「…ふっふっふ、ついにこの日がやって来たでござるな…」

闇の中から声が聞こえた。低い、くぐもったような声だ。
何かを企むような声?決意を秘めた声か?どちらにせよ声の主が異様な雰囲気に包まれているのは間違いない。

「…くっくっく、ぬかりはござらぬ。もはやいつでも…」
「待たれよ!まだ刻限ではござらぬぞ!時期尚早でござる…時期を待つのじゃ」

別の声が聞こえた。血気にはやるもう1人をいさめるような声であった。

「“善は急げ”“兵は拙速を尊ぶ”と申すではないか!」
「しかし!…しかしじゃな…」

もう他人におのれの声を聞かれることを気にするのはやめたようだ。

「くっくっく…はっはっは……はーっはっはっはっは!」

歓喜にうちふるえているのだろう。暗闇の中に響き渡るような声はますます大きくなっていった…



…とその時、一陣の光が暗闇を引き裂いたっ!

…ようするに夜に電気の消えた部屋の扉が外から開かれ、部屋の外の電灯の明かりが差し込んだだけである。

「沙羅…、ホクト…、もう寝ろ!」

扉を開いたこの男、随分と若くみえるが先ほど話し合っていた2人の父親である。名を“倉成武”という。明日は出かけるというのに…いつまでも起きている子供達を寝かしつけにやってきたのである。

「お父さん、沙羅が全然寝ようとしないんだよ〜」
「拙者、楽しみで眠れんでござる〜」

いさめていた声の主は兄“ホクト”大笑いしていたのが妹“沙羅”である。

「今すぐにも1人で出発しそうで、大変なんだよ〜」
「う〜…明日の朝まで待ちきれんでござるよ〜」

どうやら、楽しみで眠れない妹につき合わされていたのだろう、ホクトは眠たげだ。けっこうノリノリだったくせに…役どころは若い忍をいさめる老兵といったところだろう…

「ホットミルクでも飲んで無理矢理にでも寝なさい」

もう1人女性の声が聞こえた。母“つぐみ”である。両手にマグカップ、頭にハムスターを乗せて部屋にやってきた。

「あ、お母さん…ありがとう」
「や、母上。これは…かたじけない」

素直にカップを受け取るホクトと、まだ妙な言葉遣いがぬけないままの沙羅を見やり、つぐみは少しうれしそうに笑った。

「……じゃあ飲んだら早く寝なさいね」

いい残して、つぐみは去っていった。

「はーい」
「御意!」

子供達はそれぞれ返事をして自分達の寝床に向かう。ミルクはちょうどよい温度だったのですぐ飲めそうだ。

「…じゃあな」

武も子供達の飲み終わったカップを受け取って部屋を後にしようとして…

「あ…沙羅!」

…娘をよびとめた。

「なんでござるか?」

父、武は「…う〜ん」と眉間にシワをよせて寝床に向かう娘にこう続けた。

「せめて、その忍装束は明日になってから着ろ」
「いたしかたござらんな…父上がそう申すのなら…」

沙羅はしぶしぶいつものパジャマに着替えることにした。やはり眠りにくいのは自分でもわかっている。忍者刀も取りはずし、懐から手裏剣やクナイ、そしてマキビシ、煙玉、吹き矢も取り出してゆく…

「…………(汗)。楽しみにしてるのは十分すぎるほどわかったが、寝るときくらいはしっかり寝ておけよ」
「は〜い」

父親にさとされて、今度は素直に返事をする沙羅であった。
そう、あしたは沙羅のリクエスト…“手裏剣村”へゆくのだ!




手裏剣村へ行こう
                             雪だるま


いきなりだがここは手裏剣村、の端っこに位置する城である。
そしてまたいきなりだが…彼らは……闘っていた。



ここは天守閣である。

「くくく、どうやらネズミどもがが入り込んだようだな」

羽織袴に二本差しといういかにも“侍”な男が天井付近に取り付けられたモニターを見上げ、表示される城内の生態反応数の増加を確認し不敵に笑い、そしてつぶやいた。
その表情から読み取れる感情は不快ではない、むしろ歓喜をたたえていた…倉成武である。

「でも、ここまでたどりつけるかしら?」

武の独白に答えたのは、これも同じ羽織袴すがたの田中優美清春香菜である。彼女を形容する言葉は多々存在するが、今はそう、倉成武の友人にして、ホクトの恋人の母親ということを理解していていただければいいだろう。
彼女の表情も傍らの青年侍と同じようなものだ…いや、はるかに歓喜の色が濃い。すでに腰の刀を抜刀し、うずうずしている。はやく切れ味を試したいと体全体が訴えているようだ。

「たどりつくさ」
「そうね…」

言い切った武に優はあっさりと同意した。つぶやきは続く…

「でないと…」

二人は顔を見合わせた。唇の両端が微妙に上を向いている。

「面白くナイもんな!」
「面白くナイもんね!」

見事に声がハモった。彼らの表情は、喜怒哀楽のうち“楽”が100%を占めていた。
彼らはどうやら城に“進入されてしまった側”らしいが“侵入者をどう撃退するか”よりも“手に入れたオモチャでどう遊ぶか”を思案するお子ちゃまのようである。ものすごく楽しそうだ。
そして、その場にもう一人の女性が現れた。やはり羽織袴である。

「倉成さん、春香菜さん…例のモノ手に入れてきました」
「ああ、空…ご苦労さん♪」
「♪」

武から苦労をねぎらう言葉をかけられた女性は嬉しそうに微笑んだ。彼女の名前は茜ヶ崎空。倉成武に恋する人工AIである。
たった今まで、城の蔵から“あるモノ”を引っ張り出してきたのだ。どうやら今回の戦いで非常に重要な役割をはたすシロモノらしい。

倉成武、田中優美清春香菜、茜ヶ崎空…今、この城において彼らは侍であり“戦友”であった。




そして侵入者の方では…

黒装束をまとった忍者が、城内に入ったとともに明らかに変化した空気から、決意を新たにしていた。

「優(秋)…必ず助け出からね」
「その意気だ…俺も…優!今日こそ積年の恨みをはらし、そして俺は武を超える!」
「にゃはははははは♪がんばってね、涼ちゃん、ホクたん!」

