Ever17の影響をうけ、視点が変わります。
<???視点→誠視点→沙紀視点>



 沙紀の誕生日   
                           作:雪だるま 様
ここはとある酒場。夜ともなれば多くの人生の一コマが博物館のように並べられる。そして私はそのマスター……多くの人生の傍観者……
酒は人類の友である。悲しい時にも酒……、嬉しい時にも酒……、もちろん理由がなくても酒を呑む……きっと人類の歴史から酒が姿を消すことはないだろう。
今夜も私の酒場で二人の大学生がウイスキーを呑んでいる。一人はごく普通の青年だった。そしてもう一人はやたらと長いモップのような髪と小生意気なブランドの服で着飾った青年だった。

「石原ぁ〜。今日は沙紀ちゃんの誕生日だろ? こんな所で呑んでていいのかい?」
「いいんだよ! 今日は朝倉家でパーティーがあんだとさ! 招待状が送られたのは大金持ち様だけってワケだよ」

なかなか身なりのいいモップ髪の青年が、普通の青年に話しかける。石原と呼ばれた青年はグラスをあける。見事な呑みっぷりである。もう何杯目だろうか? 眼がすわっている。若いうちはいろいろとあるのだろう……悩め! おおいに悩んでおくといい。

「じゃあ、お祝いはナシか?薄情な男だな君は……」
「いや、昨日、すでにお祝いはしたよ、簡単なケーキ焼いたりしてさ。バースディ・イヴってことでな」
「ふ〜ん。ま、手作りってところが心憎いじゃないか」

どうやら、石原青年の恋人(だろう)が、自宅で主催されるパーティーに出席しなければならないため、彼氏である石原青年と誕生日当日を過ごせないらしい。しかし、察するに『朝倉家』とはあの朝倉財閥のことだろうか? もしそうだとすると、そんなお嬢様がなぜ、この普通の青年と? もう一人の青年ならまだ理解できるが……と思っていると石原青年は更にぼやきはじめた。

「やれやれだよ、まったく」
「誕生日に沙紀ちゃんと過ごしたかったのなら、僕に相談すればそのパーティーに出席させてやることができたかもしれないのに」

やはりモップ青年はそれなりの家柄だったようだ。すくなくとも朝倉家のパーティーに招待されるに充分な家なのだろう。

「バ〜カ、いいんだよ。沙紀も家庭の事情ってのがあるだろうし……それに! 沙紀はオレがそれらしく着飾って、金持ち様のパーティー
に出席するなんて事を望んじゃいねェよ」

なるほど、お金持ちのお嬢様の物珍しさというやつか……と思っていると、億彦青年が笑みを浮かべた。

「それもそうだな……君もなかなか女心がわかってきたじゃないか」

どうやら、そう単純な話ではないらしい、彼らの関係にはもっと深い理由と強い絆がありそうだ。私は興味を覚えて耳を立てた。おっと、お客さんの秘密は守りますよ、ええ、どんな事でもね。でも、お客によっては突然話を振られることがあるので、聞いていてもいいでしょう?
ああ、石原青年が話し始めました。

「んなコトねえよ、今だって沙紀をかっさらいに行きたいくらいなんだよ!くそっ!」
「沙紀ちゃんが聞いたら喜ぶな……そのセリフ」

モップ青年が短く笑って、グラスを傾けた。彼もなかなかの飲みっぷり……というより呑み慣れているといった感じである。

「おいおい、億彦……お前もペース速いな」
「遙ちゃんのためにタバコやめたからね、その反動かな?」
「それで酒量ふえてちゃ、イミねえだろうが」

石原青年がモップ青年改め、億彦青年に対して呆れた声をかけた。

「冗談だよ……君のペースに合わせてるんだ」

億彦青年は軽くあしらうと、残りの酒を呑みほした。オン・ザ・ロックの氷がグラスにぶつかってカランと音を立てた。

「へっ!ところで億彦…お前はどうなんだよ」
「何が?」

自嘲気味に笑った石原青年は、「その話はもうよせ!」とばかりに億彦青年に話を振った。

「遙のコトだよ」
「遙ちゃん?…うまくやってるよ」
「ホントか?」
「僕は君より女心がわかってるつもりだよ」

いかにも遊びなれてるといった億彦青年らしい言葉だった。
先ほども彼女のためにタバコをやめたとか言っていたな? 遙というのは億彦青年の恋人なのだろうか?

