあったのである。
 このような経験がある方もない方もこの状況が妻子を持つ人間なら――更にその妻が家庭帝国なる国連の圧力の及ばない独立的かつ排他的な帝国の絶対的で独裁的な帝王であったりすれば尚更――いかにそれが生命の危険を感じさせる状況か、という事はお分かりであろう。
 勿論倉成武とてバカではない。――3年寝太郎だとかはたまた17年寝太郎だとか色々な世論があるにせよ、それを現時点では無視して――彼がこうなることをわかっていて前出したような行動を実行したのなら、彼は正に家庭帝国への反逆を企み、自分の領域である解放区を宣言するため、日頃より思考を絶やさない真の革命家であるという事実が裏付けられる。のかもしれない。もしくは真実のバカか。
 だが、今、我々は新たなる歴史への第一歩を目撃しようとしているのだ。そう信じてみよう。

 武はゆっくりと扉を引いた。想像に反して扉の鍵は開けられており、彼は通常時と同じく「ただいまー」と声をあげて家の中へ侵入した。
 後ろ手に扉を閉めて顔をあげると、武が立つ三和土から物理的な高低差が存在する床に君臨し、武が彼女を見上げる角度を利用して示威するという非常に計算された位置に倉成家庭帝国皇帝倉成つぐみが立っていた。丁寧に手入れされた長髪も表情も落ちついてはいるが、彼女のその眸は正に獲物を狙う獣のそれである。更に示威効果を高めるためその隣には彼女の愛弟子であり、倉成家庭帝国の事実上のナンバー2である松永沙羅(偽名)が皇帝とはかわった、感情を露わにした表情で君臨していた。
 正に倉成家庭帝国軍の半勢力の視線が武に向けられている。また止めを刺すが如く皇帝の手には34式調理用円型鉄板(取っ手付き)が握られていた。彼女の推定出力は薬剤投与の効果もあって1京ジャバ(ジャイアント馬場)。そこにオプション装備の効果を追加すれば、その攻撃力はアメリカ合衆国が誇る巡航ミサイル「トマホーク」の弾頭にHMXオクトーゲン高性能爆薬を満載し、更にそれを大量に搭載した攻撃型原潜のそれを武の視点では越えていた。
 しかし、革命に危険は付き物だ。ここで武が考慮しなければならないのは彼が一生命体倉成武になって女性に格闘戦闘で負けて屈辱を味わうことでもなく、まして女性に暴力行為を行ってそれにより勝利することなどは言語道断であって、一革命家倉成武となり、弁論によって彼女の興奮を沈め、これから始まる素晴らしき日曜日への第一歩を踏み出すということであった。
 などという武の心の葛藤が展開し終わったところで、皇帝が第一声を静かに、しかし重く、あげた。
「なにしてたの」
 その悪魔の囁きを鼓膜から脳内へ電気信号として伝達しそれを理解し返答を思考し、顎や舌を動作させるまで1秒足らず。
「友達と呑んでいた」
 実に簡潔な返答であった。
「少し時間が遅すぎない?」
 これから始まる激しい応酬によって実質的な勝利と表面上の平和を齎すため、武は息を吸った。
「そうかもしれない」
「「そうかもしれない」じゃないでしょう!!??」
 皇帝の凄まじい一喝だった。が、武は怯まず応答する。
「そう、声を荒げるな。今説明してやるから」
 ふん、と鼻で言って武に促す皇帝。
「今日会社で大きな取引があったんだ」
 と、武は最初に設定していたストーリーを語り始める。
「それで営業の俺も課長に同席を頼まれた。取引は予定通り完璧に成立した。これで俺が毎日残業してきた苦労も報われて、ゆくゆくは俺の成績が人事の際に考慮されることになるだろう」
「武の予想を聞いているんじゃないの」
 やはりこの程度の歓びでは彼女を収めることはできないようだ。
「まぁ待て、それでな、その取引先の男が言ったんだ。「倉成さん、大変失礼ですが倉成武さんの弟さんか何かですか?」とな。
 俺は答えたよ。「私の名前は倉成武だ」とな。彼は「失礼ですがわたしの知っている倉成武氏は17年前にお亡くなりになられました。人違いのようです。失礼しました」と言った。
 俺はキタ――――――――――と思ったね。そこで俺はこう返した。

