注意:この文章は全て作者と沙羅の主観的な印象&記述によるものという設定ですので、他キャラの印象に少し違和感を覚えるかもしれません。 <沙羅による記述> 武 → 父上 つぐみ → 母上 ホクト → 兄上 優(秋)→ なっきゅ殿 沙羅 → 拙者 桑古木 → 桑古木殿 優(春)→ 春香菜殿、田中先生 空 → 空殿 一部例外あり |
マヨちゃんの忍者日記 弐ノ巻 雪だるま |
○月×日 本日は休日でござる。しかし兄上の姿が見えないでござる。おそらくなっきゅ殿とデートでござろう。拙者が休日の朝寝を楽しんでいるうちに抜け出したみたいでござる。前日からデートのそぶりをみせぬとは成長したでござるな、兄上…拙者はうれし…いや、悲しいでござるよ… ならば父上と母上を独り占め…と思ったでござるが…母上が 「沙羅…耳かきってどこにおいてたっけ?」 と拙者に尋ねてきたでござる。まったく、やれやれでござるな。拙者は耳かきのありかを母上に教えた後、♪マークをまき散らしながら居間(大きいソファがあるのでござる)にスキップしてゆく母上の背中を見送って、屋敷をあとにしたでござる。今日は、母上に父上を独り占めにさせてやるでござる。我ながら拙者…できた娘でござるなあ、ニンニン。 今頃は耳掃除交替してるんだろうなーとか考えながら、インターホンを押す。 「こんにちはー」 「はい、いらっしゃい。沙羅ちゃん」 結局、春香菜殿のところにやってきたのでござる。もし、春香菜殿が忙しかったらどうしよう、と不安ではござったが杞憂であった。どうやら春香菜殿も今日はお休みらしいでござる。よかったよかった。 ちょうど春香菜殿も“あの方”をいじめて退屈しのぎをしようとしたら逃げられて、暇をもてあましていたらしいでござる。 拙者、春香菜殿と話をするのは誠に楽しい。かなわない恋心を抱き続ける者どうし気が合うのでござろうか? 紅茶とケーキをごちそうになり他愛のないおしゃべりでゆったりとした時間をすごす…こういった時間は何を話したか覚えていなくて、ただ“楽しかった”という印象だけが残る、何故でござろうか? 本日もその例にもれず大半がつつがなくすぎる時間でござった…が、いつしか話題は、「本日、父上と母上がどうしているか?」という春香菜殿の質問から妙な方向へむかったでござる。 「そ、そう…耳かきをね…」 「ええ、お邪魔虫は退散してきたんです」 「ふっ、私たちがさみしく女同士で休日を過ごしてるっていうのに、今頃はうふんあはん♪とヨロシクやってるワケね」 「いや…そこまでは…」 「年頃の娘に気を使わせるなんて…まったく」 春香菜どのはやれやれという様に眉間にシワをよせた。知的な美貌が呆れにゆがむ…まったく絵になるお方でござるなあ。 「それにしても17年前…私たちがLeMUに閉じ込められた時は、まさか倉成とつぐみが結婚するなんて思ってもみなかったわよ」 「え?そうなんですか?」 「うん、BWから計画を聞いたときはものすごく驚いたわよ」 「わたしは、ずっとバカップル…いや、ラブラブだったのかと…」 兄上はBW発現時に全てを理解したでござろうが拙者はそうではない。意外な事実に驚いたでござる。 「沙羅ちゃん達の時につぐみが桑古木にとった態度…ほどじゃないけど、結構キツかったのよあの頃のつぐみは…」 「へー」 拙者は素直に感心したでござる。すると突然、春香菜殿のカップを持つ手に異常に力がはいったでござる。カップはわなわなと揺れ、紅茶の雫がこぼれ出したでござる。 「私の知らないところで、うまく倉成をタラシこんでたみたいだけど…」 「え、あー、えっと、きっとママは田中先生と真っ向勝負では勝ち目がないと思ったんですよ」 春香菜殿が少し不機嫌になりそうだったので慌ててフォローしたでござる。春香菜殿は「ふふっ」と笑うと何事もなかったかのように穏やかな表情になり、カップをソーサーに戻した。 「いいのよ、気を使わなくて…」 「冗談だったでござるか?」 やはりこのお方は奥が深いでござる。春香菜殿は拙者の質問に答えず、話を続けたでござる。 「でも、ホントに倉成とつぐみがくっつくなんて思いもよらなかったわよ…あの頃は…」 「(以前は他人の目を気にしていたんだなあ)」 一応、春香菜殿のことを考え口に出さないでおいた。 