ホクトと桑古木涼権、そして八神ココである。彼らは城内に侵入し、さらわれた(という設定の)姫を助け出さなくてはならないのだ。
思惑はそれぞれではあるが…
そして、沙羅、つぐみも…

「ふっふっふ…これこそ忍者の醍醐味というものでござるなあ、ニンニン」
「武!いますぐ行くから…無事でいて!優や空といっしょなんて冗談じゃないわ!」

くの一たちも大いにやる気である。ココは少々微妙だが…





【第一幕:コトの始まり】

そもそも、なぜ彼らが争わなくてはならないのか?…それは手裏剣村において一同の目にとまった一枚の看板が発端である。

『体験・忍者合戦!』

と記されていた。

「体験?」
「沙羅、コレは?」

武がつぶやきホクトが隣の忍者服の妹に尋ねた。手裏剣村では黒装束を着ていてもそれほど違和感はない。他の場所へ一緒におでかけというのはゴメンだが…。そんな服を朝からずっと着っぱなしというほど忍者に心酔しているこの妹ならばこのテーマパークのことなら何でも知っているだろうと思ったからだ。

「これは、参加者がそれぞれ役になりきって戦をするでござるよ、ニンニン♪」

沙羅が兄に解説したがどうもよく理解できない。
…とその時

「つまりですね。一定の場内で、本格的に忍者ごっこや合戦ごっこができるワケですよ。シチュエーションは“情報収集”“捕虜の救出”など色々ありますが、係員がルールを作って、皆様に楽しんでいただけるように調節いたします」

手裏剣村のスタッフがどこからともなく現れて沙羅に代わって説明してくれた。

「おもしろそうね…」
「そうだね…」

田中親娘が興味を示した。“合戦”などと聞くと狂犬の血が騒ぐのだろう。

「でも、“合戦”って危険じゃないのか?」
「ええ、ですからバンジージャンプと同じように自己責任で参加していただきます。もちろん武器などは竹光や硬質ゴムの手裏剣などを使いますが…それと参加者は高校生以上の方に限らせていただきます」

武の疑問に係員が説明する。主催者側としては当然のことであろう。危険なアトラクションであることには変わりはない。
しかし…

「参加するわよ!みんな!」
『OK!』

優の問いかけに、人生の修羅場を幾度となくくぐりぬけてきた彼らの返事にに迷いはなかった。
ちなみに桑古木は強制参加させられ、ココは実年齢が30近いので優(春)が係員を丸め込んだ。




【第二幕:配役決定?】


係員がメガホンを通して大声をあげた。

「はい、それでは午後1時になりましたので『体験・忍者合戦』を始めたいと思います」

参加者一同は耳を済ませて係員の説明を待つ…

「ルールは簡単、皆様が忍者になりまして、城の天守閣にたどり着き、囚われの姫を助け出してください。我々がお城の侍となって行く手を阻みます」

なんてお約束な設定であろうか…しかも“忍者”である必要は全くないのでは?

「城には抜け道やら罠やらが数多くございますので、どうぞお楽しみください。それと、罠にかかったり、敵の手裏剣にあたったり、斬られたりしたらリタイアしてください」

なるほど、スリルもあるし、慎重さや機転も要求されるのは面白そうではある。そして、イベントを始めようと「では…」といいかけた係員に『待った』をかけた参加者がいた。田中優美清春香菜である。

「ねえ、私はどっちかというと、忍者達を迎え撃つ方がやりたいんだけど…」
「申し訳ありませんが、そういう趣旨ではありませんので…」

やっぱり断られた……が、あの田中優美清春香菜があきらめるわけがない!


…かくして、敵侍役のスタッフに混じり“一部”の参加者が敵陣に加わることになった。一部とは優(春)と強引に誘われた武と空…そして“姫”をやると言い出した優も敵陣へと去っていった。「ホクト!私を助けにきてね」と言い残して“姫”は自らの足で敵陣へとスキップしていった…





「それでは、皆のもの!忍装束になるのじゃ」
「どういうこと?」

すでに忍者の棟梁(だろう)になりきっているスタッフの言葉に、狼狽の表情を見せたのはつぐみだった。

「なるほど、やっぱこのままの服装じゃ雰囲気でないもんな」
「敵味方もわかりづらいしね」

桑古木が納得したように声をあげ、ホクトも同意する。

「母上!忍者は忍者らしい格好になるでござるよ」
「忍者らしいって…?」
「母上にピッタリの忍者服がござるゆえ、拙者とおそろいで着るござるよ、ニンニン」

沙羅はすでに自前の黒装束を着ているにもかかわらず執拗に母親に衣装をすすめた。

「わ…わかったわ……」
「ではでは…」

釈然としないまま娘の希望に従うつぐみ、果たして…


そして、十分後…


すでに黒装束に着替えをすませた、ホクト、桑古木、ココはつぐみと沙羅を待っている。
ココの忍者服が桜色なのはご愛嬌だ。

「あ!つぐみん、マヨちゃん、かっこいーっ♪」

桑古木とホクトは目を見開いた。
着替えた倉成母娘を見たからである。

「ね、ねえ…沙羅?」
「なんでござるか?」

つぐみが沙羅に問いかけた。顔が真っ赤だった。

「この格好が忍者らしいの?」
「うむ、まごうかたなき“くのいち”でござるよ」

さも当然といったように沙羅が答えた。

「拙者、以前よりただの黒装束ではなくいかにも“くノ一”っぽい衣装を着てみたかったでござるが、なにぶんにも今だ未熟ゆえ、一人では着れなかったでござる」
「ふ、普通はさっきまで沙羅が着てたみたいな黒装束じゃないの?」
「然り、ちゃんと黒でござるよ」

たしかに、つぐみと沙羅が揃いで身にまとっている服の色は黒だった。

「黒い衣装!鎖かたびら!そこはかとなくただよう色気!文句なしでござるな…」

一人うんうんとうなずく沙羅。つぐみは同じ衣装を恥ずかしげもなく着ている娘を見ててため息をついた。男どもはいまだ固まったままである。
その衣装のかもし出す色気は“そこはかとなく”どころではなかった。にの腕もあらわなノースリーブの黒の作務衣にブルマのような下履きはつぐみでなくとも赤面モノだ。かわりに手足の防具は丈の長いつくりになっていた。「これってただの黒いニーソックスでは?」とつぐみは思う。製作者はわからないが、相当忍者に対してゆがんだ認識をしているらしい。

