ヒーローの条件   
                           作:ユキノブ



小さいころ、ヒーローになりたかった。



       4月5日 深夜



窓の外には、夜が広がっていた。
明かりの少ないこの島の闇は濃く、
億彦の焦燥感を強く煽った。

億彦「いったいどこへ行ったんだ、遙ちゃん・・・」

闇は答えなかった。

優夏「大丈夫よ。誠が一緒なんだし」

代わりに答えたのは、窓に映った活発そうな女性だった。

億彦「優夏ちゃん・・・」

だから心配なんだ、とは言えない。

優夏「そんなにイライラしてないで。こっちきて飲まない?」

優夏が誘うテーブルには、色とりどりの瓶が並んでいる。
さながら世界の酒展であった。ビール、日本酒、ワイン、ウイスキー。
酒と名のつくものならなんでもござれだ。

優夏「あぶれたもの同士、ね」

優夏の酒癖を思い出してげんなりしていた億彦は、その一言に抗いがたい何かを感じた。

億彦「・・・レディのお誘いは断れないな」

優夏の向かいに腰掛け、グラスを手にした。

形だけの乾杯をして、それぞれ好きな酒を満たしたグラスを傾ける。

いや、優夏は巨大なジョッキだったが。

それでも彼女は妙に大人しく、飲み方もペースもごく常識的に見えた。

帰ってこない二人を待ち続け、不安に胸を焦がしている自分。
彼女も同じなのだろうか。億彦は思った。

考えてみると、優夏は最初から誠を気にかけていたように思える。
やはり、そうなのだろうか。だとしたら、尚更、

誠を"選んだ"のは失敗であった。

優夏「ねえ、億彦くん」

思考を中断され、億彦は少し慌てた。

億彦「え、え?なんだい優夏ちゃん?」

優夏「億彦くんってさ、最初から遙一筋だったよね」 

億彦「え、そ、そうかなあ」

優夏「そうよー。私も沙紀もいづみさんも眼中にないってカンジで。
   まったく、失礼しちゃう」

億彦「ま、まいったなあ。僕は女の子にはみんな同じように接しているつもりなんだけど・・・」

優夏「億彦くんは確かにみんなにやさしいけどね。それでもなんとなくわかるものよ」

億彦「・・・そう、だね。そうなのかも知れない・・・」

女のカンというやつだろうか。優夏の指摘は鋭く、そして容赦がなかった。

優夏「億彦くんと遙って、ホントは初対面じゃないんでしょう。
   それも、ゼミで見かけたとかじゃなくて、もっと親しい間柄だと思うな」

億彦「・・・敵わないな、優夏ちゃんには」 

億彦は白旗をあげ、遙との出会いを語り始めた。

億彦「優夏ちゃんも知ってると思うけど、僕は大学ではプレイボーイで通ってたんだ。
   確かにガールフレンドは大勢いたし、声をかければたいていの女の子は好意を持ってくれた。
   でも僕はだんだんむなしくなっていったんだ。
   みんな所詮「飯田財閥の御曹司」という肩書きにしか興味がない。
   本当の僕の価値なんて、誰も見てはくれなかった」

優夏は何も言わなかった。ただ、気遣わしげな瞳が、やんわりと先を促している。
億彦の告白は続く。

億彦「そのことに気づいていても、僕は変わらずに彼女たちと接していたんだ。
   割り切って付き合えば、それなりに楽しい時間を過ごすことはできたからね。

   その日も女の子たちに誘われて街に出かけるところだった。
   僕は目の前を横切る、不思議な雰囲気をまとった女性に目を奪われたんだ」

優夏「それが、遙だったの?.」

億彦「そう。この子は違う、となぜかそう感じて、
   僕は連れがいることなんか忘れて彼女に声をかけていたんだ。
   詳しくは覚えていないけど、一緒に遊びに行こうって熱心に口説いていたと思う」
 