そして、以前を思い出しているのでござろうか…春香菜殿はしみじみとした口調になったでござる。 「まさか、あの倉成とつぐみがねえ…」 「そんなに意外だったんですか?」 「そうね…結構、衝突してたみたいだし…」 「信じられない…パパにからかわれて照れ隠しでケンカするくらいだと思ってた」 拙者がそう言うと春香菜殿は微笑なされた。 「ホント、信じられないわね」 「どうしてくっついたんでしょうね?」 拙者が疑問を口にすると春香菜殿は 「よっぽどうまく飼い慣らしたんでしょうね…」 と言って笑った、拙者も「そうですねー」と答えて一緒に大いに笑ったでござる。 愉快なひと時であった、ニンニン。 「ただいまー」 「おう、おかえり、沙羅。ちょうどよかったチャミにごはん…」 「???」 帰宅すると、居間のソファで母上が父上の膝枕で居眠りしていたでござる。 チャミ殿がご飯をねだって母上の顔の近くをチョコマカと動いて空腹をアピールしていたでござざる。 …やれやれ。拙者はチャミ殿にあたらしいヒマワリの種を用意してあげながら苦笑したでござる。 それにしても、父上は拙者が出かけたときからずっと枕になっていたのでござろうか。 「父上、一体いつから?」 「沙羅が出かけてから耳掃除してやってたら、眠っちまいやがってさ」 「起こせばいいのに…」 「そんな恐ろしいコトできるか?」 なんと寝起きのわるい母上を刺激しないように、父上はずっと枕になっていたのでござった。 「もうすぐ、晩御飯だからな。枕、交替してくれ」 「わかったでござる」 母上の頭が上下しないように、支えながら父上はゆっくりと足を抜き取り、入れ違いに拙者が母上の頭の下にふとももを入れる。 こうして拙者は父上から名誉ある“母上の枕”の役を引き継いだでござる。 そして…父上が晩御飯を作り終える頃… 「武のご飯は美味しいからね…楽しみだわ」 拙者の膝の上で母上が目を覚ました? 「ママ、起きたの?」 「ええ、沙羅の膝枕…気持ちよかったわよ」 母上はいたずらが見つかった子供のような顔でござった。 声が聞こえたのか、父上が台所から顔を出したでござる。 「お、眠り姫がめざめたか?」 「私、いつの間に寝てたのかしら…」 「耳掃除してやってる最中に寝ちまったんだよ…」 「…ありがと、武は気がきくわね」 「…ったく、ぬけぬけと…」 父上は苦笑したが、母上はあっけらかんと微笑した。父上はすぐに夕餉の支度にもどられた。 枕役をお役御免になった拙者は父上を手伝うべく台所に向かおうとしたでござるが… 「いいの!沙羅…武に任せましょ?武のご飯は美味しいから…」 「!!!母上…もしや…タヌキ寝入りでござったか?」 「さあ?なんのことかしら?」 拙者が料理中の父上に聞こえないようにこっそりと膝の上の母上に尋ねると、母上は全く悪びれることなくとぼけた。 拙者は春香菜殿の言葉を思い出し、ふと疑問に思ったでござる。 さて、どちらがどちらに飼い慣らされたのでござろうか? ○月×日 演劇部って楽しそうだな…とふと思ったでござる。役を演じるとはどういう気持ちでござろうか?自分で考えても答えが出そうにないので、経験者に聞いてみることにしたでござるよ、ニンニン。 春香菜殿の研究所にやってきたでござる。学校の演劇部は人手不足のため不用意に発言すれば入部させられてしまうでござる。ここは17年間自分の娘に“田中ゆきえ”を演じきった春香菜殿という大女優にうかがってみたでござる。すると… 「演劇とは違うわね…私には娘をだまし、沙羅ちゃんたちの事を見て見ぬふりするっていうものすごい罪悪感があったから」 という答えが返ってきたでござる。拙者は自分の浅はかさが恥ずかしかったでござる。すると、春香菜殿は拙者を気遣ってくれたのか 「気にすることないわ…」 と言ってくれたでござるが拙者は春香菜殿に謝罪申し上げた。 「大変だったんですね。すみません」 「いいのよ。謝るのは私の方…長い間、つらかったわよね、ごめんなさい」 春香菜殿に謝られることはない。今の幸せな生活があるのは、春香菜どののご尽力の賜物ゆえ、いくらお礼を言っても足りないくらいでござる。 「そんな!やめてください。私たちみんな先生のこと感謝してるんです。