「鎖かたびらっていうのは目の荒い肌着や編みタイツじゃないと思うんだけど…」

つぐみが口にしたささやかな抗議の言葉は異様にごきげんな忍者娘に届かなかった。




【第三幕:目下の敵は城内にアリ?】

つぐみ達が着換えをしていたころ…敵陣、天守閣では

「いいですか?田中さん、倉成さん、茜ヶ崎さん!」

特例が認められたとはいえ、イレギュラーであるには違いない。一同がスタッフから注意と説明を受けていた。すでに侍の衣装に着換え済みである。そして秋香菜はいかにも“姫”な着物だ。縛られて転がされている。

「これは参加者の皆様に楽しんでいただくためのイベントなのです。最後はちゃんと忍者側に負けてくださいね」
「わかったわかった」

優がうるさそうに答えた。頭にきたのだろう、スタッフが声をはりあげる。

「田中さん!」
「わかったってば!」

なおもスタッフが優に念を押した時、開始合図のほら貝がなった。
彼はまだ何か言いたそうだったが、仕方なく立ち上がった。

「それでは、適度に自由にしてくださって結構ですが、くれぐれも…」
「はいはい、最後は負けりゃいいんでしょ。イイ負けっぷりを期待しててね」

優が少々皮肉をこめて返す。

「心配すんな…俺からも言っとくからさ」
「おねがいしますよ…本当に…」

まだ何か言いたそうなスタッフの背中を優は舌を出して見送った。

「私って信用されてないのね…」
「そりゃあ…敵側に参加させろっていう客はいねえだろ、普通は」

優の肩を武が軽く叩いた。優は「まあね」と答えながら武に振り向く。悪たれ少年が仲間にだけみせる類の笑顔で…

「あの…ちゃんと負けるんですよね?」
「もちろんよ、はじめはそんなつもりじゃなかったけど、キマリじゃあね…次回から入場禁止なんてされちゃったら沙羅ちゃんに口聞いてもらえなくなっちゃうし」
「う…それは勘弁」

空の質問に優は不本意ながらも肯定の意思を示し、武は優の答えに安堵した。
可愛い娘を持つ親としては当然か…
そして優は突然不敵な表情で口を開いた。

「ところで、私たちもイベントの参加者として楽しむ権利はあるわよね?」
「それはそうだな」
「はい」

武と空がうなずいた。

「ただ負けるだけじゃ面白くないわ!この合戦を思いっきり盛り上げてやろうじゃない」
「春香菜さん、どういうコトですか?」
「やる気だな?優…」

空の素直な回路では優の思考は汲み取れなかったらしい…が、武には理解できたようだ。同じ精神を持つ者同士、考えていることは以心伝心、伝わるのだろう。

「やりましょう!倉成…」
「おう!」
「あの…倉成さん、春香菜さん(オロオロ)」

動揺する空を尻目に「ガシッ!」と固く握手をする優と武。
今、彼らの行動パターンのレバーは“人の親”から“芸人”にスイッチされていた。
“芸人”…それはまわりの人間のテンションを操作することが彼らの生きがいであり存在価値である。

優は半目になり唇の両端をゆっくりと持ち上げた…今度は魔性の笑みだった…
武と空を近くに来いと手招きする。そして声をひそめて口を開いた。

「さて、倉成、空……まずはこの城の実権をいただくわよ……」

双方の戦いは、まだ始まったばかりである。



「………ねえ…私は?」

秋香菜のつぶやきは二人の“芸人”と一人の“芸人見習い”には届かなかった。




【第四幕:敵軍の要注意人物…その名は“優”】

「さて、どう攻める?」

たずねたのは桑古木だ。他の参加者は我先にと城に殺到しているが、なにしろ敵軍には“あの女”がいる。無策に突入するほどの愚考はない。そもそも忍者が正面から突撃してどうするのか?

「忍者らしく屋根からロープで侵入するってのはどうかな?」

ホクトが手を挙げて提案した。姫役が秋香菜だからなのか結構ノリノリであった。

「ダメでござるよ、兄上。屋根の端はロープを切断する刃になっているでござるよ」
「え?そうなの?」
「うむ、窓からヒラリと姫を助けに現れるのはちと無理でござるな、ニンニン」
「………」

図星をさされたのかホクトが黙り込んだ。なかなかヒーロー願望があるようだ。

「そっか〜♪手裏剣村のコトぜ〜んぶ知ってるマヨちゃんがこっちにいるのは有利だね!」
「あ、それはそうだね」

ココの発言によみがえるホクト。(ごまかしたな)

「あまい!優がそれを考えないワケがないだろう」
『……………』

桑古木の指摘は浮き足立つにわか忍者達を慎重にさせるに十分だった。
そして、これから攻略すべき城を見上げ桑古木は一人ごちた。

「優、武、空…考えてみれば敵にまわすと恐ろしい奴らばかりだぜ…(特に優)」

そして、ホクトと沙羅は「桑古木さんって敵に回しても怖くないけど、こういう時味方だとすごく頼もしい気がするのはなぜだろう」とささやきあった。

「で…結局どうするのよ!」

じれたようにつぐみが口を開いた。やはり格好が気になるのかモジモジしている。
まだ吹っ切れてはいないようだ。しかし、敵軍では武がよりにもよって優&空と一緒なのだ。行かないわけにはいかない。つぐみにとっては囚われているのは秋香菜ではなく武の方なのだ。

「それじゃあ、裏口から進入しよう!……安直かな?」
「問題ないでござろう。先に他の忍者たちの様子をみて進入すれば安全でござろう」

沙羅がホクトの提案に同意した。

「いや、他の参加者と行動するのはむしろ危険だ」

桑古木はどこまでも慎重だった。しかし、アレもダメ、コレもダメでは埒があかない。

「じゃあどうするのよ?」
「二手にわかれて左右から、しかも時間差をつけて進入だ」
「でも、それじゃあやっぱり罠が…」
「いや、優は俺たち以外を一網打尽にする策を考えているはずだ」