「遙がお前と付き合ってて、他の女が遙に嫌がらせしたりしてんじゃねえのか?」
「あ!……そ、それは考えなかったな」

なるほど、億彦青年ほど金回りのよさそうな男になら、金めあての女性があつまっても不思議ではない。
悲しいことだが、女性の体めあての男が尽きないように、男性の金めあての女性がつきないのだ。私は酒場でどちら側の人間の人生にも触れてきたのだ。めあての対象が一つしかなく、その対象を独占する他人に向けての負の感情が一つになったとき、人はどんな残酷なこともできるのだ。そうして他人を蹴落として手に入れたとしても、次に蹴落とされるのは自分かもしれないというのに…

「他の女のコトも考えとけよな、遙は気を使いすぎるくらいなんだから…」
「そうだな……すまん」

どうやらこれは遙と呼ばれる女性が気を使って嫌がらせをうけていることを話さないでいるのではないか、と石原青年が指摘したのだろう。遙という女性なかなかにできた人柄であるらしい。もちろん、それが彼女の人生によい結果をもたらすか否かは別にしてだが…

「それに、今までは目立たなかったけど遙は可愛いんだから、金持ちのボンボンなんかやめて俺と……なんて男もいるんじゃねえか?お前
は結構な有名人なんだし……」
「う……」

なおも続く石原青年の言葉に億彦青年はたじたじだった。それにしても、やはり億彦青年もかなりの金持ちらしい。

「遙のコトしか考えてなかったって顔だな……」
「……面目ない」
「友達とかから結構ひやかし受けたりするだろ?考えろよ、それくらい」

大学生にかぎらず友達に恋人を紹介してひやかしを受けないということはまずなかろう。程度の差はあれども“のろけ”や“ひやかし”といったものは私の若い頃とそうそう変わるものではなかろう。
しかし、億彦青年の返答は私の予想にはないものだった。

「自慢じゃないが、石原。僕は君以外に男友達がいない!」
「……ホントに自慢になんねーな」
「人間関係は量より質さ!」
「褒めてんだろうな?」
「当然だろ」

そういって、お互いニヤリと笑いあって、グラスをカツン!とぶつけあった。友情の乾杯だろうか?
どうやら、石原青年と億彦青年はかなり愉快なキャラクターをしているようだ。それともアルコールがまわってきたのだろうか?
石原青年はグラスのウイスキーを飲み干したが、億彦青年は半ばで唇をグラスから離して、急に真面目な表情で石原青年に言葉を放った。

「ところで、石原。僕もひとつ忠告しておくと…」
「なんだよ?」

更に不機嫌そうになった石原青年に億彦青年は続けた…

「君はそろそろ帰った方がいい」
「なんでだよ?」

ドスの利いた声……
おおっと!私の店で揉め事はゴメンですよ。たしかに、自棄酒を冷静にとめられることは不愉快きわまりないですけれど……
私は腰を浮かしかけたが、眉間にシワをよせた石原青年に億彦青年はこともなげに理由を話した。

「沙紀ちゃんが帰ってくるからさ」
「まさか? お祝いはもう昨日……」
「それは、きっと保険だったんじゃないかな?」

思ってもみなかった答えだったのだろう。石原青年は先ほどとは違って気の抜けた表情になっていた。

「主賓といってもくだらない連中のパーティーなんてのは名目だけのことさ。きっと気分が悪いとか言い訳して抜け出してくるよ。連中は
それらしくお世辞と自慢話ができればそれでいいのさ、沙紀ちゃんの誕生パーティーでなくても同じことだろうね。あとは“朝倉家令嬢”に言いよる坊ちゃん連中を振り切って……」
「じゃあ……」
「昨日お祝いをしていても、それでも待ってて欲しいって沙紀ちゃんは思ってると僕は思うよ。昨日お祝いをしたのは、万が一今夜帰れな
かった時の為ってところかな? 思い出の無い誕生日は寂しいからね」

億彦青年が優雅な身振りと口調で石原青年に説明してやった。右の手のひらを天井に向けるポーズである。なんてキザな仕草だろうか?
しかし、私はこのときすでに金持ちでボンボン(であろう)の億彦青年が憎めなくなっていた。なんだかんだ言って友達思いな青年だ。
石原青年は立ち上がった。

