盗っと勇者  ザ・シーフブレイバー
--  第六話   心優しきモノ --
                                    作:木村征人


森の近くに置かれた小さな小屋。小屋といっても普通の家の大きさぐらいはあるが。
「う、うーん」
 うっすらと目を開ける。少し焦点が定まらず視界が少しぼやけて見える。少し頭がくらくらする。
「気がついたか、フィー」
 顔は良く見えなかったが、声でライツだとわかる。ライツは『パタン』と本を閉じてを机に置くとコップをフィアに渡す。
「ありがと……あ、おいしい……これ何?」
「紅茶」
「ブッ!」
「うわっ、きたねぇなあ」
「だ、だって紅茶って……」
 この国は気候がら、あまり紅茶の葉はほとんど育たないのである。そのため値段が高く金と同等の値段につけられることも珍しくはない。貴族しか飲むことが出来ない超高級品なのである。
「気にするな、薬草をくれた人が持ってきてくれたんだ」
「そういえばあたしどれくらい眠ってたの?」
「そうだな……丸三日ってとこかな」
「そんなに寝てたの……」
 そう言いながらちびちびと味わって紅茶を飲む。
「まったく雷虫なんかに噛まれやがって……」
「雷虫?」
「おまえは雷虫の毒にやられたんだよ。身に覚えはないか?」
 町で瓦礫を片付けているときに奇妙な虫に刺されたことを思い出した。多分それが雷虫なのだろう。
「それでどうしたの?」
「薬草を分けてもらった」
「あ、そうなの。その人はどこにいるの?」
「外にいるよ……」
「外ね……お礼してくるわ」
 そう言いながらフィアは外へ出ていった。
「……………………そろそろかな…………」
 ライツがそうつぶやくと、
「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 叫びながらフィアがライツの前まで駆けこんでくる。
「おまえなぁ、もう少し色気のある叫び方できないのか?」
「だって。ドドドドドドド…………」
「あ〜、その驚き方はすでにやってる奴がいるから」
「どうしたんですか? フィアさん」
 ヒョコっとドアからミルカが顔を覗かせる。
「どうしたって……ミルカ。ドラゴンが何でここにいるのよ!」
「言ったろ、薬草を分けてもらったって……」
 怒鳴るフィアに向かって冷静にライツが言う。
「でも、ドラゴンって……」
 ぶつぶつ言いながら、そーっとドアから顔を覗かせる。
 ドラゴンは黒いうろこに覆われており、長い首に赤い目がぎらぎらと輝いている。四本足で座りながら時折バサッと背中の羽が動く。今ライツらがいる小屋の大きさはゆうにあった。
「どうやら目が覚めたようだね」
 フィアに気づいたドラゴンがフィアの眼前まで頭を近づけた。
 フィアは卒倒しないようにふんばったが、顔は完全に引きつっていた。
「大丈夫ですよ、このドラゴンさんは良い人ですから」
 それを見たミルカがにこにこしながら言った。
「いやぁ、僕はドラゴンなんで人じゃないんだけどね」
「そう言えばそうですわね」
 そう言いながらミルカとドラゴンは笑いあっていた。
 フィアが指差しながらライツに何かいいたそうだったが、ライツはただ首を左右に振った。
「ライツがドラゴンに乗って帰ってきたときはさすがにみんな驚いたよな、ミルカ以外……」
 バルザが苦笑いしながらつぶやく。
「ライツ、あのドラゴンとどういう出会い方したのよ?」
「あんまり話したくないんだけど……」

