桑古木は本当に桑古木だったのでしょうか? 田中ゆきえは存在しなかったのでしょうか? 2034年は2034年だったのでしょうか? このSSは皆さんのEver17の「常識」をすべて忘れて読んでいただきたいのです。 夕焼けの綺麗な一面の赤。 いつもの公園に向かい、いつものベンチに座る。 楽しい一日になる。 ぼくはそう思っていた。 そう。特に変わったことはしなかった。極在り来たりないつもと変わらぬ日常の一コマ。 それが楽しかった。 でも、ぼくの心の中に芽生えていた、もう一人のぼく。その存在をおそらく優は、ぼくが意識している以上に敏感に感じ取っていたんだと思う。 優の髪はのびていた。もうかつてショートカットだった面影は無く、その時代を知る人に会うと決まって驚かれる。優の髪の長さはぼくとの付き合いの長さの証。 ………………その日、ぼくは、優と………………別れた………………。 |
もう一つのY 作者:やまちゃん |
あの日以来、沙羅とは顔をあわせていない。 避けられている? 「いや、そうじゃない。ぼくが避けているんだ……。」 はっきり言ってぼくは怖かった。 自分の中でどんどんもう一人の自分の存在が大きく膨れ上がっていく。それが怖かったんだ。 LeMUから脱出したぼくと優、沙羅とつぐみ、それに武。 つぐみと武とはあの脱出以来会っていない。だから彼らがどうなったかはぼくは知らない。 もう皆、それぞれの生活に戻っている。彼には彼の生活、彼女には彼女の生活があり、それを知るすべはぼくには無く、また知る必要は無かったから……。 空は……空はきっと今でも生きている。空が生きていると仮定するならば……。いや、空は生きていた。まさしくあの7日間、ぼくらは空と、生きている空と生活したのだから。 そしてLeMUの医務室での空の忘れられない一言。ぼくはあの時のことを一瞬たりとも忘れてはいない。 そんな脱出劇も無事に済み、平和な毎日が訪れるはずだった……。 その日、優はいつものようにぼくの家に遊びに来ていた。 「はい、なっきゅ先輩、お兄ちゃん。」 コーヒーを淹れてきてくれる沙羅。 ぼくらが住んでいるこの家は優の母親であるゆきえ先生が手配してくれものだ。 「ありがとう〜、マヨ。何だかいつも悪いわね。」 「そんなこと無いですよ。なっきゅ先輩は私の大切な先輩なんですから……。」 そう言った沙羅は、どこか寂しげな目をして部屋に戻っていく。 「沙羅、何かあったの? 何だか元気ないわね?」 「うん……。ここのところ少しね。原因は何となく分かるんだけど。」 「え? 何々?」 「ふぅ〜、優には分からないかな〜。鈍感と言うか何と言うか。」 「鈍感ですって!? なーによ、少年、言ってくれるじゃない。」 「うわわっ、やめろよ優ー! それにぼくにはホクトって立派な名前があるんだぞ!」 それはいつもの光景だった。 一本の電話がかかってくるまでは―――――― Trrrrrrr……Trrrrrrr………… 「はいはい、ちょっとお待ち下さーい。」 ガチャッ 「もしもし?」 「あ、ホクト君? こんにちは。居てくれて良かったわ。」 「その声は……ゆきえ先生? いつもお世話になっています。優ですか? 今かわりま」 「いいえ、そうじゃないの。ホクト君、あなたに大切な話があるの。」 「え? ぼくにですか?」 「何々? 何があったの?」 優がぼくの様子を伺って訊いて来る。 「いや、それがゆきえ先生からなんだけど分からないんだ。」 「もしもし、ホクト君、聞いてる?」 「あっ、すみません。それで、大切なお話というのは……。」 「ごめんなさい、とても電話で話せるような内容じゃないわ。悪いんだけど時間のある時に着てくれないかしら?」 