流れ行く時の中で(Routin Life?)
                              豆腐 



  みーん みーん

「――倉成さん、少しよろしいですか?」
 耳障りの良い美しい呼び声に、倉成武はもっそりと布団から身を起こした。
 適当に身なりを整えて、ドアを開く。
「んー。なんじゃい、空ぁ……」
 言葉の後半に欠伸をにじませて。
 にじんだ涙を人差し指で拭う。
「実は少し、困った事が……」
 地味な服の上に真っ白なエプロン、茜ヶ崎空が小さく足踏みする。
 細い眉が寄って、少しだけシワを作っていた。
「桑古木さんが……」
「桑古木ぃ……?」
 ちょっとどうでもいいかな、とか思いつつ。
 倉成武は後頭部をボリボリ掻いた。

  みーん みーん

 想像を絶した事態が展開していた。
「桑古木……」
 口元を覆い、武は涙を浮かべる。
「いい奴だったのに」
「し、死んでません!」
 空が慌てて手を振り、そして桑古木を指差す。
 部屋の真ん中で桑古木は倒れていた。
 桑古木涼権に割り当てられた自室である。

 ちなみに、桑古木と武の部屋が一階。
 つぐみ、優、ココ、空の部屋が二階。
 そのまま勢力関係を表していたりする。

 閉めきられた部屋の中からはモワモワとした熱気が漂ってきていた。
 生娘などは入室しただけで妊娠してしまいそうである。
「どうも、この暑さのせいらしいのですが……」
「まあ、そうだろうな」
 実際、最近の猛暑で死亡者すら出たという。
「次の犠牲者が身内とは」
「ですから」
 空が泣きそうな顔になった。
「冗談はここいらにしといて、と。
 ――そんじゃ、とりあえず居間に運ぼう。あそこが一番風通しいいからな」
 冷暖房は二階、女性陣の部屋にしかない。
 うつ伏せに倒れた桑古木の首に手を当てると、武は悲鳴をあげた。
「うっわ! すげー汗だなオイ!」
 指先についた桑古木汁を尻で拭い、そこではたと気づく。
 入り口の方に目をやる。
 茜ヶ崎空が、まったく動かずにこちらをじっと見ていた。
 頑張ってください、と両手で小さく拳を作りながら。
「……空」
「はい」
「……俺を呼んだ理由が分かったんだが」
「……あはは」
 可愛いから許そう、と武は思った。

  みーん みーん

「桑古木が死んだって聞いたんだけど」
 すらりとした美人、倉成武の妻・倉成つぐみが居間に現れた。

 ところで、武とつぐみの部屋が別々なのには理由がある。
 共同生活をするのだから風紀を乱すような『行為』は慎もう、という事だ。

「聞いてたんか?」
「聞こえたのよ。恥ずかしいわね、もう……」
 朝から騒いでいる夫に、つぐみが頬を赤らめる。
 ――悪い男が白い歯を見せた。
「つぐみはかわいいなあ」
「……えっ?」
 ぽかん、となるつぐみ。
 その頬を突つきながら武は言った。
「食べちゃいたいくらいだ」
「ちょ、ちょっと武……やだ……」
「…………」
 後ろで空がぷっくりと頬をふくらませる。
 汗だくで意識不明の桑古木の髪を、そよ風が撫でる。

  みーん みーん

「とりあえず、冷やしてみたらいいんじゃない?」
 二階から降りてきて、事情を聞いた優美清春香菜が言った。
 空とつぐみは、うちわでパタパタと桑古木を扇いでやっている。
「冷やすって?」
 武が問い返すと、何を思ったのか、優は台所の方に姿を消した。
 数秒後。
 ずしん。
「これで」
「冷蔵庫に見えるんだが」
「冷蔵庫だもの」
 見ると、空とつぐみも顔をひきつらせていた。
 首のあたりの汗を拭い、武が言った。
「お前、寝ぼけてるよな?」
「失礼ね。私は冷静よ。ただちょっと安眠を妨害されて怒りが頂点に達しようとしていなくもないかもしれないけれど」
「……とりあえず、それはしまっとけ」
「……了解」
 ふう、とため息をひとつ残し。
 優美清春香菜は台所に姿を消した。

