真・女神転生SEVENTEEN 作 大根メロン |
病室は、静まり返っていた。 武も咲夜も、何も話さない。 「…何であたしが武さんにこの話をしたか、分かりますか?」 咲夜が小さな声で、言った。 「『けじめをつけたい』、って言ってたな」 「それだけだったら、別に武さんじゃなくてもいいでしょう」 「じゃあ、何でなんだ?」 咲夜は1つ溜息をつく。 「まぁ、そんな事はどうでもいいんですけどね… とにかくあたしはあの時、第187番部隊のメンバー達に復讐を誓いました。そのために、誰よりも強くならなければなりませんでした」 武はゆっくりと口を開いた。 「…俺がまだガキのころだったかな。そのくらいの歳の男の子供っていうのは、テレビのヒーローなんかに憧れて、『強くなりたい』って思うもんだ。俺もそうだった」 武は1つ間を置き、 「んで、そのことをお袋に話したら、お袋は俺の頭を撫でながら『強くなろうとするのはよい事だけど、強くならなければならないのは、とても悲しい事なのよ』って言った。その時は意味が分からなかったが……」 と、静かに言った。 「悲しい事… ですか。まぁ、そうだったのかも知れませんね。そんな事、考える余裕もありませんでしたが……」 咲夜はそう言い、少し俯いた。 「実際、あたしはあの時と比べると格段に強くなりました。でも……」 そしてその眼からは、一筋の涙。 「でも4人どころか、庵遠が従える六副官にさえ、あたしは勝てなかった…!」 武はその言葉を聞いた後、咲夜に言った。 「それは違うんじゃないか? お前はモロクに勝っただろう?」 「え……?」 「お前の血写経典がなきゃ、俺はモロクを斃せなかった。つまりあの勝利は、お前の勝利でもあるって事だ。べヒモスの時もそうだぞ? お前がいなきゃ、間違いなく俺は死んでた」 武は咲夜の涙を拭く。 「この世界には、絶対に1対1じゃかなわない相手がいるんだ。例えば、俺のクソ親父とお袋とか。でもな、人生にはそういう奴を相手にしなきゃならない時もある。ここ最近、俺はそういう事がやけに多い」 そう言って笑った後、 「そういう時、俺はすぐ誰かに助けを求めてる。初めて悪魔に襲われた時は優に助けを求めたし、この間の商店街の時だって『大規模な異界化』って事にビビってつぐみに助けを求めた。でも結果的にはそれが幸いして、俺はまだ生きてるんだ」 と、言った。 「まぁ、結局何が言いたいのかというとだな、何もかもを1人でやる必要はないって事だ」 「…でもあたしは1人で戦いたかったんです。一族の生き残りはあたししかいないから…… あたししか、皆の仇を討てないから」 「そうかも知れないが、独り占めはよくないぞ?」 「独り占め?」 「柊文華には俺も借りがあるからな。その借りはいつか返してやろうと思ってるんだ。それなのに、1人でやるってのはずるいんじゃないか?」 「で、でも……」 「言っとくが俺だけじゃないぞ? 皆、あの連中には何かしらの恨みがあるからな。いくらお前が1人でやろうとしても、絶対に誰かが首を突っ込んでくるぞ。それとも… 俺達じゃ頼りにならないか?」 咲夜は首を横に振る。 「…どうしても、あたしが1人でやるのは邪魔するんですね?」 「ああ、絶対に邪魔をする。お前が1人で戦って、勝手に死なれるのは嫌だからな」 武が笑顔を浮かべた。 「商店街で武さんに助けられた時、不覚にも嬉しかったんですよ。1人で闘いたかったはずなのに」 咲夜も笑顔を浮かべる。 「何事も、多人数の方がいいのかも知れませんね……」 そう言って、武を見た。 「という訳で、これからも頼りにしますから、覚悟してくださいよ」 「ああ、任せろ」 「あと、約束も護ってくださいよ。『俺は死なないさ』って、ちゃんと言いましたからね」 「その約束を護るには、お前達の協力が必要不可欠だな」 「……? どういう事です?」 武はフルートから受けた予言の事を咲夜に説明する。 庵遠と闘えば自分は間違いなく死ぬ、という事を。 「はぁ… 大きな事言ってたわりには、使えない人ですね……」 「うるさい」 「仕方ありません、ここはあたしが一肌脱ぎましょう。六副官だろうが庵遠だろうが、まとめて倒してやります!!」 