桑古木が言い切る。おそらく優のことを最も熟知している彼の発言には17年間の重みがある。

「なっきゅが…どうして?」
「あいつは好きな食べ物は最後に残しておくタイプ…いや、独り占めするタイプだからな」
「どういうこと?」
「俺たち以外の忍者と優たち以外の侍役スタッフを全滅させてからが、アイツのお楽しみってわけだ」

だんだんと話が複雑になってきた。

「つまり、他の参加者が全滅するまでは、おそらく俺たちは安全だってことだ」
「そうなの?」
「もとから仕掛けてある罠にだけ気をつければいい」

桑古木が説明した優(春)の行動パターンは、奇妙なな説得力がある。
そして、突入作戦が決定された。結局は単純明快“俺たちなら大丈夫、虎穴に入らずんば虎児を得ず”である。

そして、戦いの幕があがったのである。





【第五幕:細工は流々…】

「春香菜さん、この暗幕やロープって一体どうするんですか?」

空が足元に置かれた物を目で示した。たったいま、春香奈の指示で城の蔵から探し出してきた道具だ。
手裏剣村のように博物館としての側面を併せ持つテーマパークでは、必須の備品である。

「ふふふ…言ったでしょう、空。まずはこの城の実権をいただくってね」

天守閣の奥座敷に腰を下ろし、ひじ立てに右腕を預ける優…
まるでその場所がはじめから彼女の玉座であったかのような風格である。

「暗幕とロープで…ですか?」
「そうよ、それで邪魔者を一掃するのよ…ふふふ」

邪悪に笑う主から十分な答えが得られなかった空は、もう一人の青年侍に疑問の視線を投げかけた。

「まず、雑兵どもを始末するのだよ。あちら側も…そして、こちら側もな…」

武は天井近くに取り付けられたモニターで城内にいる侍と忍者の数を確認しながら茜ヶ崎くんの問いにあいまいに答える。
モニターには侵入者の数値が増え続けている。本来なら誰がどこにいるのかも確認したいところだが、それは贅沢というものだろう。もともと忍者たちのうち一人でも姫を助けだすことができれば、勝利が決定し、その勝敗は始めから決定しているのだ。数字のみでスタッフがその後の対応を調節すればよい。

「あの…倉成先生、それではわかりかねます」

空が耐え切れず訴える。「仲間はずれは嫌です」と瞳で訴える。

「茜ヶ崎くん、要するにつぐみたち以外には早々にリタイアしてもらうのだよ」
「そう、ホームとアウェーでホームが有利なのは地の利があること」

優しい倉成先生はまだ本作戦の意図を理解できないでいる生徒に語りかけた。
優も武の後に続いて戦いの理を説明する。まるで教育番組のひとコマのようだ。

「しかし、この分類を“俺たち”と“その他”に変更し…」
「“私たち”が圧倒的有利な状況を作るわけよ。私たち以外にはご退場いただくためにね」
「くっくっく」
「ふっふっふ」
「「はーっはっはっは」」

更にハイテンションになってゆく二人を前にして空は「いいのでしょうか?」と思った。
とにかく、作戦の意味は理解できたようだった。



【第六幕:プロのくノ一?】

「どうやらあちこちで戦いが始まってるみたいね」
「本来、見つかったら逃げるのが忍者でござるがな…」

城内に侵入し壁の奥から聞こえる気合や怒号を聞きながら二人のくノ一は城内に侵入した。単なる城ではなく抜け道や隠し通路があるとスタッフが言っていただけあってあって、通常の部屋は静まり返っている。戦いは隠し通路内で始まっているらしい。音の数から察するにこちら側はどうやら参加者の忍者もスタッフの侍も少ないようだ。
つぐみにとってそれはありがたいことであった。なにしろくノ一のコスチュームは恥ずかしすぎる。人数の少なさと沙羅が一緒なのがせめてもの救いである。

「とにかく、罠に注意して進みましょう」
「御意」

母娘くの一が足を踏み出したとき、左右の壁がくるりと回転し、二人の侍が襲ってきた…が

シュッ!(めりめり)……ドゴォ!

空気も震えんばかりの衝撃が侍のみぞおちをえぐり、打撃音が数秒遅れてきこえた。敵の侍は二人だったが、音はナゼか一つしかしなかった…と思う。

「まったく、プロをなめんじゃないってのよ…」
「さ…さすが母上」

こともなげに言い放ち、振り返ることなく歩を進める母に沙羅は驚愕と尊敬のいりまじった表情でコメントした。彼女は望まずして忍ぶ生活を続けてきたのだ。

「ライプリヒから逃げ回ってた頃にくらべればお遊びね…」

悲しみの表情で忌まわしき過去をほんの少しだけ懐かしむようにつぶやくつぐみ…実際にはお遊びなのだが、最愛の夫が絡むと彼女にとってそれは“聖戦”となる。かたわらの娘へ先ほどとは違い慈愛をたたえた微笑を投げかけ、自嘲とも喜びともつかない言葉をかける。

「沙羅…あなたが、忍者にあこがれるなんてね。複雑な気分だわ…」
「母上…」

沙羅は実際に忍者のような生活を送ってきた母親の顔を見上げやりきれない気持ちになる。ひどい生活を送ってきたのは自分も同じだが、愛する武も死に、子供達に会うこともできなかった母親気持ちは痛いほど伝わってくる。
表情に出てきたのだろう、娘の目に涙がたまらないうちにつぐみはことさら元気な声を出して娘くの一を叱咤した。

「さあ!そんな顔してないで沙羅…先に進むわよ!武を助けましょう」
「ははっ!」

母親の励ましの理由を理解した沙羅は同じように元気な声で答えた。きっと今頃は桑古木たちも進入を果たしているだろう。
しかし、助けるべき倉成武は完全に敵の侍役になりきっていることをまだ二人のくノ一母娘は知らない…。