ありがとうございます」 慌てて頭を下げる拙者に春香菜殿は少しだけ困ったような顔をしてから 「ふふふ、ありがとう」 と微笑んだでござる。やはりこのお方にはこういった表情が似合うでござる。 「田中先生の方こそつらかったでしょうね…すみません」 「そうね…あ!そうだ!つらかったのは、むしろ桑古木のしつけかしらね…」 春香菜殿は少しいたずらっぽく笑った後、おちゃらけて話し始めたでござる。 「桑古木ってば…白いご飯がたべたいんだよーっとかワガママばっかで倉成に成りきるためのタツタサンドの料理練習とか嫌がってね。ワガママ坊主を仕込むのにはずいぶんと苦労したわ。アイツは私が先走ってばかりだったって言うけどね。」 「ふーん、桑古木さんがねえ」 拙者は“倉成武”としての桑古木殿が第一印象であったため、彼の名前についてはまだ違和感がある。父上の名前も実は慣れてなくて“倉成武”って聞くとまだ桑古木殿の顔が浮かんでくるくらいである。おそろしき第一印象…父上、親不孝な娘をお許しくだされ… 「まったくあのコ、記憶なくす前は、ずいぶんと甘やかされてたのよ。絶対!」 最後にそう言って春香菜殿は苦労の原因を桑古木殿と結論づけたでござるよ。なるほど…ニンニン。 春香菜殿のもとを辞して帰宅する途中、桑古木殿に出会ったでござる。 これこそ飛んで火にいる夏の虫?ということで拙者は桑古木殿に同じことを尋ねてみたら… 「演劇なんかとは大違い!大変だったよ。何しろ自分と他人の命がけだから」 という返答でござった。片手をヒラヒラさせて(大変のポーズだったのでござろう)の返答は大変そうには感じられなかったでござるが、拙者に余計な気を使わせまいとしての故意行動であったら桑古木殿は拙者が思っている以上に懐の深いお人でござるなあ。 それと、BW計画がいかに大変でござったかをお訪ねすると、春香菜殿にはもう聞いたのかと質問に質問で返されだでござる。 一応まだということにして、“否”と答えたのござるが、すると桑古木殿は真面目な顔になって… 「優のヤツは、俺がタツタサンドを嫌がったり、ワガママばっかでしつけに苦労したとか言いやがるだろうけど、実際はブチ切れてライプリヒに殴りこみかけようとする優をなだめるのに俺はスッゲー苦労したんだぜ」 と、拙者に(特に後半を強調するように)語ったでござる。 説得力がありすぎたでござる。何しろなっきゅ殿の実の母親にして、同一の遺伝子を持つおなごでござるゆえなあ… 「まったくあの女、秋香菜を生む前は、かなりの極道者だったんだぜ。絶対!」 最後にそう言って桑古木殿は苦労の原因を春香菜殿と結論づけたでござるよ。ニンともカンとも…。 拙者は春香菜殿の言うことが正しいような気もするでござるし、桑古木殿の証言も信憑性があるでござる。 う〜む、真実はどちらにありや?なっきゅ殿の性格を考えれば桑古木殿が正しいでござるし、現在の春香菜殿の立ち振る舞いをみれば、桑古木殿の主張は育ての親に対するささやかな反抗であったとも考えられるでござる。 あの二人…一体どちらの言っていることが真実でござろうか? 結局、演劇については参考には全く参考にならなかったことに気づいたのは、日記を書いているたった今でござった。 ○月×日 本日は納涼花火大会でござる。しかし、またしても兄上に逃げられてしまったでござる。なっきゅ殿と一緒に花火見物する算段でござろう… 拙者は必ずや花火会場で兄上となっきゅ殿を探し出す所存でござった。そう、この時は… 拙者が浴衣に着替えて父上達と花火会場についたとき花火はすでに始まろうとしていたでござる。 拙者は直ちに兄上達を捕捉するべく別行動を開始したでござる。 夜店の喧騒を離れ、茂みの中から辺りをうろつくカップルたちを確認したでござる。 兄上達のデートは不埒にも…うぬぬ!不埒にも映画館やカラオケなど暗闇&密着系が多いことは前回の尾行で調査済みでござる。 早く見つけ出さねば、花火が始まってしまうでござる…と思っている内に ヒュルルルルーーーー… ドーン!!! 花火が始まってしまったでござる。仕方なく拙者は花火が終わるまでの間に兄上達を探索しようと動き出したでござる。 ガサガサと茂みを掻き分けて夜店の方を確認すると…父上と母上が並んで花火を見上げていたでござる。 