「そうか!」
「そういうこと! かっさらいに行くんだろ?」

億彦青年は“してやったり”といった態度で石原青年に問いかける。
確かに、どうやら今回は億彦青年の方が一枚上手だったようです。

「ありがとよ、億彦」
「どういたしまして、女心や上流階級のことが知りたくなったらいつでも僕のところに来たまえ」
「ああ、本当にど〜うしよ〜うもない時になったらな!」
「……ああ、それがいい。そうしたまえ!」

あいかわらずキザな口調で億彦青年は友人の感謝と皮肉が入り混じった言葉に応えた。
億彦青年はアルコールが入っているとは思えないほどのさわやかげな笑顔で唯一の男友達を見送った後…

「石原……沙紀ちゃん……君達の未来に……乾杯!」

これまた、誰も聞いていないのに(聞くともなしに聞いている私以外は)ひときわキザなセリフを吐くと、残りのウイスキーを喉に流し込むべくグラスを傾けた。男の私でも惚れ惚れするような呑みっぷりでした。
ところで石原青年は自分呑んだ分の支払いを忘れてましたが、まあいいでしょう。億彦青年からいただくことにしましょう。






俺は億彦の言葉を信じて、オンボロアパートに帰ってきた。
あいつは馬鹿のクセにこういうときだけ妙に鋭い。経験の差ってやつだろうか?
ん?あれは……

「誠くん……」
「沙紀……」

アパートの前に停まったタクシーから降りてきたのは沙紀だった。もう少し遅ければ沙紀を待たせるところだった。「ありがとよ億彦!」俺は心のなかで恩人に謝意を表した。
よほど急いでパーティーから戻ってきたんだろう、沙紀の上着の下はいかにも高価そうなドレスのままだった。
いや、沙紀が俺のためにパーティーを抜け出してきたのは疑いない。
タクシーを帰して、沙紀は立ち尽くす俺のところへ歩いてくる。めっきり冷たくなった風になびく髪をかるく抑えながら……
その一連の動作はまさしく貴婦人のように優雅だった。

「呑んできたの?」
「あ、ああ……」

ほんの少しだけ咎めるような表情と口調だった。機転の利いた言い訳をしようともしなかったし、酒気にやられた状態では無理だ。第一、沙紀に嘘はつけない。俺は正直に答えた。

「私がいなかったから自棄酒かしら?」
「・・・・・・・・・・・」
「図星みたいね」

そのとおりだ。でも、口に出しては認めない。俺の小さなプライドがわずかな抵抗を試みたのだ。が、沙紀は俺の沈黙の意味をを正確に読み取った。
俺は沙紀が俺のために戻ってきてくれるなんて思ってもみなかったのだ。まったく俺は……最低だ。
俺は目の前の麗しい恋人からの叱責を覚悟したが、彼女は少しだけ呆れたように小さくため息をついただけ

「私も少し酔ってる」
「・・・・・・・」

沙紀は穏やかに語りかけると俺を「アパートの部屋に入りましょう」と促した。
沙紀の言葉に“許し”を感じると共に、自責を感じほんの少しの間、立ち尽くしてしまった俺に沙紀は、更にささやいてきた。

「もう一度呑み直しましょ。今度は私たちだけで」
「ああ」
「一度酔いを醒ましてからね」
「なんで?」

俺たちの部屋へ向かいながら穏やかな語らいを楽しむ。

「私の誕生日を祝うのに、他の理由でのアルコールで酔ってるなんて許せないわ」
「そうだな」

実に沙紀らしい理由だ。“沙紀のための行動は、100%彼女のためだけであれ”というワケだ。彼女の誕生日に自棄酒なんてもってのほかだ。
やっぱり、沙紀はこうでなくちゃあな! 呆れでも蔑みでもない“いつもどおり”の口調で沙紀は続けた。

