・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・ちゃん・・て・
ねぇ・・・ちゃん・・・・・・・

誰かが呼んでいる
深い闇から助け出すように
優しい声
懐かしい声
誰だろう?
誰を呼んでいるの?
ボク?
ん?ボクって誰?
オレ?
本当に?
あなたはボクで
お前はオレ
どっちも同じ
なら、呼ばれているのは両方か?


〜舞い降りた天使〜
                              裕(ゆう)




「ねぇ〜少ちゃん起きてよ〜」

 視界がまだぼやけている。しかし、自分を呼ぶ声ははっきりと聞こえる。寝ぼけているようではなさそうだ。確かにオレを見下ろす人がうっすらと見える。
 誰だろう?次第に目の焦点もしっかりしてくる。女の子?17・8の可愛らしい女の子が見下ろしている。
 ただ、その子に見覚えはない・・・・・・・いや、どこかで見たことがあるような。取りあえず頭もしっかりしてきた所で、オレはかけてあったタオルケットをどかし、ベッドに腰をかけ、その女の子をもう一度直視する。
笑顔が可愛い。それが素直な印象だ。髪は肩より少し長め、俗に言うセミロングってやつか?服装は上がキャミソールに薄手のガウン。下はスカートでちょっと短い。そのスカートからきれいで健康的な足がすらりと伸びている。正直目のやり場に困ったオレは辺りを見渡す。
 代わり映えのしない部屋。
 そこは紛れもなくオレの部屋だ。
 ただ、何か違和感がある・・・・・・・ん?そういえば妙に小奇麗だな。いつもその辺に無造作に積まれてある色々な資料やらなにやらが、すっきり無くなっている。これはどういう事だ?
 そんなことを考えていると、目の前の女の子が少し怒った声で話しかけてくる。

「ねぇ、少ちゃん。何をさっきからキョロキョロしてるの?」

 え!?『少ちゃん』?そういえば先程も、オレを起こす時そう呼んでいたような・・・・・・・オレが知る限りオレ―桑古木涼権―の事を少ちゃんと呼ぶ人物は一人しかいない。

「ココ?」

「そうだよ〜もしかしてまだ寝ぼけちゃったりしてるの?」

 確かにそこに立つ女の子は、姿かたちこそ17・8に成長していて、喋り方も少し大人っぽくなってはいるが、その笑顔を忘れはしない。オレの最愛の人の笑顔、八神ココその人に違いない。

「えっと、所でココはオレの部屋で何をしてるの?」

 思った事を口にする。すると先程以上に怒った声で答えるココ。

「え〜少ちゃん本気でいってるの〜〜〜。今日は何の日か覚えてる?」

 今日?・・・・・・・必死に自分の記憶をたどる。これ以上下手なことを言って、ココに嫌われないために。・・・・・・・正直頭が混乱している。自分の部屋にココがいること自体驚きだが、それ以上に成長したココを目の辺りにしては当然だ。
 それに今日は何日なんだろう?もうその辺ですら思い出せない。

「ココ、今日って何月何日?」

 仕方がなく聞いてみる。

「今日は6月14日だよ。そんなことも忘れちゃってるの?」

 本気で心配そうにオレのことを見つめるココ。
 そうか、6月14日、今日はオレの誕生日だ。でも、それでココが俺の部屋にいる説明はつかない。

「今日は・・・・・・・オレの誕生日?」

 不安げにココに尋ねてみると、ココは笑顔でうなずいた。

「うん♪で、今日は少ちゃんのお誕生日をお祝いするために、ココが遊びに連れてってあげるって約束したっしょ?」

「え!?」

 ココとデート?そんな約束した覚えはない。していればこのオレが忘れているはずがない。何を忘れようとも、それこそ自分の名前を忘れたとしても、ココとのデートの約束を忘れてたまるものか。
 しかし、今はそんなことどうでもいいか。ココがデートしてくれると言っているのに、オレが断るいわれは何一つない。いや、むしろこちらからお願いしたいくらいだ。
 その時、オレの中で何かがはじけ飛んだ。
 部屋が妙に小奇麗なのも、ココが成長しているのも、ココと交わしているはずのない約束だったとしても。ココとデートが出来る。ただ、それだけで、他のことなどどうでもいい。
 時計を見る。正午を少し過ぎた時間。今からなら、思う存分二人だけの時間を堪能できる。
 オレは出来るだけの笑顔でココを見つめ。

「じゃあ、何処に行こうか?」

 そう言って身支度の準備に取り掛かった。







 二人で軽い昼食を取り、その後ちょっと大きな町まで出て、今はウインドーショッピングを楽しんでいる。
 いつも思い描いていたシチュエーション。
 隣では、大人びた、しかし紛れもなくオレが想い焦がれてきた人が無邪気に笑っている。
 時には可愛らしい服を見つけて。時には綺麗なアクセサリーを手に取って。

