真・女神転生SEVENTEEN 作 大根メロン |
まんまるお月様は、ひとりぼっちで淋しくて、 夜の闇の中で泣きました。 しくしく…しくしく…と……。 まんまるお月様は、それでもまだ淋しくて、 涙の中に子供を生みました。 たくさんの子供達……。 海の月と書いて、くらげ……。 「<マハブフーラ>!!」 ドゴォオ…ンッ!! 放たれた氷柱を紙一重で躱し、つぐみはリリスとの間合いを詰めようとする。 だが、リリスはつぐみと同等のスピードで森の中を駆け、一定の間合いを保つ。 (…これはまずいわね……) 接近戦を得意とするつぐみにとって、間合いを詰められない事は攻撃出来ない事を意味する。 だがリリスは、魔法という遠距離攻撃手段を持っていた。 「<ダイヤモンドダスト>!!」 吹雪が吹き荒れる。 キラキラと輝く氷片が必殺の凶器と化し、つぐみを襲った。 「くぅッ…!?」 「はははッ!! <ザンダイン>!!」 さらにリリスは衝撃波を放つ。 ドォォオオ…ンッ……!!! つぐみはそれらを避け切れず、まともに受けた。 「あぁ…!?」 「フフ、無様ね」 リリスはそんなつぐみの様子を見ながら、嗤う。 「でも、それが普通なの。人間が悪魔――それも、私のようなグレーターデーモンに勝てるはずがないのよ」 そう言った後、リリスは嗤うのを止めた。 「だから、昔から人間は強大な力を持つ悪魔を神として祀り、神もそれに応えた。それが、本来のあるべき形なのよ。お互いにとって最もいい状態なの」 リリスは拳を握り締める。 「なのに人間の中に再び神を悪魔に堕とし、駆逐しようとする者達が現れた。ヨーロッパでいえば、それは唯一神を信仰する一神教の信徒に他ならないし、この国でいえば川瀬や天峰、霧神といった退魔の集団よ」 「何が言いたいのよ…?」 「別に。ただ、私は人間が憎いの。それを言っておきたかっただけよ… <ブフダイン>!!」 リリスは莫大な冷気を圧縮し、つぐみに向けて放つ。 「クッ…!」 それを躱すため、つぐみは跳ぶ。 木々や草々が一瞬で凍結粉砕され、跡形もなく消えた。 「いつまでそうやって避けてられるかしら? <マハブフーラ>!!」 その氷柱はわずかに逸れたが、続けざまに放たれた魔法がつぐみを追い詰めてゆく。 「うぁ…!!?」 「いくら抵抗しても無駄よ。私は月を象徴する悪魔。ルシファーという太陽の光を受け輝く、至高の月なのだから」 つぐみは静かにその言葉を聞く。 そして、 「ふふ……」 小さく笑った。 「……? 何がおかし――」 その瞬間。 つぐみは、リリスの知覚を超えたスピードで間合いを詰める。 そして、一瞬の交錯。 「え……?」 リリスが声を上げる。 右腕が、もぎ取られていた。 「きゃああぁぁあああ!!!?」 つぐみはもぎ取ったその腕を、握り潰す。 腕はマグネタイトとなり、つぐみの手からこぼれ落ちた。 「月は太陽に照らされて輝く、か……」 つぐみの拳撃がリリスを打ち、吹き飛ばす。 「ぐぁ……!?」 「どうやら、瞬間的なスピードは私の方が上みたいね?」 「クッ…! <ディアラハン>……!!」 リリスは回復魔法で右腕を再生させる。 そして、つぐみを睨み付けた。 「どうやら、手加減はいらないみたいね…! <ブフダイン>!!!」 巨大な氷柱がつぐみを襲う。 「はぁ!!」 ドガァア…アンッ……!! つぐみはその氷柱を真っ二つに叩き割り、リリスとの間合いを詰める。 そして、リリスの身体に蹴りを打ち込んだ。 「あなたは遠距離攻撃の魔法を得意とする分、接近戦には弱い!!」 「クッ…!? 調子に乗ると死ぬわよ!! <マハブフーラ>!!」 無数の圧縮冷気が放たれる。 つぐみはそれを躱すため、横に跳んだ。 「ハハ、私から離れたわね!! <ブフダイン>!!」 リリスが氷柱を撃つ。 その氷柱は確実に命中するかと思われたが、 「――!!?」 つぐみの横を、抜けて行った。 次の瞬間、リリスはつぐみに殴り飛ばされ、巨木に叩き付けられる。 「ぐぅッ…!!?」 つぐみはさらに追い込みをかけ、リリスに跳びかかった。 だが。 「な……!!?」 リリスの姿が、消える。 そしてつぐみの背後から、凄まじい殺気が迸った。 