「おお、その意気だ! 何だか調子が戻ってきたな!!」 「いつか春香菜も、ギャフンと言わせてやります!!」 「おぉ! 下剋上宣言!!」 「へぇ… 私をギャフンと言わせる、ねぇ……」 「え……?」 「あ……?」 武はトボトボと、自分の病室に向かって歩いていた。 さっき武は庵遠と闘ってないのに死にかけた。それくらい、狂犬モードの優春は危険だったのだ。 武は自分の病室の前に立ち、ドアを開ける。 ゴゴゴゴゴゴ…… 反射的に、開けたドアを閉めた。 「…見間違いだよな、見間違いに違いない。うん」 そしてもう1度、ドアを開ける。 見間違いではなかった。 病室の中は、もの凄い事になっていた。 ゴゴゴゴゴゴ…… 何やら、怒りオーラを放ってるつぐみとヴァルキリー。 不気味なほど、いい笑顔のサリエル。 そして、まったくいつも通りのケルベロス。 「な、何があったん…だ?」 武は恐る恐る訊く。 「武……」 もの凄いプレッシャーを放ちながら、つぐみが詰め寄る。 「これは… 何?」 そう言ってつぐみが見せたモノ。 それは、さっき武が咲夜の涙を拭いてやった瞬間の写真だった。 ――何でこんなモノが!!? 武、心の中で絶叫。 「納得のいく説明を聞かせて貰えるんだろうな、主殿?」 武は分からなかった。 つぐみが怒っている理由はなんとなくだが分かる。だが何故、ヴァルキリーまでこんなに怒っているのか。 それ以前に、どうしてこんなモノが存在するのか。 武はまず、それを突き止めようとした。 「…おい、何でこんな写真があるんだ?」 「ボクが撮ったんだよ」 「サリエル、お前かぁああ!!」 「アングルも完璧で、綺麗に撮れてるだろう?」 サリエルに詰め寄ろうとする武。 だがその前に、つぐみにガッチリと肩を掴まれた。 「うぉ!!? 肩が、肩が砕ける!!?」 「…さぁ、覚悟はいいわね?」 「ちょっと待てぇぇええ!!」 武は叫んだ。 このままだと、本当に取り返しのつかない事になる。 「何よ?」 「目の前で泣いてる女の子がいれば、涙くらい拭いてやろうと思ったっておかしい事じゃないだろ!!」 「何でこの子は泣いてるのよ?」 「人間1つや2つ、泣きたくなるような悩みだってある!!」 「…じゃあ、あなたはその悩みを聞いてあげてたの?」 「ちょっと違う気もするが… まぁ、そんなものだな」 武の肩にかかる握力が少しずつ弱まってゆく。 「でも、それにしてはこの咲夜ちゃんはいい表情だね。まるで、恋する乙女のようだよ」 サリエルの言葉。 その瞬間、武の肩にかかる握力が爆発的に増大した。 「ぎゃ、ぎゃぁぁあぁあああ!!?」 「…どういう事?」 「俺が知るかぁぁあああ!!!」 突然、つぐみが武の肩を離す。 「…どうやら、ウソはないみたいね」 「はぁ… まったく……」 武は、つぐみの頭の上に手を置いた。 突然の事に、つぐみは動揺する。 「え? た、武……?」 「あのなぁ、俺がお前を裏切る訳がないだろうが」 「武……」 つぐみは少し顔を俯かせながら、 「分かってるけど… 私、不安で……」 と、呟くように言う。 「心配性だな」 「…誰のせいだと思ってるのよ?」 つぐみは笑顔を浮かべる。 「…つぐみ、お前に言っておきたい事があるんだ」 武はそれを見ながら、言った。 「何? 武」 「…悪かったな、こんな事に巻き込んじまって」 つぐみは少しキョトンとしたが、 「ふふ… そんな事、気にしなくてもいいわよ」 と、笑って答えた。 「あなたが戦うなら、私も戦うわ。当然の事でしょう?」 「し、しかしだな……」 「武が1人で戦って、勝手に死なれると嫌だしね」 「うっ……」 武は反論出来ない。何故なら、自分が咲夜に言った事だからである。 しかし、どうしてそれをつぐみが知っているのか。 答えは、目の前にあった。 「…サリエルぅう〜!」 「よくもまぁ、自分の伴侶以外の女性に、真顔であんな事が言えるよね」 「お前はぁあ〜!!」 「主殿……」 さり気なく、ヴァルキリーが武の首に剣を当てる。 「な、何だ!? どうした、ヴァルキリー…?」 「サリエルの言う通りだ。自分の伴侶以外の女性を口説くとは、人間失格だな。私にならまだしも」 「だから口説いてねぇ!!」 