・登場人物と、これまでの状況

 つぐみと武は、クリスマス・イブの日、奇妙な二人組みと遭遇する。
 マルシアと名乗る黒色人種と、エレノアと名乗る金髪の少女。
 マルシアは二人に「警告」をする……。



Cure(s)!
                              豆腐 


第三話 マイ・ホーム (遭遇編@)




 2036年 01月20日 午後1時頃


 宛名書きの仕事は、実に単調であった。
 書き、書き、書き、
 封筒に宛先をすらすらと書き記す自分の指先から血の色が失われている事に気づいて、つぐみは指を止めた。
 硬くなった指先を、もう片方の手でもみほぐす。
 ただそうしているのも暇なので、つぐみはかたわらにあったテレビのリモコンを手にとった。
 型の古いテレビに光が灯り、見覚えのあるレポーターが何かを語る。
 さほど興味のある報道はされていない。
 ……暇だ。
 テレビを消す。
 集中力を高め、ふたたびボールペンを手に取

  ぴんぽーん

 突然鳴ったインターフォンに、つぐみは飛び起きた。
 誰か帰って来たのだろうか?
 今日は日曜。
 相変わらず武は休日返上で仕事に出ている。
 ならばホクト――は、久しぶりに優美清秋香菜とデートに行くとか言っていた。
 沙羅?
 友達と図書館で受験勉強すると出かけていった彼女の顔を思い出し、胸が温かくなる。
 多少の期待を胸に抱き、つぐみは安アパートの扉へと向かった。
 といっても、居間を過ぎ台所に出ればすぐそこに出入口はある。
「どちら様ですか?」
 ドア越しに尋ねる。
 ……返答は無い。
 しかし、常人とは少しばかり違うつぐみの認識能力は捉えていた。
 ドアの向こう、確かに何者かが立っている。
「どちら様、ですか?」
 再度聞く。
 当然のように応える声はない。
 声はなかったが――

 エンジン音。

 途方も無く嫌な予感が胸を撫でる。
 ほとんど反射的ともいえる動作で、つぐみは飛び退いた。
 その一瞬後。
 ドアがはじける。
 少なくともつぐみにはそうとしか見えなかった。
 実際にはノブ付近がはじけとんだだけであったが、そんなことはどうでもいい。
 ロックを粉々に破壊されたドアが、何者かの蹴りによって呆気なくこじ開けられる。
 侵入してくる人影に、つぐみは暗黒にも似た感情が浮かぶのを感じた。

 ……またか。
 ……また、壊されるのか……?

 だらりと弛緩していた両腕が動き出す。
 咄嗟に手に取ったのは――包丁。
 相手の持つ武器がチェーンソーである事を思えば、どうしようもなく心もとない。
 だが、非常識な相手には、大抵の武器では大差ない。
 だからこれで充分。
 生活を守る武器は、包丁で充分だ。
 冷静に話せるか。それは賭けであった。
「あなた、誰?」
 チェーンソーのエンジン音に消されぬよう、声を張り上げる。
 時間稼ぎも重要な武器だった。
 これだけ馬鹿な特攻をかけてくるならば、近隣の住人が気づくに違いない。
「――――」
 侵入者が何事かを言うが、エンジン音に消されてしまう。
 唇の動きは微々たるもの。つぶやくように。
 どうやら会話をする気はないらしい。
 相手の顔を覚えておく。
 どこにでもいそうな三十前後の男性。
 つぐみはゆっくりと右足を引いた。
 ……それが、引き金となったのかどうかは分からない。
 男がチェーンソーを突き出し、駆け寄ってくる。
 逃げる術はない。

 様々な理屈を考える必要も――ない!