「少ちゃ〜ん、これ、ココに似合うかな〜?ちょっぴしココにはおとなっぽすぎるかも」

 そんな他愛のないことに一喜一憂している。
 そして、オレもココが笑うたびに幸せな気持ちで一杯になる。願わくば時がこのまま止まればいいとも思う。
 しかし、楽しい時間は早いものですでに辺りも暗くなり、オレ達の時間も後わずかになろうとしている。
 オレは一大決心をした。その近くに以前仕事で使ったことがある洒落たホテルのレストランがあったことも後押ししたのかもしれない。

「なあ、ココ?夕飯あのホテルのレストランで取らないか?オレも一度行った事があるんだがメチャメチャ美味かったんだぜ」

 下心は・・・・・・・ある。っていうかこの機会を逃したら次はいつになるかもわからない。もしかしたら、こんな機会二度と来ないかもしれない。
 それに、今日のオレならうまくいくような気がした。根拠なんて全然ないけど。

「わ〜かっちょいいね♪うん、いいよ。それに、今日は少ちゃんのお誕生日だもんね。少ちゃんと一緒ならココどこでもいいよ」

 満面の笑み。何か騙しているみたいで気が引けたけど、ここまで来たら引き下がれない。
 いつの間にか二人の手は繋がれている。今まで意識していなかったが、それが当たり前の様に自然だった。
 その手を引いて、オレはそのホテルのロビーへと入っていく。レストランは最上階に位置する場所にある。
 オレは意を決して次の行動を取ることにする。

「ここ、オレちょっくらトイレ行って来るな?」

「うん、じゃあココはエレベーターの方で待ってるね♪」

 ココがエレベーターの方に歩いていくのを見送った後、一人フロントへ。
 空き部屋がないか確認するために。
 これで、もう後には引けないのだとつぶやいて・・・・・・・。





「本当においしかったね♪」

「ああ」

 実は料理の味なんてちっとも覚えていない。ただただ、この後、ココをどうやってホテルの一室に連れて行くのか。そればかり考えていた。そんなオレを見て、ココは怪訝そうな顔をする。

「少ちゃんどうしたの?もしかして今日は楽しくなかったとか?」

「ち、違うよココ!!」

 まずい、明らかに不振がっている。どうする、どうする、どうするんだオレ。考えろ、考えろ、考えるんだ。そうだ!!今だ、今このタイミングで言わなきゃ後は家に帰るだけだぞ。

「え、えっと・・・・・・・なあ、ココ?この後のことなんだが・・・・・・・今日はずっと一緒にいないか?」

 言った。言ったぞ・・・・・・・本当にこれで後には引けない。
 ココの顔をまともに見れない。早く、何でもいいから早く答えてくれ。心臓が飛び出しそうだ。顔が、体が、凄い熱を持っている。永遠とも思える時間。その時間に終止符が打たれる。

「うん」

「そっか、そうだよな〜〜〜ははは、うん、気にしないで・・・・・・・・・・・・・・・・・え!?」

 ココの顔を見る。明らかに顔が真っ赤だ。ただ単に一緒にいるという意味ではないことぐらい理解しているようだ。

「今・・・・・・・頷いたよね。本当に?」

「も〜少ちゃん何度も言わせないでよ〜はずかし〜な〜♪」

 机をバンバン叩くココ。
 周囲の人達が怪訝そうな顔でこちらを見ていたが、今はもうそんな事どうでもいい。ココと・・・・・・・。あ〜今までのオレの苦労はこの時の為にあったんだな。幸せだ、幸せすぎる。







夜景のきれいな部屋。その一室で、ココと二人。真直ぐにココを見つめる。瞳が潤んでいる。オレはココに近寄って。

「ココ・・・・・・・ずっと昔から好きだった」

「うん。ココも少ちゃんのこと好きだよ♪」

「目、閉じてくれる?」

「う〜〜〜ん?どうしよっかな〜〜〜」

「そ、そんな・・・・・・・え?」

「へっへ〜驚いた?」

「あ、あ〜えっともう一回駄目?今度はオレからするから」

「え〜〜〜〜〜一回だけなの?」

「えっと、あの〜、その〜・・・・・・・何度でも!!」

「うん!!」

目を閉じて小首をかしげるココ。さっきのは唐突過ぎて実感がわかなかったが、今、まさにオレはココと口づけをしようとしている。ゆっくりとココに近づく。心臓が飛び出しそうなのがわかる。緊張の瞬間。目を閉じる。唇に柔らかい感触。今、オレとココは一つなのだ。涙が零れ落ちる。
なぜ涙なのだろう?
嬉しいから?
悲しいのか?
わからない。
ただ言えることはココと繋がっているということだけ。
それで十分だ。
長い、長い口づけを終えて、二人、離れる。目の前には照れ笑いの少女。そして、一滴の涙を流す男。少女は不思議そうな顔をする。男が満面の笑みで笑った。そして、男は糸が切れた人形のように・・・・・・・・・・・・・・・・・倒れた。







「少ちゃん!!」

誰かが呼んでいる。

「ねぇ〜少ちゃん起きてよ〜」

誰だろう?

