「カノン・・・ですよねぇ?」〜プロローグ〜
                             作:まる


雪が降っていた。
重く曇った空から、真っ白な雪がゆらゆらと舞い降りていた。
冷たく澄んだ空気に、湿った木のベンチ。
そして・・・・冷えきって感覚がもう完全になくなった俺の体。
祐一「・・・・・・」
俺はベンチに深く沈めた体を起こして、もう一度居住まいを正した。
屋根の上が雪で覆われた駅の出入口は、もうほとんど人を吐き出したりはしなくなっている。
白いため息をつきながら、駅前の広場に設置された街頭の時計を見ると、時刻は3時。
・・・・夜中の。
祐一「・・・遅い」
まぶたが重くなってきた。
秋子さん、先立つ不幸をお許しください・・・・
体を突き刺すような冬の風。
絶えることなく降り続ける雪。
そして、俺を襲う強烈な睡魔。
心なしか、体がさっきよりも動かなくなってきた。
祐一「・・・ふわぁぁ〜〜・・・・」
あくび混じりに見上げた空。
その視界を、ゆっくりと何かが遮る。
女の子「・・・・・・」
何事もなかったように、女の子が俺の顔を覗き込んでいた。
女の子「雪、積もってるよ」
ぽつり、と呟くように白い息を吐き出す。
祐一「そりゃ、14時間も待ってるからな・・・」
雪だって積もる。
女の子「・・・あれ?」
俺の言葉に、女の子が不思議そうに小首を傾げる。
女の子「今、何時?」
祐一「午前3時」
女の子「約束、何時?」
祐一「午後1時」
女の子「わ・・・びっくり」
台詞とは裏腹に、全然驚いた様子もなかった。
どこか間延びした女の子の口調と、とろんとした仕草。
女の子「約束、午前1時だと思ってたよ」
ちなみに、仮にそうだったとしても2時間の遅刻だ。
女の子「ひとつだけ、訊いていい?」
祐一「・・・・いいけど、手短に頼む」
・・・そろそろマジで死ぬ。
女の子「寒くない?」
祐一「ああ、それは大丈夫だ」
女の子「そうなの?」
表情にあまり変化は無いが、それでも彼女なりに心配をしてくれているんだというのは見て取れた。
しかし、あえてこう言ってやった。
祐一「感覚なんてとうの昔に無くなってる」
女の子「・・・・・・・」
さすがにその言葉に少し罪悪感を感じたらしく、彼女は少し目線を落とす。
女の子「ちょっと遅刻しすぎたね・・・ごめんね」
その女の子の表情を見て、何かこう、懐かしさがこみ上げてきた。
祐一「・・・まあ、仕方ないな、お前はそういうやつだったしな」
女の子「・・・なんか少しけなされてるような気もするけど・・・」
少しいじける彼女。
そんな仕草も懐かしかった。
祐一「そんなこと無いって」
最初は物珍しかった雪も、そのうち鬱陶しくなって、
今では降っていようがなんだろうがどうでも良くなっていた。
女の子「じゃあ・・・・・これ、あげる」
そう言って、袋を俺の目の前に差し出す。
祐一「何だこれ?」
女の子「遅れたお詫びだよ」
女の子「それと・・・」
女の子「再会のお祝い」
祐一「いや、そういうことじゃなくて・・・」
俺が聞きたいのはこの袋の中身なんだけどな・・・
俺は袋を開けて中身を見る。
・・・たいやき。
俺はそれを取り出してみる。
祐一「・・・冷たい」
表面はもちろん、中のあんこまで完璧に凍りついていた。
祐一「俺にこれを食べろと?」
女の子「食べて・・・くれないの?」
上目づかいに、悲しそうな顔をしてそう言った。
そんな顔で言われたら食べるしかないじゃないか・・・
祐一「食べるよ、せっかくのプレゼントだしな」
俺はそう言って、凍ったたいやきにかじりつく。
女の子はそれを見て、あふれんばかりの笑顔を浮かべる。
シャリシャリ・・・
・・・・・・・・
これはこれでうまいのかもな・・・・・
この笑顔を見ていると、そう思えてくる。
祐一「・・・それにしても、7年ぶりの再会が、たいやきか?」
たいやきアイスを食べながら、改めて女の子の顔を見上げる。
感覚が戻ろうとしている手に、再びダメージを与える冷たいたいやき。
痺れたような感覚の指に、その冷たさは残酷だった。
女の子「7年・・・そっか、そんなに経つんだね」
祐一「そうだな・・・」
たいやきアイスを口の中に押し込みながら・・・
もう忘れていたとばかり思っていた、子供の頃に見た雪の景色を重ね合わせながら・・・
女の子「わたしの名前、まだ覚えてる?」
祐一「そういうお前だって、俺の名前忘れてないか?」
女の子「うん、忘れちゃった」
祐一「おいっ!」
雪の中で・・・
女の子「冗談、だよ」
雪に彩られた街の中で・・・
祐一「まったく、花子の冗談はきついぞ・・・」
7年間の歳月、一息で埋めるように・・・
女の子「そういう太郎も私の名前、忘れてる」
祐一「俺は太郎じゃない」
女の子「私だって花子じゃないよ〜」
・・・・・少しの沈黙。
祐一「ポチ」
女の子「タマ」
祐一「俺は人間だぞ」
女の子「私も人間だよ〜」
二人で困ったように眉を寄せる。
一言一言が、地面を覆う雪のように、記憶の空白を埋めていく。
女の子の肩越しに降る雪は、さらに密度を増していた。
祐一「いい加減、ここにいるのも限界かもしれない」
女の子「わたしの名前・・・」
祐一「俺の名前は?」
女の子「先に言ってよ〜」
7年ぶりの街で、
7年ぶりの雪に囲まれて、
祐一「そんな事はどうでもいいだろ。早く行こうぜ、名雪」
新しい生活が、冬の風にさらされて、ゆっくりと流れていく。
名雪「あ・・・」
名雪「うんっ!行こっ、祐一!」




                            続くのですねぇ・・・たぶん。

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