警告
このSSは、KID作品『My Merry Maybe』に関する『致命的なネタバレ』を含んでいます。全ルートをクリアするまで読まないよう、お願い致します。内容的には仮説提唱型の話なので、こんな補完の仕方もあるかなーと広い心で読んで頂ければ幸いです。異論はもちろん大歓迎。








『溝』
作:ふうらいまつ


世界中のレプリスを管理する機関NBO――国際機関の建築物は、何故こんなにも仰々しい構造をしているのか。機密の多い研究施設を兼ねているとはいえ、本館に辿り着くだけでかなりの時間を要した。入り口で認証チェックを済ませて、大きな吹き抜けのある一階ロビーに入る。美的感覚は悪くないが、機能美と呼ぶには程遠い。

ロビーの中心、人工物を象徴するオブジェの向こう側に、白衣を着た日本人女性の姿を確認する。その無駄のない機敏な動作と、強さの奥に寂しさを感じさせる瞳。少し背が伸びて髪型も変わったが、その面影は間違い無く彼女のものだ。各社の合同会議は午後からだが、先に答えを出しても良いだろう。

横を通り過ぎようとする彼女の進路を制して、声をかける。

「久しぶりだな……とでも挨拶をすれば良いのかな? 君と直接顔を合わせるのは、リペアしたレゥを空港で引き渡したとき以来だが」

「……お久しぶりです。といっても、先日、電話でお話をしたばかりですけど。連絡は端末で、とお願いした筈ですが。また随分とクラシックなツールを使われるのですね」

「近代文明を過信すると足元をすくわれる。原始的な手段はお嫌いかな?」

「最先端のレプリス研究者とは思えない台詞ですね。生物の全てを0と1に変換する技術者が、伝統文化ですか?」

「……参ったな。これは想像以上に嫌われているようだ」

当然だとばかりに睨み付けてくる彼女の視線を、軽く避ける。この反発心が、彼女を結城チームのトップにまで押し上げたのだろう。その努力は賞賛に値する。だからこそ、彼女の力が必要だった。

「レプリス開発において、両社が協力関係を築くのは有効な手段だと思うが?」

「あなた方の実験に、付き合うつもりはありません。タイレル社の作るレプリスは、人を不幸にします」

その視線に込められた敵意が更に強くなる。以前の彼女――レプリスを親友と呼び、その帰還を心待ちにする――あの彼女からは考えられない台詞だ。

「……本気で言っているのか?」

「否定しようのない事実でしょう。昨年一年間で、タイレル社のレプリスが何体死にました? それによって心神喪失に陥ったマスターが、何人いました?」

「……レプリスは人間の奉公者であり、パートナーだ。人を不幸にする存在じゃない」

「それは詭弁ですね。壊れるレプリスは、パートナーには成り得ません」

そう言って彼女はそっと視線を逸らした。あの五月の記憶は、過去と呼ぶにはまだ鮮明すぎる。彼女は自分の姿を、レプリスを失ったマスター達に重ねているのかもしれない。

「……確かに、感情パターンの自由度を高めれば、それだけレプリスは不安定になる。だが、pmfhシリーズの表現能力を、人は必要としている」

「そのためにレゥちゃんの心を弄ぶとでも?」

彼女の声に、明らかな非難の色が混じった。

「レプリスの心か……レゥをそこまで想ってくれているとは、開発者冥利に尽きるな。しかし、研究者としてはふさわしくない台詞だ」

「そうでしょうか。的確な表現だと思いますが」

これではっきりした。彼女は研究に私情を挟みすぎている。それが彼女の原動力とはいえ、技術競争においては致命的だ。近いうちに、タイレルの優位は確定するだろう。

「レプリスに魂を認めるが故に、精神を強固に縛り付ける……それが結城型の方針か。矛盾しているな」

「矛盾はしていても、あなた方のように歪んではいません」

「……歪んでいる、か。やはりあのことを――」

彼女の表情が一瞬にして強張る。

「――恭介とレゥがあの姿になったことを、まだ根に持っているのか?」

そして、爆発した。

「あれは恭介なんかじゃない!」

激情を纏った声がロビーに響き渡る。近くにいた人々が足を止め、何事かとこちらを見ている。彼女はそれを全く意に介さず、抑えきれない憤りに体を震わせている。

時間にして、ほんの数秒のことだったろう。緊張で張り詰めた空気を解くため、オレは大きく息をついた。それを見た周囲の人々が、各自の作業に戻るべく再び動き出す。さらに一刻。彼女が落ち着くのを待ってから、静かに話を続けた。

「より人に近いレプリスを。それが恭介の望みだろう」

「より安定したレプリスを。それが恭介の望みです」

「……合同チーム発足の余地は?」

「有り得ないでしょう」

失礼しますと一礼をして、彼女は去っていった。その後ろ姿は泣いているようにも見えた。

――これで午後の予定は無くなったか。

無駄に高さだけあるNBOの建物を後にする。大量の窓ガラスに反射する日差しが眩しい。聳え立つビルが指し示す遥か上空、在るのか無いのか判らないその姿を見上げて問いかける。

「なあ、恭介。お前はどう考えているんだ?」
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