「少ちゃん起きてってば〜〜〜」

誰を呼んでいるの?

「あ〜も仕方が無いな〜。ココ、ちょっとどいて」

うん?もう一人別の声。

「チェストーーーーーーー!!」

「ぐはっ!?」

何か腹に凄い衝撃が。

「あ、起きた?」

「げほっ、げほっ・・・・・・・『あ、起きた?』じゃねーよ。お前はオレを殺すつもりか!?」

そこには少女が二人。オレの事を見下ろしている。一人は中学生?くらいの可愛らしい少女。もう一人は、たった今、オレの事を殺害しようとしたくせに無邪気に笑っている悪魔みたいな奴。いつかオレはこいつか、こいつの母親に殺されるんではないだろうか?

「で、今日は二人してどうしたんだ?」

 二人の少女に問いかける。一人はオレの最愛の人―八神ココ―もう一人は17年間オレのパートナーだった人の娘―田中優美清秋香菜―

「はぁ〜?あんたまだ寝ぼけてる?」

 秋香菜は心底あきれた顔をする。

「今日は少ちゃんのお誕生日っしょ?」

 あれ?何だろう、この感じどこかで同じようなことがあったような・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだ!!オレ確かココとデートして・・・・・・・え?夢?あれはすべて夢だったのか?でも、鮮明に覚えている。あれが夢だとはどうしても思えない。なんだ?どういうことなんだ?

「ほら、起きたんならさっさと支度しなさいよ。皆あんたのこと待ってるんだから」

 オレが考え事していると秋香菜が急かす。すでに自分はもう玄関の所で靴を履き終わっている。

「なあ?所でオレの部屋にどうやってはいったんだ?確か鍵はちゃんとかけといたはずだが」

「あ〜そのこと。なんかね〜お母さんが合鍵持ってた。居留守使われてもムカつくから勝手に作っといたんだって・・・・・・・あ、これ内緒だったんだ・・・・・・・じゃ、じゃあ私先に行ってるから」

 慌てて玄関を出て行く秋香菜。しかし優の奴いつの間に。もう怒る気力すらない。まぁ怒った所で無駄だろうしな。なんだかんだともっともらしい理由をつけて結局最後は言いくるめられるのは目に見えているからな。

「少ちゃん?大丈夫?」

 心配そうにオレの事を覗き込むココ。その表情はなんともいえない。何に対しての『大丈夫』なんだろうか?さっき秋香菜に蹴られた事だろうか?今考え事をしてる事にだろうか?それとも・・・・・・・。

「ココ・・・・・・・いや、なんでもない」

 聞きたいことは色々ある。でも聞いてどうする?だからオレは笑顔で答えた。あの時の武のように。オレの憧れの人の口癖を。

「『大丈夫!!』だからココちょっと待っててよ。すぐ仕度終えるから」

「う、うん」

 そして、机の引き出しを開けてそこにあった銀色の物を取り出し、手短に着替えを終える。ココはオレの部屋を物珍しそうに眺めている。

「ココ、お待たせ。それで、ちょっと家でる前にココに渡しておきたいものがあるんだ」

「え、なに?ココに何かくれるの?あれ〜でも今日って少ちゃんの誕生日なんだからココが少ちゃんにあげるんだよ〜♪」

「いいんだ。ココは受け取ってくれるだけで」

さっき机の引き出しから取り出した、銀色の物・・・・・・・この部屋の合鍵をココにそっと手渡した。

「少ちゃん、これって?」

「ああ、この部屋の合鍵。ココならいつでも大歓迎だからさ、受け取ってもらえる?」

ココは不思議そうにその鍵を見ている。表情はなんかくるくる変わるのが面白い。最後に胸にしっかりと抱きながらオレを見る。

「うん!!じゃ〜ココお料理つくりに来てあげるね♪」

 その鍵をココはどういう意味で受け取ったのかはわからない。でもこれでいい。オレ達の物語はやっと動き始めたばかりなのだから。だから出来ることを一つ一つやっていこう。幸せは待っていても来ない。自分の手で手繰り寄せる。それが今まで生きてきた中で学んだこと。

「さ、皆待ってるだろうし行こうか?」

「うん!!」

オレとココの手は繋がっている。それは、あまりにも自然な出来事だった。








あとがき
 夢か、現か、幻か。はたまた未来の出来事か。どう考えるかは読んでいただいた方にお任せします。本当はもっと甘い感じのSSにする予定だったんだけど気がつけばこんなのに。でもこれはこれで上手くいったかな〜と思うので良しとします。
 それではここまで読んでいただきありがとうございました。感想いただけると幸いです。


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