真・女神転生SEVENTEEN
                              作 大根メロン


第十二話 ―インヴィテーション―




病室は、静まり返っていた。
武も咲夜も、何も話さない。
「…何であたしが武さんにこの話をしたか、分かりますか?」
咲夜が小さな声で、言った。
「『けじめをつけたい』、って言ってたな」
「それだけだったら、別に武さんじゃなくてもいいでしょう」
「じゃあ、何でなんだ?」
咲夜は1つ溜息をつく。
「まぁ、そんな事はどうでもいいんですけどね… とにかくあたしはあの時、第187番部隊のメンバー達に復讐を誓いました。そのために、誰よりも強くならなければなりませんでした」
武はゆっくりと口を開いた。
「…俺がまだガキのころだったかな。そのくらいの歳の男の子供っていうのは、テレビのヒーローなんかに憧れて、『強くなりたい』って思うもんだ。俺もそうだった」
武は1つ間を置き、
「んで、そのことをお袋に話したら、お袋は俺の頭を撫でながら『強くなろうとするのはよい事だけど、強くならなければならないのは、とても悲しい事なのよ』って言った。その時は意味が分からなかったが……」
と、静かに言った。
「悲しい事… ですか。まぁ、そうだったのかも知れませんね。そんな事、考える余裕もありませんでしたが……」
咲夜はそう言い、少し俯いた。
「実際、あたしはあの時と比べると格段に強くなりました。でも……」
そしてその眼からは、一筋の涙。
「でも4人どころか、庵遠が従える六副官にさえ、あたしは勝てなかった…!」
武はその言葉を聞いた後、咲夜に言った。
「それは違うんじゃないか? お前はモロクに勝っただろう?」
「え……?」
「お前の血写経典がなきゃ、俺はモロクを斃せなかった。つまりあの勝利は、お前の勝利でもあるって事だ。べヒモスの時もそうだぞ? お前がいなきゃ、間違いなく俺は死んでた」
武は咲夜の涙を拭く。
「この世界には、絶対に1対1じゃかなわない相手がいるんだ。例えば、俺のクソ親父とお袋とか。でもな、人生にはそういう奴を相手にしなきゃならない時もある。ここ最近、俺はそういう事がやけに多い」
そう言って笑った後、
「そういう時、俺はすぐ誰かに助けを求めてる。初めて悪魔に襲われた時は優に助けを求めたし、この間の商店街の時だって『大規模な異界化』って事にビビってつぐみに助けを求めた。でも結果的にはそれが幸いして、俺はまだ生きてるんだ」
と、言った。
「まぁ、結局何が言いたいのかというとだな、何もかもを1人でやる必要はないって事だ」
「…でもあたしは1人で戦いたかったんです。一族の生き残りはあたししかいないから…… あたししか、皆の仇を討てないから」
「そうかも知れないが、独り占めはよくないぞ?」
「独り占め?」
「柊文華には俺も借りがあるからな。その借りはいつか返してやろうと思ってるんだ。それなのに、1人でやるってのはずるいんじゃないか?」
「で、でも……」
「言っとくが俺だけじゃないぞ? 皆、あの連中には何かしらの恨みがあるからな。いくらお前が1人でやろうとしても、絶対に誰かが首を突っ込んでくるぞ。それとも… 俺達じゃ頼りにならないか?」
咲夜は首を横に振る。
「…どうしても、あたしが1人でやるのは邪魔するんですね?」
「ああ、絶対に邪魔をする。お前が1人で戦って、勝手に死なれるのは嫌だからな」
武が笑顔を浮かべた。
「商店街で武さんに助けられた時、不覚にも嬉しかったんですよ。1人で闘いたかったはずなのに」
咲夜も笑顔を浮かべる。
「何事も、多人数の方がいいのかも知れませんね……」
そう言って、武を見た。
「という訳で、これからも頼りにしますから、覚悟してくださいよ」
「ああ、任せろ」
「あと、約束も護ってくださいよ。『俺は死なないさ』って、ちゃんと言いましたからね」
「その約束を護るには、お前達の協力が必要不可欠だな」
「……? どういう事です?」
武はフルートから受けた予言の事を咲夜に説明する。
庵遠と闘えば自分は間違いなく死ぬ、という事を。
「はぁ… 大きな事言ってたわりには、使えない人ですね……」
「うるさい」
「仕方ありません、ここはあたしが一肌脱ぎましょう。六副官だろうが庵遠だろうが、まとめて倒してやります!!」
「おお、その意気だ! 何だか調子が戻ってきたな!!」
「いつか春香菜も、ギャフンと言わせてやります!!」
「おぉ! 下剋上宣言!!」