【第七幕:死闘】

「くっ…」
「危ない!桑古木さんっ」
「…このぉ…でりゃあーっ」

竹光の忍者刀で侍役のスタッフを切り捨てた。桑古木は大きく息を吐き肩を並べてホクトに話しかける。

「ホクト…どうやらこっちは激戦区みたいだな」
「そうだね」

桑古木とホクトはつぐみ&沙羅とは反対から城内に進入したのだが、侍役のスタッフが出てくる出てくる。スタッフからしてみれば適当に数を減らしておけば後々、人数を調節しやすいという打算から、大部隊による各個撃破をねらっていたのだが、桑古木とホクトにそれがわかるはずもない。
侍達はますます増加してゆく…

「おい!こいつら手ごわいぞ…」
「あの女の連れだったな…後々のためにも早めにリタイア願おうか」
「であえであえ!」

侍たちの言う“あの女”が誰を指すのかはすぐに理解できたが、やはりよい印象を持たれてはいないようだ。しかし、プロのスタッフとしてあくまでアトラクションのルールにおいて闘おうとする姿勢は立派だと桑古木は思った。
侍達は予想以上の身のこなしを見せる二人の参加者に襲いかかる。

「ちくしょう……まったく、優の奴…」
「桑古木さん…僕たちは安全じゃなかったの?」

物量策で攻め立てる侍の初太刀をうけとめた桑古木が毒づき、ホクトは予定外の事態に不満を漏らす。本来は優(春)たちがじきじきに何らかのちょっかいを出してくると予想していたのだ。周りを侍に囲まれるといった今の状況は全くの予定外である。

「くそ!読み違えたか」
「そんな!」

忌々しげにはきすてる桑古木に落胆の声をあげるホクト。

「涼ちゃーん、ホクたーん、がんばって〜♪」
「おう」
「うん」

桑古木とホクトの後ろにはココがいる。忍犬ピピを連れているこの少女くノ一は今の状況がわかっているやらいないやら…

「とにかく、この状況を何とかしなきゃな…」
「何とかって…どうやって?」

ジリジリと交替する桑古木とホクト、今もまだ敵の数は増え続けているようだ。

  バサッ!!

周囲の状況が変化した!





【第八幕:お楽しみはここからだ!】

「なるほど…暗幕で城内を真っ暗にするわけですね」

全てを理解した空が感心したようにつぶやいた。今、天守閣の屋根からありったけの暗幕を東西南北すべての方向に垂らしてある。階下では、全ての窓から光が遮断されたはずだ。もちろん電気系統も掌握済みである。

「そう、暗闇のなかでは赤外線視力をもっている皆なら楽勝でしょ」
「理解したかね、茜ヶ崎くん」

得意げに笑う芸人コンビ…だが空が異論を唱えた。

「でも、それではお侍は不利ですが、他の忍者さんたちはどうするんです?」

もっともである。侍役のスタッフを無力化したところで、他の忍者達を始末する役がいなくては、成功とはいえない。まあ、城の実権を掌握することには成功したわけだが…

「それも考えてあるわ…」
「すでに、ヤツが向かっているのだよ、茜ヶ崎くん」
「ヤツ…?」

空は首をかしげた。理解できない。「やっぱり私には権謀術数をめぐらせる機能はないのでしょうか」などと考えていると…

「じゃあ優、俺も行ってくるよ」
「気をつけて!倉成、あなたはまだキュレイになりきってないんだからね」

武が出陣の意思を表明し、優が気遣いの言葉を投げかける。
倉成武はつぐみのキュレイウイルスを接種してから17年間ハイバネーションされていたため、まだ完全に体の細胞が変化しきっていない。そのため赤外線視力も不完全である。今の城内では彼の妻や子供達ほど自由に動き回ることはできまい。たとえ負けることが決まっていたとしても、暗闇でポカリ!では盛り上がりに欠ける。

「まあ、なんとかなるだろ…俺は死なない…なんてな」
「そうね…思いっきり派手にやられてきなさい」
「まかしとけ!」

竹光と芸人魂のみを携え倉成武は、階下の暗闇に消えていった。

「行ったったわね…」
「はい…」

自らの腹心を戦場に送り出した優は感慨深げにつぶやいた。もう、彼は帰ってこないのだ。そして、自分も…

「ふっ…あの世で会いましょう、倉成…」
「え、ええと…あの、さきほどの“ヤツ”とは誰ですか?」

役になりきっている優に、どう対処していいかわからなくなった空は、疑問を投げかけることで“こっち側”に帰ってきてもらうことにした。

「この場からいなくなっている人間がもう一人いるでしょ?」
「え?」

水を差された優は少し不満げに空に答えてやった。

「ヒマだって言うから臨時で仲間にしてあげたのよ、ふふふ」

思い至り空は部屋の隅を確認したが…
そこには脱ぎ捨てられた、“姫”の着物と解かれた縄があるだけだった。




【第九幕:そして彼らだけになった】

「ココ!ホクト!無事か?」
「ほほ〜い」
「うん」

突然窓からの光が届かなくなり、周囲が闇に覆われたが、赤外線視力をもつ彼らにとって敵の位置を確認するだけならば充分である。
ホクトは桑古木の呼びかけに答えながら手際よくスタッフの侍を斬り捨ててゆく。おそらく優(春)の仕業だろう。桑古木の言うとおりの展開になってきている。
あらかたの侍をかたずけたホクトと桑古木は先に進むべく、武と同じく赤外線視力の不完全なココと手をつないで奥の部屋に進もうとした。

「ふー、助かったわ」
「お強いですねーあなた方…」
「暗闇であれほど動けるとは本物の忍者みたいだな」
「目がいいんだな」

物影からいくつかの人影が出てくる。桑古木とホクトは目を凝らして確認する…どうやら敵ではないようだ。おそらく暗闇で動くのは得策ではないと判断して隠れていた他の忍者たちだろう。

「これから先へ進むんですよね?」
「ご一緒してよろしいですか?」
「なにせ、こう暗くては…」
「何にせよ、凝ったイベント展開だなあ」

優(春)&武の悪ふざけも参加者側からは評判が悪くないようだ。
桑古木たちは苦笑しながら一団を率いて上の階に進もうとした……その時!

シュッ、ズバッ!