「ちょっと待って」 つぐみが突然、声を上げた。 「ん? どうした、つぐみ」 「一部、聞き捨てならない発言があったわ。『私にならまだしも』って… どういう意味?」 笑顔とは呼べないような笑顔を浮かべながら、つぐみはヴァルキリーに歩み寄る。 そして、武の首に当てられている剣を、人差し指と中指で挟む。 「ふふ……」 パキィ…ンッ……! そのままその剣を、2本の指でへし折った。 「…ちょっと用事を思い出したから、ボクは行くよ」 この後の展開を読み、さっさと病室から去ろうとするサリエル。 「待てサリエル! お前を1人にすると何するか分からんから、俺も行く!!」 それに便乗しようとする、武。 幸いにも武の姿は、すでにつぐみとヴァルキリーの眼中にはなかった。 「2度と私の前に立てないようにしてあげるわ……」 「…そちらこそ、首の骨くらいは覚悟してるんだろうな?」 そそくさと病室を抜け出す武とサリエル。 廊下に出るとふたりは一気にダッシュし、その場を離れて行った。 「という訳で、またここに来たんだ」 「…さっきから聞こえる爆発音は、つぐみさんとヴァルキリーさんが闘ってる音だったんですね……」 咲夜は遠い眼をしながら、言った。 病室から逃げ出した武とサリエルは今、優春の手により再び満身創痍となった咲夜の病室にいる。 「それでマスター、いつまでここに潜伏するんだい?」 「潜伏って… 嫌な表現だな。まぁ、ほとぼりが冷めるまではここにいるつもりだ。ああ、それと咲夜」 武は視線を、サリエルから咲夜に移した。 「はい?」 「教えて欲しい事があるんだ」 「何です?」 「六副官のボスって、どんな奴なんだ?」 「六副官のボス… 庵遠の事ですか? あいつは残虐非道で……」 身振り手振りを加えて説明しようとする咲夜。 「あ、いや、そうじゃなくてだな。あのルシファーとかいう悪魔の事だ」 「…ああ、そっちでしたか。でもそれだったら、天使であるサリエルさんの方が詳しいと思うんですけど……」 「うぉ!? そう言えばお前って天使だったんだっけ!? しかも大天使!!!」 「…ボクは天使らしくない、とでも?」 サリエルの邪眼が怪しく光る。 さすがの武も、命の危機を感じた。 「い、いや、そんな事はないぞ。でもな、ルシファーの話は咲夜から聞きたいんだ。別に『お前の話なんか信用できん!』とか思ってる訳ではなく……」 「…マスターって正直だよね」 あたふたと言い訳になってない言い訳をする武。 その後、咲夜の方を見た。 「ま、そういう事だ。頼む」 「分かりました……」 何故か深呼吸する咲夜。 「では、『天峰先生の悪魔学』を始めます!!」 「おぉ!?」 突然のノリの変化に驚愕する武。 しかも、自分のノリにソックリだった。 「さて倉成君。ルシファーについて、前回学習した事は覚えてますね?」 「え? は、はい。ルシファーは唯一神の地位を妬んで、反乱を起こしたんでしたよね。んで、それに協力したのが六副官だと」 「その通りです。今日はもっと詳しく学習しましょうか」 「はい、天峰先生」 「…ノリがいいね、マスター」 サリエルが呆れたように言う。 一瞬、武の頭に『こいつに呆れられる俺って、そうとうヤバくないか?』という思考が走ったが、それは自分の心のために無視した。 「そうですね、ルシファーを一言で言うなら……」 咲夜は少し考えた後、 「『太陽星人』ですね」 と、言った。 「太陽星人?」 混乱する武。 前に、沙羅からそう呼ばれた記憶があった。 「ルシファーは太陽を象徴する悪魔なんです。だから、太陽星人って言ったんですよ。婉曲的な表現、ってヤツです」 「ほほう… 太陽を象徴する……」 「それなのに、『明けの明星(金星)』なんて異名を持ってますが」 「どっちやねん!!?」 「倉成君、授業中に叫び声を上げないように」 注意される。 とりあえず、武は頭を下げた。 「続けますよ。そして六副官も、それぞれ星を象徴します。リリスは月、ベルゼブブは水星、ベルフェゴールは金星、アラストールは火星、モロクは木星、べヒモスは土星、といった具合に」 「ふむふむ……」 「ここテストに出ますから、ちゃんと覚えておいてください。次は――」 その時。 