「はい、構いませんけど、先生はいつ頃がよろしいですか?」 「出来れば優と沙羅ちゃんの居る時に一緒に話したいの。そうね、こういうことは……なるべく早いほうがいいわね……。」 その時、優がぼくから受話器をひったくった。 「もしもし、お母さん?」 「あ、優、悪いわね、デートの邪魔しちゃって。」 「そんなことよりどうしたのよ。」 「今は言えないわ。今は……。」 「今は……って、どういうことなの?」 「今はホクト君とのデートを楽しんで。あなたの大切なホクト君と……。」 「もう、何深刻そうな声してるのよ。何だか分からないけど、そうするわ。ホクトにかわるわね。」 「もしもし、ホクトです。」 「そういうことだから、よろしく頼むわね。」 「分かりました。早いほうがいいんですよね。明日、よろしいですか?」 「ええ、いいわ。明日、待ってるわね。それじゃあ。」 「はい。」 受話器を戻す。 狭い空間を支配する重苦しい空気。 先生の話は良く分からなかった。優も怪訝な顔をしている。 それを振り払うかのように、 「さ、ホクト、今日はたまには映画でも観に行きましょう♪」 と、優はにっこり微笑んだ。 ――――――天使のような笑顔―――――― この笑顔に何度救われたことか…… いつもとかわらぬ日々。 たまに訪れる変化。 きっとそんな日だったのかもしれない。 翌日、優の家を尋ねたぼくと沙羅を迎えてくれたゆきえ先生はぼくたちを客間へ通すと、ちょっと待って、と言い残して部屋から出て行った。 ソファーは柔らかく、座り心地に文句は無い。 手持ち無沙汰に先生を待つぼくと沙羅。 そういえばこうして二人で並んで座るなんて久しぶりのことだな……。 沙羅は可愛い。 ぼくを頼りにしてくれている。 LeMUでの泳ぎの特訓、とても楽しかった。 指をじっと見て、歌った子守唄、ドキッとした。 ベッドの上で泣いていた沙羅、抱きしめたくなるほどいとおしかった。 ――――――これは愛とは言わないのか? 「お兄ちゃん。」 正直なところ、沙羅を妹と思ったことは一度も無い。 確かにぼくには妹はいた。 いや、いたらしい。 ぼくはまだ完璧に思い出しきれてはいない。 だから最も信憑性のある、空の話にしたがっているに過ぎないんだ。 今も胸にたまって消えないこの違和感、いつか晴れるときが来るのだろうか? 「お兄ちゃん?」 お兄ちゃん? ぼくがお兄ちゃんだって? 沙羅は本当にそう思っているのか? 頭が痛い。ズキズキと締め付けられるように痛む。 まるでLeMUにいた時のように。 「お兄ちゃんてば!」 ハッと顔を上げるとそこには心配そうな顔をした沙羅がぼくの顔を覗き込んでいた。 「あ、ああ。どうした?」 「大丈夫? 何だかとても顔色が悪かったよ?」 「うん、ちょっと考え事をしていただけなんだ。」 「あら? どうかしたの?」 そういって入ってきた優。手に持っているトレイには香ばしい香りのするコーヒーが乗っていた。 「はい、マヨ、ホクト。」 いつもは沙羅に淹れてもらっているぼくにとっては少し恥ずかしいシチュエーションだ。でもこんなことがあってもいいな。素直にそう思える。 優はぼくと沙羅の向かい側に座った。 いつもぼくの隣にいる優。今日隣にいるのは沙羅。 「遅いわね、お母さん。」 「そうだね……。」 時計の針は午後二時をまわっていた。 「ごめんなさい、待たせちゃったわね。」 ゆきえ先生は白衣姿だ。 白衣が似合う女性。 先生には悪いが、そんなイメージがぴたりと当てはまる。 「いえ、そんなことないです。」 「お母さん、遅いー!」 優が淹れてくれたコーヒーはすでに中身が無い。 ゆきえ先生はもう一度謝ると、優の隣に腰を下ろして切り出した。 