優夏「それで?遙なんて言ったの?」

億彦「私、行かない、ってそっけなく断られたよ。
   僕はしかたがないって思ったんだけど、連れの女の子のひとりが、
   その態度に腹をたてて詰め寄ったんだ。



//ここから回想シーン。背景なしで、遙のセリフのところでは遙の立ちグラフィックをお願いします。


    
女の子「ちょっと、あんた、何様のつもり?あの飯田財閥の御曹司が誘ってくれてるんだよ?嬉しくない
の?」

遙「御曹司だから、偉いの?」

億彦「・・・・!」

遙「その人に誘われたら、皆嬉しいの?」

億彦「・・・・・・」

遙「ごめんなさい、わからないの」

遙「私にはないから・・・」



//再びロッジへ。



優夏「・・・遙らしいね」

億彦「その時思ったんだよ。
   彼女だけは、「大財閥の御曹司」ではない自分を見てくれる。
   彼女に好意を抱かれるということは、本当の自分の価値を認めてもらえるということだって。
   だから彼女にふり向いて欲しかったんだ」

優夏「そうだったんだ・・・」

億彦「でも、具体的にどうやったら振り向いてもらえるかわからないから、
   しばらく彼女のことを調べてみたんだ。
   ところが彼女はほとんど誰かと口を交わすこともないし、
   大学の講義や最低限の食事以外、何にたいしても興味をひかれるそぶりすらない。
   でも一つだけ、掲示板に貼り出されていた一枚の求人広告が、彼女の視線を釘付けにしたんだ」

優夏「へー、あの遙が?どんな広告だったの?」

億彦「デパートなんかの催しでやる、ヒーローショーのスタッフの募集広告だよ。
   今人気のヒーローと、怪人が戦っている写真がでかでかと載っていた。
   遙ちゃんはその写真に見とれて、かっこいい、ってつぶやいたんだ」

優夏「ヒーローって、子供向け番組の宇宙刑事なんたらいうやつでしょ?
   たしかに遙、変なものに惹かれるけれど、なんか意外だなー」

億彦「その言葉を聞いたとき、僕はもの凄いショックを受けたんだ。
   僕は子供のころ、ヒーローにすごく憧れていたんだよ。
   もしあのまま、正義感を持ったまま成長していたら、警察官でも目指していたかもしれない」

優夏「え?どうしてそうならかったの?」

億彦は自分のグラスに視線を落とした。揺れる水面に映る笑顔は苦い。
あの時と同じように。

億彦「・・・父さんが不正をしていることを知ったんだ。
   脱税、密輸入、恐喝、不正取り引き。
   飯田財閥はそうして成り上がってきたんだ。
   それを知っても、僕にはどうすることもできなかった。
   僕はヒーローになれなかったんだ・・・」

優夏「億彦くん・・・」

億彦「でも、遙ちゃんの言葉を聞いたとき、眠っていた正義感に火がついたんだ。
   僕がヒーローになって遙ちゃんを孤独から救う!そう誓ったんだよ。
   僕はすぐに電話をかけて、面接を申し込んだ。
   そしてヒーローのぬいぐるみを着て、子供たちの前で怪人と戦った。
   それからヒーローの着ぐるみのまま、遙ちゃんに会いに行ったんだ。

優夏「着ぐるみのまま?大学まで行ったの?」

口元を抑え、笑いを堪える優夏。

億彦「その時は必死だったからね・・・」


// 再び回想シーン。背景なしで、遙のグラフィックでお願いします。



億彦「遙ちゃん!!」

後ろから呼びとめられ、遙は振り向いた。

息を切らして駆け寄ってくるのは、銀色の機械的なスーツに身を包んだ、
某宇宙刑事であった。

遙の前で呼吸を整えると、宇宙刑事は「やあ」と気さくに声をかけた。

億彦「こんなところで会うなんて奇遇だね、遙ちゃん」

遙は首をかしげた。

遙「誰?」

億彦「あ、ああそうか。これじゃわからないよね」

宇宙刑事はヘルメットを脱いだ。あらわになる、わりと整った顔。
もっとも、おぼれたみたいに汗だくだったが。

億彦「僕だよ、飯田億彦。これからアルバイトに行くところなんだ」

その格好で行く必要あるのかよ、と思ったのは集まった野次馬達で、
遙は彼を無言で見つめていた。

億彦「僕はね、遙ちゃん。君の言葉で目が醒めたんだよ。
   自分で働く喜びにね」

遙「私、何か言った?」

億彦「御曹司だから偉いの?って行ってくれたじゃないか。
   その言葉で、御曹司なんて肩書きは親の七光りでしかない、
   そんなものは自分の価値じゃないって気がついたんだ」

