とある街のとある少年のとある物語
誰もが悲劇と思った物語
その物語が、とある結末を迎えてから数年
私は今もこうしてこの街を見守り続けている
ただこうして佇み、いつまでも、いつまでも……

ここは、この街で最も空に近い場所
大地の鎖から解き放たれし者達の、存在の証が立ち並ぶ場所
この大地に未だ留まりし者達の、想い出の証が立ち並ぶ場所
この街で、どこよりも遥かなる高みに近い場所


だから、ほら今日も……




Memories Off Nightmare
エピローグ「Memories Off Nightmare」
 Produced By コスモス




 とある街の、とあるこの街一番の総合病院。
 そのナースステーションの受付で、一人のとある新米看護婦さんが半泣きになって困ってしまっていました。
 その看護婦さんは、一人の女性というよりは、まだ少女といった方がしっくり来そうな可愛らしさです。
 それもそのはず、彼女は今年配属されたばかりの新米看護婦さん。
 桜並木が何より自慢のこの病院が、今は一年中で一番輝いている季節。
 つまりは、まだまだとんでもない半人前の研修中。
 だから、こんなマニュアルに書いていないような事態になった時、どうすればいいかなんてまるでわかりません。
 心の中で、一緒にこの病院に配属された、憧れの研修医の先輩にあうあうと助けを求めながら、それでもなんとかしなければと、彼女は勇気を振り絞って厳しい現実と向かい合います。
 目の前には、長いストレートロングの髪が綺麗な二十台半ば位のお姉さん。
 日本人のようで日本人とはまた違う。
 少し銀色がかった髪と瞳が、見ているだけで吸い込まれそうになるくらいに綺麗。
 きりっとした表情が凛々しくて、こんな先輩がいたら頼りになるだろうな〜と、思えるような人。
 そんななんとも羨ましいルックスのその女性が、のんびりとした昼下がりのナースステーションに現れて、受付当番の彼女に向かって何やら聞き慣れない言葉で話しかけてきたのです。
 この看護婦さん、自分の高校時代の外国語の成績に軽い眩暈を覚えながらも、それでも考え抜いた末、どうにかこうにか言いました。
「あ、あいむ、のっと、すぴーきんぐ、じゃぱにーず?」
 途端に、水を打ったような静けさがナースステーションに広がります。
 あれ?ひょっとしなくても、やっちゃいました?
 そんな嫌な予感に、看護婦さんがごくりと唾を飲みます。
 よくよく見なくとも、病院ロビーの患者さん達までが、遠い目で何かをみつめていたりして、ますます看護婦さん的、絶体絶命の予感が高まっていきます。
 そして、次の瞬間……
「あ、ごめんなさいね、まだ帰国したばかりで、つい……」
 綺麗なお姉さんは少しだけ気恥ずかしそうに、それでもにっこり微笑んで流暢な日本語でそう言ってくれたのでした。
 看護婦さんがピンチからの脱出にへなへなと脱力していくのとほぼ同時に、ロビーとナースステーションにも何事もなかったかのようなざわめきが戻り、誰もがまた穏やかな昼下がりの一コマの中へと戻っていったのでした……




 綺麗なお姉さんこと、今ではすっかりと大人びた双海詩音がゆっくりと病院の中を歩いてゆく。
 穏やかな春の日差しの差し込む廊下は、とても明るく暖かかだった。
 程なく詩音は、先刻受付で聞いた場所へと到着する。
 病院内の小さな売店コーナー。
 おもむろに缶ジュースを一本手に取ると、詩音は無言で二百円をカウンターに差し出す。
「毎度〜〜」
 病院にはどことなく不似合いな陽気な声と、数枚の釣り銭が返ってくる。
 開いた詩音の手の平には、十円玉が一、二、三枚、三十円。
「……………………」
「あ、あれ?違った……かな?」
 どことなく慌てた声と共に、10円玉が手の平から消え、代わりの釣り札が返ってくる。
 開いた詩音の手の平には、一枚の五千円札。但し、発行元は子供銀行。
「……………………ごきげんよう」
 くるりと詩音は振り向き、来た道へと戻ろうとする。
「だぁあああああ!!待ちなさいって、ほんの冗談でしょう?冗談!!」
 笑い混じりの怒鳴り声に、詩音もすぐに笑いながら振り返る。
「お久しぶりですね、霧島さん」
「やっほ、詩音ちゃん。ひっさしぶり〜〜!!」
 言いつつそのまま小夜美はがっしと詩音に抱きつく。
「ええ、日本に帰ってくるのは三年ぶりですからね」
「ふふふ、世界を股に掛ける女考古学者だって?かっこいいじゃな〜い」
「そうなれればいいのですけどね。今はまだ父にくっついてあちこちを回っているだけですから。ご自分の努力だけで夢を追いかけられている伊吹さんに比べたら……」
 苦笑混じりに詩音がそう言うと、まるでそれを待っていたかのようなタイミングで院内放送が入る。
『伊吹研修医、伊吹研修医、お客様がお待ちです。一階売店までお願いします』
「ホントに、まさかあの澄空高校から医大だなんてね……」
「自分を救ってくれた医学で、今度は自分が皆を救ってあげたい、ですか。伊吹さんらしいですね」
 程なくして、廊下の奥から小柄な女性が小走りで駆け寄ってくるのが見える。
「双海先輩〜〜ッ!!」
 そして、ちょっとだけ凸凹な三人組は、病院玄関へと足を向ける。
 この街で最も空に近い、どこよりも遥かなる高みに近い場所へと向かう為に。
 大切で、懐かしい面々と再会する為に……