「痛っ」
「んがっ」

何者かに二人の同行者が斬って倒された。

「「何ィ!」」

さすがに驚くホクトと桑古木。謎の刺客は続けざまにもう一人切り捨てると、口を開いた。

「腐腐腐腐腐…」

謎の刺客は暗闇の中で笑った。どうやら覆面をしているらしく、くぐもった声である。

「私を…いや、姫を助けに来るのは一人でいい」

覆面の刺客はゆっくりと竹光を構え直す。と同時に殺気が立ち昇る。

「残りの雑兵に用はない……死ね!」

言い終わると同時に、踏み込んだ覆面の刺客は更に数人の忍者に迫る。
そしてアッサリと標的を切り捨てて、桑古木、ホクト、ココと対峙した。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

暗闇の中から、声や足音さえも姿を消した。かすかな呼吸音とお互いの鼓動音だけが聞こえてくるようだ。気まずさが辺りを支配する。

「・・・・・・・・・・・なあ、秋香菜?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

やっとひねり出した桑古木の呼びかけに覆面の刺客は答えない。ただ沈黙を守るのみである。

「・・・・・・お前、姫じゃなかったのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・ふっ(嘲笑)」

秋香菜は…いや、謎の覆面刺客はやっと桑古木の問いかけに反応を示した。
しかし、彼の質問を無視し、竹光を正眼に構えることで答えた。またしても膨れ上がる殺気が桑古木を圧倒する。

「桑…もとい、名も知れぬ下忍よ…貴様にも用はない。この妖刀・苦麗無威のサビにしてくれよう…」
「ちょっと待て!って、うぎゃあぁ〜、竹光がサビるかああぁあ〜!」
「問答無用!」

恐怖のあまりワケのわからんツッコミを入れながら桑古木は脱兎のごとく逃げ出した。
逃げた桑古木を追いかけて覆面の刺客がホクトのすぐ横を走り抜ける。「天守閣で待ってるから、がんばって姫を助け出してねン♪」と言い残して…

「ココちゃん…行こうか」
「うん♪」

暗闇の奥に遠ざかってゆく桑古木の悲鳴を聞きながらホクトはココと一緒に天守閣に向かった。途中…

「さすがなっきゅの娘っこだね、ホクたん!助けられてばっかりの桃のお姫さまとは一味ちがうよ」

ココの何気ない一言は少年の心に言いようのない感情をもたらした。

「そ…そうだね(そういえば…なんで優は暗闇で普通に動けるんだろう???)」
「ねーすごいよね〜」

少年は恋人が過去にくぐりぬけてきた修羅場を知らない…




【第十幕:漢の中の漢】

「母上…なにも起こらないでござるな」
「そうね…」

いきなり城の中が暗闇に覆われたときは驚いたが、赤外線視力を持っている彼女たちにはたいした障害にはなりえない。それにどうやらつぐみと沙羅の進んでいるルートにはほとんど敵がいないようだ。
それもそのはず、実はほとんどの侍は桑古木とホクトとの闘いに駆り出され、ほぼ全滅している。そして残りの侍は今なお桑古木を追いかける謎の覆面刺客によって、行きがけの駄賃とばかりに辻斬りにあっているのだ。
沙羅はちょっぴり退屈である。

「もうすぐ天守閣に到着してしまうでござる、ニンニン」
「待って沙羅!誰かいるわ!」

上の階へとつづく階段に駆け寄ろうとする沙羅に、つぐみは静止の声をかけた。
階段の影にひそんでいる人影に気づいたのだ。

「くっくっく…よくぞここまでたどりついたな」

人影が動き出した。ゆっくりと二人のくの一の前に姿を見せる。
沙羅は背中の忍者刀を引き抜き身構えた。つぐみは沙羅の後方数メートルの位置にいる。つぐみがやってくるまでは自分自身の手で身を守らなくてはならない。

「何者でござるっ?」
「くっくっく……貴様に名乗る名などないわ」

人影はあざ笑うように沙羅と暗闇で対峙した。沙羅の頬を一筋の汗が流れ落ちる…「先に動けば、殺られる…」
つぐみがゆっくりと両者に近づいてくる。

「沙羅…“何者?”って明らかに武の声じゃないの」
「バカ!盛り上がってんだから余計な水を差すんじゃねえよ!」
「然り!」

つぐみはあきれたように「似たもの親子…」と小さくつぶやいた。どうやら見守ることにしたようだ。武が優や空とよろしくやっていたわけではなかったので安心したのだろう。娘とたわむれる夫を見物するのも一興である。
沙羅はいかにも“らしい”構えで敵となった父に油断無く注意を払う。武は娘を気遣ってか羽織と腰に帯びていた竹光を部屋の端に放り投げた。

「科学忍法の真髄みせてやるでござるよ、ニンニン」
「片腹いたいわ、貴様ごときに得物はいらぬ。この拳にて返り討ちにしてくれるぞ、未熟者!」

ゆっくりと互いを牽制しあうように間合いを詰める父娘…。そして見守るつぐみ…

「(そういえば武って赤外線視力がまだ不完全だったわね)」

そう思いだしたつぐみは今度は二人のじゃれあいを盛り上がりやすくしてあげようと、夫と娘のそばにある暗幕のかかった窓に向かい…そして力いっぱい天守閣から垂れ下がっている暗幕を引きおろした。
そして、部屋の中に光が満ちる…と同時に

「ぐぶぁ!」
「父上!」

武が顔をおさえてのけぞった。指の間からはとめどなく赤い液体が滴り落ちていた。

「武!どうしたの…?」
「む!…こ、これは…」

突然の事態に驚いて駆け寄るつぐみと、おののく沙羅。武は「もはやこれまで」と悟ったのだろう。妻と娘から距離をとり、右の拳を天高く突き上げ、天を仰ぐ。
その表情はまさに“漢の中の漢”!