遙「・・・・・・・・」
 
遙は無言だった。だが、視線だけはずっと彼に向けられている。

億彦「僕は、今までアルバイトをしたことがなかった。必要がなかったからね。
   でも、お金のためじゃなく、自分の価値を見つけるために働こうと思ったんだ。

   そして見つけた。自分のやりたいことを。
   僕は、子供達に夢を与える仕事をしたい。

   そう、気づいたんだよ」



//回想中断。背景ロッジに。



優夏「へー・・・。かっこいいじゃない。
   あこがれのヒーローにそんな告白されれば、遙だって・・・。
   で?結局どうなったの?」

億彦「ああ、うん、それが・・・」



//再び回想シーン。背景なしで。



決まった、と億彦は思った。
憧れのヒーローにこんな告白をされれば、どんな女の子もメロメロだろう。

遙「素敵、億彦・・・」

億彦「遙ちゃん・・・」

遙「私、あなたの夢の助けになりたい」

億彦「遙ちゃん、僕のヒロインになってくれるかい?」

遙「嬉しい、億彦・・・」

こんな感じだろう。シュミレーションを終えたころ、遙が口を開いた。

遙「怪人は?」

億彦「へ?」

遙「いないの?怪人」

億彦「怪人てあの写真の?今日はいないけど・・・」

遙は残念そうに「そう」と呟いた。

遙「かっこよかったのに。怪人フナムシ男」




//回想終わり。




優夏はついに堪えきれず、大爆笑した。

優夏「あはははははははははは!ひーっ、か、かいじん、フナムシ・・・
   あー、おかしい!あはははは!」

億彦「・・・・・・・・・・・・・・・・」

優夏「わ、わかった。前にウワサになった(怪奇!泣きながら走り去る宇宙刑事)
   って億彦くんのことだったんだ!」

億彦「ええっ!そんな噂流れてたのかい!?」  

優夏「し、知らなかったんだ。あははは、はあ、はあ」

ひとしきり笑い終えて息を整えると、気まずい沈黙がおりた。

優夏「ごめん、億彦くんは真剣なのに笑っちゃって。
   よし、飲もう!とっておきのお酒あけるから」

そう言って優夏は一度自室に引っ込むと、一升瓶を大事そうに抱えて帰ってきた。

優夏「じゃーん!幻の銘酒、「美青年」でーーーす!」

億彦「・・・美少年じゃないの?なんかバッタもんくさくないかい?」

優夏「ちっちっち。あまーい。誰も知らないからこそ、幻なのよ」

そういいながら、瓶の封を解こうとする優夏。
その表情にかすかな陰がよぎった。

億彦「でもいいのかい?大事なお酒こんなところであけちゃって」

優夏「あー、いいのいいの。このお酒は、億彦くんと呑むべきだと思うし・・・。
   あ、ほら、名前が名前だからね」

やがて、二人のグラス(優夏もグラスにした)に琥珀色の液体が満たされた。

優夏「それじゃ改めて。乾杯!」

優夏がちびちびとそれを飲み始める。億彦一もそれにならった。

すがすがしい香りがすっと抜けていった。

億彦「おいしい・・・!」

優夏「そうでしょ?良かった。
   ・・・それにしても、すごい偶然よね〜。
   そんなに思っていた相手とこうして一緒の班で旅行できるなんて」

億彦「あ、ああ。それは・・・」

億彦は口篭もった。まだ彼女にも誰にも話していないことがあるのだ。
それは誰にも話せることではなかった。墓の下まで持っていくべき秘密だった。
それなのに、酒の影響だろうか。優夏の人徳だろうか。
億彦はそれを話したくなった。どうしても彼女に聞いてもらいたかった。
 
