なつ、にかいめ 〜不養生と信頼〜 |
作:ちまたみうみ |
「まったく……私がいないからって、あんなにお酒呑むからですよ」 「…………ふん」 玉村診療所の医者である玉村の娘、穂乃香は、布団に寝ている玉村から体温計を受け取りながら小さくため息をついた。 「38度2分。完璧に風邪ひいてますね」 体温計の目盛りを確認して呆れたように言うと、二、三度体温計を振ってからケースへと戻す。 その様子を苛立たしげな表情で見つめながら玉村は天井に視線を向けて呟いた。 「私は医者だ、そのくらいわかっている」 「じゃあ最初から風邪なんてひかないでください」 「…………」 玉村の言葉は穂乃香にあっさりと一蹴されてしまい、彼は軽く娘を睨みつけると鼻を鳴らしてふてくされるように寝返りを打った。 そんな父の様子を見て穂乃香はやれやれといった風に何度か顔を振るが、実に玉村らしいと納得してわずかに微笑むと、玄関にかけられている札を休業中へと替えに向かった。 ――何故、今このようなことになっているか。それは昨日の夜まで遡る。 穂乃香はこの日診療所の手伝いを休ませてもらい、用事で隣の市まで行っていた。一応午後の6時過ぎにはこの清天町へ帰ってきたのだが、今度は別の用事があったので、結局診療所へ戻ったのは夜の12時だった。 その間、診療時間を終えた玉村は、穂乃香がいないことと自身の勘で急患は来そうにないと判断すると、ずっと隠していた(つもりであるがとうに穂乃香に見つかっている)日本酒に手をつけ、迂闊にも酔いつぶれる程まで呑んでしまった。 それゆえ机に突っ伏したままだった玉村は、診療所内とはいえ空調がないことと真夏の蒸し暑さから出た汗が寝冷えしたらしく、風邪をひくに至った。 そんな訳で現在は患者に移しかねない懸念と自身の健康を考えて(この点は穂乃香に強制させられている)、彼は大人しく布団にくるまっているのだ。 「ねえ、お父さん?」 玄関に行って帰ってくるだけにしては少々長すぎる間を置いて部屋に戻ってきた穂乃香は、少し嬉しそうな様子のまま布団の横に腰を降ろした。一瞬そんな穂乃香を訝しんで顔を覗おうとした玉村だったが、なんとなく恥ずかしかったので、背を向けたまま答えた。 「なんだ」 「あのね、今外に出た時丁度岸森さんとレゥちゃんに会ったの。それでお父さんのこと話したら、『急いでいるからお見舞いには行けないけど、これ』って言って、フルーツくれたのよ」 その言葉を聞いて、玉村が穂乃香の方に振り向くと、彼女が座る隣には確かにフルーツが鎮座していた。ただし、りんごとバナナが3つずつと、とてもお見舞い用に取り揃えた物とは思えない。恐らくは、たまたま持っていたものを穂乃香に渡したのだろう。 「……馬鹿にしているのか」 「お父さん!」 玉村はそのフルーツが適当に渡された物だと悟りつつも、実際岸森浩人の現状でできる精一杯の気遣いがこれだとわかっていたので、口では悪態をついているが内心感謝していた。 そのことを穂乃香もよくわかっているのか、一応怒った態度を見せつつもすぐに表情を和らげた。 「さて、じゃあ私は買い物に行ってきますから、ちゃんと寝ててくださいね」 そう言って腰を上げた穂乃香は玉村に背を向け、再び部屋を後にした。 玉村は寝ている部屋とを隔てる襖が完全に閉まるのを確認して、誰にでもなく威嚇するような表情をして天井に視線を向けた。 (ん……? そういえば穂乃香の奴、果物を忘れていったな) この蒸し暑い中、畳の上に放置しておいたらすぐに傷んでしまいそうだ。そう思った玉村だったが、わざわざ日陰の場所に持っていくのも面倒だった彼は、りんごを一つ手にとると、そのままで噛り付いた。玉村はそれなりの老齢ではあるが、歯は未だ健康らしい。 シャリシャリというりんごを食べる音だけが部屋に響き、何も考えずそのまま顎を動かしつづけていると、突然少々乱暴な勢いで部屋の襖が開けられる。 「おい! 玉村のじいさん、風邪ひいたんだって?」 同時に耳障りな程に威勢のいい声が部屋に響く。何事かと思いその方向に目をやると、近所の魚屋の店主である中年男性が魚を片手に白い歯を見せながら玉村に笑顔を向けている。 あまりにいきなりのことで状況が把握できなったが、その後ろから慌てたように穂乃香が現れたので、すぐに説明を求めた。 「なんなんだ、一体?」 「魚屋さん、ちょっと! あ、先生、お魚屋さんで買い物していて、先生のこと話したら店に置いてあった魚を掴んで急に走り始めて……」 少し息切れしながら話す穂乃香の話の内容を纏めると、どうやら日頃病気のことに関して世話になっている玉村へのお見舞いらしい。店を放ってまで来てそれが魚だというのが何とも彼らしいと言えば彼らしいのだが。 「玉村のじいさん、大丈夫か! そういう時はうちの『へるしぃ』な野菜でも食って元気だしな!」 すると今度は八百屋の店主が部屋へと飛び込んできた。やはり手には色とりどりの野菜が抱えられており、お見舞いに持ってきたようだ。 「先生!」 「玉村さん!」 「風邪ってほんとですか!」 さらに、一体どこで聞きつけたのか、商店街の他にも色んな近所の人間が一斉に部屋へなだれ込んできた。 穂乃香はその様子を諦めたように苦笑し、玉村は何が起きているのかわからない様子で口をぽかーんと開け、手にしていたりんごをぽとりと落とす。 そんな玉村の心境を知らないお見舞い客達は、一様に心配そうな顔で玉村に詰め寄ってくる。そこで、やっと玉村は冷静な判断能力を取り戻した。 「……お前達、こんな大人数で押しかけて病人に迷惑だと思わんのか」 とりあえずお決まりの悪態をついてみるが、それが彼の照れ隠しだと経験上全員わかっているので、誰一人嫌な顔はしなかった。 「先生ったら、本当は嬉しいくせに」 「…………ふん」 結局いつものように鼻を鳴らすと、玉村は大儀そうに身をよじって見舞い客に背を向けた。 そして、ふと玉村は何かをぼそりと呟く。 「え、なんか言ったかい? 玉村のじいさん」 魚屋が問い直そうとするが、既に彼の口は完全に閉ざされて開くことはなかった。 しかし穂乃香は、彼が礼の言葉を述べるのを確かに聞いていた。 耳を真っ赤にしているそんな父を、彼女は改めて愛しいものだと感じた。 FIN |
あとがき うわー……ショボ(汗 主人公が誰だかわらかん、テンポが悪い、終わり方が意味不明、文章はスカスカ。 とんでもない仕上がりになってしもた(滝汗 反省しどころ満載の作品になってしまいましたが、これはこれで勉強になったんではないかと。 とりあえず玉村先生の日常の一部を描いてみたかったのですが、これがまたうまいこと思い浮かばずこんなことに。 きっとKSとOFF会から帰ってきてから即書き始めて40分で終わらせるからこんなことになったんだな(爆 とりあえず、修行あるのみです。 ではまた、次があれば。 |
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