「わが生涯に一片の悔いなし!!」

窓から差し込んでくる光に照らされながら最後の言葉を残した武はそのまま倒れていった。つぐみは慌てて抱きとめる。武はぐったりとして動かない。だがその表情は決して敗者のものではなかった。それは彼の言葉どおり「何の悔いもない」満ち足りた表情であった。

「武!武ぃ!」
「父上……そなたの事は決して…忘れないでござる」

涙を流しながら腕の中の夫を抱き閉め揺さぶるつぐみと両目をきつく閉じ拳を握り締める沙羅。
最愛の夫が床を血で染め、倒れ臥したのだ、正気を保つことがつぐみにできようか!

「沙羅!これはどういうことなのかしら?」

つぐみは目を充血させて、隣の娘に尋ねた。少なくとも今の自分よりは沙羅の方が冷静だと判断したのだろう。
母親とは対照的に倒れた父親にしがみつき、任務への決意を新たにしていた沙羅は今度は母親に向き直る。

「そうでござるなあ、きっとイキナリ母上と拙者のくノ一姿を至近距離で見て、鼻血を出したのでござろう、ニンニン」
「な!!!???」

つぐみは言葉もなかった。確かに今の今まで暗闇であったし、敵も出てこなかったからすっかり自分の格好を忘れていた。
「もしや新種のティーフ・ブラウでは?」とまで考えたのだ。それに比べあまりにもくだらなく恥ずかしい理由に顔を真っ赤にしたつぐみは抱えていた芸人魂豊かな夫の体を床にほうり捨てた。

「痛っ」
「もう!心配したんだから…このバカァ!」

死んだ(ふりをしていた)ハズの武だったがつい声が出た。つぐみは喜びと怒りが同居した奇妙な泣き笑いの表情になると、武の死体(ということになっている)を攻撃し始めた。

「エッチ!このっ!このっ!このっ!」
「いて…いて…いてて…せっかくカッコよくキメたのに…」

喧嘩しだしたのかいちゃつき始めたのかわからない状況になったので沙羅はしばらく両親から距離を置いた。
「母上のくノ一姿の威力はすごいでござるなあ」とかどうでもいいことを考えながら沙羅はとりあえず欠伸をしてみた。

「このっ!このっ!このぉ!」
「痛い!痛いって!…いい加減にしろ!…気持ちよくなってきたらどうする!」

倉成夫妻の愛情表現はもうしばらく続く…
こうして、芸人コンビの片割れは、当初の予定より(かなり)お粗末な死(ということになっている)を迎えた。



【第十一幕:合流…そして】

ついに、ホクトとココは姫がとらわれているであろう天守閣(なにしろ姫から直接聞いた)へと登ろうと階段に足をかけたところだった。

「あ…マヨちゃんだ!ほ〜い、マっヨちゃ〜んっ」

ココが手をぶんぶんと振りながら大声をあげたのでホクトはその方向に目を向けた。
向こうから妹がやってくる。

「沙羅!無事だったんだね」
「兄上!無事でござったか?何より何より」

兄妹は互いの再開を喜んだが、どちらにも同行者が減っていることに気づく。

「沙羅、お母さんは?リタイア?」
「兄上こそ…桑古木殿は?罠にかかったのでござるか?」

兄と妹はそれぞれの問いかけに答える。

「ママはパパの鼻血が止まらなくなったから下の階で膝枕してる」
「鼻血?…あ、え〜と、桑古木さんは、リタイアしてる……たぶん今頃は」
「たぶん?」

双方の返答には少々腑に落ちないところがあったが双子と犬使いの忍者は気を取り直して天守閣へ登っていった。
(きっと姫も戻ってきているだろう)


【第十二幕:決戦】

「ここまで登ってくるとはな、ふっふっふ…ほめてやろう」

お約束っぽいセリフで忍者達を出迎えたのは優(春)であった。
片ひざを立てて座り、ひじ立てに腕を乗せ頬杖をつきながら、ゆったりと話すその貫禄はまさしく王者の風格である。

「ふっ!貴様も年貢の納め時でござる。城内の侍は全て片付けたでござる」
「・・・・・・・・・」

沙羅が負けじと叫ぶ。ホクトは「蛙の子は蛙、芸人の子は芸人か…」と思った。自分のことはこの際無視である。

「くっくっく、雑兵どもを倒したくらいでいい気になるなよ、小娘が…」
「何っ?」

優(春)と沙羅のやりとりはまだ続く。ノリ遅れたホクトはでる幕無しだ。ココはわくわくしながら経過を見守っている。

「うつけ者め!こちらに人質がいるのを忘れたか?」
「・・・・・・くっ」

隣の部屋から縛り直された秋香奈が空に連れられてきた。

「優!」
「なっきゅ殿!」
「動くな!」

慌てふためく双子を牽制し、扇子を広げて口元を隠し「くっくっ」と笑う優。

「なっきゅ殿を放せ!」

沙羅が言い放ったが優(春)は涼しげに反論する。

「バカめ!やすやすと人質をかえすと思うか?」
「うぬぬぬ」

身動きの取れない沙羅とホクト。そして優(春)は楽しげにとんでもない事を口にした。

「そうだな…お前たち!兄妹で殺しあえ」
「な?」
「そんな…」

まさかこういった展開は予想していなかったホクトと沙羅は絶句する。

「ホクト!マヨ!兄妹で争うなんて、私…耐えられない。わたしに構わず悪を倒して!」

叫ぶ秋香菜。健気なヒロインになりきっているのだろうか。
しかし、ホクトの答えは…

「で…できないよ」
「いいのよホクト!どうせあなた達が始末されれば次は私の番…闘ってホクト!」

涙まで流して、自らを助けに来てくれた忍者たちに訴える。
うつむいていたホクトは迷いを断ち切るように顔を上げた。所詮はお遊びだ。

「わかったよ…優!僕は闘う!」

決意表明の言葉を発するホクト…秋香菜姫の反応は…

「ひどい!ホクト…恋人の私より妹のマヨを選ぶのね?」
「どないせーっちゅーんですか?」

愛を試されるにはあまりにもヘヴィな状況に追い込まれたホクトは意地悪な恋人に突っ込む。

「ないすつっこみです」

空が褒めてくれた。田中母娘は楽しそうにホクトの反応を見守っていたが、次に口を開いたのは沙羅であった。
手にはクナイが握られている。

「兄上…なっきゅ姫と幸せになってくだされ」

涙目になってそういい残すと沙羅は自らの胸をつらぬきその場に倒れた。

「え〜と、あ!さ、沙羅あぁ〜〜〜」

どのようにリアクションしてよいかわからなくなったホクトだったが、今が盛り上がるところだとは理解したのだろう。兄と姫の幸せのために自害して果てた妹を抱き起こし、言葉をかける。