それは懺悔のつもりだったのかもしれない。

億彦「・・・・・・・聞いて欲しい、優夏ちゃん!この合宿は、実は!」

優夏「な〜〜〜〜んでしゅか、おくひこったん。きゅうりそんな真剣なかおして〜」

億彦「優・・・夏・・・ちゃん?」

優夏「のみがたりらいいんらないれすか〜〜〜?ほーら、もっと飲むろ〜〜〜」

脱力感が億彦を襲った。やっぱりこういうオチだったのだ。
背もたれに体重をあずけ、天井を見上げる。そこには、言いそびれた言葉が、行き場もないまま漂って
いた。

この合宿は、実は、億彦が遙を口説くために仕組んだものだった。
自分の父親が大学に多額の寄付をしていることを利用し、大学に働きかけたのだ。

二人きりでは警戒されてしまうし、世間的にもあやしまれるので、もう二人ほどセレクトした。
自分のかわりに班を仕切ってもらえそうな、リーダーシップのある女性。
女性ばかりなのもまずい。
決してライバルになれそうもない、不真面目で冴えない容姿の男性。
この4人で行こう、と。

そう、彼ならライバルになりえない。そう思っていたのだ。

ちらりと時計に目をやる。すでに早朝と呼べそうな時間であった。

億彦「石原・・・、遙ちゃん、一体何をやってるんだ?」

優夏「あはははは、夜の石原はシイタケや〜、なんちゃって〜」

億彦「もはや回文でもなんでもないじゃないか・・・」

むしろ怪文である。

しかし、このとき、優夏の理性は完全に失われていたわけではなかった。

(ごめんね、億彦くん)

わずかに残った意識は、罪悪感に満たされていた。

(本当は私、全部知っていたの・・・)



//回想シーン。



優夏「それじゃあ、その合宿の目的って、彼がその女の子を口説く機会をつくることなんですか、先
生?」

教授「まあ、そういうことになる」

優夏「サイテー!なんでわたしがそんな合宿の班長なんてやらなきゃいけないんですか?」

教授「多額の寄付を受け取っている立場として、断るわけにはいかない。

しかし、あまり好きにさせて問題を起こされても困る。そこで君に彼を監視してもらいたいのだよ」

優夏「わたし、イヤです。そんな人と一緒に一週間もいられません」

教授「確かに、その意見はもっともだが・・・」教授は、戸棚がら何かの瓶をとりだして、卓上に載せた。

教授「そこをなんとかならないかね」

優夏「そっ、それは!幻の銘酒、美青年!?」

教授「彼とその娘が二人きりになるのをなるべく邪魔すること。
   それからもう一人の彼にこの合宿の目的を聞かれたら、怪しまれないように
   終わるまで秘密、ということにすること。やってくれるね?優夏くん」



//回想終わり



優夏「あははははは・・・・」

優夏は酔いにまかせて笑い続けた。
その声に滲んだ別の感情に、億彦は気づかなかった。

と、そのときである。

暴力的な勢いで、玄関のドアが開け放たれた。
いつの間に降り出していたのだろう、雨が、風とともに吹き込んできた。

そこに立っていたのは誠だった。
ずぶぬれになり、荒い息を整えている。

少し落ちつくと、酒盛りしていたらしい二人をいらだたしげに見まわし、
話の通じそうな億彦に向かって叫んだ。

誠「億彦!遙が大変なんだ!」

億彦「なんだって?遙ちゃんに何があったんだ?」

誠「車に、はねられたんだ!」

億彦「ばかやろう!お前がついていながら、どうしてそういうことになるんだ!」

誠「す、すまない」

億彦「あやまって済む問題じゃねぇ!それで、僕はどうすればいい?」



  ヒーローになりたかった。

  子供のころも、今でも。

  だけど、自分にはなれないと知った。

  それでもいい。

  彼女がその孤独から救われるのならば。




        終






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