涼しげな黄色の生地に朝顔をあしらった浴衣(赤い帯びのアクセントが素敵でござる)の母上は嬉しそうに花火に夢中になっていたでござるが…シンプルな紺色の浴衣を男の色気ったっぷりに胸をはだけた父上は雑踏から母上を守るように寄り添っていたでござる。しかも母上の体に触れないように、夢中になっている花火鑑賞の邪魔にならないようにと、ニクらしいポジションであった。う〜ん、罪なお人でござるなあ…我が父上ながらその男っぷりに惚れてしまうでござるよ、ニンニン。 しばしすると、そんな父上のこころづかいを知ってか知らずか、母上が夜空の花を見上げながら父上に静かに話しかけたでござる。 ヒュルルルルーーーー… ドーン!!! 「ねえ、武…」 「ん?」 「キレイね…」 「ああ、そうだな…」 「うん♪」 ヒュルルルルーーーー… ドーン!!! 「…なあ、つぐみ」 「ん?」 「お前も…キレイだぜ」 「!!!な、ななな…なにをいうのよ」 ヒュルルルルーーーー… ドーン!!! 「もちろんチャミでも、浴衣だけでもないぜ、お前が…」 「もう!……バカ」 「ほら!照れてうつむいてちゃ花火が見れないだろ」 おっと!これは、したり!拙者はお邪魔でござった。父上が照れる母上を抱き寄せながら花火を見上げ、母上が髪を結い上げた頭を父上の肩に預ける姿を確認して拙者は更に兄上の探索を続けたでござる。これ以上は見ていられないでござるよ、ニンニン。 ガサガサと更に茂みを掻き分けて神社の本殿の方にでると、ぬ!なっきゅ殿!と思いきや春香菜殿でござった。おのれ、まぎらわしい! 春香菜殿は桑古木殿と一緒でござった。この二人は仕事明けらしく、浴衣を着ていなかったでござる。うーむ、一度拝見したかったでござるが…。しかし、このご両人…二人で花火見物とは、やはりそういう仲だったのでござろうか? お!何か話しているでござるよ。 ヒュルルルルーーーー… ドーン!!! 「ねえ、桑古木…」 「ん?」 「キレイね…」 「ああ、そうだな…」 「ええ♪」 ヒュルルルルーーーー… ドーン!!! 「…なあ、優」 「なに?」 「お前みたいだな」 「!!!な、ななな…なにをいうのよ」 ヒュルルルルーーーー… ドーン!!! 「このやかましく爆発するところが…」 「…死にたいの?」 「え?…マジで怒った?小粋な冗談だったんだけど…」 ヒュルルルルーーーー… ドーン(グシャッ)!!! 花火の音と同時に何かがつぶれるような音がしたでござる。どうやら地上でも真っ赤な大輪の花が咲いたようでござるな… 花火の音の余韻で悲鳴がよく聞こえなかったでござるが、間違いないでござろう、ニンニン。 いやはや、やはりあの二人の関係はよく判らないでござるなあ…おっと!早く兄上を探し出さねば… ガサガサと更に更に茂みを掻き分けて今度は神社の鳥居の辺りまでやってきたでござる。 ん?いたでござる!今度は間違いないでござる。花火大会も終わりに近づいておる今、一刻の猶予もならぬ。はやく行かねば… 拙者の目の黒いうちは終始なっきゅ殿と一緒というのは許さんでござるよ…兄上ぇ!!! ヒュルルルルーーーー… ドーン!!! 「ねえ、ホクト…」 「なに?優」 「キレイね…」 「そうだね…」 「うん♪」 ヒュルルルルーーーー… ドーン!!! 「…ねえ、優」 「なに?」 「花火もキレイだけど…」 「私の方が断然キレイでしょ?」 ヒュルルルルーーーー… ドーン!!!パラパラパラ… 「・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・ハズした?」 拙者、真夏だというのに寒気がしたでござる。柳花火の余韻がこだまする沈黙の中で、この後兄上がどのようになっきゅ殿に答えたのかは知らないでござる。拙者いたたまれなくなって、茂みの中を移動してその場を去ったゆえ…。拙者…兄上の気持ちを考えると…ううう、なにやら泣けてきたでござる…。 来年からは兄上は拙者も誘ってくれるでござろうが…おいたわしや、兄上…もはや、なっきゅ殿が今夜どんな浴衣を着ていたのかすら拙者には思い出せないでござるよ… 本日の日記は、できれば読み返したくない結末を迎えてしまったでござる。ニンニン…トホホ。 ○月×日 本日、拙者はひるげの後に拙者ののPCを改造しようと電車を乗り継いで電気街に部品を探しにいったでござる。 