Cure(s)!
                              豆腐 


第一話 黒色人種とロリータ (プロローグ@)


   1、

  2035年 12月24日 午前11時頃


「あなた、もしかして悩みがあるのかしら?」
 突然声を掛けられて。
 一瞬足が止まったが、無視するべきだと思い直す。
 足を動かそうとすると、横からぬっと女が回り込んできた。
 その風体につぐみは呆然とする。
 身長、ゆうに2メートルはあるだろう。
 浅黒い肌。ジーンズに薄手のTシャツを着込んでいる。
 ぴたりと張り付いたシャツが、彼女の引き締まった肉体を浮き彫りにしていた。
「…………」
「こんにちは。私はマルシアという者よ。親しげに呼ばれるのは嫌いだけど、どうしてもと言うなら呼びなさい、マルシアと」
「…………」
 なんとも言い難い胡散臭さを感じる。
「私は人助けを生業としているの。あなた、悩んでいるわね?」
「……悪いけど、迷惑よ」
「……迷惑?」
「急いでるから。どいてくれる?」
「どかない。死んでもどかない」
「…………」
 大きく両手を広げ、進路をふさぐマルシア。
 街中でその威圧感すら覚えさせる格好は、当然のように目立つ。
 通行人からの視線を全身に浴びながら、方向転換。来た道を戻ろうとする。
 と、すぐにマルシアが回り込んできた。
 ――それが狙い。
 素早く身をひるがえすと、つぐみは駆け出す。
 数歩ほど行ったところで足を払われ転倒した。
 鼻の頭に激痛を覚えながら立ち上がる。
 後ろを振り向くと、マルシアが眉を八の字にしていた。
「なぜ逃げるの?」
「なぜ邪魔をするの!」
「あなたを救いたいからよ」
「お願いだから放っておいて。さもなくば殴ってしまうかもしれない」
「気を立ててはいけないわ。ほら、笑って?」
 頬に人差し指を当て、ニッコリとほほ笑むマルシアの顔面に拳を叩き込む。
 悶絶する彼女に背を向け、つぐみは駆け出した。

   2、

「そこのあなた、悩みがあるんですの?」
 呼ばれ。
 振り向く。
 そこに立っていたのは少女だった。
 身長は160ほどか。
 それに比例するようにしてスリーサイズも貧相な数字をはじいているに違いない。
 金髪に青い瞳の吊り目。白いワンピースを着、腰にポーチを巻いている。
 体格に合わず、やけに高圧的な目付きでこちらを睨んでいた。
「……俺?」
 確信が持てず、自分の顔を指差す。
 金髪の少女がうなずいた。
 どうやら人違いではないらしい。
 武は後頭部を掻きながら、さきほどの質問を思い出した。
『悩みがあるんですの?』
「……悪いけど、悩みなんてないぞ」
 手を軽く振って、別れようとする。
 のだが、
「待ちなさい」
「……なんだ?」
「わたくしの名前はエレノア。特別にエレンと呼ぶ事を許可しましょう」
「いや、呼ばないから」
 さきほどと同じく手を振って別れようとする。
 のだが……
「待ちなさい」
「……なんだよ」
「わたくしがあなたの悩みを解決してあげようというの。さあ、悩みを言いなさい?」
「だから、ないって」
「嘘おっしゃい。あなたのその顔は、悩んでいる顔ですわ」
「悩んどらんちゅーに」
「なに。その態度はなんですの。まるでわたくしを不要としているかのような」
「不要としている。むしろ邪魔だとすら思っている!」
「まあっ」
 エレノアとやらは口を丸く開けると、そこを右手で覆ってゆっくり首を振った。
「こんな侮辱は初めてですわ! 万死に値しますわよ、あなた」
「……そろそろ行かせてくれると嬉しいんだけど」
「いいえ。それはできません。あなたはわたくしを怒らせてしまいましたわ」
 エレノアが腰に巻いたポーチに手を伸ばす。
 中から刃渡り二十センチほどの出刃包丁が姿を現した。
「死になさい」
「うわっ」
 包丁を腰溜めに構え、突いてくる。
 慌てて彼女の手を引っぱたくと、その手から包丁がこぼれ落ちた。
「あ」
「…………」
 のっそりと腰を折り、包丁を拾おうとする彼女に。
 背を向け、武は駆け出した。

   3、

 待ち合わせ場所の喫茶店にようやくたどりつき、つぐみはホッと息をついた。
 もしかすると彼はもう来ているかもしれない。
 店内に入り、さっと見回すが、倉成武らしき人影はなかった。
 どうやら遅刻らしい。
 苦笑して、ウェイトレスに「二人」と告げる。
 案内された窓際の席に腰かけ、つぐみはコーヒーを注文した。
(……なんだったのかしら)
 去っていくウェイトレスの背中を見つめながら、考える。
 もちろんあの大女、マルシアとかいう黒色人種女性の事を。
 ただひたすらに怪しい人物であった。
 もちろん顔見知りであるはずもないし、彼女からもそのような雰囲気は感じられなかった。
 他人。考えられる可能性としては――悪徳商法か何か。
 いや、どちらかといえば宗教の勧誘か……?
 なんにせよ、相手にするべきではない相手だ。
「私の事を考えていたわね?」
 想像の中の彼女が喋ったのかと焦ったが。
 向かいの席にさも当然のように座っている大女の姿を認め、どんよりと黒い感情が胃の底に渦巻いていくのを感じた。
「しぶとい……」
「誉め言葉として受け取るわね。ところで、あなたの名前はなんというのかしら?」
「名乗ると思う?」
「思うわ。あなたは私が好きだから」
「著しくコミュニケーション能力に欠落があるようだけど、もし私が殴ったせいだとしたら謝るわ。一撃で楽にしてあげられなくてごめんなさい」
「皮肉屋なのね」
「あなたは楽天家ね」
「ふふ。友達になれそう」
「間違いなく宿敵にしかなれないと思うけど」
「ますます好きなったわ」
「あなたも皮肉屋ね!」
 テーブルを叩き、立ち上がる。
 店の客達からの視線は無視してレジへ。
 千円札を一枚、「釣りは要らないわ」
「私がもらう」
 そう言って店員を困らせるマルシアを無視して、つぐみは店を出た。