「沙羅…ゴメン、ゴメンね」
「あ、兄上…拙者、以前から兄上の事を…(ガクッ)」

息絶える沙羅。ホクトは妹の屍(のふり)を優しく横たえると優(春)に向き直る。優(春)はおもしろそうに笑みを浮かべたままだ。

「ふっ、少々予定は狂ったが、これで貴様一人になったな」
「許さない…」
「ほう…どう許さないのかな?」

ホクトは心の底から声をだした(つもりだった)が、優(春)は余裕の表情を崩さない。

「お前を倒す!」
「よかろう、貴様も冥土に送ってやろう、そこの小娘のようにな…」

優(春)が余裕たっぷりに立ち上がった。ホクトは弾かれたように身を起こし拳を握りしめて、構える。すでに優(春)はホクトの目には“敵”としか写らない…とホクトは思うことにした。

「そこの、小娘だと?…沙羅のことか?」

怒りで震える拳を理性で押さえつけ、ゆっくりと声を吐き出す。

「沙羅のコトかーーーっ」

感情の赴くまま、踏み込み攻撃するつもりだ。優(春)が狙ったカウンターの蹴り(袴姿だというのに)をめがけて、ホクトは構わず拳を打ち込む。

 ガシィッ!!

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

「うぐおおおああああ!?なああにィィイイイッ!」

しばらくの膠着の後、悲鳴を上げたのは優(春)の方だった。

「ば…ばかなッ!……こ…このYOUが………このYOUがァァァーーーーーっ」」

(衣装に仕込んでいたのだろう)血糊をまきちらしながら優(春)が絶叫した。
驚愕の表情を浮かべながら背筋をそらし、臨場感たっぷりと、そして見ている者を焦らすように優(春)はゆっくりと後ろに倒れていった。
さらに床にたまった血だまりに空がドライアイスを放り込み、優(春)の体が白煙にかくされる。
ドライアイスが気化しきった後、そこには優(春)の遺体はなかった。まるで白煙とともに霧散してしまったかの様に…

「勝った…」

ホクトが大きく息を吐いた。まさか、最後のキメを自分が演じることになるとは思いもよらなかったのだ。

「ホクト…勝ったのね」

秋香菜姫が祝福の言葉とともに抱きついてきた。空が縄を解いたのだろう。

「ありがとう…ホクト。私のために闘ってくれたのね」
「う、うん」

まだ何か釈然としないところはあったが、とりあえずハッピーエンドである。そのようにまとまりつつある展開に「これ以上変化をもたせることもあるまい」と思ったホクトは素直に秋香菜姫の祝福の抱擁を受け入れた。ラスボスに変身されてはかなわない。
かたわらでは空が記念写真を撮ろうとカメラを用意していた。

「あ…兄上…拙者、ちょっぴり後悔でござる」

背後で聞こえた声はこの際無視だ…
空がカメラをかまえる。

「はーい、いきますよ」

パシャ!



【終幕:今度はいつ?】

「にゃははははははは、面白かったね♪」
「そうですね」

ココと空、今回ほぼ傍観者に徹していた天然コンビが感想を述べた。

「結構いいこともあったしな、なあ、つぐみ」
「………ばか」

鼻血の止まった武が隣の妻に肯定を求め、話を振られたつぐみはそっぽを向いた。

「なかなかやるわね、ホクトくん。これなら秋香菜を嫁にあげてもいいかしら…」
「え、え〜と、その…どうも」

ホクトの渾身のパンチを食らったというのに優(春)はケロリとしている。
やはり、両親やその友人達との壁は厚い。ホクトは今更ながらに実感していた。

「でも、やっぱり俺は不幸な役回りなんだな…」
「なによ〜手加減してあげたでしょ〜」

いじける桑古木に秋香菜がより不満そうな声をかけた。
彼は秋香菜に追い回されたあげく、城の外に縛られて放置されていたのだ。決着後、ココが「涼ちゃんは〜?」といわなければいつまで放置されていたことだろうか?そして、彼の不在に気づいてくれたのはココであるという事実が、彼を更なる深みへと誘うのである。

「お、おつかれ様でした」

手裏剣村のスタッフが一同のもとにやってくる。笑顔ではあるが口元が引きつっているのは気のせいではあるまい。

「あ…やっぱり、やりすぎましたか?」
「い、いえ、お気になさらず…」

ホクトがスタッフにおそるおそる聞いてみると、意外に寛大な返事がかえってきた。
安心してホクトは緊張の糸を緩めた。

「よかった、おどかさないで下さいよ。怖い顔してたから…」
「いやね…」

スタッフが続ける…

「ここまで盛りあがったお客さんはあなた達が初めてですよ…」

スタッフが発した尊敬と畏敬と呆れを含んだ言葉を聞き…一同は手裏剣村のお出かけが成功であったことをかみ締めた。
沙羅はこれ以上ないほどの笑顔でこう言った。

「ねぇ!今度はいつ来ようか?」

余談だが、イベントを異常なまで楽しみつくした彼らの名は手裏剣村に長く語りつがれることになる。










あとがき

またまた、長くなりました。
そしてまた何のテーマもないドタバタ騒ぎです。
更にこの『手裏剣村へ行こう』はもっと長く濃いネタだったんです。このままではダメだと思って修正しました。
その名残で各所に有名漫画のシーンが織り込まれています。うろ覚えだったりしますが…

そして勝手な解釈で作っていしまいました。春香菜たちにも赤外線視力があって、たけぴょんとココはハイバネーションのためキュレイになりきっていなくて、この時点では赤外線視力が不完全だとか…

それと執筆中に思ったのですが、今回は特に自分の語彙力、表現力の無さを痛感しました。
こんな文章を読んでくださってありがとうございます。もっと精進しますので気が向いたらまた読んでやってください。

雪だるま


/ TOP  / BBS / 感想BBS








SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送