 ライツは腰を抜かしていた。その巨大な獣にすっかり恐れをなしていた。
「人間が何をしにきた?」
「ううううう、ドドドドドドドドド」
 座り込んだまま、どもり声しか出すことが出来なかった。
「おろかな人間よ、早々に立ち去るが……あれ? 君は確か……」
「…………………………」
「覚えてないかな? 最近、いや君達にとってはだいぶ昔か……」
「な、なんだよ…………」
 突然の言葉の変化にも驚きながらも、ずるずるとライツはあとずさっている。
「多分、人間で十年ぐらいかな。僕が君を町に送ってあげたの覚えてない?」
「…………は?」
 さすがにライツはこの言葉には驚いた。
「君は昔ここに来たんだよ、泣きながらね」
「えーと…………」
 霧がかかった記憶が少しずつ晴れていく。
「思い出した?」
「まだ、はっきりとは……って、何か雑談モードに入ってるし!」
「まあ、いいけど。どうしてこんなところに?」
「あ、そうだった。仲間が雷虫に刺されたんだ。それで薬草を探してるんだけど……」
「雷虫ね……それならこの薬草だね」
 ドラゴンは器用に薬草を摘み上げた。
「それじゃ! そういうことで」
 薬草を受け取って、とっとと出て行こうとした。その気になれば骨も残さず焼き尽くすドラゴンとこれ以上いたくないと言うのが正直な感想だった。
「どうせだったら、乗せてあげるよ」
「…………うううう、お願いします」
 ドラゴンの誘いに断れるわけがなかった。

「その後、ライツがドラゴンに乗って帰ってきたときはみんな驚いたからな」
 バルツが苦笑いしながら言った。
「ちょっと聞いていい?……」
 フィアがライツに質問した。
「なんだ?」
「ライツがドラゴンに会ったっていつ?」
「たぶん頭領に拾われる前だろうな」
「つまり、子供の頃ドラゴンに会って平気な顔をしてたってことよね……」
「…………そうなるな…………」
 額に汗を出しながら答える。
「あっきれた! 本当になんにも考えてなかったのね」
「そういうなよ」
「まさか、あの時に会った子供に再び会うとは思わなかったけどね」
 突然ドラゴンが話しに入ってきた。フィアはライツの影に隠れる。
「嫌われたな、ドラゴン」
 そう言いながらもライツも後ずさりしてる。
「はっはっは、しょうがないね、こんな成りだから……」
 ドラゴンは平気な顔をしながら笑っていた。
「そういえばお名前はなんですの?」
 ドラゴンの横にミルカが聞いてきた。
「スピアーといいます」
「よろしく、スピアー!」
 ドラゴンの上に乗っていたアルが挨拶する。
「やっぱりライツに似ているわね」
「いうなフィー、頭痛くなってくる」ライツもだんだん自覚がでてたようだ。「まあそれでもいいじゃねぇか、ミルカも少しは元気が出てきたようだしな」
「そうね」
 すべてを一瞬で失ってしまったミルカの胸中を知ることは出来ない。いままで時折見せていた暗い顔が少しずつだが和らいでいた。
「さて、無駄話もそれぐらいにしてこれからのこと考えようか……」
 バルツが召集をかけた。

 夕食を兼ねて会議を開いた。ドラゴンも話しに参加したいと言い出したので外で話しをすることになった。
「私は三日間寝てたから分からないけど、その間に何が起こったの?」
「フィーが寝ていた間、それほど変わったことはなかった。
 ただ、ほかの塔が降伏宣言を出した」
 ライツは平然と言ってのけた。
「まず、問題はどうやってあの厄介な物をどうするかだが……」
 バルツの言葉に口を挟んだのはライツだった。
「ちょっと待ってくれ、俺は行くなんて言ってないぜ」
「どう言うことライツ」
「さっき言ったとうりだ、フィー。俺達になんか得があるのか? 三人の王女の一人がミルカ王女のことだってだいたいわかるけど、後の二人はどこにいるんだ?
 それにグロッグがこの国を支配したって俺達の日常が変わるというんだ。
「でも、南西の塔みたいに……それにミルカがこのままにしておいていいの?」
「あれはただの脅しだ、これ以上することはないだろうな。
 だいたい俺達は兵隊でも騎士でもないんだぜ! 国のために命をかける義理がどこにある」
「………………………」
 みんなが黙っていると、
「わかりました、グロッグを倒したあかつきにはお礼をいたします」
 ミルカが立ちあがりみんなにそう言った。周りから声が上がる。ライツ同様納得できない人間もいたのだろう。
「悪いが……俺は降りさせてもらうぜ……」
 そういってライツは小屋の向こう側へと消えた。
「ライツの言葉も一理ある……」
「お父さん!」
 バルザの言葉にフィアが驚きの声をあげる。
「いいか、おまえら。これは強制じゃねぇ。国のためでも、報奨金のためにいってもいい。それでも行きたくない奴がいてもおかしくねぇ。どのみち何人か残していくつもりだったしな。ついてくる奴らは明日の朝集合しろ。以上だ!」
「お頭はどうするんです?」
 イーヴァがバルツに聞いてきた。
「俺は行くつもりだ、野暮用があるんでな」
 バルツはにやりと笑った。
「ライツさんは来てくれないのでしょうか?」
「ほっとけばいいのよ、ライツなんか!」
 ミルカの不安な言葉にフィアは怒りながら返した。
 ミルカにとって頼れるのはライツだけだった。初めて配下以外のものと接したのもライツだし、なにより今現在もっとも頼れる存在でもある。

