-twilight memory- プロローグ |
作:暇人(八坂 響) |
「今日も学校か……」 僅かに霞んでいる空を見上げながら、制服に身を包んだ彰(あきら)が、その黒い右の瞳に物憂げな光を浮かべ、呟く。彼の左目には眼帯がしてあった。 「面倒だよな、ホント……」 少しだけ長い黒髪が、歩調に合わせて左右にゆれている。今日はかなり天気もいい方だ。微かにくすんだ空の向こう側から、太陽が大地に微笑んでいる。 「親にお金まで出してもらって通ってるんだから。文句は言わないの」 隣を歩く長い髪の少女が、説教するかのように言う。ワンピース姿で鞄を下げている、十四、五ほどの女の子。その胸元では、銀色のペンダントが揺れていた。 「それだったらやめればいいんだ。そしたら親父の方も少しは楽になる。俺も毎日ゆっくり出来て、八方丸く収まるじゃないか」 「バカなこと言わないの。せっかく行かせてもらってるんだから。幸せ者なんだよ?彰は。あたしのところなんて、お父さんもお母さんもいないんだから……」 少女の表情が、僅かに暗くなる。彼女は八年前、両親を事故で亡くしている。かくいう彰も、幼少時に母親を失った。 「……なぁ、真琴(まこと)」 隣を歩く幼馴染の少女の名を呼ぶ。 「ん?」 「毎朝のように同じ事を言われてるような気がするんだが……」 「彰がいつものように『はぁ、今日も学校かぁ』ってぼやいてるからだよ」 呆れた様子で、真琴が言う。 ――彼女は、自分を受け入れてくれた初めての他人。肉親以外で、初めて自分の事をわかってくれた人。自分の特異な能力(ちから)を目の当たりにして――それでも、一緒にいてくれた。 能力の制御にも慣れた。左目に隠された悲しみの痕はどうしようもないだろうが、暴走する事もないだろう。そう、このまま永遠に―― そんな、微妙な均衡の上に成り立った日常。いつまでも続くものと思っていた。 「――ねぇ、彰」 「ん?」 ふと、真琴が彰の方を振り返る。 彼女のつややかで長い髪が、ふわっ、と広がる。そこから風にのって届くのは、微かににおうラベンダーの香り。 「明後日の日曜日って暇かな?ちょっと付き合って欲しいところがあるんだけど」 不安と期待を隠しきれない様子で、少し上目遣いに問いかける。 「ん、そうだな……」 虚空を睨みつけながら唸る彰。 「まあ、いいか。どうせ年中暇だし。――で、何時にどこへ行けばいい?」 「そうね……」 彰の言葉に、今度は真琴は少し思案する。 「じゃあ、午後一時に――そうね、街の出口のところに」 「オッケー。……それはそうと、どこに行くんだ?」 当然の疑問を口にする。それを聞いた瞬間、真琴は少しだけ驚き、そして次に微笑んだ。 ――十数年来の幼馴染である彰ですら初めて見る、やさしい――それでいてどこかいたずらっぽい無邪気さを含んだ微笑み。その横顔は、はっとするほどに綺麗だった。 「……知りたい?」 「そりゃそうだ。もったいぶらずに早く教えろよ」 急かす彰と、焦らす真琴。 「海に行くの」 やがて、真琴の方が口を開く。 「海の見える公園……覚えてる?」 「ん?あぁ、あの公園か」 彼の脳裏には、忘れたくても忘れられない――そして決して忘れたくない記憶と共に、その場所は刻みつけられている。 脳裏によみがえる嫌な記憶を振り払い、適当な言葉でその場を取り繕おうと、彰が口を開きかけたその時―― 「あっ、もうこんな時間じゃない!急がないと遅刻しちゃう!」 真琴が声を上げる。 「ほら、急ご!」 「あ……」 真琴が彰の手を取り、駆け出す。それは、ごく自然な行為だった。彼女の白い指先が彰の手に触れ――やさしく包み込む。 「お、おい……ちょっと待てよ!わかったから引っ張るなって!」 やがて二人の姿は、初秋の風に彩られた街並みの中へと消えて行った―― かつて、大きな戦いがあった。ラグナレク――旧世紀に存在した神話の中に起きた、神々の黄昏の名を冠した戦争。大戦は、その二つ名に恥じぬ規模と破壊を内包していた。 百年近くに渡って世界中を巻き込んだ大規模な戦争。無数の核兵器が地球を汚染し、巻き上げられた粉塵によって大地は闇に閉ざされ、『核の冬』という時代が存在したほどだ。終わりのない闇。日の光の届かぬ地上で、それでもなお人類は殺し合い続けた。 その中で生まれた異能者たちの存在は、より一層戦争を悲惨なものにした。今ではほとんどの技術が失われ、残されたのは文明の遺物のみ。 だが、それも遥かな過去の話。以前ほどまでにはいかなくても、世界各都市とも人が住める程度には整備されて、国家機構も再編され始めた。もっとも、今だ自治政府団体の規模を抜けきれず、各都市が自分たちに従わないのが、新政府重役達の悩みの種であった。 そしてここには、新たな災厄の種が在った。いや、新たな、という表現は正しくない。それは過去の遺物。ただひたすらに目覚めの刻を待つ、怪物。 ――開放の時が、近い―― その喜びに打ち震えながら、それはひたすら待ち続けた。いつまでも、いつまでも―― |
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>> 第一章 海を臨む碑の前で…… |
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