永遠の七日  前編   
作:まる



AM 8:19


「ただいまー」
玄関に響く、優夏のはつらつとした声。
「ただいま」
それにつられて、俺も大きく帰宅の挨拶をした。
・・・・・
・・・・・
「・・・・誰も返事しないね」
「・・・・だなぁ」
俺たちの放った「ただいま」は、ロッジに響いただけで消えていったようだ。
「ま、とりあえず上がろうよ」
優夏の提案に、俺はこくりと頷いた。

しん、としたリビング。
俺たちは、そこの中央に顔を見合わせて立ち尽くしていた。
「・・・誰もいないなぁ」
思わず、ポツリと呟く。
二人で手分けして個々の寝室を見て回ったのだが・・・・
「朝、私たちが出て行った時には、みんないたのにね」
優夏の言葉に小さく頷く。
・・・確かに優夏の言うとおり、俺たちが朝日を見に行く時・・・・
・・・リビングには、遙、沙紀、くるみ、億彦、いづみさんの5人がいたはずだ。
それなのに・・・
「何で誰もいないんだ・・・こんな朝早くに」
・・・・・・・
・・・・・・・
「・・・ま、いっか」
「どうせみんなで朝ごはんでも食べにルナビーチにでも行ってるんじゃない?」
「・・・そうかもな、今日でこの島も最後だし」
そう。
この島で今日も最後になるのだ。
なぜなら俺たちは、無限の時を歩み続けて・・・
「・・・4月7日」
「え?」
突然、優夏がポツリと呟く。
あまりに突然だったので、思わず間抜けな声で聞き返してしまった。
「ん・・・だから、もうほんとに、4月・・・7日なんだなぁ、って」
7日の部分をやけに強調して、優夏が応えた。
・・・どうやら、同じことを考えていたらしい。
「ああ・・・何度も確かめたくなるな・・・このことは」
それだけ俺たちにとって、「4月7日」という日は、何よりも待ち望んだ、特別な日なのだ。
「そうよね・・・」
そう言って、優夏が俺の肩にそっと頭を預けてきた。
この重みが、より一層幸せの絶頂へと登りつめさせてくれる。
・・・少しの間、なにを言うでもなく、俺たちはそのまま寄り添いあっていた。
未来への期待、心の高ぶりを感じながら。
俺たちは、心と身体を寄せ合っていた・・・


AM 9:48


「ふう・・・この道を歩くのも最後か・・・」
まこったんは、周りの景色を感慨深げに眺めていた。
ルナビーチへと続く道を、ゆったりとまこったんと歩く。
「お〜てぇて〜、つ〜らいでぇ〜♪」
・・・酔っ払っているわけじゃない。うん、決して。
たかがビール5本くらい・・・ねぇ?
「まぁ〜こったぁ〜んとぉ〜、ゆ〜けぇらぁ〜♪」
決して酔っ払っているわけじゃない。
繋いだ手から、私は幸せを感じていた。
ただ、それだけのことだ。
そう・・・不安なんてどこにも・・・
「ねぇ〜ん、まこったぁん?」
ものすごく甘〜い声。
自分で出していて、恐ろしい。
「ん?」
優しい目でまこったんが私を見る。
吸い込まれていきそうな、優しい瞳。
「・・・ん?どうしたんだ、優夏?」
「・・・・・・」
「おーい、優夏ぁー?」
「・・・・・・」
「ゆ・う・か・さ〜ん!!」
「きゃっ!!」
思わず、悲鳴をあげてしまう。
だって、誠の顔が目の前にあるんだもん。
どうやら、本当に誠の瞳に引き寄せられていたようだ。
「んも〜、酔いが覚めちゃったじゃな〜い」
照れ隠しに不満を漏らすが・・・・
やばい!、とその時悟ってしまった。
「・・・お前、やっぱり酔ってたんだな」
「えへ、えへへへ・・・・」
頭をぽりぽりと掻きながら、へらへらと笑う私。
馬鹿やって、笑って誤魔化すしか、残された手段はなかった。
『酔っ払ってらんからいよぉ〜ん』とさっきまで言っていた(と、酔っ払っていた自分の行動を推測する)手前、何にも言い返すことは出来なかった・・・
「にはは・・・優夏ちんぴんちっ♪」
とにかく誤魔化す。
そのかいあってか、誠は笑っていた。
しかし目が笑っていなかった・・・・というような、ベタなオチもなかった。
本当に心から、誠は笑ってくれていた。

―ほんとうにそう思ってる?―
―あの微笑みは・・・本当だけど、嘘だよ―

・・・・!!
・・・なに?今のは・・・
・・・・・・・。
・・・忘れよう、今のことは。
「あははーーっ♪優夏も誠さんのこと、好きですよーっ」
そんなことも言ってみたりした。
誠は変わらず、優しい微笑。
不安な自分を押し込めて、私はずっと馬鹿をやっていた。
それでも誠はルナビーチにつくまで、始終変わらず微笑み続けて・・・
でも私は、その微笑みは、何処か無理して作り出されたものだとわかっていた・・・


