・登場人物と、これまでの状況

つぐみ:自宅アパートにて、謎の人物に襲撃される。左手に重傷。その後…?
沙羅:自宅にて、つぐみと合流。

武:工事現場でアルバイト?

ホクト:優秋とデート?
優秋:ホクトとデート?



Cure(s)!
                              豆腐 


第四話 男の子の役割 (遭遇編A)


   1、

 同日 午後1時頃


「少ちゃ〜ん!」
 明るい声に呼ばれて振り向くと、そこには大好きなあの人の笑顔。
「ココ」
 無意識に彼女の名をつぶやく。
 八神ココ。
 手をぶんぶん振りながら、こちらに駆けて来る。
「お待たせ〜!」
「いや、待ってないよ。全然」
 実際は2時間ほど前から待っていたりしたけれど。
 桑古木は満面の笑みを浮かべる。
「じゃあ、行こう」
「うんっ!」
 肩にかけたリュックサックの位置を直しながら、ココが大きく頷いた。

   2、

 デート。デートである。
 これはデートなのだ。
 そんな確認のような事を何度も胸中でつぶやきながら、桑古木はココの横顔を覗き見た。
 やはりというか、笑顔がそこにある。
(……楽しんでる)
 彼女はどんな時でも楽しそうだが……なんというか、今日のそれはいつものそれとは違う気がする。
 自意識過剰? 望むところだ。
 何にせよ、自分の隣りで彼女が笑っている――それが、ただひとつ重要な事。

 ところで、ココとのデートは今日が初めてというわけではない。
 以前にも数度――というか、結構一緒に出かけたりしている。
 問題はこれが桑古木の一人相撲なのではないかという事だ。
 相手はあの八神ココ。
 二次元どころか四次元人に恋心を抱く猛者なのだ。
 果たして彼女がこの『お出かけ』を『デート』と認識しているかどうか……
 それを聞くほどの勇気は、未だ桑古木には備わっていなかった。
 順調に結婚生活を営んでいる武が羨ましい。
(……そーいや、しばらく会ってないなあ)
 倉成武とその家族が地方都市に定住してからもう一年近くになる。
 最後に会ったのは四ヶ月前。
 会おうと思えば電車で五駅なので、会えないこともない。
 が、会う理由がないのだ。
 それぞれ仕事に忙しい身。特に武は一家を養わねばならない。
 さらに、沙羅、ホクト、ともに大学進学を目指しているという。
 武の両親が援助すると言っているそうだが、彼がそれに甘んじるような男ではない事は考えるまでもなかった。
 おそらくは限界のギリギリの一歩先まで働く事だろう。
(……今日も働いてんのかな)
 今日は日曜。
 なんとなく、工事現場で汗かく彼の様子が脳裏に浮かんだ。
 と。
「少ちゃん、ここ! ここ入ろー!」
「へ? ど、どこ?」
 瞳を輝かせて叫ぶココに手を引かれ、桑古木は少しよろめいた。

   3、

「……それ、なに?」
 公園のベンチに並んで腰を下ろし、桑古木は尋ねた。
 ココの手にはゴム製の人形。
 妙に手足の長いキャラクターである。
 苦悶の表情を浮かべており、愛らしさのカケラもない。
 とゆーか、
「不気味……」
「あーっ。なんてこと言うんだよぉ! これはすっごい人形なんだからぁ!」
「すっごい?」
「うん。壁に投げたりするとね、一メートルぐらいに広がるの!」
「恐っ」
「なんで? 楽しいじゃ〜ん!」
「楽しいかなあ」
「楽しいのっ」

 何かの発射音と、ひきつったような悲鳴。

 ゆっくり横を向く。
 ココの姿がない。
 視線を下に。――いた。
 うなじから矢をはやした彼女が。
 彼女はうつ伏せで倒れている。
 矢で貫かれた衝撃で前に飛んだのだろう。
 先程まで座っていたベンチからは二メートルほど離れた場所に、彼女は転がっていた。
「――ココ?」
 自分の声は震えている。
 彼女の体は動かない。微動だにしない。
 振り返る。
 男がいた。クロスボウを構え、無表情にたたずむ男が。
 かなりの至近距離。
 男は次の矢を装填しようとはせずに、クロスボウを放り投げた。
 ふところからナイフを抜き、こちらに掴みかかってくる。
 反射的に、桑古木は相手の横頬を殴り飛ばしていた。