「へぇ… 私をギャフンと言わせる、ねぇ……」

「え……?」
「あ……?」



武はトボトボと、自分の病室に向かって歩いていた。
さっき武は庵遠と闘ってないのに死にかけた。それくらい、狂犬モードの優春は危険だったのだ。
武は自分の病室の前に立ち、ドアを開ける。

ゴゴゴゴゴゴ……

反射的に、開けたドアを閉めた。
「…見間違いだよな、見間違いに違いない。うん」
そしてもう1度、ドアを開ける。
見間違いではなかった。
病室の中は、もの凄い事になっていた。

ゴゴゴゴゴゴ……

何やら、怒りオーラを放ってるつぐみとヴァルキリー。
不気味なほど、いい笑顔のサリエル。
そして、まったくいつも通りのケルベロス。
「な、何があったん…だ?」
武は恐る恐る訊く。
「武……」
もの凄いプレッシャーを放ちながら、つぐみが詰め寄る。
「これは… 何?」
そう言ってつぐみが見せたモノ。
それは、さっき武が咲夜の涙を拭いてやった瞬間の写真だった。

――何でこんなモノが!!?

武、心の中で絶叫。
「納得のいく説明を聞かせて貰えるんだろうな、主殿?」
武は分からなかった。
つぐみが怒っている理由はなんとなくだが分かる。だが何故、ヴァルキリーまでこんなに怒っているのか。
それ以前に、どうしてこんなモノが存在するのか。
武はまず、それを突き止めようとした。
「…おい、何でこんな写真があるんだ?」
「ボクが撮ったんだよ」
「サリエル、お前かぁああ!!」
「アングルも完璧で、綺麗に撮れてるだろう?」
サリエルに詰め寄ろうとする武。
だがその前に、つぐみにガッチリと肩を掴まれた。
「うぉ!!? 肩が、肩が砕ける!!?」
「…さぁ、覚悟はいいわね?」
「ちょっと待てぇぇええ!!」
武は叫んだ。
このままだと、本当に取り返しのつかない事になる。
「何よ?」
「目の前で泣いてる女の子がいれば、涙くらい拭いてやろうと思ったっておかしい事じゃないだろ!!」
「何でこの子は泣いてるのよ?」
「人間1つや2つ、泣きたくなるような悩みだってある!!」
「…じゃあ、あなたはその悩みを聞いてあげてたの?」
「ちょっと違う気もするが… まぁ、そんなものだな」
武の肩にかかる握力が少しずつ弱まってゆく。
「でも、それにしてはこの咲夜ちゃんはいい表情だね。まるで、恋する乙女のようだよ」
サリエルの言葉。
その瞬間、武の肩にかかる握力が爆発的に増大した。
「ぎゃ、ぎゃぁぁあぁあああ!!?」
「…どういう事?」
「俺が知るかぁぁあああ!!!」
突然、つぐみが武の肩を離す。
「…どうやら、ウソはないみたいね」
「はぁ… まったく……」
武は、つぐみの頭の上に手を置いた。
突然の事に、つぐみは動揺する。
「え? た、武……?」
「あのなぁ、俺がお前を裏切る訳がないだろうが」
「武……」
つぐみは少し顔を俯かせながら、
「分かってるけど… 私、不安で……」
と、呟くように言う。
「心配性だな」
「…誰のせいだと思ってるのよ?」
つぐみは笑顔を浮かべる。
「…つぐみ、お前に言っておきたい事があるんだ」
武はそれを見ながら、言った。
「何? 武」
「…悪かったな、こんな事に巻き込んじまって」
つぐみは少しキョトンとしたが、
「ふふ… そんな事、気にしなくてもいいわよ」
と、笑って答えた。
「あなたが戦うなら、私も戦うわ。当然の事でしょう?」
「し、しかしだな……」
「武が1人で戦って、勝手に死なれると嫌だしね」
「うっ……」
武は反論出来ない。何故なら、自分が咲夜に言った事だからである。
しかし、どうしてそれをつぐみが知っているのか。
答えは、目の前にあった。
「…サリエルぅう〜!」
「よくもまぁ、自分の伴侶以外の女性に、真顔であんな事が言えるよね」
「お前はぁあ〜!!」
「主殿……」
さり気なく、ヴァルキリーが武の首に剣を当てる。
「な、何だ!? どうした、ヴァルキリー…?」
「サリエルの言う通りだ。自分の伴侶以外の女性を口説くとは、人間失格だな。私にならまだしも」
「だから口説いてねぇ!!」
「ちょっと待って」
つぐみが突然、声を上げた。
「ん? どうした、つぐみ」
「一部、聞き捨てならない発言があったわ。『私にならまだしも』って… どういう意味?」
笑顔とは呼べないような笑顔を浮かべながら、つぐみはヴァルキリーに歩み寄る。
そして、武の首に当てられている剣を、人差し指と中指で挟む。
「ふふ……」

パキィ…ンッ……!