すると珍しくも空殿に遭遇したでござる。 もしや、体の調子がおかしいのでござるか?いや、しかし空殿の体の部品は電気街で買えるシロモノではないはず… まあ、ここは案ずるよりも… 「空、どうしたの?」 「あら!松永さん」 直接聞いてみるに限るでござるな。空殿は拙者に振り返り、あらためて「こんにちは」と挨拶したでござる。こういうところがいかにも空殿らしいでござるなあ、ニンニン。 それと、拙者が“松永”でなく“倉成”だと訂正すると、空殿は少し寂しそうな?顔になって微笑んだでござる。いろいろと思うところがあるのでござろう。 「空、なんでこんなところにいるの?」 「…え、え〜とですね……その…」 拙者の問いかけに彼女にしては歯切れが悪かったでござる。接客業が主な仕事である空殿が、いいにくそうに言葉を濁すのは誠に面妖な。 拙者は、興味を覚えて空殿につめよった。 「何?なんなの?私に言えないことなの?」 「そういうわけではないのですが…」 空殿は往生際が悪かったでござる。空殿が隠し事をする理由を思案してみると… 1.機密事項に設定されている 2.父上関係である 根が素直で単純な空殿に関してはこの2項目しかありえまい。しかも今回の場合では… 「ふふふ、父上に関することでござるな?」 「……あ、その」 「ん〜図星でござるか〜?」 「……ち、ちがいます。そんなことありません」 目をそらした上に即答していない時点で肯定しているのと同じだというのに、なおも誤魔化そうとする空殿。可愛いお人でござるなあ。 拙者はもう少し空殿をいじめてみたくなったでござる。 「それでは、空殿とここで会ったことを報告…」 「待ってください!松永さん」 やはり、素直なお人でござる。少々、意地悪がすぎたかな?と拙者が反省していると空殿は真剣な目で拙者に懇願してきたでござる。 「あのですね…小町さんには内緒にしてくれますか?」 「どうして?」 「どうしてもです。倉成さんのご家庭にはご迷惑をおかけしないと誓いますから…」 「ぎょ、御意!」 空殿に迫力負けして拙者はつい承諾してしまったでござる。まあ、初めから空殿を困らせることが目的ではなかったゆえ構わないのでござるがな。 空殿はここには拙者の意外に知人はいないというのに声をひそめて、「秘密ですよ」と前置きしてから話し始めたでござる。 「実はですね…人探しなんです」 「人探し?」 あまりにも意外な答えに拙者が鸚鵡返しに聞き返したでござる。人探しがどうして父上に関係するのか、またどうして秘密にしておくのか疑問は尽きなかったでござる。 「この近くにですね…倉成さんのお好きな料理をつくれる方がおられるのです」 「……はあ?」 ワケがわからず拙者は我ながらかなり間の抜けた声を出したでござる。 空殿は説明の順序がまずかったと思ったのか、咳払いを一つしてからいつもの調子で話し始めたでござる。 「倉成さんはご自宅で料理をされますよね?」 「うん、ママよりもパパが作ってることの方が多いと思う…」 「はい、私もどうせそんなことだろうと思ってました」 「はあ」とため息をつく空殿…えらい言われようでござるな。まるで拙者たちが父上に依存しきっているようでござる。 …まあ、否定はできないでござるがな。 空殿は大空を仰ぎ、大げさに両手を広げて続けたでござる。うっとりとした顔でござった。 「そこで私の料理でおふくろの味に飢えている倉成さんに美味しいものを味わっていただこうと思ったんです」 「な〜るほど、それでママにこれ以上ポイント稼がれないように内緒にしておくんだね?」 「……ぶっちゃけ、そうです」 両手を広げたまま渋い顔をして空殿は自分の計画を認めた。しかし「ぶっちゃけ」って空殿も徐々に周囲に毒されて来ているでござるなあ。 「で、でも…これは純粋に倉成さんに喜んでいただこうという好意であって、倉成さんを奪おうとかそういう下心は…」 「はいはい、でもダメもとで、あわよくばってのも少しはあるんでしょ?」 拙者の冷静な指摘に空殿はしゅんとなったでござる。 「………はい、昨夜は少し想像してしまって眠れませんでした。」 「ふふっ、素直でよろしい♪」 AIである空殿の“眠れない”という感覚がどういうモノかはよくわからないが、ぜひともその“眠れない”光景をみてみたいものであるなあ、ニンニン。 