「まあ私がいなくて寂しかったからってのは悪い気はしないから許してあげてもいいけど……ネガティヴなお酒はよくないわ」
「くっくっく……」

俺はたまらず笑みを漏らした。もう、俺の中から負の感情は全く消えうせていた。

「なによ?」
「お前もずいぶんと嫌な酒を呑んできたんだなと思ってさ」
「そうよ、だから抜け出してきたんじゃない?」
「だろうな」

拍子抜けするくらいに、あっさりと沙紀は認めた。
彼女の素直な返事に何やら嬉しくなった俺が更に笑ったら、さすがに今度は拗ねたようだ。

「もう! いいから! ……極上のブランデーをパーティー会場からくすねてきたの、二人で飲みましょ」
「それは結構!」

沙紀がハンドバッグから酒瓶を取り出し、俺は大仰に喜んでみせた。
沙紀はやれやれといった表情で酒瓶を俺に手渡した。

「誠君と付き合うようになってから、妙なことばかり上手くなってるわ」
「いやか?」
「全然!」
「即答かよ?」
「もちろんよ!」

最高に嬉しい答えだ。
沙紀と付き合うようになってから、彼女はお嬢様が到底しないような大胆な行動をとるようになった。
対面や格式を重んじる名家をあざ笑うかのように、俺のオンボロアパートにいることがいい例だ。
今回のブランデーも、沙紀に言い寄るお坊ちゃんの一人が「このブランデーは、歴史ある最高の酒造メーカーが何十年かけて……云々」と能書きをたれるのを「ああ、そうなの」の一言でもらってきたものだそうだ。沙紀いわく……

「以前、雑談で『紅茶にブランデーはとても合いますね』って言っただけなのに、“わたしはブランデーが好き”って勝手に思い込んでもって来たみたいなの。単純で嫌になるわ」

……だそうだ。
どんな男かは知らないけど、沙紀を物で釣ろうとは浅はかな男だ。
彼にしてみればお目当てのお嬢様と一緒に飲んで、お近づきになるための小道具だったのだろう。
そのえらく値が張る(であろう)極上品のブランデーを、「あーコイツは確かにブランデーだ」という程度にしか味のわからない俺が、お目当ての沙紀と二人きりで栓を抜くことになるワケだ。なかなか爽快な話である。
アパートの扉を開けると、もう一人……いや、もう一匹の同居人? がやってきた。敷居で一旦、コロンとひっくり返り、何事もなかったかのように沙紀の足元にじゃれ付いていく。
外に出られると面倒なので同居人(=子犬)を足元から拾い上げ玄関をくぐった。沙紀も俺に続く。

「お前も呑むか?」
「ダメにきまってるでしょ!」

子犬に問いかける俺のわかりきった冗談に突っ込んでくれる沙紀……以前なら本気で怒り狂っていたことだろう。





かたくるしいドレスを脱ぎ捨て、普段着に着替えた。ドレスは子犬の寝床にくれてやる。

「どう? シルクのベッドよ」
「いいのか? 高いんだろうに……」

誠君がいぶかしげに尋ねてきた。しかし、口元は笑っている。私の答えを知っていてのことなのだ。

「いいのよ、私が着たくて着てたものじゃないから」
「くふふ」

もともと決してキレイとはいえない部屋を片付けながら(子犬は与えておいた食事を食べ散らかしていたのだ)誠君は「予想通りの答えだ」とばかりに含み笑いをもらした。
他人の予想通りに行動するのは癪に障るが、彼の場合は私を理解してくれてのことだから不快じゃない。むしろ嬉しい。
ふと、誕生日の主役から逆にプレゼントされた幸運な同居人を見やると、彼はドレスを寝具としてではなく遊び相手と認識したらしく引っぱったりじゃれついたりしている。まあそれでもいいか……
誠君はドレスに絡まって身動きが取れなくなった子犬を、しゃがみこんで助けてやりながら“被”救助犬に話しかけた。

「沙紀のぬくもりとにおいが残ってるんだろうな、嬉しいか?」
「わん!」
「いいにおいか?」
「わんわん!」
「どれ……俺にもちょっと」
「きゃん!」
「やめなさい!」

よれよれになったドレスを手に取った誠君を叱り付ける。
よくこの“二匹”はこうやって協力して私をからかう、まったく!
子犬ごとドレスを抱え上げて誠君から引き離す。

「あ〜あ、残念……。」

特に残念でもなさそうに誠君は抗議の言葉を漏らした。
同棲して随分経っているし、今更だがこういった冗談は絶えない。
そういう時、私は決まって「私の抜け殻や贈り物よりも、私自身を見つめなさい」というポーズをとる。
……実は、ここだけの話、キライじゃなんだけどね……こういうの。

「もう! はやく酔いを醒ましなさい」
「もう酔ってないよ」
「酔っぱらいは皆そう言うのよ」
「じゃあどう言えってんだよ?」

ああ言えば、こう言う。以前の私ならブチ切れていたかもしれない……
誠君の問いかけを無視して、子犬とドレスを足元に降ろして、ブランデーを2つのグラスに注ぐ。本当ならブランデーグラスが欲しいところだが、もちろん安アパートにグラス一式そろえるだけのスペースなどないからただの透明のグラスだ。一方を誠君に手渡し、私も彼の向かいに座り込んだ。

