「忘れないで下さい、例え今この水晶を砕きドラゴンを滅ぼしたとしてもグロッグによって開けられた時空の穴によって今この世界は不安定な場所となっています。再び災厄が訪れるでしょう」
 運命の三女神(ウィールドシスターズ)の長女ウルズは盗賊勇者にそう話した。
 ドラゴンは消え、そして勇者は伝説となった。後にこの戦いは『ドラゴンの咆哮』と呼ばれることとなった。
 そして、ニ十年後。







勇者へのエチュード 
-- 第一話 伝説なる地へ --
                                    作:木村征人




 三本の塔がまるで天を支える様に見える為、空を支える天空の王国と呼ばれるアリオスト王国。勇者、運命の三女神が伝説として残り、そして二十年前、盗賊勇者が世界を救い登場した王国としても有名であった。
 二十年前、数百のドラゴン、三つ首のドラゴンのがもたらした被害は甚大であった。その被害は人間だけではなかった。森や山を破壊され住処を失ったエルフやドワーフはてにはゴブリンなど人間との共同生活を余儀なくされることになった。
 最初は色々と問題は起こったものの、どうやら人間の順応能力というものは思ったよりも早いらしく田舎町ではいざ知らず大きな街で普通に商売している姿などさほど珍しいことではなかった。
 そしてアリオスト王国の東の端に位置する港町フーリーに一人の少年の姿があった。年の頃は十五歳。余りファッショに気を使わない正確なのか質素な上着に短く乱雑にされた髪。右手には大きな手荷物を抱えられている。まるで燃えるような赤い瞳。目立った武器を所持していないことからアリオスト王国にはさほど珍しくない旅人だろう。名はケイン=ハーベルトという。
「ふぅ〜ん、ここが親父達の故郷か……だけど……」
 前述したとおり旅人はこのアリオスト王国にはさほど珍しくない。二十年前、実際にはかなり昔なのだが伝説とするならばつい最近と認識されるであろう。その地を一目見ようとこぞって人は集まる。それに乗じて色々と商売も始まるのは至極当然といえよう。
 ケインはとりあえず宿を探すために港町を眺めるがあちこちの劇場で勇者と運命の三女神の物語りが繰り広げられている。もっともかなり脚色されているが。そして土産屋の屋台が並びどう見てもかさばるようなものが所狭しと陳列されている。
 どう見ても普通の魚の干物に見えないが、勇者が好物にしていた(らしい)魚の干物として堂々と売られてたり、なぜか骸骨のキーホルーダーやはさみがごく平然と売られている。
「確かに大きい街だがえらくけばけばしいのは気のせいか?」
 港町フーリーのほかにも北と西にも港町は存在するがフーリーほど大きくはない、隣国のゼイラード帝国とは『ドラゴンの咆哮』から一年後友好関係となるべき不占領条約を結んだこともさることながら。その航路の途中に小さな島があり食料や燃料の心配をしなくても良いという便の良さも関係している。
「おい、こっちに逃げたぞ!」
「追え、逃がすな!」
 界隈の中からやたらと図太い声が聞こえる。その声に押されるように人ごみをかきわけながら一人の少女がケインの目の前に姿を現した。歳はケインと同じ様だが、まるでエルフを思わせるほど幼い顔立ちに小柄な体つきであった。その印象を隠すように薄く長い銀髪がさらさらと流れている。その後ろには少女を追って来たのであろう巨漢の男が姿を現した。
「あぁぁ! もううっとうしいわね!」
 幼い顔に似つかわしくない言葉を吐き捨て二人の男を睨みつけると、胸の辺りで両手を持ってくると呪文を唱え始めた。
 そしてケインの目にははっきりと見えた。
「あれはもしかして……」
 少女の両手に包まれる様にして緑色の服を着た小人が姿を現した。そして小人がパタパタと手を動かした瞬間。
 
 ゴォッ! ブァァァァァァァァァアア!
 