「<ダイヤモンドダスト>ォオ!!!」 「――!!!?」 つぐみはとっさに、それを回避した。 ドゴオオォオ…オォオ…オォオォォンッ!!!! 視界を埋め尽くすほどの氷片が舞い、巨木を粉々に吹き飛ばす。 まるで、爆発だった。 「クッ…!!?」 つぐみの腕が血を噴く。 (躱したと思ったのに… なんて威力よ……!!) 「手応えがあったわよ!! <マハザンダイン>!!」 つぐみはその衝撃波を躱し、リリスに反撃しようとする。 だが、つぐみという目標を失った衝撃波が地面に命中した瞬間。 ドガァァアァアアア…ァァアンッ!!!! 「きゃあぁああ!!?」 島そのものが粉々になってしまうのではないか、と思うほどの衝撃が走った。 木々は砕け、巨大な岩さえもが宙を舞う。 そしてそれは空間を伝わり、森の半分をこの島から消し飛ばした。 「くぅ…!!?」 つぐみは爆心地のようになった森の中で、ゆっくりと立ち上がる。もっとも、もうそこに森はないが。 つぐみの身体のあちこちが悲鳴を上げる。そしてそれは、断末魔に近いものだった。 「へぇ… まだ生きてたの」 リリスの声。 つぐみは顔を上げる。 「なっ…!!?」 そして見たものは、つぐみと同じように全身傷だらけのリリスだった。 「あなた、自分ごと…?」 「ええ、私の魔法は強力すぎるから、本気で使うと自分も巻き込んじゃうのよ」 「何のために、そこまで…?」 「あなたを殺して、この戦いに勝つために決まってるじゃない」 「どうしてそこまで勝利に固執するのよ…?」 リリスは少しの間、空を見詰める。 「…ねぇ、キュレイの申し子。あなたは、失ったものを奪り還したいと思った事がある?」 「…ええ、いくらでもあるわ」 「私もそう。そしてこの戦いは、それを奪り還すための戦いなのよ」 「奪り還すための戦い…?」 リリスは笑って、つぐみを見た。 「さっき言ったわよね? 昔から人間は強大な力を持つ悪魔を神として祀ったって。私も古代バビロニアでは、神として信仰されていた」 「あなたが神として……」 「でもある時、私の神としての地位は失われてしまったの。何故だか分かる?」 つぐみは少し考えた後、言った。 「一神教の伝来、かしら?」 「フフ、正解よ」 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教に代表される一神教は、唯一にして絶対の神――唯一神だけを神とし、信仰する宗教である。 だがそれ故に、他の宗教や神話の神を偽の神――つまり、悪魔として貶める事があった。 そしてリリスも、その被害者だった。 「だから私はルシファーが起こした反乱に協力した。唯一神を討ち滅ぼし、再び神となるために。でも……」 「…あなた達は敗けた」 「そう。そして私は、光の世界から闇の世界へと堕とされてしまった」 リリスは莫大な魔力を放出する。 「だけどそれも、もう終わりよ…! アメリカが日本に対して核攻撃を行えば、日本も必ず秘密裏に保有している核戦力で報復を行うわ!! それを発端として世界レヴェルの核戦争が起こり、人は皆死に絶える!! そして、この地上は新たな世界となるのよ!! 明けの明星の光に照らされた、私達が神として信仰される世界にね!!!」 「本末転倒だわ…! 人が死に絶えるという事は、あなた達を信仰する人もいなくなる、という事よ!!?」 「思い上がらない事ね! 人がいくら滅ぼうと、また創ればいいだけの事よ!!」 「――!!? そんな事のために人の命を弄ぶなんて……!」 「そんな事!? 信仰を失った神の苦しみを知らないあなたに、何が分かるのよ!!!?」 リリスは放出した魔力を魔法という形に変化させ、 「我が唄うは闇の子守唄、汝は夜に抱かれ永久に眠れ……!!」 つぐみへと放った。 「月の旧神たる私の力、その身で知りなさい!! <マハムドオン>――!!!!」 突如、何かがつぐみの視界を埋め尽くす。 それは闇を固めて造ったような、無数の黒い手だった。 それらは一斉につぐみに襲いかかる。つぐみを、冥府へと引き摺り込むために。 「なっ…!!?」 つぐみはそれを躱す。受けたら死ぬと、本能が叫んでいた。 そのまま疾走し、手から離れようとする。 