「でも実際はそううまくいかないことは私にだってわかっています。だからせめて…」 「わかってるよ、空。空は優しいね♪ありがとう」 「松永さん…」 「私も手伝うから、がんばろう」 「はい!ありがとうございます」 “松永さん”を訂正する気も起こらなかったでござる。空殿はけなげにも父上のことを思い続けて、少しでも父上に幸せになってもらおうとしているのである。拙者、感動したでござる。兄上となっきゅ殿の仲を嫉妬している拙者とは大違いでござるよ。 「それで、その人はどこにいるの?」 「私の調査では、現在はこの近くで食堂を営んでおられると聞きましたが…」 「それだけ?」 「電気街にはあまり食堂が少なそうですし、すぐわかるかと思いましたが」 「実は裏通りには結構あるからね…」 「そうみたいですね…」 どうやら、空殿はさっそくいきづまっていたようでござった。 「他に手がかりはないのお店の名前とか、その人の特徴とか…」 「17年前、倉成さんにはひとなつっこいおばちゃんだと聞いておりましたが…」 「う〜ん、それだけじゃあね」 「後はクラシックカーみたいにまん丸な目と顔だとおっしゃっていましたが…」 「クラッシックカー?」 「はい♪ビートルです。ビートルおばちゃんです」 空殿の説明を聞き、拙者は狼狽したでござる。そんな顔の人がこの世にいようとは…車に詳しいなっきゅ殿に見せてもらったビートルの写真を思い出し考えたが、ビートルは到底人間の顔を、表現する例えには使えそうではござらん。 「ほんとにビートルなの?」 「はい、とにかくまん丸な目とお顔です」 それが本当ならすぐに見つかるはずでござる。拙者たちは電気街の通勤労働者ではなく地元の商店の人に手がかりを求めて裏通りに入っていった。たずねる人は選ぶべきでござる、ニンニン。 これから食堂をさがすのに食べ物屋に入るわけにもいかないので、雑貨屋さんに尋ねてみることにしたでござる。こういうお店ってお客さん少なそうだけど利益でてるのかな? 「すみませーん」 「あいよー、なにかねお嬢さん方?」 「実は…」 ビートルおばちゃんの食堂の場所ははあっさりと判明した。やはり、世の中にそれほど多い顔ではなかったわけでござる。雑貨屋さんに尋ねてみると拍子抜けするくらいに「ああ、ビートルね。くっくっく」と笑いながら納得し、地図まで書いてくれたでござる。 雑貨屋さんでお礼代わりに麺棒を買い求めたでござる。空殿が言うにはビートルおばちゃんの“みそ煮込みうどん”が絶品で父上の大好物だったそうでござる。ビートルおばちゃんが手打ちうどんを使っていたかは疑問でござるが“備えあれば憂いナシ”というでござるからな、ニンニン。 かくして拙者と空殿はビートルおばちゃんの食堂にむかったのでござった。 「こんにちはー」 「すみません」 「はれ、いらっしゃい」 目当ての食堂に入ったとたん「なるほど!」と思った。あはは、確かにビートルでござった。コンパスで描いた円のごとく見事にまん丸な顔にクリクリとした相貌…たしかにビートルとは的確な表現でござった。60歳に手も届こうかという歳だと聞いていたでござるが、歳相応のシワを顔に刻みつつも若々しく動き回っている姿は、娘盛りの頃は、さぞ美人…いや(なにしろビートルでござるゆえな)、さぞ愛嬌のある人だったに違いなかろう。 拙者は笑いそうになるのをこらえながらコトの次第を話したでござる。ひるげの時間も過ぎていたため、お客もなくゆっくりと話をすることができたでござる。拙者は詳しいことは知らないので、これまでのいきさつを少しと、拙者と空殿を紹介した程度でござったが… 「なるほどね…あのコがねえ、突然前の店に顔見せなくなったと思ってたら…」 拙者と空殿の話を聞き終えたビートルおばちゃんがまん丸な目をつむってしみじみとつぶやいたでござる。昔を懐かしんでいるのでござろう。 しかし、17年も前のことを覚えているのか気になったので訪ねてみると… 「そうさね、あのコ…倉成くんはさね、イイ男だったからよく覚えてるよ。あのときのアタシもあと20年若ければ…とか思ったものさね」 と言って呵呵と笑ったでござる。 …確かにひとなつっこいおばちゃんでござった。こういった冗談を言えるセンスといい、父上とは随分と気があったことでござろう。 