 突然、強風が巻き起こった。二人の男はその風で吹き飛ばされ、屋台の屋根が舞いあちこちで悲鳴が起こる。ほどなくして風がおさまると、少女は『ふぅ』と呼吸を整える様に一息つくと、少女は人ごみにとけ込む様に走り去った。二人の男達は吹き飛ばされた拍子に頭をぶつけたのであろう目を回していた。
「今のは……」
「うん、風の精霊シルフだね」
 ケインの疑問に答えたのは……持っていた荷物の中から小さなピンク色の頭がぴょこんと出る。体長は大体十五センチぐらいの女の子が姿を現した。背中の小さな羽をぱたつかせながらケインに右肩に着地する。
「ティピも気づいたのか?」
「とーぜん。私は妖精だよ。それぐらい分かるわよ」
 ティピと呼ばれた小人はふんぞり返っりながら言った。
「やはり精霊魔法か……精霊使いなんて初めて見たな」
 二十年前までは魔法は希少価値とされていた。しかし、三つ首のドラゴンが消えたと同時にある程度だが魔法が使えるものが増えていた。学者によればドラゴンの封印を保つ為にその地に住む人々から魔力を吸収していると唱えるものもいるが事実はいまだに不明であった。ただ、今でも魔法をつかえるものは貴重な存在であり、中でも精霊を召喚できる者など極めてまれであった。
 精霊使いは普通の魔法使いとそれほど魔法の威力はさほど変わらない。修業をつめば更に強力な魔法を使えるところは魔法使いも精霊使いも変わらない。だが、精霊使いは魔法使いにない特異性がある。
 魔法の概念について説明するときよく絵画に見立てて説明される。絵を書くためにはキャンバス、絵筆、絵の具が必要となる。これが魔法を使う才能として見たてられる。つまり、魔法を使う才能はキャンバスだけ、絵筆だけ、絵の具だけでは使うことが出来ないとされる。もちろん二つ揃っていたとしても同じである。三つ揃わなければいけないのだ。こう説明すればどれだけ魔法を使えるものが貴重か分かるであろう。
 さて次に魔法の発動。つまり絵を描く段階だが、絵を描いてる途中が呪文、完成した絵が発動する魔法と思えばいい。絵の完成度は人によって、また熟練度によって全然違うであろう。これが魔法の威力となる。
 次に精霊魔法の特性を説明しよう。絵を描く段階に入るとき、絵をかける人に完成した絵を持ってきてもらうのである。人を呼ぶ段階が呪文となる。もちろんその呼んだ人が絵のうまい人を呼ぶにも熟練度を要するというわけである。その呼んだ人が召喚する精霊となるのだ。
  つまり精霊使いは魔法使いと違い呪文(精霊使いは絵を描かなくて良い)も短く、かつ成長の度合い(精霊使いはうまい人を呼べばいい)も違うのだ。しかし精霊使いはあまりにも少ない。果たして世界中探しても十人いるかどうかというほどの者である。ケイン自身も話しに聞いていただけで本物を見るのは初めて出会った。
 昔、ケインの村にエセ精霊使いが来たが、ケインの父に見破られぼこぼこにされていた。
 その光景を思い出したケインに笑みがこぼれる。
「どしたの?」
 その顔を不思議そうに眺めながらティピが言った。
「いや、なんでもない」
「ホームシック?」
「来た早々そんなわけあるか!」
 そんなことを言い合っていると、ケインは奇妙な店に気づいた。
「……レイバー観光所?」
 ケインは読み上げたもののいまいち理解できない様だ。
「多分レイバーというのは名前だろうね。でも観光所ってなんだろ?」
 ティピも不思議そうな顔をしながら呟いた。
「さあ? ……入って見ようか?」
「……う、うん。そうだね」
 ティピは何故か握りこぶしを作って構えた。
 からんからん
 ドアベルが鳴り、ケイン達の姿に気づくとやたらと店員らしき男が営業スマイルでやって来た。
「いらっしゃいませー! どのコースをお望みでしょうか?」
「コ、コースゥ?」
ケインは少々店員の迫力に気おされながらも聞き返した。
「はい、こちら。ただいま勇者の足跡コースが大変お徳となっております!」
「勇者の足跡?」
「こちら明るく元気で可愛い女性が勇者の訪れた地を三日かけてガイドし、そしてこの大陸最大の街であり、大陸ただ一つの城、アイザ城がある王都まで御案内させていただきます」
 旧アイザ城は三つ首のドラゴンのせいで跡形もなく潰されたが、王都の城を立て直した時、女王がアイザ城と名付けた。
「えーとつまり王都まで案内して、後は好きにやれと……」
 ケインの言葉に店員は怪訝そうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻し、
「ええ、お客様は見るところ旅人の様ですからね,やはりこの大陸に来たなら王都には誰しも訪れる者ですから」
「ふーん、まあどのみち王都には行くつもりだったしな……じゃあそれを」
「ありがとうございます、それではこちらにサインを」
 ケインは名前を書いた後、大人、子供の欄に大人に丸をつけた。少し考えた後、
「これはどっちなんだ?」
 ケインは右肩に座っているティピをさした。
「……ほう……妖精ですか……」
 店員は目を細めてティピを見つめた。内心は驚いていただろうが、表情には出さなかった。妖精が人間になつく事はまずない。その為、虫と同等な扱いを受けている。もちろん無理に捕らえることは禁止されている。
 当然ながら、大人、子供とかかれている欄に妖精はない。
「あー、そうですねぇ。無料で良いと思います……」
 店員は自信なさげにそう言った。
「それでは明日の朝、十時までにおこし下さい」
 料金を払い終わった後、店員はそう言った。
 ケインはしばらくぶらついた後安宿で早めの夕食を取り、固めのベッドの上で眠りについた。明日への期待感とほんの少しの不安を心の中に留めながら……





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