 「17年前にLeMUで死んだ筈の男はここにいるぞ」
 
 と。
 彼は喜んで驚いてくれた。俺は自分が救出されたが昏睡状態に陥っていたためその事が報道されなかったのだろうとか言ってその場を誤魔化した。
 そこでその男が俺の大学時代の友人であることを知って、二人で呑みに行って語り合っていたら時間が過ぎてしまったんだ。
 悪かった。電話でも入れればよかったな」
 武は喋り終えた。実に705バイトの容量のテキストデータを間違えずに復唱したのである。
「―――――――今度からは、ちゃんと連絡してよ」
 と、お慈悲が来たのも束の間――リビングに置かれた電話機が電子音を発し始めた。
「沙羅!」
 皇帝が鋭い声を飛ばす。
 沙羅が走って電話に飛びついた。

  数分後

 沙羅は電話の内容を話し始めた。

沙羅「はい、倉成です」
優秋「あ、マヨ?」
沙羅「なっきゅ先輩?」
優秋「そうそう。ところでさ、うちのお母さんが帰ってないみたいでさ。それで研究所に電話かけてみたんだけど、繋がらなくて。なにか知ってる?」
沙羅「いえ………」
優秋「そっか――」
沙羅「わたしの方からも電話してみます?」
優秋「じゃあ、お願いするわ」

空「ふぁーい、研究室…………」
沙羅「どうしたの?空?」
空「ねぇむぃ……………」
ガチャリ
ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ

「朝帰り、電話、優、空――これで全部が繋がった!」
 数年前木曜日に放送されていた読者投稿型某アニメ番組の人気シリーズの主人公のように、ピアスこそないが耳朶を指で触れて皇帝が言った。
「武!空と優といったい何処へ行っていたの!?」
「空と優と桑古木も俺がその古い友人と歩いてるところに来て、みんなで焼肉屋へ出撃したんだ」
「―――――――――――――」
 皇帝は思案している。
 そこで武は緊急用の最終兵器を呼び出した。
「ところでつぐみ、リバーサイド再開発地区に一昨日あたり営業を開始したホテルがあって、その最上階にスカイバーがあるんだ。その友人にそこの割引チケットを貰ったから今夜でも二人で行かないか。久しぶりに、夫婦水入らずで」
 いかに倉成家庭帝国を独裁する皇帝であってもその恋心に火をつければ簡単に丸くなる。正に、夢見る少女へ戻ってしまうのだ。
 さっきとはうってかわった笑顔でつぐみは言った。
「そうね。それもいいかもね。せっかくの日曜日だし」
 武は靴を脱ぐ。
「シャワー、浴びるぞ」
 そう言って、武はネクタイと背広をつぐみが持ってきたハンガーに掛け、浴室へ直行した。
 つぐみは武の脱いだ革靴を揃えて、3つの靴を並べた。

 熱いシャワーをその精悍な肉体に受けて、倉成武は上機嫌だった。
 彼の思考は昨日の想い出を呼び出す。

「倉成ぃー、もうビールないのぉー?しょーがないなー、これ呑みなよぉ」
 コップを差し出す優春。
 カルビを咀嚼しつつ武はコップを受け取り口の中のものを嚥下し、泡立つ液体を飲み干す。
「きゃははー、間接キスぅー」
 と、優春は完全にでき上がっている。
 付き合うように笑顔になる武。
「倉成さん、その微笑みは反則ですよぉー」
 空の豊満な胸が武の背中に当たる。
「あーん」
 空は後ろから武に抱きついたまま、牛タンを箸で摘んで言った。
「あーん」
 武が大口を開ける。
 ぱっくり。
「桑古木ぃー肉焼けぇー」
 優春に忠誠を誓い焼肉マシンとなった桑古木が、新たに大量のカルビを鉄板の上に搭載する。
 肉の脂肪分が弾け、盛大に煙が上がった。
 勿論その場に、過去の友人などいない。

 玄関の方で音がして、ホクトと沙羅の騒がしい声がする。
 高校生のくせに彼女と遊んで朝帰りとは生意気だが、武の革命部隊の腹心の部下だ。試練も与えなければならないから助けてやらない。
 そんなことを考えて武は微笑んだ。
 その微笑みは勿論、過ぎ去った素晴らしき土曜日とこれから始まるであろう素晴らしき日曜日の歓びであった。






  あとがきみたいなもの

 速攻で作成したSS第2弾です。所謂「生まれて初めて感想を貰ったので調子にのった」というやつですね。
 前回はかなり殺伐としていたので、今回はかなり穏やかに(実は前よりも殺伐としている?)してみました。
 題名は黒澤明監督の「素晴らしき日曜日」からです。実は結構好きだったり。
 もし、次があればそのときはよろしく。


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