雨に煙る街並み、俺はその中を一人歩いていた。
つい先刻降り始めた雨が、急速に空気を変質させていった。
空気は湿り気を帯び、重く、哀しくなっていった。
誰かが胸の内で囁いた。
(始まるよ・・・もうすぐ・・始まるよ・・・・・)
何が・・・始まるんだ?
俺はその誰かに問い掛けてみた。そいつは答えた。
(悪夢、だよ・・・)
あく・・む?
(そう、悪夢が・・始まるんだよ・・・)
(とっても、とっても、哀しい夢をみるんだよ・・・)
・・・・・
そんな夢は見ないよ、俺は。
(どうして? もうこれは、決まっているんだよ?)
決まっている?
(そう、貴方達は彼の目に止まっちゃったんだよ。)
(だから、もう、どうしようもないんだよ・・・)
・・・・・
(ほら・・・始まるよ・・・)
空は暗く、昼というのが嘘のようだった。
そんな中、俺は胸いっぱいに湿った空気を吸い込んだ。
吸い込んだ空気は、とても重くて、とても哀しくて・・・
俺の胸は、押し潰されてしまいそうだった。
俺は歩みを止めて、前方に目を向けた。
俺の視線の先には一人の少女。
白い、まぶしいほどに白い傘をさした少女が一人、そこにたたずんでいた。
少女がこちらに向かって、ゆっくりと、ゆっくりと、歩きだす、俺にはわかった。
(ほら・・・始まった・・・)
何かが・・始まってはいけない何かが・・・始まってしまったのが、俺にはわかった・・・・・



Memories Off Nightmare
第一章「世界うつろいし瞬間」
 Produced By コスモス






私の親友がいなくなったあの日から今日で5日目となり、2月19日を迎えている。
あの日に降り始めた大雪はすっかり融けきり、一週間前と何一つ変わらない冬の風景が広がっている。
吹きすさぶ冷たい風が私の髪をなびかせる。
風から顔をそむけるように風下を向き、私が今登ってきた長い坂を見下ろす。
コートでその身体を包んだ生徒達が、寒そうに急ぎ足でこちらに向かってくる。
そして、笑いあいながら、他愛無い話をしながら私の横を通り過ぎてゆく。
いつもの日常。
今日が今日であること。
朝になったら眠くても起きて学校に向かうこと。
駅で、仲良しの友達と待ち合わせること。
学校までの長い坂を、おしゃべりしながら登ること。
そして、昇降口でクラスメートと挨拶を交わす。
「おはよう、今坂さん」
「あ、音羽さん、おっはよ〜♪」
「ね〜〜、聞いてよ、音羽さ〜ん、智ちゃんったらひどいんだよ〜〜
唯笑、今日ちょっとだけ寝坊しちゃったから智ちゃんに『待っててね♪』って電話でお願いしたんだけど〜。
そしたら、智ちゃんたら、『知るか!!そんなもん。気合でこい!!』な〜〜んて言って、唯笑のこと置いてさっさかさっさか行っちゃうんだよ〜〜!!
ね?ひどいでしょ〜〜?」
「はいはい、朝っぱらからそんなにのろけてくれなくても、お昼休みの時にいっぱい聞いてあげるから。
ほら、チャイム鳴っちゃうよ」
「あ、待ってよ!!音羽さ〜〜ん」
今坂さんを適当にあやしながら教室へと向かう。
教室に着いたとたん今坂さんが私を追い抜いて教室に駆け込む。
「智ちゃん、おっはよ〜〜〜〜!!」
さっきの文句はどこへやら、結局智也がいればそれでいいらしい。
半ばあきれつつも、私も親友に朝の挨拶を送る。
「おはよ、智也」
「おはよう、唯笑、かおる」
そして、いつもの日常が始まる。
何も変わらない日常が、そこにあって当然の日常が・・・


