『迷える心 〜沙紀編〜』 |
作:魔神霊一郎様 |
「ごめん沙紀。少し遅れた」 「遅い! 私を待たせるなんてどういうつもり!」 「いや、遅れたっていっても…ほんの5分ぐら…」 「しゃーらーっぷ! たった1秒でも私を待たせることは許されないのよ! 私は朝倉沙紀なんですからね!」 「じゃあ、どうすりゃ許してくれるんだ」 「そうね、私を退屈させないこと。それが条件ね」 「それって、いつもと同じ事じゃあないのか」 「そうよ、いつものデートと同じようにしてればいいの。つまりは、怒ってないって事よ」 そのまま、私はくるりと背を向け歩き出す。 「だったら最初からそういえよ」 聞こえていたけど、聞こえないふりをして私は振り返った。 「何か言った」 「いいや、何も」 そういって誠君は、足早に私を追いかけてきた。 「それにしても、はやいものねえ」 すぐ近くの喫茶店−むろん私好みの店だ−に入り、向かい合いながら口を開く。 「何が」 「私たちがつきあうようになってから。あっという間に3ヶ月すぎちゃったものね」 「そうだな、あのころに比べれば沙紀もずいぶん印象変わったよな」 「変わるきっかけをくれた張本人が、そういうことを言うかしら」 「そのきっかけっていったい何なんだ」 「だから、張本人が…」 「いや、ほんとにわかんないんだって。オレは沙紀のことが好きで、沙紀のことを思って行動してただけなんだ。どれがきっかけで沙紀が変わったなんてわからないんだよ」 私は、苦笑した。誠君らしいといえば誠君らしい。後先考えずに突っ走る。そしてそれがなぜか、正解なのだ。私は1つ溜息をつきながら、彼に向き直る。 「いいわ、教えてあげる。私が変わるきっかけは4月4日のあの出来事よ。そう、4日のね」 ピピピ… ピピピ… 「う、うーん」 枕元で元気に鳴り響く目覚まし時計。私はベッドから手を伸ばして、スイッチを切る。そのままゆっくりと起きあがり、のびをしながら大きなあくびをする。 「ふあーあ」 私は、朝に弱いというわけではないけれど、朝の目覚めは誰にとってもだるいものだ。それでも別荘にきてから私の起床時間は、早くなった。なぜなら………… 「ヒャン、ヒャン」 私が起きた気配がわかったのだろう、あの子が騒ぎ出した。 この別荘にきて見つけた犬だ。たぶん捨て犬だろうと思う。 (捨てるぐらいなら、最初から飼わなければいいのに。これだから人間は) そんなふうに思っていると、あの子の声がさらに高くなる。朝ごはんの催促だろう。 「ああ、ハイハイ。いまあげるから。いい子にして待ってるのよ」 私は手早く朝ごはんを作り、あの子に与えた。そして、今度は自分の分を作ろうと再びキッチンに向かったところで、インターホンが鳴る。 「こんな時間に、誰かしら」 いぶかしく思いながらも、応答する。すると… 「あ、オレ。誠だけど」 「何か用」 つっけんどんに返事をする私。 「ちょっと話があるんだ」 「いまいくわ」 そういって、私はインターホンを切る。そのまま玄関へと足を向けた。ドアを開け、足早に彼の元に向かう。 「で、用事って何」 誠君は、私に両手を差し出した。正確には、両手で抱えられたバスケットを。 「これ、どうしたの」 「いや、沙紀のお気に入りだろうと思って、つまり、オレの気持ちというか、その…」 「それで」 私の声は相変わらず冷たい。 「だから、こういうものも大切にして…」 最後まで話を聞かず、私は別荘の中に入った。誠君は、すぐに追いかけてくる。 「待ってくれよお」 「誰が入っていいって言ったの」 「そっちが人の話も聞かずにいくからだろう。オレの話はまだ終わってないんだ」 その声は無視し、私はバスケットを眺める。 「それ直してくれたってわけ。ふーん」 私は、バスケットから目を離し、今度は誠君をにらむ。 「甘いわよ! こんなもので私の機嫌をとるつもりなの」 どうせ私じゃなく、あのクローンの方が大切なんでしょ。私じゃなく、あのクローンの方を信じてるんでしょ。そんなことを思いながら、それでも私は、心のどこかで願ってた。私を信じるって言ったあの言葉が嘘じゃないことを。その気持ちを知ってか知らずか、誠君は、私に遙と話し合うように勧めてきた。 「やっぱり、遙とちゃんと話し合った方がいいと思う。お互い、意固地になってるだけだ。誤解を解くには二人で話し合わなきゃだめだと思う」 この一言が、結果として私を変える一言になった。 「あの後、遙と話し合って誤解はとけたわけだけど。それでもまだ迷ってたわ。人間を、そして誠君を信じていいのかどうか」 誠君は一言もしゃべらずに、私の言葉を聞いている。真剣な顔で。 「だから、そのあともずっと誠君の行動を見てた。あなたならこの迷いをどういう形であれはらしてくれると思ってたから。でも迷いはなかなかはれなかった。そして、4月6日がやってきた」 私は、一呼吸置くと先を続ける。 「私はやけになってた。もう誰も私のことを信じてくれない。私も人を信じない。私が存在する意味もないってね。だから、展望公園に誠君がきたときももう何も感じなかった。だけど誠君は言ったわよね。沙紀に信じてもらいたい訳じゃない。オレが沙紀を信じてるから、ここに来た…って。あの一言で気がついたの。人に信じてもらうためには、自分が人を信じなければならないんだって。自分を信じてもらおうとするのではなく、自分が相手を信じる。そして相手も同じように、こちらを信じようとするその交わりが、互いの信頼を築くんだってね。そのことに気がついたとき、迷いはみじんもなくなっていた。そして誠君の胸に飛び込んでいたわ」 「でもそれじゃあ、沙紀を変えたのはその最後の一言じゃないのか?」 「変えたのはね。でも誠君が知りたかったのは、きっかけでしょ。4日のあの一言、遙との話し合いを進める一言がなければ、私は変わらなかった。人なんか信じられないって思いこんでね。けど、誠君の一言があったから、私は心に迷いが生まれた。人は信じられるのか、そうじゃないのかっていう迷いが。そして、6日の一言でその迷いはさっきの思いに変わった。だから、4日の一言がなければ今の私も存在しない。つまりは、4日の一言がきっかけってわけよ。もっとも、私自身にも人を信じたいって言う思いは、どこかにあったんだと思うけど」 「ふーん。オレは単に遙と仲直りしてもらいたかっただけなんだけどな。そんなことは全然考えなかった」 やっぱり誠君らしい。何も考えず突っ走って、それが正解。すごいと言えばすごいわね。 「ま、そういうわけだから、きっかけは4日の一言ね」 「ふーん」 誠君が納得したような声を上げると、私は話題を変えた。前々から聞かなければならないと思っていたことが、あったからだ 「ところで誠君。話は変わるけど、単位の方大丈夫なんでしょうね。私だけ先に卒業なんていやだからね」 「だ、大丈夫だって」 「本当に」 「ホントだって」 怪しい。私はそう思ったが口には出さなかった。人に信じてもらうには、自分がまず相手を信じること。今の私には、それがわかるから。だから、私は誠君を信じる。もし万が一本当に彼が留年しちゃったら、私も留年すればいいだけのことだ。たいしたことじゃない。私はそう思いながら、彼に笑いかける。私の迷いをはらしてくれた人に。 「そろそろ出ましょ」 完 |
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