「可能性は……infinity?」



バイトで業(Karma?)
                              豆腐 



   1、はじまり

「火の車よーっ!」
 突然上がった奇声に、武は立ち上がった。
 ただ無心でドアに向かう。
 が。
「待ちなさい」
 がっしと首をつかまれ、彼は観念した。
 なにかが胃の底に沈殿するのを感じながら、ぐったりとうめく。
「なんだ……?」
「火の車なのよ」
「……なにが?」
「家計が」
「…………」
 振り向く。そこにあったのは、当然だが妻・田中優美清春香菜の顔。
 婚姻は結んであるが、別姓を取っている。
 まあ、武の方がマスオさんとしてこの田中家に転がり込んだ形になっているのだが。
「家計って……。俺、それなりに稼いでるぞ」
「私が使ってるものっ!」
「む、胸を張らんでくれ、頼むから」
「そんなにせくすぃかしら……ぽっ」
 胸を両手で覆い、恥らうように優は後退した。
 その仕草に愛を感じないかというともちろん感じたのだが、今は言うべきことを言わねばならない。
「何に使ってるんだ?」
「投資」
「とうし?」
「そう。教主様が、」
「待て」
 優の額に手を置き、しばし考える。
 教主。なんとも不穏な単語。
 武は手を離し、目をつむって尋ねた。
「お前、宗教やってたのか?」
「やってるよ。当然じゃない」
「と、当然か……」
 あまり触れないでおこう、と武は決意した。自分がおいそれと何を言える次元の話ではない。それに宗教なんて外国じゃ服のメーカーと同等の存在にしか
「ヘデグボゲェァゥォオン」
「な、何だ!?」
 突然、優が意味不明な言葉を吐く。何か浴びたのだろうか。
 が。優は何事もなかったかのようにきびすを返した。
(なんなんだ今のは……)
 触れない。触れないでおこう。泣きそうになりながら胸に刻む。
「えーとね。先月の収入が二十八万円なのよ」
 家計簿を読み上げる優。
 武は額に浮かんだ汗を拭ってその場に座った。
 優の宣告。
「で、支出が五十二万」
「ぶふーっ!」
 慌てて立ち上がる。脇にあったタンスを蹴り飛ばし、ベッドで寝息を立てる秋香菜の頭を撫で、窓に突進してそのまま突き破り、武は二階の高さから地面に叩きつけられた。
 血まみれになった武がドアを突き破って現れる。
「ご、ゴジュウニマンだと!?」
「そう、五十二万」
 平然と優が答える。武はちょっぴり殺意を覚えた。
「何に使ってるんだよ!」
「やーねえ。仕方ないじゃない、今は秋の養育費だって馬鹿にならないし……お母さんを頼るのは、最後の手段にしたいもの」
「待て普通いくらなんでも二歳児の養育費でそんなにはかからんだろ」
「まあ、ですから、投資が」
「いくらだ!」
「三十万ほど」
「面白いなあ」
 武はのけぞってブリッジした。体が柔らかくなっている。意識が遠くなる。
 ほわわわわわん……


「うわあぁぁぁん……」
 泣き声。
「うわぁぁぁぁぁぁん……」
 音声付。
「武っ! ちょっと、起きてよ」
 肩を揺すられ、武は飛び起きた。
「ゆ、夢か?」
「なに言ってるの?」
 不思議そうな顔をして、優が尋ねてくる。
 武は安堵の息を吐いた。
「いや……。ちょっと悪い夢を見た」
「……ふーん。まあ、とにかく、私ももう少し投資を我慢するから、武もアルバイトとかしてくれると嬉しいかな、なんて……」
「それは、まあ、いいのだが。ちょっと額が多いなあ」
「うん、ごめんね。頑張って十万に押さえるから」
「…………」
「それに、私も働くから!」
「……は、働くの? 優が?」
 武が訊くと、なにを当然の事を、とばかりに彼女はうなずいて見せた。
「もちろんパートだけどね。ちょうど専業主婦にも飽きてたし!」
 言ってるうちに楽しくなってきたのか、優が上半身を左右に振り出す。彼女はたまに妙な言動をする事がある。慣れた事だが。
 むしろ、かわいいのだが。
「うむ。優はかわいいなあ」
 素直にそう言って、武は優の髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。
 くすぐったそうに目をつむる優。武は内から爆発しそうになる感情を押さえて、優の頭を優しく抱いた。