   4、

「うお」
「きゃ」
 こんなかわいらしい悲鳴をあげるのは誰だろうと相手を確認すると……
「なんだ、つぐみじゃねーか」
「武」
 驚いたような顔で、つぐみ。
 それはそうだろう。店から出たところでばったり会ったのだから。
「店、ここで合ってるぜ? どこ行こうとしてたんだ?」
 訊く。待ち合わせの喫茶店は、今彼女が出てきた店に間違いなかった。
 まさか満席で座れたなかったという事もあるまい。
「……武、今は何も言わずに――」
 何か言おうとするつぐみの声を遮るように。
「追いつきましたわよ!」
「日本厳しいネー」
 横から息を荒くした童顔の娘が。店の中からわざとらしい片言の大女が。
 同時に姿を現した。

   5?、プロローグ

  2035年 12月23日 午後8時頃


 倉成武は、ふと、明日がクリスマス・イブである事を思い出した。
「つぐみー」
 狭いアパートだ。声を出せばどこにいようと届く。
 ホクトと沙羅が見ていたテレビから一瞬こちらに意識を向けてきたが、すぐさま若手芸人の方に顔を戻した。
「なーにー?」
 台所から声が返ってくる。
 まな板を叩く包丁の音と煮込まれている魚の匂いを意識しながら、武は尋ねた。
「明日、暇か?」
 カッ……
 包丁の音が、止まる。
 が、三秒後にはふたたび動き出していた。
「な、なんで?」
 彼女の顔は見えない。
 武は続けた。
「いや、どっか行こうかなー、と」
「…………」
 包丁の音が止まり。
 なぜかテレビの音すらも止まり。
 ぐつぐつと魚の煮込まれる音だけが残り……
 直後に、三者の叫びが上がった。
「武ーーーーっ!」
「ぱっ、パパがママをデートに誘ってるー!?」
「誰かー! この町にお医者様はいませんかーーーーーー!?」
「なんでじゃ!」
 涙を流して抱きついてくるつぐみと、顔面を蒼白にしている沙羅と、窓を開けて町内の皆様に尋ねるホクトに向かって叫ぶ。
「だっ、だってパパがママを押し倒そうとするなんて」
「そこまで言ってないだろ!」
「僕、今までお父さんの事、誤解してたよ……」
「どこまで俺を見下していたんだ、息子よ?」
 ホクトの首を絞めながら尋ねる。
「武……」
 こちらの胸に顔を埋めていたつぐみが顔をあげた。
 その頬には涙の跡。そして満面の笑み。
「……いや、そこまで喜ばれると非常に困る……」
 うめくと、つぐみはそっと身を離した。
 沙羅が出したハンカチで瞳の端の涙を拭きとる。
「ねえねえ、明日、どこ行くの?」
 興味津々、といった様子で沙羅が尋ねてくる。
「決めてないなあ……。つぐみはどっか行きたい場所あるか?」
「……ううん。どこだっていい。武と一緒なら」
「俺、なんか悪い事したかな?」
「パパが今までママの事ほったらかしにしてたからでござるよ!」
 沙羅の非難の声に、思い当たる節がないというわけではない。
 結婚してから一年半。
 家族四人が安住の地を捜すというのはなかなかに骨の折れる仕事であった。
 優美清春香菜がいくらか資金を援助してくれると申し出たが、これに対して四人の意見は一致した。
 すなわち――自分たちでどうにかする、と。
 そうこうしているうちに見つけたこの安アパートの一室を借り、二人の学校もどうにか用意できた。(ちなみに二人は同じ学校に通っていたりする)
 武は工事現場のアルバイト、つぐみは家事の合間に内職。
 それぞれ定職には就けずにいたが、それでもようやく落ち着いた生活が始まったのだ。
 そうして過ぎた一年半。
 妻への愛情を忘れたわけではないが、それを表現する機会というのが非常に稀だったのは事実だ。疲れた体では夜の交わりも中途半端なものであったのだから。もちろん狭いアパートだ、子供達の事もある。
「……つぐみ」
 彼女の体を、抱きしめてやる。
 ようやく止まったと思われた彼女の涙が、ふたたび流れ落ちた。
「ごめんな、今まで」
「ううん……。武と一緒なら……不満なんて、ないもの」
「つぐみ……」
「武……」
 子供達が肩を並べて壁のほうを向き耳をふさいでるのを確認して。
 二人は、唇の先でちょこんと触れ合った。


   To be continued...




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