だがその手は四方から迫り、つぐみを追い込んでゆく。 「冗談じゃないわよ…!」 つぐみは手を数本引き千切る。 だがそれでも、次からへと黒い手が現れつぐみに向かって行く。 「…ならば……!!」 つぐみはリリスに跳びかかる。 「クス… <ヘルズアイ>!!」 「クッ…!!?」 リリスの咒殺の邪眼を防ぐため、とっさにつぐみは眼を閉じた。 だがその隙に、無数の黒い手がつぐみを捕らえる。 「フフ… いくら不死のあなたでも、魂を奪われたら死ぬわよ!!」 「見くびらないで!!」 つぐみは渾身の力で、黒い手を千切り飛ばす。 そして、リリスの身体に蹴りを打ち込んだ。 「ぐっ…!!?」 一瞬、リリスの意識が途切れる。それにより、無数の黒い手も消えてなくなった。 「クッ、人間の分際で…! <ザンダイン>!!」 つぐみの身体に衝撃が走る。 しかしつぐみは防御も回避もせず、リリスへの攻撃を続けた。 (この女、護りを捨てた!!?) つぐみの捨て身の攻撃により、リリスは少しずつ追い詰められてゆく。 「くそっ…!! <ダイヤモンドダスト>!!!」 つぐみとリリスを吹雪の渦が包む。そしてその渦の中には、身を切り刻む無数の氷片。 さすがに危険を感じ、つぐみはとっさにそれを躱そうとした。 だが。 「逃がさないわよ!」 リリスがつぐみを押さえ付ける。 「なっ!? あなた…!!?」 「あなたが捨て身で闘うなら、私も捨て身で闘うわ。もっとも、死ぬのはあなた1人だけどね!」 次の瞬間、つぐみとリリスに極寒の凶器が襲いかかった。 ドゴオオォオ…オォオ…オォオォォンッ!!!! 「うっ…!」 リリスは何とか、その場に立ち上がった。その身体は氷片に切り刻まれ、血まみれになっている。 (私は… 勝ったの……?) しかしその時、リリスの眼に1つの影が映った。 それは間違いなく、つぐみの姿だった。 「…本当に化物ね……」 リリスが呟く。 つぐみの身体はリリスと同じく血まみれだったが、しっかりと大地を踏み締めて立っていた。 「…あなたに私は斃せないわ。下らない目的のために闘ってる、あなたにはね」 つぐみがゆっくりと口を開く。 「下らない目的ですって!!? 私にとって神という地位がどれほど――」 「別に、あなたが神に戻る事を下らないと言っている訳じゃないわ。堕とされた神の苦しみを知らない私に、そんな事を言う資格はないしね」 「だったら…!」 「でもね… そんなに神に戻りたいのなら、私達とじゃなくてあなたへの信仰を奪った唯一神と戦うべきなんじゃないの?」 「――!!!」 リリスの顔が強張る。 「どうやら図星みたいね? 唯一神に勝てないから、あなたは人を滅ぼす道を選んだ。でもそれは、ただの逃避でしかないわ。あなたは唯一神を恐れ逃げたのよ。それが下らない、と言ってるの」 「…<ブフダイン>!!」 つぐみは飛来した氷柱を、後ろに跳び躱す。 「…そろそろ終わりにさせてもらうわ。覚悟はいいわね?」 「それはこっちの台詞よ…!」 つぐみの気迫とリリスの殺気が渦巻く。 お互い、次が最後の衝突になると感じていた。 両者の距離は十数メートル。しかし、 (間合いが離れすぎてる……) その距離は、つぐみにとっては長すぎた。 つぐみが攻撃するためには、リリスとの間合いを詰めなければならない。 だが、つぐみが接近する一瞬の間にリリスは魔法を1発、あるいは2発放てるだろう。 1発目を躱す自信はあった。だがつぐみには、2発目を躱す自信がなかった。 とっさの事だったとはいえ、氷柱を躱すために後ろへと跳んだのは、大きなミスだった。 「フフ… どうやら、私の勝ちみたいね」 状況を正確に理解したリリスが、つぐみを嗤う。 だが。 「ふふ……」 つぐみは、笑い返した。 「あなたの氷結魔法は、もう私には通じないわよ」 「――!!? どういう意味よ!?」 「あなたはよく氷柱を造り出して攻撃するけど… その氷柱の材質は何なの?」 「…水に決まって……」 「私も最初はそう思っていたわ。空気中の水蒸気を集めて氷にしているんだってね。でも、だとしたらこの辺りの空気から湿気が失われて乾燥するはずだし、なにより水蒸気の流れを感じなかった」 リリスが口を閉じた。 「でも、別に感じる事があったの。