   2、あるばいと

「むほほほーんっ! あなたがタケシくんねぇぇっ!?」
 頭痛がしたが、武は頑張った。
 ゆっくりとうなずく。
「キャーッ! かわゆいわぁーっ!」
 叫びながら、胸毛の濃い生物がテーブルに拳を叩き込んでいる。
 これは夢……。夢なんだ……。
 優に紹介された夜のバイト先――それは、つまりホステスの仕事であった。
 確かに高給だ。認めよう。
 だが。だが、いくらなんでも、これはちょっと。
 逃げ出したい衝動を押さえながら、武は天を仰いだ。精神統一……。
 思い出す。愛する妻の顔、血の繋がりはないがかわいい娘の顔、素っ気ないが実は優しい義母の顔。すべてを一身に背負うような心持ちで、武は笑顔を作った。
「よろしくお願いします」


「脳が……脳が痛い……」
 胸毛草原(凄い言葉だ)での窒息から生き延びた武は、喉をさすりながら更衣室に腰を落ち着ける。
 他に何人かホストらしき者達がいたが、彼らは軽く笑んで会釈してくれた。事情は聞いているのだろう。会釈を返しながら、変なのは店長だけなんだな、と考えを改めた。
「えーっと、今日から入ったタケシくーん?」
 言いながら更衣室のドアを開けたのは、二十代前半らしき男だった。格別の美青年というわけではないが、爽やかな印象がする。
「あ、はい」
 答えると、彼はほほ笑んだ。
「なんか、指名だって」
「は?」
「団体だから、頑張ってね。ヘルプもなしだってさ」
「……は?」
 よく分からないが、なんとなく分かった武であった。


「がじがじがじがじがじがじがじがじ」
 唇を噛みながら、耐える。何かを壊したい衝動を。
 客は五人。皆同じように腹を抱えてのたうちまわっている。どうやらこちらの正装が面白くて仕方がないらしい。
 武は割り込んで、中央に座った。
「何の用だ、貴様ら」
 声の震えは隠せなかった。
「ダーリン、決まってるじゃなーい!」
 客の一人――優が右腕に抱きついてくる。なぜ彼女までいるのだろう。
 他のメンバーに視線を向ける。
 つぐみ、ココ、桑古木少年……。いつもの組み合わせ。
 ココの隣りにちょこんと座る秋香菜に目を向ける。いくらなんでも二歳の娘まで連れてくる事はないのではないだろうか。彼女はこちらと視線を絡ませると、フッと口の端を吊り上げて笑った。
(俺は何も見てないぞ)
 武は両手で顔を覆った。しかし鼓膜は震える。優の声が聞こえた。
「面白いからよ!」

   3、家族

 時々思う。なぜ俺は田中優美清春香菜と結婚したのだろうか、と。
 どこかで歴史を踏み外したような……そんな感覚に襲われるのだ。いや、もちろん後悔しているというわけではない。優以外の女性と結ばれる未来など、想像もできないのだから。
「あー、楽しかった」
 暗い夜道。優と並んで歩く。眠ってしまった秋を背負って。
 他の三人とはすでに別れている。
 武はため息をついた。
「物凄〜く疲れたけどな」
「でも、少年とココも意外とうまくいってるみたいよね。なんか少年の方がネジ取れ始めてる感じだけど」
「無視すんなよ……」
「あ〜ん。ごめんってばー」
 甘えるような声をあげて、優が擦り寄ってくる。
 武はほほ笑むと、優の方に寄りかかっていった。
「うわわっ。ちょっと武、重いー」
「失礼な。秋が重いんじゃ」
「むー」
 起きていたらしい。秋に頭をぽかぽかと叩かれる。
「痛てて。こらやめい」
 だが、秋はやめない。
 まあ言うほど痛くもないから、別にいいのだが。
 優が笑い声をあげる。
「秋はお父さんが好きなのねぇ」
「むーむーっ!」
 ぽかぽか
「あはは」
「……ははっ」
 つられて、笑う。
 二人が笑顔。一人がふくれっ面。
 家族三人、家路に向かう。

 月が笑っていた。


   End...




   4?、うら

 ――――ふと。
 気になり、武は尋ねた。
「なあ、優」
「なに?」
「俺達って、どこで会ったんだっけ」
「…………え?」
 視界が白んだ。





 あとがき(しおひがり)

 蛇足っぽいなあ。そんなわけで、豆腐です。
 何がしたかったのかよく分からない話。そんな今回。
 三本立てのショートコントと思ってください。
 展開が凄まじい…
 武と優春が結婚したらどんな感じになるだろうなあと思いまして。
 恐らく物凄い間違った想像であることは確かですが。
 そもそも根元は「沙羅観察日記」。
 書いてたんですが、沙羅が犯されそうになったので中止しました。
 ごめんなさい。色んな意味を含めて。
 では、ご指摘等頂けたら嬉しいです。


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