 左手を伸ばす。
 チェーンソーの歯に指先が触れ、バッと爆ぜるのを視界の隅に収めながら、つぐみはただ無心に右手を伸ばした。
 軌道のそれたチェーンソーの刃がつぐみの肩をかすめる。
 包丁とは基本的に、『刺す』道具ではなく、『切る』道具である。
 そういった理屈を捻じ伏せ、つぐみの常人離れした腕力は男の肩に刃を突き立てた。
 狂ったような悲鳴を上げてチェーンソーを取り落とす男の顔面に、続けて拳を叩き込む。
 後方に吹き飛ぶ男。
 そこで思い出したように、左手の先端に激痛を覚えた。
 見るべきか迷うが……見なくては応急処置もできない。
 左手の先。骨と皮がぐにゃりとねじれて残っている。
 出血量については、語るまでもない。
(……治るかしら)
 人体において、指先の構造はとりわけ複雑だ。
 常人ならば自己再生はまず不可能。だが、キュレイである自分ならば――
 脂汗が浮かんでくるのを感じながら、顔を上げる。
 男が立ち上がろうとしていた。
 憎悪の視線でこちらを睨んでくる。包丁を右肩に刺したまま。
 こちらに武器はないが、今の状態ならばこちらのほうに分があるだろう。
 左手は使い物にならないが、左腕、ならば充分に使えるのだから。
 対して相手は右腕があがらない。
 ――勝てる――
 平穏は約束されたのだ。
 どうしようもない安堵。
 さあ、決着をつけてやる……
 口の端を吊り上げ。
 一歩目を踏み出したその時に。

  がつん。

 というような音が聞こえたかどうかは定かではないが。
 男の足元がふらりと揺らぎ、
 ばたり、とその場に倒れ伏した。
 男の背後から姿を見せたのは――
「沙羅……」
 つぶやく。彼女の名を。
「――ママ?」
 呆然とつぶやく沙羅。その手にはトンカチ。
 武が出しっぱなしにしていたものだろう。
 そんな事を考えていると、沙羅の顔が蒼白に染まった。
 その視線は、こちらの壊れた左手に注がれている。
「まっ、ママ!」
 娘が駆け寄ってくる姿を見て、一瞬、血の気が引く。
 床は血の海。キュレイの血。
 そう簡単に感染するものではないだろうが、触れていいものではない。
 しかし、
(沙羅は……サピエンスキュレイ種。キュレイに感染する事は無い、はず)
 そうは分かっていても、どうにも落ち着かない。
 青ざめた沙羅がつぐみの左手を見つめる。
「ママ、これ……。ど、どうしよう?」
「……大丈夫。全然、痛くないから」
「間違いなく痛いって! ええと、そうだっ、救急車」
 彼女がそう言った瞬間か。
 数人の男達が、部屋の中にぞろぞろと流れ込んできた。

   ●

 後に、苦学生・城島くんはこう語る。

「え? あの時に襲われた倉成さんの話? なんでまた……。まあ、いいや。とにかくさっさと治しちまえよ、ただの風邪なんだからさ。ほんとにまったくもう。泣くぞ俺。ううう。
 ……えーと、それでだな、俺は偶然にも隣りの部屋に住んでたわけだ。いやいやいや、めちゃくちゃいい人達だよ。たまに夕飯の残りとかくれたりするし。でも、まあ、なんだろう。確かに不思議一家だったな。奥さんと旦那さんがさ、異常に若かったんだよ。それとも逆で、子供達が大きいのかな? まあ、詳しくは聞いてないんだけど。げほげほ。え? そうだなあ……5分ぐらいじゃねーかな。5分間。その間に色々起きたんだ。
 まず、たぶんあれはチェーンソーの音。バキバキバキィ!って音がしてさ。俺は慌てて風呂から出たよ。え、風呂だけど? 風呂だよ。昼風呂。入るだろ、普通? げほげほっ。うー、肺が痛えー。って、まあ、そんな事はどうでもいいんだけどさ。3日ぐらい洗ってないパンツに足を通してた時かな、今度は爆発。ちょっとした地震だよ、ありゃ。まじ恐ぇ。そんで着替え終わった俺は、外に出たわけだが……そこで見たのさ。
 ――どこかに逃げて行くタヌキの背中を」


   To be continued...




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