不意に私の目頭が熱くなる。
あ、あれ?どうしたんだろう?私・・・
慌てて目元をこすりながら、空を見上げる。
「ハハ、駄目だよね、私、私がこんなんじゃ、駄目だよね。」
「ごめんね、智也」
思わず声に出してつぶやいてしまう。
でも、でも、心配しないで、智也。
私なんかじゃ智也の代わりにはなれないけど、私が絶対今坂さんを守ってあげるから。
ずっと、私がそばに居るよ、今坂さんが立ち直るまで。
智也が私にそうしてくれたみたいに、ずっと今坂さんを見守ってるから。
だから、心配しないでもいいよ、智也。
親友の大切な人なら、私にとっても大切な人だから・・・

あれから今坂さんは学校に来てはいない。
今坂さんには、ショックが大きすぎたから。
私だって、はっきり言って平気じゃいられない。
でも、今坂さんの悲しみに比べたら、私の悲しみなんてたいしたことはない。
だから、私は私の悲しさを、私の想いを殺す。
皮肉なものだ、こんなことで、これまでの経験が生きてくるなんて。
私は自嘲気味な笑みを浮かべながら、再び、長い坂を登りはじめる。
少しだけ、変わってしまった日常に向かって・・・




教室はいつもの喧騒に包まれていた。
そんなざわめきの中で俺は唯笑ちゃんのことを考えていた。
智也がいなくなってから、当然と言えば当然だが唯笑ちゃんは学校に来ていない。
とりあえず、しばらくは放っておくしかないだろうが、来週になっても出て来ないようなら、何らかのコンタクトをとらなくてはならないだろう。
それまでに出てきてもらえると助かるんだが・・・
そんなことを考えながら、ぼんやりと唯笑ちゃんの席を眺めていると、一人の少女が近づいて来た。
「ね〜、稲穂君。やっぱり今坂さんは今日もお休みかな?」
「HRが始まる前にそう声を掛けてきたのは、唯笑ちゃんと双海さんと並び、このクラスの、いや、我らが第2学年の三巨頭として、その配下に約20数名のかおる様親衛隊を擁する音羽かおるさんだ」
「・・・え〜〜と、誰に説明してるの?っていうか、あるの?私の親衛隊って・・・」
「ん?もちろんさ!!ちなみに俺は、隊員ナンバー1。つまり、俺こそが親衛隊の創設者にして隊長なんだよ。音羽さん!!君のことは、俺たちが必ず守り抜いて見せるからね♪」
「はいはい、頼りにしてますよ〜〜〜」
なぜか投げやりな返事をしつつ、『はぁ〜〜〜』と大げさにため息をつく音羽さん。
彼女の顔には大きく『疲れた』と書かれていた。
しかし、俺とのやり取りからくる表面的な疲れだけではなく、別な意味での『疲れ』も見え隠れしていた。
音羽さんも智也とは特に親しかった一人なのだ、唯笑ちゃんのことが気にならないはずはない。
普段どおり振舞ってはいるものの、その実、かなり無理をしているのだろう。
俺は音羽さんと適当な話をしながら、彼女が転校してきた頃のことを思い出していた。
思えば音羽さんの転校してきたころからだったか?
智也が前を向いて歩き出したのは・・・
音羽さんとの出会いに前後して、智也の周囲は急ににぎやかになっていった。
後輩の伊吹さんに、もう一人の転校生の双海さん、そして、ビューリホー女子大生?の小夜美さん。
彼女達との関わりが、智也に『今』という時の流れと、その楽しさを教えた。
そして、あいつが過去の呪縛から解き放たれる後押しをもしてくれた。
同時に彼女達もそれぞれに得るものがあったのではないかと思える。
実際、俺が知る範囲でも明らかな変化が見られた。
一つは今目の前にいる音羽さんだ。