「はい、誠君」
「ありがと。悪いな、主賓に給仕させちゃって」

律儀に謝る誠君。気にしなくていいのに、まあそこがいい所でもあるんだけどね♪

「いいわよ、そんなこと」
「ああ、それじゃ……」

誠君がグラスを軽く掲げた。私も同じようにして応じる。

「改めて、おめでとう、沙紀」
「ありがとう、誠君」
「「乾杯」」

グラスを軽く触れ合わせる。そのグラスの向こうに大切な人の存在を確かめてから、「くい」と飲み干す。
醒めた体が、また一気にほてった。ブランデーは結構アルコールが強いのだ。……一息つく。

「にがい」
「しぶい」

せっかくいい雰囲気だったのに、このブランデーの所為でだいなしだ。まったくこんなものよこすなんて、あの男! 許さないんだから。

「呑めないことも無いけど、美味くはないな」
「そうね……」
「何とか飲み易くできんかな?」

誠君が立ち上がり、冷蔵庫を開く……中身はほとんど無い。昨日のバースディ・イヴのプチパーティーで使ってしまった。

ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン……
ドン! ドン! ドン! ドン! ドン……

突然、静かな室内が騒音で満たされた。このボロアパートにはインターホンなんてものはついていない。私と付き合うようになってから、チャチな代物だが、後付のインターホンを設置してあるのだ。「誠君は必要ない」って言ってたけど、同棲していると、その……イロイロと必要になってくるのだ。
しかし、インターホンを鳴らしつつ、扉を叩きまくるとは、よっぽど急ぎの用事があるのか、せっかちなのか、それとも狂っているのだろうか? どれにしてもロクな来客ではないようね。私の誕生日に、誠君と2人きりの時間を邪魔するなんて……

「やれやれ……誰だ? まったく……」

誠君がしぶしぶ玄関に向かう途中、扉の向こうから、知った声が聞こえた。どうやら正解はBの狂人のみたい。

「くるぁ〜、キミたりはかんれんに包囲されているぅ〜、あきりゃめて開けろォ〜、うらぁ!」

ろれつの回らない口調でがなりたてながら、トドメとばかりに扉に過度の衝撃を与えた。
誠君が扉を開いた向こうの無粋な来訪者は、予想通りの人物だった。誠君を乱暴に突き飛ばして酒気と共に進入してくる……

「沙紀〜、たんりょうび、おめれろ〜」
「あ、ありがとう……優夏」

優夏は何のアイサツのつもりなのかカクンと変なお辞儀をしながら、お祝いの言葉をくれた。一応お礼を言っておく、覚えていてくれたのは素直に嬉しかった。でも何で“おめでとう”でお辞儀なのかしら? まあ酔っ払いには理屈は通らないけど。こんな時にやってくるなんて全く本当に無粋な友人ね。

「うっ! 酒くせ〜。このアル中め……」
「失礼ね! まこったん。わらひは酔ってないりょ〜」
「酔っ払いは皆そう言うんだよ」

誠君が優夏を支え起こしてあげながら、顔をしかめた。うわっ! ホントに私のところまでアルコールの匂いがしてくる。

「まったく、優夏? アナタなにしに来たの?」
「えへへへへへ」

私の非難めいた問いかけに、誠君から離れた優夏は、酔っ払い特有の緩慢な動作と笑みで部屋に上がりこんできた。誠君は外の寒風が入ってこないようにとりあえず扉を閉めた。

「あのね、これ、プレれント……」
「???……プレゼントってこと?」
「ウン……そうらよ」

優夏は傍らから、紙袋を取り出し私に差し出す。

「それれね、沙紀……」

優夏は私の横顔に口を寄せると、ゆっくりとささやいてきた。う……ますます酒くさい。

「あのね……ブランデーと……シロップ……意味は……らよ♪ わかった?」
「……そう、わかったわ。ありがとう、優夏」

優夏は私から離れると紙袋から一つだけ瓶を取り出すと、ふらふらしながら玄関へ向かった。大丈夫だろうか?