そのままその剣を、2本の指でへし折った。
「…ちょっと用事を思い出したから、ボクは行くよ」
この後の展開を読み、さっさと病室から去ろうとするサリエル。
「待てサリエル! お前を1人にすると何するか分からんから、俺も行く!!」
それに便乗しようとする、武。
幸いにも武の姿は、すでにつぐみとヴァルキリーの眼中にはなかった。
「2度と私の前に立てないようにしてあげるわ……」
「…そちらこそ、首の骨くらいは覚悟してるんだろうな?」
そそくさと病室を抜け出す武とサリエル。
廊下に出るとふたりは一気にダッシュし、その場を離れて行った。



「という訳で、またここに来たんだ」
「…さっきから聞こえる爆発音は、つぐみさんとヴァルキリーさんが闘ってる音だったんですね……」
咲夜は遠い眼をしながら、言った。
病室から逃げ出した武とサリエルは今、優春の手により再び満身創痍となった咲夜の病室にいる。
「それでマスター、いつまでここに潜伏するんだい?」
「潜伏って… 嫌な表現だな。まぁ、ほとぼりが冷めるまではここにいるつもりだ。ああ、それと咲夜」
武は視線を、サリエルから咲夜に移した。
「はい?」
「教えて欲しい事があるんだ」
「何です?」
「六副官のボスって、どんな奴なんだ?」
「六副官のボス… 庵遠の事ですか? あいつは残虐非道で……」
身振り手振りを加えて説明しようとする咲夜。
「あ、いや、そうじゃなくてだな。あのルシファーとかいう悪魔の事だ」
「…ああ、そっちでしたか。でもそれだったら、天使であるサリエルさんの方が詳しいと思うんですけど……」
「うぉ!? そう言えばお前って天使だったんだっけ!? しかも大天使!!!」
「…ボクは天使らしくない、とでも?」
サリエルの邪眼が怪しく光る。
さすがの武も、命の危機を感じた。
「い、いや、そんな事はないぞ。でもな、ルシファーの話は咲夜から聞きたいんだ。別に『お前の話なんか信用できん!』とか思ってる訳ではなく……」
「…マスターって正直だよね」
あたふたと言い訳になってない言い訳をする武。
その後、咲夜の方を見た。
「ま、そういう事だ。頼む」
「分かりました……」
何故か深呼吸する咲夜。
「では、『天峰先生の悪魔学』を始めます!!」
「おぉ!?」
突然のノリの変化に驚愕する武。
しかも、自分のノリにソックリだった。
「さて倉成君。ルシファーについて、前回学習した事は覚えてますね?」
「え? は、はい。ルシファーは唯一神の地位を妬んで、反乱を起こしたんでしたよね。んで、それに協力したのが六副官だと」
「その通りです。今日はもっと詳しく学習しましょうか」
「はい、天峰先生」
「…ノリがいいね、マスター」
サリエルが呆れたように言う。
一瞬、武の頭に『こいつに呆れられる俺って、そうとうヤバくないか?』という思考が走ったが、それは自分の心のために無視した。
「そうですね、ルシファーを一言で言うなら……」
咲夜は少し考えた後、
「『太陽星人』ですね」
と、言った。
「太陽星人?」
混乱する武。
前に、沙羅からそう呼ばれた記憶があった。
「ルシファーは太陽を象徴する悪魔なんです。だから、太陽星人って言ったんですよ。婉曲的な表現、ってヤツです」
「ほほう… 太陽を象徴する……」
「それなのに、『明けの明星(金星)』なんて異名を持ってますが」
「どっちやねん!!?」
「倉成君、授業中に叫び声を上げないように」
注意される。
とりあえず、武は頭を下げた。
「続けますよ。そして六副官も、それぞれ星を象徴します。リリスは月、ベルゼブブは水星、ベルフェゴールは金星、アラストールは火星、モロクは木星、べヒモスは土星、といった具合に」
「ふむふむ……」
「ここテストに出ますから、ちゃんと覚えておいてください。次は――」
その時。