コンコンッ 病室のドアがノックされた。 そして、1人の人物が部屋に入ってくる。 それはまぎれもなく、優春だった。 「は、春香菜? どうしたんですか? そんな鬼気迫る表情をして……」 優春はそれには答えず、武の前に立つ。 「な、何だ? 優……」 「倉成……」 少しの沈黙。 その後、優春はいきなり叫んだ。 「あんたのバカ妻とバカ仲魔、どうにかしなさい!!!」 相変わらず、病院には爆発音が響いていた。 何とか事態を収拾した武達は、咲夜の病室に集まっていた。今後の動きを話し合うためである。 メンバーは、武、つぐみ、優春、咲夜。さすがに人数が多いので、武の仲魔は帰還(リターン)させている。 「しっかし、今後の動きっていったってなぁ… 今までだって、ずっと後手に廻り続けてた訳だし……」 「だから、それを何とかしようとしてるんじゃない。倉成、あなたも何か考えなさいよ」 「でもなぁ、こっちから攻めるにしても、相手がどこに隠れてるかも分からんしな」 「私はそれが疑問なのよ」 優春は神妙な顔付きで言った。 「何がですか? 春香菜」 「敵はこの町で何度か異界化を起こしてる。だとしたら、敵は星丘市のどこかにいるって考えるのが普通だけど……」 「…核ミサイルが落っこちて来るかも知れないこの星丘市に、敵がいるのも不自然ですよね」 咲夜が答える。 優春は、その答えに満足したように頷く。 「そう、そうなのよ。でも、かといって敵が遠くにいるとすると、それにしてはちょっと動きが良過ぎるような気もするしね……」 「…それもそうですね。霧隠れ山の時なんかは、完璧にこっちの動きを把握してましたし」 「やっぱり、市内にいるんじゃない?」 突然、つぐみが言った。 「どうしてそう思うの? つぐみ」 「会った事がある訳じゃないから、はっきりとは言えないけど… 百々凪庵遠はあの連中の仲間なんでしょう? だとしたら、死ぬ事なんて恐れないんじゃない? 核ミサイルが落ちて来ようと、さほど気にしないと思うんだけど」 「……そうかもね」 優春は深く、溜息をつく。 その時だった。 「溜息をつくと、その分だけ幸せが逃げて行くらしいよ?」 病室のドアが開け放たれ、1人の青年が入ってくる。 優春と咲夜は、その青年が誰か知っていた。 知らなかった武とつぐみも、すぐに誰だか気付く。 青年は、それだけ特徴のある容姿をしていた。 「庵遠…!!?」 「久し振りだね、春香菜」 青年――庵遠は一同を見渡し、笑みを浮かべる。 「…ノックもなしに人の病室に入ってくるなんて、非常識だとは思いませんか?」 咲夜が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。 その顔には、何の表情も浮かんでいなかった。 「ふふ、その方が驚くと思ったから」 「…あたしが誰だか、覚えてますよね?」 「勿論。女の子の名前と顔は絶対に忘れないからね。天峰一族の生き残り――天峰咲夜君だろう?」 咲夜が殺意のこもった視線を庵遠に向ける。 だが庵遠は、それを受けても平然としていた。 「それで、何の用かしら? ここで闘り合う、っていうのはさすがに遠慮したいんだけど」 「ふふ… 初めまして、倉成つぐみ君。カリヤがまた会いたがってたよ」 「…私は2度と会いたくないわ。それより、訊かれた事に答えてくれる?」 「大した事じゃないよ。そろそろ決着を付けたいんだ。商店街での戦いで、鬼門を破って出現させた悪魔もほとんどがやられてしまったし… 何より、六副官をふたりも斃されてしまったからね。俺も焦ってるんだよ」 そう言って後ろに向き直り、 「傷が癒えたら久隠島に来るといい。そこを、決戦の舞台にしようじゃないか」 病室から去って行く。 庵遠が無防備な背中を見せているのに、誰も動く事が出来なかった。 「ふふ、待ってるよ――……」 |
あとがきと呼ばれるもの・12 さてさて、このSSもあと数話となりました。 次回からは、かつて天峰の里があった秘境――久隠島を舞台に、ラストバトルが始まります。 さてさて、どうなるのでしょうか。 ではまた。 |
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