おばちゃんが突然、「パチリ」と音が聞こえるほど見事に大きな丸い目を開いた。…ちょっとびっくりしたでござる。 「それにしてもあのコがこんなに可愛い奥さんと娘をつくってたなんてねえ…」 「え?奥さん?…わたしですか?」 「こんなに若づくりの嫁さんもらって、幸せモンだよあのコは…」 「あ、え〜と」 ビートルおばちゃんはどうやら空殿を父上のお相手と勘違いしたようでござる。確かに、“若作り”に間違いはないでござる。娘である拙者の存在と父上の実年齢を考えると母親はそれなりの歳のはずでござる。これは本物の母上を連れてきても同じコトを言われたでござろうな、いやはや。 「いいよ、亭主思いの嫁さんに“おばちゃんのみそ煮込みうどん”を教えてやろうかね」 ビートルおばちゃんはそう言ってゆっくりと立ち上がったでござる。その時のおばちゃんの顔は大きな目が細められてニコニコマークのように人好きのする笑顔でござった。拙者もこのおばちゃんが気に入ったでござるよ、ニンニン。 それから拙者と空殿はビートルおばちゃんにみそ煮込みうどんを指南していただくことになったでござる。 そして雑貨屋さんで買った麺棒は無駄にならなかったでござるよ。ビートルおばちゃん曰く『むかしは蕎麦は外で食べるもので、うどんは家庭で打って食べるもの』だったそうだ。 更に手打ちうどんを“煮込みうどん”にすると他の具の味を吸い取りやすく、一日たってもまた違った味わいで美味しく食べられるそうだ。このしみこんでゆく味が家庭の味といわれる他所では味わえないものになるらしい。 まずはうどん粉に塩をいれたぬるま湯を少しずつ入れながらこねてゆくのでござるが、これが難しい…何とか形になったと思ったらべとべとになったり、ぼろぼろ崩れたりしたでござる。 空殿は器用にビートルおばちゃんのマネをして生地をつくれたでござる。何か悔しいでござるよ。 結局、拙者はおばちゃんに手伝ってもらってそれなりの生地ができたでござる。 そのあと生地をビニールにつつんで足でよく踏んでゆくのでござる。足で踏むのには抵抗がござったが、踏むたびにうどんにコシが出るそうでござる。 後はくっつかないように強力粉をひき、麺棒を使って生地を引き伸ばし、束ねて同じ太さになるように切ってゆくでござるが、これは空殿の独壇場でござった。まるで…というか文字通り機械で測ったかのように均一にうどんを切ってゆく空殿にビートルおばちゃんも驚いたようでござった。なにしろおばちゃんに 「年取ったら、アタシみたいに食堂やるといいよ」 とまで言わしめたでござるよ。お見事、空殿。 おばちゃんが作って教えてくれた“みそ煮込みうどん”は鶏と麩と油揚げを具にぐつぐつと煮込み、仕上げに長葱をのせるというシンプルものでござった。白かったうどんがみそで実に旨そうな色に染まったでござる。おおっ♪拙者よだれが…じゅる 「美味しいものは季節によって違うからホントは売り物の煮込みうどんの具は変えるけど…」 …と、前置きしておばちゃんは 「鶏やらはいつでも売ってるし、これがあのコの好物だったみそ煮込みうどんだよ」 と、出来上がった“おばちゃんのみそ煮込みうどん”の解説をしてくれたでござる。 いざ試食してみると、おばちゃんのみそ煮込みうどんはすばらしく美味しかったでござる。 「麺類は麺そのもののノド越しをシンプルにあじわうのよ」と言っていたなっきゅ殿の言葉もかすんできたでござる。家庭の味わいには“邪道”というモノはないのでござるなあ。 これからの上達を見込んで恥を承知で書いておくと、拙者と空殿のうどんはやはりおばちゃんのうどんの絶妙な打ち加減には遠く及ばなかったでござる。おばちゃんは「アンタが上手に切ってくれたからさね」といってくれたが、やはり違いは一目瞭然でござった。主役のうどんがこれでは台無しでござる。 「今度は、亭主…お父さんも連れといで」 ビートルおばちゃんは屈託なく笑って見送ってくれた。おばちゃんの打ったうどんをたっぷり持たせてくれた上に、他のさまざまなレシピも教えてくれた。う〜む、今度母上を連れてくるとき何と言えばよいでござろうか… 夕餉の折 「あれ?この味は…」 父上がふと顔をあげた。本日の夕餉は拙者がつくると言ったあとでござる。 