 身体能力は常人のそれを大きく上回る――

(キュレイ)
 それを胸に刻む。自分ならば大抵の相手には負けない。
 そして、ココもまたそのウィルスを持っている。
(――そう簡単に死ぬものか!)
 ただそれだけを信じるしかない。
 倒れた男の顔面を踏みつけて、桑古木は拳を固めた。
 包囲されている。ざっと数えて6人。
 それぞれがナイフを構えていた。持ち運びの利便性を考えてか。
 視界を伸ばす。
 が、周囲に民間人らしき姿はなかった。
(このタイミングを狙った……?)
 計画的犯行、というやつか。
 それにしても御粗末に過ぎる。
 白昼堂々、こんな場所で、これだけの大人数で騒動を起こせばば、警察沙汰となることは必至。
 ……とはいえ、なんにせよ、つまるところ……
 できるだけ急がねばならなかった。ココのために。
 そして、この状況でココを抱えて逃げられそうには思えない。ならば。
 地を蹴る。
 怒りよりも恐怖のほうが大きかった。『犯罪』に対する恐怖ではなく、ココを失ってしまうのではないか、という恐怖。
(それは駄目だ。絶対)
 格闘技の心得など無きに等しい。
 そんな自分にできる事は、ただがむしゃらにタタカウだけ。
 緊張と焦りで歪む視界を抑え込むように、唇に犬歯を立てる。
(キュレイを、教えてやる!)
 左手を伸ばし、突き出されてきたナイフを受け止める。軽い傷。無視して、男の顔面に拳を打ち込む。絶倒する男から横に視線をずらすと、ナイフの切っ先がきらめくのが見えた。
 視界が一瞬、乳白色に輝く。不思議と痛みは感じない。
「――ッダアアアアアアアッ!」
 獣の咆哮。桑古木涼権の雄叫び。
 視界は狭くなる。
 片目が封ぜられたのだから、それは当然と言えた。
 遠近感が狂ったせいか。
 伸ばした手は、相手の首ではなく肩を掴んでいた。
 構う事はない。こちら側に引き寄せると、男はつんのめるようにしてふところに飛び込んできた。
 体勢の崩れたそいつの頭頂部に肘を突き刺す。
「がっ!」
 悲鳴を残し、意識を失った男を放り捨てる。
 と、右肩に激痛。振り向くとナイフが突き立っていた。
「――――っ」
 がむしゃらに、左腕を振り回す。
 運良く拳は誰かの頬を打った。おそらく右肩を刺した相手。
 たたらを踏むそいつの襟元を掴み、引きずり倒す。
 無様に倒れた男の側頭部を思い切り蹴り飛ばすと、ぶるりと震えて動かなくなった。
(3人)
 最初にココを撃った馬鹿者を含めれば、4人。
(俺もなかなかできる奴じゃないか)
 成長したのだ。
 あの日の、無力で軟弱な少年ではなくなった。
 今では、もう、そうだ、自分は――
(桑古木涼権)
 その名前は力をくれた。
 胃の奥で熱いナニカが雄叫びをあげる。
 戦いとは本能なのだ。
 雄としての本能。
 男は、戦ってきたのだ。
 それこそ太古の昔から……
(遺伝子が書き換えられようと、それだけは変わらない)

 ――だから。

「俺は、」
 時の中で磨かれ、最早、呪文じみた文句。
 畏敬の念と共に叫ぶ。
「――死なない――!」
 背中に二本のナイフが突き立つ。
 痛みごときで今の自分が止まるなど、まったく想像できなかった。
 振り向く。
 驚愕に歪む2人の顔を、桑古木は殴りつけた。
 右肩に刺さっていたナイフが抜け落ちる。元より浅い傷でしかない。
「だあああっ!」
 叫び声をあげ、よろめく2人をがむしゃらに叩く。
 手首が痛んだ。拳法など知らないのだから当然か。
 それでも止まるはずがない。
 2人が動かなくなったところで、ようやくその手は止まった。
 殺してはいない。と、思う。
「手加減なんてできるか」
 自らの唾液で汚れた口元を拭いながら、つぶやく。
 そもそも、そこまでの責任は無い。
 被害者なのだから。
「――――ッ」
 唐突に思い出す。
「ココ!」
 彼女の事を忘れていたというわけでは、もちろん、ない。
 桑古木を取り囲んだ襲撃者の数は6人。
 今までに倒した数は、5人。
 ならば、もう1人は――
「――――」
 絶句。そうする他にどうしようもなかった。
 先ほどまでココが倒れていたはずの場所に、彼女の姿は無かった。
 人形が一体、ぽつりと残されている。
 例の不気味な人形。
 ココが買った人形。
 ココがいない。

   ●

 ハンマー・パンチを振り下ろす。
 後頭部を叩かれ、男が地面に激突した。
 額が割れて絶命する。
 それを確認して、大女――マルシアは、微動だにしない八神ココの体を引き寄せた。
 そこは、建物と建物の隙間、道とも呼べぬような路地裏。
 八神ココの首には、いまだに矢が刺さっていた。
 一瞬だけ顔を歪めるマルシアだが、次の瞬間にはその矢を引き抜いていた。
 ぞぶり、と血が溢れ出る。ココの体が震えた。
「肉が固まって抜けなくなってからだと、まずいのよ」
 耳元で囁くと。
 ココの血色を失った頬が、わずかに動いた。
 何かを言おうとしているのだろうが……
「いい。話さなくて。あなたが常人であったら死んでいるところだもの」
 ココが、ふっと笑みを浮かべる。
 力無いものであったが、それは確かに笑みと言えるもの。
 八神ココの、万人を癒す笑顔。
 それにつられるように、マルシアもまた笑みを浮かべていた。
「これから応急処置をするわ。ちょっと痛いけど……我慢しなさいね」
 マルシアが言うと、ココは小さくうなずいた。


   To be continued...




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