「これからあなたたちにする話は……とても大切な話なの……。」 ――――――その日、ぼくたちは、驚愕の事実を知った―――――― 夕日。 どこまでも続く赤。 何もかもを飲み込もうとしている魔物のような赤。 ぼくは動けない。 ヘビに睨まれたカエルのように。 ぼくは動かない。 ヘビに睨まれたカエルのように。 そしていつしか夕日は沈んでゆく。 まるでこの先二度と姿を表さないかのように…… 先生がぼく達に語った話。 それは信じられない事実。 いや、本当はどこかで分かっていたのかもしれない。少なくともぼくが空の話を100%信じ切れていなかったことは確かだ。むしろかけらも信じていなかったと言った方が正しいかもしれない。 「三人ともいい? 驚くとは思うけど、落ち着いて、しっかりと聞いてね。」 「何よお母さんったら、もったいぶっちゃって。」 そう言う優の顔はいつもより緊張しているようだった。無理も無いと思う。先生の顔はLeMU脱出時に会った時とまるで同じくらい真剣なものだったのだから。 「ホクト君、沙羅ちゃん、実はね…………」 ――――――あなたたちは兄妹ではなかったの―――――― 確立なんて当てにならないと思う。 ぼくが考古学を学ぶために入った大学。 センター試験でぼくはとてもじゃないが志望校に入れるような点数を取れなかった。 「ホクト君が受かる確立は10%くらいだと思う。」 と、先生からも言われたほどだ。 結局ぼくは夢を諦め切れなかった。でもそれは正解だと思う。 何故ならぼくは見事に合格したのだから! 空の言葉を思い出してみよう。あの時の、忘れられない一言を…… 「おふたりが兄妹である確立は……ほぼ100%です。」 この言葉が意味するもの、それは「ほぼ」100%は決して100%ではない、ということ。 ぼくと沙羅は兄妹ではなかったのだ。 沈黙。 夜の帳が降りる。 そこは沈黙の世界。 公園には誰一人として姿は見当たらない。 睦月の寒風が容赦無くぼくの心に吹きかかってくる。 ぼくは沙羅が好きだ。 優が嫌いな訳じゃない。 ――――――ただ……ただ、沙羅が好きなんだ―――――― ぼくは、本当の自分の気持ちに気がついた。 何故ここまで悩んだのか。 プライド、世間体、その他諸々、ぼくは色々と気にしすぎていたんだと思う。 でもその大事なことをぼくに気づかせてくれたのは、一人の女性。 ぼくの彼女、田中優美清秋香菜。 別れ際、優はぼくに言った。 「もっと自分に素直になりなさい! でなきゃきみは一生ホクトになれない。少年のままよ!」 そう言うと優はぼくのすぐそばまでやってきた。 顔と顔が近寄り、目と目が合う。 ――――――そして優は、ぼくにキスをした―――――― それは無限にも感じられる時間。 短かったのかもしれない。 だけどぼくには、今まで優と幾度と無く交わしてきたキスの中で一番長く感じたキスだった。 同時に一筋のしずくがぼくの口元に伝わる。 それは塩辛くも切ない恋の味……。 「さようなら……ホクト……」 優が去っていく。 頬に光るものを伝わせながら。 おそらくその時のぼくの顔はとても見れたものじゃなかっただろう。 ありがとう、優……。 優がぼくの彼女で本当に良かった……。 長かった夜が明けた。 もう見ることは無いのではないかと思った朝日が昇っている。 今日は1月21日。 何の日かぼくは知っている。 辺りを見回すと、犬の散歩をしている人が数人。 「おはよう!」 見知らぬおじさんがぼくに声をかけてきた。 「おはようございます。」 何気ない挨拶。沙羅と挨拶をしなくなってもう何日たっただろうか? こんな簡単なことだったのか! 腕時計の針が指しているのは午前8時。 ぼくは公園を発った。 