『迷える心 〜遙編〜』 |
作:魔神霊一郎様 |
「はあ、はあ」 ロッジを出て、脇目もふらずに走ってきた。吐く息も白い。当然といえば当然だ。いくら4月とはいえ、夜になればその冷え込みは相当のものだろう。ましてや、海の近くとなれば。 「あ、海‥」 夢中で走っている間に、月浜まできてしまったらしい。すぐ目の前には、真っ黒な海が広がっている。そう、真っ黒な。あの日のような、色鮮やかな不知火はどこにもなかった。そう、誠と一緒に眺めた、あのときのような不知火はどこにも…… 「誠…」 今まで、海を見れば思い出すのは本当のお父さんのことだった。それが今ではあの不知火、そしてそれを一緒に眺めた誠のことばかりが浮かんでくる。 「遙の代わりになる人間なんか、この世に1人もいやしないんだ!」 「オレは、遙が遙だから好きなんだ!」 「遙は、オレにとってほかの何ものにも代えられない、世界でたった1つの大切な存在なんだよ!」 そう言って、ずっと心がないと思っていた、ううん、心なんかないと思いこんでいた私を、目覚めさせてくれた大切な人。だけど……… ガサゴソ、ガサゴソ…… 「あった」 目当てのものは、バッグの奥の方で見つかった。頭痛薬。さっき誠を散歩に誘いに行ったら、頭が痛いといって断られた。それは仕方がない。けど、明日にまでのびるとちょっとおもしろくない。これを飲んで無理矢理にでも治ってもらおう。そう思いながら、自分が笑っているのに気がついた。そう、まるで悪戯を思いついた子供のように。今までの私なら、考えられないことだった。けど、今私が向かっている部屋に、私をそう変えてくれた人がいる。私の、世界で一番大切な人が。 「あ、明かりが」 誠の部屋に明かりがついていた。さっきまでは消えてたのに。誠が起きたのかと思い、そっとドアに近づく…… 「!!!」 私は、愕然となった。そこには誠がいた。間違いなく、それは誠だった。だけどほかにもう1人………… 「くるみ……!」 私は持っていた頭痛薬を床に投げつけると、そのまま走り出した。ロッジの外へと。 ついさっきの出来事を思い出せば出すほど、つらくなってくる。頭の中がぐちゃぐちゃにかき回されて何も考えられない。 「どうしてくるみと…… やっぱり、本物の方がいいの? 私はコピーにすぎないの? 私のことをかけがえのない、大切なものっていってくれたのは嘘だったの?」 私の心は、千々に乱れていた。自分ではどうしようもなかった。 「心………心ってなに? こんなに苦しいものなの。だったら、だったら心なんかいらない。こんなものない方がいい!」 心がなければ苦しくない。心がなければ、人を好きなる事なんてない。そう、誠のことも………… でも、それでいいの? またコピーに戻っても。私は私だって誠は言ってくれた。あの言葉で私は、守野くるみのコピーから、初めて樋口遙になれた。でもその誠は………… わからない。私には、もう何もかもわからない。どうすれば………いいの。 ポツ… ポツ… 気がつくと、雨が降り始めていた。雨足はゆっくりと、だが確実に強くなっていく。雨、水、それは本当のお父さん、守野茂蔵との絆。私は、空を見上げたまま雨に打たれた。そのまま身じろぎ1つせずに、私は雨に打たれ続けた。全てを洗い流してくれと言わんばかりに。 どのぐらいの時間がたったろう。雨は、私の目にたまっていた涙を洗い流してくれた。それと一緒に心のもやも、少しずつ流れていく。そうして、全てのものが流れていく中で、1つだけ流れずに、いやかえって強くなってくる思いがあった。 「誠、私はやっぱり誠のことが好きだよ。誠も、きっとそうだよね」 私の心に残った、たった1つの思い。それは、誠が好きだという事。そして、誠を信じる気持ち。それだけは確かな思いとして、私の心に残っている。 私は歩き出した。この思いをもう一度誠に伝えるために。誠はきっと言ってくれる。俺が好きなのは遙だって。それだけでいい。その言葉さえあればほかには何もいらない。そう、ほかには何も。 「さようなら、守野くるみのコピー」 もう迷わない。そう、私は樋口遙。この世界でたった1人の存在。それを教えてくれた人と、これからは生きていく。 「遙!」 そう、この人と。 |
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