音羽さんが、智也のことを『三上君』ではなく『智也』と呼ぶようになってしばらくしてから、彼女が妙にすっきりした顔をした日があった。
そしてその日以降、俺は彼女が時折覗かせていた寂しそうな笑顔を見たことが無い。
そしてもう一つは双海さんだ。
音羽さんの変化に気づいている奴はあまりいないかもしれないが、こちらの変化は誰の目にも一目瞭然だろう。
それまでの俺達を拒絶する雰囲気が霧散したのだ。
何をどうしたのかは知らないが、その前後に智也が図書室の双海さんのところに通い詰めていたのを俺は知っている。
今では俺のことも普通に稲穂君と呼んでくれるし、会話も成立している。
当たり前のささやかなことでしかないのだが、昔の双海さんを知っている者ならば智也の偉業に異論を唱えることはないだろう。
「・・・くん」
伊吹さんと小夜美さんについては知らないが、智也がずいぶんと親しくしていたのは紛れも無い事実である。
現に、先日の通夜には4人とも来てくれていた・・・・・ん?
そういえば、小夜美さんは来ていなかった、かな?
「・・ほくんってば〜」
ま、よくよく考えて見れば、購買のアルバイトでしかない小夜美さんに、学校やら病院から連絡が行くはずもない。
小夜美さんにも、伝えておかなければいけないな・・・
「い・な・ほ・く・ん!」
うぉ!
「な、なに・・・?音羽さん?」
自分の世界から突如として現実の世界に引き戻される。
眼前には苛立ちと戸惑いをごちゃ混ぜにしたような表情の音羽さん。
そして、焦りと怒りに満ちた声をあげる。
「もう!!さっきから何度も言ってるでしょ!!」
「あ〜、ごめん、ごめん、で、何?どうしたの?唯笑ちゃんが来たとか?」
「そうよ!!」
・・・・・
しばしの沈黙。
「はいっ?」
俺は思わず間の抜けた返事をしてしまう。
音羽さんがじれったそうに声を大きくする。
「だから!!さっき今坂さんが校舎に入ってくるのが見えたのよっ!!」
えっ?
そっか・・・
来るんだ、唯笑ちゃん・・・
本当に、強いな・・・唯笑ちゃんは・・・
「ねぇ、どうするの?稲穂君は」
音羽さんがちらっと智也の席だった場所に視線を走らせながら、真顔で俺に問う。
その顔には、不安と焦りが満ちている。
俺と音羽さんのやり取りを聞きつけたのだろう、教室のざわめきが次第に小さなものになってゆく。
日常が、今そこにあった日常が、非日常になってゆく瞬間。
『いつもの朝の風景』が、『三上智也のいない朝の風景』へと切り替わる瞬間。
俺たちは今、その瞬間に存在している。
そして、次の瞬間には『三上智也のいない朝の風景』=『いつもの朝の風景』の図式が成立する。
世界がうつろう瞬間、それはどれほど受け入れがたくとも、何人たりとも受け入れざるを得ない変化。
大半の者にとって、それは無意識のうちに過ぎ去ってゆく変化。
彼らはその変化を受け入れることに何の抵抗も感じはしない、いや、変化したことにすら気づくことはないだろう。
なぜなら、その変化は余りに何の意味も持たない変化だから・・・
だが同時に、その変化を受け入れることに苦痛を感じる者たちも、確かに存在する。
また、激痛を感じる者たちも、存在する。
前者はこのクラスの仲間達が、そして、後者には、俺や音羽さん達が含まれる。
そして、この変化を受け入れることができない者もまた、存在してしまうのかもしれない・・・
俺は願う。
全ての者が、この変化を受け入れられることを、
無理だとは知りながら・・・