『パパぁ〜〜ママぁ〜〜、は〜や〜くぅ〜〜!!』
 子供達の愛らしい声が、麗らかな春の日差しの中に響く。
 新米パパさんと新米ママさんは、長い石段のやや先を行く愛娘達に手を振って応えながら、春の彩りを満喫しつつ上っていく。
 見頃を過ぎた梅の木は素通りし、早くも散り始めた桜の木の下ではその桜吹雪が服に積もるのを待って、クスノキの下ではその香りに鼻腔を膨らまし、一段一段をゆっくりのんびりと会話を楽しみながら上ってゆく。
 パパにとっても、ママにとっても、ここは飽きてしまうくらいに慣れ親しんだ場所。
 自分の家の庭のようによく知った場所。
 これからも、何度も何度も訪れるであろう場所。
 手にした花束こそ、哀しみの象徴ではあったけれど、その顔にはもうどこにも陰りは見当たらない。
 やがて、一家は長い石段を上りきり、この街で最も風の吹き抜ける場所へと辿り着く。
 頬を撫でる春風が、火照った肌に心地いい。
 まず先に、パパとママが一緒に、三ヶ所それぞれに、花束と線香を上げて手を合わせて廻る。
 しばらくしてから、三本の白煙がゆらゆらと細く長くたなびきながら、これまたのんびり穏やかに空へと還ってゆく。
 それから、二人はそれぞれ別の墓石の前に別れて立つと、娘にこっちに来るようにと声を掛ける。
 パパさんがおかっぱ頭の女の子の頭を撫でながら、優しく語って聞かせ始める。
「あのね?このお墓の人は、パパのと〜っても大切な人なんだ。だから、お前の名前もこの人から貰ったんだぞ?
ほら、ちゃ〜んと、ご挨拶してごらん?」
「は〜〜〜い」
 パパの所から一歩前に出て、おかっぱ頭の女の子がぺこりと元気良く墓石に向かってお辞儀する。
「こ〜にちはぁ〜〜!かおりゅで〜す。名前をもらってありがと〜〜!!」
「こらこら、名前をくれて、だろ?」
 苦笑いを浮かべたパパに軽く頭を小突かれて、女の子が目を丸くしてびっくりする。
 どうやら真剣に間違えているらしい。
 他方、そこから少し離れた所にある白煙たなびく別の墓石の前には、ママと少し髪の長いちょっとだけお姉ちゃんの女の子とがいた。
「あのね?このお墓にはね?」
「はいはいは〜〜い!あや、知ってるもん。このお墓の人はママとパパの大切な人で、あやの名前はこの人の名前から貰ったんでしょ〜?」
「うんうん、彩花は物知りさんだね〜。はい、じゃあ、彩ちゃんにちゃ〜んとご挨拶、できるよね?」
「うん、できるよ〜〜!はじめまして〜、あやかさん、あやは、あやかでっす!」
 女の子は、にこにこと笑顔でそう挨拶する。
「うん、よく出来ました〜〜」
 言いつつ、ママは微笑みながら女の子の頭を撫でて上げる。
「ほら、じゃあ、もうちょっとだけかおると待っててね?」
「うん、わかった〜〜」
 そう言うと、女の子は一目散に駆け出してゆく。
 女の子と入れ替わりに、パパがやってくる。
 ママとパパは、『桧月家の墓』のすぐ右隣の墓石の前に並んで立つ。
 そこからは、三本目の白煙が立ち昇ってゆく。
「わりぃな、智也、遅くなっちまって……」
 照れたように微笑みながら、パパはそう言い頭を掻く。
「ほら、トモヤ、おいで〜〜〜〜!!」
 ママがそう大きな声で呼ぶと、一匹の白い犬がすごい勢いで走ってきてパパに飛びつきじゃれつこうとする。
 どことなく嬉しそうなパパが、墓石に向かってニヤリと笑って言った。
「わりぃ、まだ二人しかいないんだわ」
「トモヤも大事な家族だけど、ちゃ〜〜んと、智ちゃんも迎えるから、待っててね!」
 そう言い、唯だ微笑むママの笑みは、どこまでも幸せな笑みだった。
 ぽかぽかと温かい、今日のお天気のような微笑みだった。
「唯笑ちゃ〜〜〜〜〜ん!!」
 風に乗って、遠くからそんな呼び声が聞こえてくる。
「トモヤ〜〜、新作のパンがあるよ〜、おいで〜〜!!」
「いや、それは真剣に止めておかれた方がいいのでは……」
 パパとママが振り返れば、ちょうど石段を上りきったところらしい、ちょっとだけ凸凹な三人組。
 その姿を認めて、今度はトモヤはそちらへと走りゆき、パパとママの愛娘達はもう鬼ごっこに夢中で辺りを走り回っていた。
 パパとママは一度だけ顔を見合わせ微笑みあうと、トモヤの後へとのんびりと手を繋ぎながら続いてゆく。
 白だったり、紅だったり、黄金色だったりする春風が、その背後で楽しげに嬉しげに舞い踊っているのにも気がつかずに……




とある街のとある少年のとある物語
誰もが悲劇と思った物語
その物語が、とある結末を迎えてから数年
私は今も、こうしてこの街を見守り続けている
小さな幸せの営みを、ただ見守り続けている
誰が、彼らにこのような幸せが訪れると予想し得ただろうか?
誰が、彼らにこのような幸せをつかみ取ることができると予想し得ただろうか?
誰もできはしなかった、誰も予想だにできなかった
だが、今もこうして彼女は唯だ微笑み
彼は彼女と己と希望と未来を信じ、今なお、約束を果たし続けている
だから、私はこの物語を称えたい
この物語を称え、語り継ぐ為、表題の言葉を顕し捧げたい


悪夢を断ち切った想いの物語……


Memories Off Nightmare






FIN




>>作者総括




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