・・・・優夏のものまねのネタは始終続いた。
『ひとりぼっちの少女』に始まり・・・
『酒を飲まずして笑い上戸の能天気な先輩』
『鍛冶師のお兄ちゃんを失った、剣の精霊』などなど・・・
とにかく、優夏でも自画自賛できるほどのそっくりぶりだった。
・・・しかし、そんな優夏の楽しいやり取りも、今の俺は何処か上の空で、固定された微笑をずっと作り続けていたのだった・・・


AM 10:02


ルナビーチに到着。
・・・もうちょっと、優夏のものまねを見ていたかった気もするが・・・仕方ない。
「さて、いづみさんの最後の料理をご馳走になりますか・・・。・・・っと、どうした優夏?」
先に行ったはずの優夏が、ドアの前で立ち止まっていた。
「準備中・・・だって」
確かに。
ドアのノブには「準備中」の札がかけてあった。
・・・ま、でもその理由は簡単なことだ。
「きっと、おれたちのために貸切にしてくれてるんだよ、もう最後だし」
「あ、なるほどぉ」
ポン、と手を叩く優夏。
「じゃ、優夏の思った悩みも解決したところで、早速、中に入りますか」
「そうだね」
湧き上がる大きな不安感を振り払うようにして、腕を伸ばしてノブをつかむ。
がちゃり、と音を立ててドアが・・・
「・・・・・・」
「どうしたの、誠?」
少し不安げに、優夏が訊ねてきた。
その不安に上塗りするようなことことは言いたくなかったが・・・
「・・・・ドアが開かない・・・・」
「・・・・え?」
「開かないんだよ・・・」
「・・・・嘘・・・・」
真実を伝えると、俺は表情に暗い影を落とした。
たかが店が閉まっているくらいで必要以上に驚くな、と他人から見ればそう思えるかもしれない。
だが、俺は店が閉まっていることに対してこんな風になっているわけじゃない。
『誰もいない』、ということに愕然としていたのだ。
それはなぜか。
・・・・・・。
・・・夢だ。
海岸で朝日を見たとき、しばらくして俺は不覚にも寝てしまった。
・・・その時だ。
俺は夢を見た。

―俺は呆然と立ち尽くしていた。
―だんだんと遠ざかっていく、遙、くるみ、沙紀、いづみ、億彦の5人。
―俺はそれを見て、どうすることもできずに、ただただ、その場に立ち尽くしていた。
―そして俺は、ばたっ、と倒れこむ。
―途切れ途切れに繰り返される荒い息。
―やがてその荒い息は突如・・・止まったのだ。

・・・嫌な夢だった。
その夢の表していることはきっと・・・
・・・『俺の死』。
そして『みんなとの別れ』。
・・・でも、それだけならまだ良かった。
俺が死ぬだけならまだ・・・・
「・・・くそっ!!」

どかっ!!

俺は壁を拳で思いっきり殴った。
拳から、どろりとした紅い液体が流れ出す。
・・・痛みはない。
痛みなんて感じていられるだけの余裕なんてない。
「ちょ、ちょっと、誠!?」
優夏の声が聞こえる。
だが、それでも俺は壁を殴る。
ただ、ひたすらに。
「やめて誠っ!!!」

ばしっ!

振り上げていた右手を優夏につかまれた。
その両手から伝わる優夏のぬくもりに、俺は少しずつ落ち着きを取り戻していく・・・
「・・・悪かった、優夏。もうあんな馬鹿なことしないから、手を離してくれるか?」
しかし、優夏は俺の言葉を聞いても手を離そうとしない。
その上、首を左右にふるふると振り続けている。
・・・その両目は、固く閉じられていた。
「優夏・・・俺を信じられないのか・・・?」
今度は先程よりも強く、頭を左右に振る。
「違う・・・違うの・・・・」
うつむいて、下唇をきゅっと噛む優夏。
俺の腕を握ったまま、握った両手を自分の胸の辺りまで持っていく。
そして、俺の手を握る両手に、力が入った。
「優夏・・・・・?」
「・・・ごめん・・・。・・・・しばらく・・・」
「・・・・しばらくこうさせていて?」
訳の分からないままだったが、俺はその申し出を快く承諾した。
優夏が何か追い詰められているようだ、ということは容易に感じられたし・・・
・・・何より、優夏の胸から伝わってくる鼓動が、今の俺に安らぎを与えてくれるから・・・
ルナビーチの前、俺たちはおたがいの存在を確認しあっていた。
・・・ずっと、ずっと。


AM 10:26


「・・・あのね・・・?」
優夏がついに、話を始める合図を発する。
俺は、それに対して穏やかに、頷いた。
・・・俺の不安感は、いつのまにか嘘のように消え去っていた。
「・・・夢をね?・・・・夢を・・・見たの・・・」




つづく。


>>後編


_______
一言にゅ。


期待はしないほうが身のためだ(爆






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