周囲のクラスメート達の不安そうな視線が俺に集まっていた。
隣のクラスからは、いつもと変わらない日常の喧騒が、BGMとなって聞こえてくる。
壁を一枚隔てていることが嘘のように思えるほどのその喧騒が、この沈黙の重さを際立たせていた。
『なぜ俺を見る?』と言いたいところではあるが、俺が智也と唯笑ちゃんに共通する一番の友達だったからだろう。
この場の対応を取り仕切るのが俺であるのは必然のように思える。
無論、誰が取り仕切ったところで、智也が帰ってくるわけでも唯笑ちゃんの心の傷が一瞬で癒されるわけでもないのだが・・・
俺も、音羽さんの視線に合わせて智也の席に目をやる。
そこには悪夢のような現実を見せ付けるかのように、花のいけられた花瓶が置かれている。
あの智也の席に、これほど不似合いな光景が他にあるのだろうか?とどうでもいいことを考えながら、視線を音羽さんに戻しつつ答えを返す。
「どうもしないし、何もしないよ。とりあえず、いつも通りにするだけさ。
変に慰めたって智也のことを思い出させるだけだろ?」
我ながら残酷な解答だとは思う。
しかし、現状でこれ以外にとりうる選択肢はない。
「そ、それはそうだけど・・・」
音羽さんが当惑したような返事を返してくる。
理屈はわかるし他にいい手も思い浮かばないのだろうが、感情的に納得がいかないのだろう。
やや、当惑したような、不満があるような複雑な表情でこちらに視線を向けてくる。
周りを見回すと、他のクラスメート達も一様に同じような表情をしている。
その顔には異口同音に同じことが書かれていた。
『なんとかならないの?』『他に選択肢は無いの?』と。
とはいえ、なんともならないものはどうしようもない。
俺は突き放すように宣言する。
「はいはい、この話はこれでおしま〜〜〜い!!」
その言葉に教室の中にざわめきが戻っていく、新しい日常に、『三上智也のいない朝の風景』に、唯笑ちゃんを迎え入れるために・・・




>>二章へ





---あとがき----
はい、第一章「世界うつろいし瞬間」ここに完成しました〜〜〜〜!!!
「おめでとうございま〜〜す♪」
や、どもども、ありがとう。え〜〜、実は本日はあとがきのゲストとして2ndでこれでもかというくらい振られまくりな悲劇のヒロイン白川ほたる嬢においで頂きました〜〜〜。
どう?あんな軽い奴と別れてさ〜〜、私と付き合わない?
「健ちゃんは、健ちゃんは〜〜〜、軽くなんかないも〜〜〜ん!!!」
ビシビシッ!ビシッバシッ!!ドカッバキッ!!!フン!
ボコッ!ドゴッ!!ゴリュッ!!
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ〜〜〜!!!
た、たるたる・・・?や、やり・・・すぎ・・あと・・・よ・・ろ・・し・グハァ!!
し〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん・・・・・
返事がない、ただの屍のようだ。
「え?え?え〜〜〜〜!!!」
「し、死んじゃったの〜〜〜〜〜?」
(お前が殺したんだろうが・・・)
「ほ、ほたるは、悪くないんだから!!
コ、コスモスさんが健ちゃんの悪口言うから〜〜〜」
(悪口一つでこれか、お前は)
「え、え〜〜と、あ、そうだ!!ゲストのお仕事お仕事〜〜♪」
(まとめに入る気か、おい!!)
「はい、みなさん、こんにちは〜〜!!あとがき進行役のほたるで〜〜〜す♪」
(ただのゲストだろうが!!!)
「え〜〜、今回は、リニューアル前に比べ、前半部分と、後半部分の一部に大幅な加筆があったそうで〜す。ちなみに、今回までは、基本的な設定の変更がありませんが、次回からは少しずつ変化していくそうですよ。具体的にはキャラ間の出番の頻度がある程度入れ替わるそうです。つまり、貴方のお気に入りキャラの出番が大幅アップ!!(^O^)あるいは大幅ダウン!!(T-T)する可能性があるわけで〜す。出番が増えるといいですね♪
それじゃ〜、バイバ〜〜〜イ♪」  
(ま、待ってくれ〜〜!!せめて、フェニックスの尾か、復活の玉をくれ〜〜〜!!!)

Produced by コスモス  deepautumn@hotmail.com



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