午前10時。開店時間をむかえ、活気付く商店街。 ぼくはかなり前から決めていた「あるもの」を買いに、商店街の片隅の小さな店の扉を押した。 給料3ヵ月分、とはいかないけれど、これが今のぼくの精一杯の気持ち。 そんな願いを込めて、手に取ったもの。それは…… ぼくは今、家にいる。 これほどこのドアをノックするのに勇気がいるとは思ってもみなかった。 コンコン 「…………」 返事は無い。 コンコン 「……はい。」 「沙羅? ぼくだよ。入ってもいい?」 一瞬の間があった。 「……お兄……ちゃん?」 だがその間は、さっきよりも確実に良い空気だった。 「入っても……良いよ。」 ガチャッ 「沙羅、久しぶりだね。」 何と不自然な会話をしてしまったんだ、と言ったそばから悔やんだ。動揺を隠せないぼくに、沙羅は悲しそうな笑顔を向ける。 「そう……だね。」 沙羅の悲しそうな顔…… 『もっと自分に素直になりなさい! でなきゃきみは一生ホクトになれない。少年のままよ!』 優の声……。優が、優がぼくを励ましている! 瞬間、ぼくの中で何かがふっきれた。 「実は沙羅……沙羅に……沙羅に渡したいものがあるんだ!」 「え?」 「沙羅、お誕生日おめでとう!」 きょとんとした顔の沙羅。 けれどすぐに笑顔に変わる。 「お兄ちゃん……覚えていてくれたのね!」 「当たり前じゃないか。これを受け取ってほしいんだ。」 「あ、ありがとう。ねえ、開けてみても……良いかな?」 「勿論。」 ぼくが渡した小さな包み。 大きさにして手に乗るくらいのものだ。 沙羅は包みを開き、中に入っていた小さな箱を見た。 「何だろう?」 箱を開ける。 中に入っていたのは…… 「え!? こ、これって……」 「どうだろう。受け取って……くれるかい?」 「お、お兄ちゃん……!」 「ぼくはもう……お兄ちゃんじゃないさ。」 ぼくは沙羅を抱き寄せ…… ――――――そのやわらかな口に、永遠の誓いをたてた―――――― 沙羅の手に輝くエンゲージリングは、無限の輝きを放っていた。 ………………そして時は放たれる。永遠に……………… |
あとがき お読みいただきありがとうございます。 冒頭に書いたとおり、この作品の登場人物はEver17の常識から考えると、有り得ません。 そのことも含め、場面展開も激しく、分かりにくくなってしまった感があります(汗) 心理描写を表すために、あえて皆さんの想像に頼る部分を多くしたのですが、これだけは説明しなくてはなりません。 登場人物の説明をいたします。 この話は、2034年〜を軸につくられてはいますが、タイトル通り、もう一つの世界をつくってみました。 優春の存在は無く、ゆきえの存在を肯定しています。また、桑古木は桑古木ではなく、そのまま武、ホクトは自分の名前を思い出しています。要は2034年の事故がLeMU初の事故であり、BW発現計画でも何でもないと考えていただければ、と。 設定としては突っ込めばキリが無いのでご勘弁を(^^; それでは本題に…… 1月21日、何の日かご存知でしょうか? 沙羅の誕生日です。 この作品は、沙羅の誕生日祝いに書いたものです。 沙羅のハッピーエンドを、兄×妹ではないパターンで何とかしたかったのでこのような形になりました。そのためにはどうしても優とホクトを何とかしなくてはならないという大問題発生。何とか良い形で終わらせるべく、あまりギスギスしない感じで書いたのですが、いかがでしたでしょうか。その辺りの感想など、いただければ幸いです。 それでは〜♪ HHSS忍の0号 やまちゃん≒海瀬流 夜魔 |
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