  みーん みーん

 桑古木の口に水を含ませてやったりしていると、玄関の方からココの声がした。
「……そーいや、ココってどこ行ってたんだ?」
「あ。私がおつかいを頼んだんです」
 相変わらずうちわで桑古木をパタパタしながら、空が答えてくる。
「素麺を作ろうと思ったのですが、麺を切らしていて」
「はは。そそっかしいなあ」
 ――そんな事を言っていると、額に小さな汗の球を浮かべたココが姿を見せた。
「ただいま、空さん。って、みんな日曜なのに早起きだねえ?」
「そいつのせいよ」
 台所で足組みしている優美清春香菜が毒のある声で言う。
 ……どうやら本格的に朝に弱いようだ。
「涼ちゃん」
「死んだわ」
 つぐみが目を伏せて言う。
「死んでませんっ」
「空、ツッコミうまくなったよな」
 武が誉めると、空が頬を赤らめた。
「……んん」
 悩ましげな声をあげたのは残念ながら女性陣ではなく。
 桑古木涼権が薄く目を開いた。
「よかった。気が付かれたようですね」
 空がほっと胸を撫で下ろす。
「おーい。大丈夫かー?」
 武が耳元で呼びかけると、桑古木が小さくうなずいた。
「……うん。気持ち悪いけど、なんとか」
「なんで窓閉めきって寝てたんだ? 自殺行為だろ」
「だって虫が」
「……そういや、お前の部屋だけ網戸なかったなあ」
 思い出したように、武。
 勢力関係というやつである。
「私の部屋のをあげる。どうせ、いつも閉めきってるから」
 つぐみが言うと、桑古木は泣きそうな顔をした。
「……ありがとう……」
「なんかお前、人として弱くなってないか?」
 そう言う武の横から、ココが顔を覗かせる。
「ココ」
「涼ちゃん、大丈夫?」
「うん……。ありがとう」
「ううん。私、何もしてないし」
 言って小さくほほ笑むココ。
「今、空さんと素麺ゆでるからね」
「……うん」
「つーか、だ」
 何気にいい雰囲気の二人の間に割って入り。
 倉成武が言った。
「汗臭ぇぞ、桑古木」
「汗臭いです」空。
「汗臭いわ」つぐみ。
「汗臭いわね」優。
 最後に。
 泣きそうな桑古木がココの方を見やると。
「涼ちゃん、汗臭ーい」
 桑古木は家出した。

   ●

「星が綺麗」

 縁側に腰掛け、つぐみが言う。
 その横で武はほほ笑んだ。

「そうだな」

 妻の肩を抱き寄せて、その髪に鼻先を押し当てる。

「……本当に……」

 つぐみは、ぼろぼろと涙を流していた。

 悲しい事を思い出して、彼女はよく泣いた。
 その時はいつも武が横にいて、彼女を抱きしめる。
 夫婦だから。そうして生きてきて、そうして生きていくから。

「生きるんだ、つぐみ」
「うん」
「もう誰もいなくならない」
「うん」
「俺達は、家族なんだから」
「……うん」

 玄関の方から、桑古木を罵倒する優の声が聞こえた。
 台所からは、空とココの笑い声が聞こえた。

 武とつぐみが、手を繋いで家の中へと姿を消す。




   おしまい




 あとがき

 驚いた事に、つぐみんと優春の書き分け?が難しいのです。
 そんな事より問題は空。ううむ。

 設定としては「流れ行く時の中で……」の続き。
 なのですが、基本的に別モノとゆーことで。
 特に意味はないですけど。
 一つの短編の形式として書いていけたら素晴らしいです。
 ちなみに本人としてはあくまでココSS。(えええ 

 それでは、ご指摘等、もらえると嬉しいです。


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