まだまだビートルおばちゃんには及ばずとも、父上には判ったようでござった。 「沙羅?もしかして…」 拙者が意味ありげにニコニコと笑ってみせると、父上もニヤリと笑って返したでござる。 むろん、母上と兄上は気づいていないでござる。 「つぐみ、ホクト…沙羅の煮込みうどん…旨いな…」 父上がさりげなく母上と兄上に尋ねた。見事な演技でござった。わざとらしさの欠片もないみごとなタイミング… 「ホント、おいしいわ」 「すごいね、沙羅…」 母上と兄上が感嘆の意を表したでござる。父上と拙者は顔を見合わせてもう一度ニヤリ… ふふっ♪母上…申し訳ないが、本日は空殿の勝利でござるよ♪ニンニン 実は…というより、もちろん食卓のみそ煮込みうどんは、拙者ではなくビートルおばちゃんが持たせてくれた手打ちうどんでござる。 拙者はビートルおばちゃんに教わった通り調理しただけでござる。 本当なら空殿が調理するハズでござったが、空殿は泊まっていけと勧める拙者の誘いを断って… 「松永さん、今日は本当にありがとうございました。今日はもう充分にいい夢を見させていただきました。なにしろ“倉成さんの奥さん”ですから…みそ煮込みうどんは松永さんが作ってあげてください。きっとその方が倉成さんも喜ぶでしょう」 と、そう言い残して帰っていったでござる。麺棒を拙者に託して…。きっと今晩も空殿は“眠れない”のでござろう。理由は…そう、“嬉しくて”。 拙者、母上のことはもちろん好きでござるが、空殿のことも同じくらい好きでござるよ、ニンニン。 「なあ、沙羅…今日はありがとな…」 就寝前…父上は拙者にこっそりとそう囁いたでござる。 「うん♪」 「それと、その……空にも…」 「うむ、伝えておくでござるよ」 全て言わずともわかっているでござる。これは、拙者と空殿と父上との秘密でござる。拙者にも言づてを依頼したでござるが、父上は今度空殿に会ったときには、きっと意味ありげに微笑んで「ありがとう」と一言だけ言うのでござろう。空殿はどれほど喜ぶことであろうか?それだけで拙者たちには何のことかわかるのでござる。他にあのビートルおばちゃんを知りえるのはBWを発現させた兄上だけでござるが、今日のいきさつを知らない兄上にはただの“おいしい煮込みうどん”に過ぎないでござる。 本当の味わいを知っているのは、空殿…、父上…、拙者…、そしてお月さまみたいにまん丸な目と顔をした、あのビートルおばちゃんだけでござるよ、ニンニン。 やはり、この世にはさまざまな愛?があるのでござるなあ。一番うまくいっていると見受けられる父上と母上にも昔はイロイロとあったらしいでござるし(終わりよければ全て良し?)、春香菜殿と桑古木殿の関係はよくわからないでござるし、兄上となっきゅ殿はどうしても進展しないようだし(これは構わないでござるが)、むろん拙者と兄上の仲も…兄妹以上にはならないでござるし…はぁ〜。空殿のように健気な愛を貫くことは拙者にはできるでござるかなあ…。 いやいや、現実的に考えて拙者が拙者自身と恋人のことをこの日記に記す日は本当にやってくるのでござろうか? 拙者はいい奥さんになってみせるでござるがなあ…たぶん。 とりあえず、拙者の“忍者日記”弐ノ巻はこれにておしまいでござるよ、ニンニン。 |
あとがき 忍者日記いかがでしたか? 3日目の納涼花火大会でたけぴょんとつぐみんが着ている浴衣や雰囲気はもちろん明さまのTOP絵からです(2003.9.3.現在)。 明さま陳腐な表現で申し訳ありません。今の雪だるまにはこれが限界です。 4日目のビートルおばちゃんのお話はこれだけで一本のSSにできそうでしたが。どうしても沙羅の視点で書いてみたかったので… 長さ、内容、共に他の3日から浮いてますね(汗)。あ、参ノ巻にした方がよかったかもしれません。 このSSは沙羅が日記をつけているという設定のはずですが、どうしても日記としておかしい記述をなくしきれません。原因は忍言葉?が結構つらいのと私の表現力不足です。精進いたしますのでどうか見捨てないでやってください。 皆様、こんな拙いSSをあとがきまで読んでくださり誠にありがとうございました。 雪だるま |
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