コンコンッ

病室のドアがノックされた。
そして、1人の人物が部屋に入ってくる。
それはまぎれもなく、優春だった。
「は、春香菜? どうしたんですか? そんな鬼気迫る表情をして……」
優春はそれには答えず、武の前に立つ。
「な、何だ? 優……」
「倉成……」
少しの沈黙。
その後、優春はいきなり叫んだ。
「あんたのバカ妻とバカ仲魔、どうにかしなさい!!!」
相変わらず、病院には爆発音が響いていた。



何とか事態を収拾した武達は、咲夜の病室に集まっていた。今後の動きを話し合うためである。
メンバーは、武、つぐみ、優春、咲夜。さすがに人数が多いので、武の仲魔は帰還(リターン)させている。
「しっかし、今後の動きっていったってなぁ… 今までだって、ずっと後手に廻り続けてた訳だし……」
「だから、それを何とかしようとしてるんじゃない。倉成、あなたも何か考えなさいよ」
「でもなぁ、こっちから攻めるにしても、相手がどこに隠れてるかも分からんしな」
「私はそれが疑問なのよ」
優春は神妙な顔付きで言った。
「何がですか? 春香菜」
「敵はこの町で何度か異界化を起こしてる。だとしたら、敵は星丘市のどこかにいるって考えるのが普通だけど……」
「…核ミサイルが落っこちて来るかも知れないこの星丘市に、敵がいるのも不自然ですよね」
咲夜が答える。
優春は、その答えに満足したように頷く。
「そう、そうなのよ。でも、かといって敵が遠くにいるとすると、それにしてはちょっと動きが良過ぎるような気もするしね……」
「…それもそうですね。霧隠れ山の時なんかは、完璧にこっちの動きを把握してましたし」
「やっぱり、市内にいるんじゃない?」
突然、つぐみが言った。
「どうしてそう思うの? つぐみ」
「会った事がある訳じゃないから、はっきりとは言えないけど… 百々凪庵遠はあの連中の仲間なんでしょう? だとしたら、死ぬ事なんて恐れないんじゃない? 核ミサイルが落ちて来ようと、さほど気にしないと思うんだけど」
「……そうかもね」
優春は深く、溜息をつく。
その時だった。

「溜息をつくと、その分だけ幸せが逃げて行くらしいよ?」

病室のドアが開け放たれ、1人の青年が入ってくる。
優春と咲夜は、その青年が誰か知っていた。
知らなかった武とつぐみも、すぐに誰だか気付く。
青年は、それだけ特徴のある容姿をしていた。
「庵遠…!!?」
「久し振りだね、春香菜」
青年――庵遠は一同を見渡し、笑みを浮かべる。
「…ノックもなしに人の病室に入ってくるなんて、非常識だとは思いませんか?」
咲夜が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
その顔には、何の表情も浮かんでいなかった。
「ふふ、その方が驚くと思ったから」
「…あたしが誰だか、覚えてますよね?」
「勿論。女の子の名前と顔は絶対に忘れないからね。天峰一族の生き残り――天峰咲夜君だろう?」
咲夜が殺意のこもった視線を庵遠に向ける。
だが庵遠は、それを受けても平然としていた。
「それで、何の用かしら? ここで闘り合う、っていうのはさすがに遠慮したいんだけど」
「ふふ… 初めまして、倉成つぐみ君。カリヤがまた会いたがってたよ」
「…私は2度と会いたくないわ。それより、訊かれた事に答えてくれる?」
「大した事じゃないよ。そろそろ決着を付けたいんだ。商店街での戦いで、鬼門を破って出現させた悪魔もほとんどがやられてしまったし… 何より、六副官をふたりも斃されてしまったからね。俺も焦ってるんだよ」
そう言って後ろに向き直り、
「傷が癒えたら久隠島に来るといい。そこを、決戦の舞台にしようじゃないか」
病室から去って行く。
庵遠が無防備な背中を見せているのに、誰も動く事が出来なかった。

「ふふ、待ってるよ――……」




13>>

あとがきと呼ばれるもの・12
さてさて、このSSもあと数話となりました。
次回からは、かつて天峰の里があった秘境――久隠島を舞台に、ラストバトルが始まります。
さてさて、どうなるのでしょうか。
ではまた。


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