 みんなが寝静まった頃、ライツは一人でいた。木にもたれかかって座っていた。
「確かにフィーの言ったとうりだけど…………だけど……」
「まだ起きていたんだね」
 スピアーがライツの近くまで来ていた。音もなく近づいたのはなにか魔法を使ったのだろう。紅茶の葉を作れたのも魔法で気温を操作したと言っていた。ドラゴンはもともと多大な魔力を持つ特別な存在なのだ。
「おまえか……」
「眠れないのかい?」
「ふん……いっとくが俺はまだおまえを信用したわけじゃないぜ、人間を一瞬に灰に出来る奴をそう簡単に信じるほうがどうかしてるぜ」
「そうだね、でも少し話しくらいなら聞いてくれてもいいじゃないかな」
 スピアーはこのライツやミルカ、アルに好感を持っていた。いままでいろいろな人間と会ったことがあるが、ミルカやアルのように無邪気になついてくれたり、ライツのように自分を見てくれドラゴンである自分にずけずけと言うような者など長い時をすごしたスピアーは初めてのことだった。
「君は悩んでるんだろ……行くか行かないかを……」
「……………………」
「僕は君とはじめてあったときの頃を覚えているよ。まさか盗賊になってるなんておもっわなかったけどね、君は覚えてないのかい?」
「覚えているよ、いや思い出したと言ったほうがいいかもな」
 スピアーに出会ったことで完全ではないが、徐々に記憶を取り戻しつつある。
 そして、独りぼっちになったあの恐怖と孤独感も……
「君達から聞いている、そのグロッグという男は危険な存在のようだね、もしかしたらあのときの君と同じような目にあう人がまた起こるかも知れないね」
「あれがまた起こるというのか……」
 ライツはコブシを握り締めた。瓦礫の下敷きになった母親と赤ん坊のことが脳裏に浮かんだ。
「僕は出来る限りの協力をするつもりだよ。これを持っていなよ」
 ライツにスピアーの指に絡められていた紐付きの笛を渡した。
「これは?」
「それは魔力が宿っていて、僕にしか聞こえないんだ。だから僕が必要なときはそれで呼んでくれればいい」
「一応もらっておくよ。使う必要なんてないと思うけどな
 そういえば俺があの洞窟に来たとき何であんなしゃべり方をしてたんだ?」
「え?」
「おろかな人間とか……」
「ああ、時々いるんだよ、ドラゴンの巣窟だから財宝があると思ってくる奴がいるんだ」
「それで俺もそういう奴らだと……」
「まぁ、そんなところだね」
「ひでー奴だな……おまえ」
「ふふふ、そうだね」

 そして次の朝。
「まったくライツったら強情なんだから……」
「ライツさん、結局来ないのでしょうか?」
「いいのよ、あんななんか!」
「あんな奴で悪かったな!」
「ライツなんか、あんなや……ライツ!」
「ライツさん!」
「言っとくが、金のほうはちゃんともらうぞ!」
 ビッとミルカを指差した。
「はい! よろしくお願いします。ライツさん」
 そして、馬車に乗って王都へと出発した。
                      



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