それは空気の濃さ。あなたが氷柱を造ると、何故か周りの空気が薄くなるのよ」 「…クッ……!?」 「つまり、あなたは空気を凍らせている。そうよね?」 空気は約−200℃で液体に、約−210℃で固体へと変化する。 リリスの氷柱は氷ではなく、この固体空気だった。 「空気は水蒸気と違っていくらでもあるから、すぐに氷柱を造り出す事が出来る。でも、あれだけ大きな氷柱を造るには大量の空気が必要だった。一瞬、周りの空気が薄くなるほどね。そしてそれを感じれば、あなたの攻撃を知る事が出来るわ。躱すのも簡単よ」 数秒間の沈黙。 そしてその後、リリスの口から出た声は、 「フフ……」 余裕の笑いだった。 「さすがね。それを見破ったのはサリエルに次いであなたが2番目。でも……」 リリスは冷気をつぐみへと向ける。 「氷柱が駄目なら、あなたに冷気を直接ぶつければいいだけよ! <ブフダイン>!!」 圧縮冷気が、つぐみへと襲いかかった。 つぐみはそれを何とか躱す。しかしその一瞬の隙を、リリスは狙っていた。 「全てを凍てつかせるジュデッカの風よ、我が剣となり脆弱なる者を討て! <マハブフダイン>――!!!!」 強大な圧縮冷気がつぐみに放たれる。それは、躱せないはずの2発目。 まるでスローモーションのようだった。つぐみと魔法の距離が少しずつ、縮まってゆく。 17m、16m、15m、14m、13m、12m、11m、10m、9m、8m、7m、6m、5m、4m、3m、2m、1m。 そして、交錯。 「な……!!!?」 リリスは混乱する。何が起こったのか、理解出来なかった。 渾身の魔法は、つぐみのわずか横を逸れて行った。 つぐみとリリスの間合いが詰まる。 「あなたは勝てないわ。何故なら……」 そして―― 「私は武という太陽の光を受け輝く、無限の月なのだから」 ――つぐみの拳撃が、リリスの五体を打ち抜いた。 「…闘ってる最中、ずっと疑問に思ってたのよ。あなたは圧縮冷気を使った攻撃を何回か行っているけど、その後の追撃は何故かいつも外れている。偶然かとも思ったけど、偶然が何回も続く事はないだろうしね」 つぐみはゆっくりと、地に倒れているリリスに語りかける。 「それは温度差のせいだったのね。圧縮冷気を使うと空気中に温度差が生まれて、光が屈折する。それであなたは私の位置を錯覚して、攻撃を外していたの」 さっきの魔法がつぐみから逸れたのは、それが原因だった。 「…それに気付いたのは、その眼のおかげかしら……?」 「ええ、そう。温度を視る事が出来る、この眼のおかげよ」 「…だからあの時、あなたは私を挑発したのね……」 「氷結系以外の魔法を使われたら、どうしようもなかったから。だから『氷結魔法は通じない』って言ったの。そう言えば、あなたはどうやっても氷結魔法で私を斃そうとすると思ったのよ」 「…そして私は見事その策に引っかかった、って事か。フフ……」 リリスは静かに眼を閉じる。 「…警告しておいてあげるわ。いくらあなた達が強くても、庵遠――いえ、あの『裁き手』には、絶対に勝てないわよ……」 「裁き手……?」 「…そう、あの唯一神の御使い――裁き手にはね……」 リリスの身体から力が抜ける。 もう、リリスには話す力も残されてはいなかった。 「……眠りなさい」 長弓背負いし 月の精 夢の中より 待ちをりぬ 今宵やなぐゐ 月夜見囃子 早く来んかと 待ちをりぬ 眠りたまふ ぬくと丸みて 眠りたまふ 母に抱かれて つぐみの子守唄が響く。 子守唄は英語でララバイ。そしてララバイは、『リリスよさらば』を意味する。 リリスはゆっくりと、この世界から消えていった。 真櫂掲げし 水の精 夢の中より 待ちをりぬ 今宵とりふね うずまき鬼 早く来んかと 待ちをりぬ 眠りたまふ ゆるゆる揺られ 眠りたまふ 海に抱かれて |
あとがきと呼ばれるもの・14 ふう、疲れた……(汗) でもこれでようやく、ラストの山場の1つ『VSリリス』が終了。 …でもまだ『VSベルゼブブ』と『VS庵遠』が残ってる……。 バトルはつらいよ……。 |
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