「あ……おい、優夏もう帰るのか?」
「うん、これいりょう、りゃまひたくないひね」

少しは気を使う理性が残っていたみたい。誠君が優夏のために再び玄関を開けてやると、億彦くんが立っていた。

「いや、すまない石原、沙紀ちゃん。迷惑かけたね」
「……億彦?」
「石原ぁ。君と別れてから優夏ちゃんにつかまってね。此処まで連れて来させられたんだ」
「お前、結構飲んでたのに……」
「すっかり醒めたよ。優夏ちゃんが傍らにいて酔えるかい?」
「……それもそうだ」

酔った優夏に随分とからまれてきたらしい億彦君はうんざりとした表情で肩をすくめて見せた。億彦くんが優夏のからみ酒の餌食になる情景があまりにも簡単に想像できたので私と誠君は苦笑した。

「それじゃあね……お2人さん」

億彦君はそう言い残すと酔っ払った優夏に“連れられて”去っていった。きっとこれからまた優夏に付き合わされるんでしょうね、あの様子じゃあ。

「億彦も大変だ」
「女難の卦があるのね」

酒乱の女傑とその従者を見送った後、私と誠君は顔を見合わせて、去っていった嵐を思い、笑いあった。

「じゃあ飲みなおすか?」
「あ! ちょっと待って」

私は冷蔵庫を開けようとした誠君を制止した。

「ん?」
「今、優夏が色々とくれたわ」
「何を?」
「いいから!」

私は優夏がくれた紙袋から、瓶を取り出してゆく。オレンジキュラソー、グレナディンシロップ、卵……と。卵くらい冷蔵庫にあるっていうのに、きっと気をきかせてくれたらしい。そして帰るときに、「コレはいらないわね」とばかりにブランデーの瓶を引き取っていったのが何とも優夏らしい。

「さっきのブランデーと優夏のオレンジキュラソー、シロップと卵黄でカクテルを作りましょう」
「いいけど……」

誠君がシェイカー(実はアイスコーヒーを作るやつだがまあいいだろう)の中に材料を注ぎシェイクする。
私たちのグラスにふたたび液体が注がれた。

「じゃあ、仕切り直しだ」
「ええ」

見つめあい、そしてグラスを掲げ持つ。

「沙紀の誕生日に……」
「素敵な友人たちにも……」

私の言葉に誠君は少し苦笑した。

「「乾杯」」

カチャン♪ と2つのグラスが小気味よい音をたてた。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「なかなかイケるわね、コレ」
「そうだな」

適度に顔を赤くした私たちはどちらからともなく、肩を寄せ合って壁にもたれた。もちろんソファなんて無い。
でもいいのだ、私はちょうど良い高さにある誠君の肩に頭を預ける。

「いい気分だわ〜」
「ああ」

甘い時間が過ぎていく……もう少しこのままで……
ほろ酔い気分で視線を動かすと、子犬は新しいベッド(私のドレス)で眠っていた。

「俺たちも寝ようか?」
「そうね、。このままで……」

私たちはそのまま横になり2人で寄り添って誠君の上着を羽織って眠りにつく。私が寒くないように誠君が抱きしめてくれた。ありがとう、誠君。
作ってくれたカクテルの名前の通りだね。

あのカクテルの名前は……“ブザム・カレッサー”

意味は……私だけの抱擁……誠君は知らないでしょうけど……ふふふ、素敵な誕生日だったわ。




あとがき

きっと誰も書かないだろう。ならば私が書いてやろう! と思い、沙紀の誕生日SSです。というのは少し違いまして、勘のいい読者はお気づきかも知れませんが……だってお酒ネタですもん。実は未完成だった優夏の誕生日SSの改稿だったりします。沙紀、ゴメンよ。そして優夏も……すまぬ。
改稿SSですので、展開が苦しかったと思いますが、あとがきまで読んでくださってありがとうございます。

ブザムカレッサー(bosom caresser)はブランデー:2/3、オレンジ・キュラソー:1/3、グレナディンシロップ1tsp、卵黄:1個分をシェイクして作るナイトキャップカクテル(←寝る前に飲むカクテル)です。作中では随分手抜きでしたが、誠君のアパートに全て揃っているというのは、わざとらしすぎると判断し、川島嬢の来訪(襲撃?)とあいなりました。そして、「私だけの抱擁」の他にもう一つ「心に秘めた愛撫」という意味もあるそうです。官能的ですね(笑)
本当にここまで読んでくださってありがとうございました。
雪だるま







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