Remodel Project<最狂の指導者達>
(後編)

                              マイキー


キィィィ・・・。
優のお母さんから借りた車は大学の校舎の前で止まった。
草木が生い茂り、校舎との調和のとれた過ごしやすそうな環境の大学だ。
だが生徒はほとんどいない。だけどそれは今が夏期休業だからだろう。
つ「さあ、出るわよ」
お母さんはさも当たり前のようにミュミューンの着ぐるみを着て、外へと出た。
もちろんそれは紫外線を防ぐためだ。
けどすごく滑稽だよ・・・。お母さん。
キュレイ種は紫外線に強くないけど別にいうほどものでもない。
だがお母さんはキュレイ種の中でもオリジナルなので紫外線を遮断しないで
半日もいると皮膚や目がガン細胞に侵されてしまう危険性があるのだ。
だからこの着ぐるみは外出時のお母さんにとって必須アイテムというわけだ。
僕たちはお母さんと一緒に目的の場所まで辿り着いた。
途中で休暇中にも関わらず大学に来ている教授や学生に
奇妙な眼差しを向けられ、僕と沙羅はかなり参ってしまった。
だが当のお母さんはお構い無しといった感じだ。
まあ実際、表情は見えないけど・・・・。
バシバシッ!
着ぐるみを着ているためお母さんのノックはかなり乱暴な音になってしまった。
?「はい、どうぞ〜」
若い女性の声がした。
ガチャ・・・・。
い「待っていたわ!」
い「ウフフフフ♪やっぱり戻ってくると思っていたわ、涼権くん♪」
い「さあ、特別講師はもう到着しているわ」
い「改造計画発動よ!マッチョ道と暗黒の心得を極めましょう♪」
・・・・・・・・・。
目の前に現れた穏やかで包容力のありそうな24・5歳程度の綺麗な女性が発した
第一声は僕の聞いたことの無い未知の言葉ばかりだった。
皆「・・・・・・・・・・」
い「あら〜?涼権くんじゃないわね」
い「けどこんなお間抜けなキツネザルの着ぐるみを着る人間はただ一人・・・・」
い「久しいわ、古き闇の友(?)、つぐみちゃん」
彼女は爽やかな笑顔と共に非常に失礼であろう未知の言葉をまた口にした。
頭は混乱してしまう。とにかく未知な言葉が多すぎる。
横の沙羅も未知の言葉がやはりよくわからない様子だ。
しかしその言葉に平然と対応し、お母さんは着ぐるみの頭部をとった。
つ「昔から『ちゃん』はやめてといっているでしょう」
つ「久しぶりね、『漆翼の暗黒堕天使』こと、いづみさん」
い「ウフフフフ・・・♪その異名を呼ばれるのは久しぶりね」
い「けどそれは昔の話よ。今は一応、まともな心理学教授よ」
い「だいたいつぐみちゃんだって、妊娠に気付くまでは闇世界で・・・・・」
つ「それ以上は意味のない質問よ」
つ「・・・・話があるの」
・・・・・・・・・・・。
よくわからないがこれだけは確かだろう。
この人は・・・・・すごく危険な人なんだ。
い「相変わらず憎らしい程、可愛いらしいクソ生意気な態度ね〜」
い「そんなつぐみちゃんだからこそ放っておけないわ♪」
い「何なりといってちょうだい」
なんなんだ!?この異様なやり取りは!!
・・・・・・・やっぱり未知の会話だ・・・・・。
つ「ええ、実は・・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

僕たちはいづみさんに『男らしく』なりたい理由の一部始終を話した。
つ「・・・・というわけなのよ」
い「なるほど〜、事情はよくわかったわ」
い「なら涼権くんに代わって特別講師の生徒にしてあげるわ」
え・・・。桑古木に代わっての生徒として・・・・?
ホ「え、特別講師って?」
い「私や君のお母さんと同様のキュレイのキャリアよ」
い「昔、彼の寝込みを襲って、優ちゃんからとった抗体を『プスッ♪』とね♪」
ホ「え・・・・今なんて・・・」
い「クスッ♪」
聞かなかったことにしておこう。
僕は理由もなくそう心に固く誓っていた。
い「誠く〜ん」
誠「待っていましたよ、いづみさん」
誠「さあ、俺の満足中枢を満たす強者はどこだー!!」
物陰になって見えなかったところから逆三角形で筋肉隆々のマッチョな男が現れた。
な、なんだ!?この人は!?こんなすごい肉体見たことがない!
僕はこの人のギリシア彫刻など目ではない完成された肉体に感動を覚えていた。
腹筋がすごい!背筋がすごい!腕節がすごい!肩幅がすごい!
太ももの筋肉がすごい!ヒップの筋肉がすごい!胸筋がすごい!
威風堂々としていて、果てしなく強いスピリッツを内に秘め、
向上心と自信というものに満ち満ちた雰囲気。おまけに顔もかなりハンサムだ。
敢えて言うなら男の中の『男』を絵に書いたような人だと言えるだろう。
僕は一目見て、この人の男らしさに畏敬の念を抱いていた。
この人が特別講師なのだろう。
今、僕の目はアンドロメダ星雲のように輝いているに違いない。
沙「うえぇぇぇ〜・・・・・ムキムキだ〜。男臭〜」
その言葉に僕は急速に反応・・・・・しようとしたが・・・・。
誠「フッ・・・・そうさ少女よ、俺は男臭いさ!」
誠「だが、だから何だというのだ!」
誠「この男臭くがなくて『漢』の魅力・肉体美を醸し出す
『真の漢』になれるとでもいうのか!」 
沙「え・・・・」
誠「いや、ありえん!男臭いからこそ『漢』の魅力・肉体美は眩いまでに輝くのだ!」
沙「せ、せっかく体系も十分すぎる程ガッチリしていてハンサムなのに、
こんなムキムキで男臭いから魅力が半減だよ!!彼女できないでござるぞ〜!」
誠「クッハッハッハ!」
沙「な、なんで笑うのよ!?」
誠「彼女ならいるさ。しかも俺のマネージャーだ」
沙「――――!!」
沙「そ、そんな非合法な・・・・!」
沙「このような奇妙な現象がこの世で発生してはダメでござるよ〜!」
誠「クックック・・・少女よ、世界は広いのだ」
誠「その事を若いうちに知っただけで少女は大人の階段を上れた・・・・」
誠「それだけで素晴らしい経験をしたということだ」
沙「う、うぅぅ・・・・・」
自分のことを自分から男臭いというなんて・・・・。
やっぱり僕の目に狂いはなかった。
それにこの熱い『男への情熱的な語り』・・・・・。
やっぱりこの人は男らしい・・・最高だ。
男が惚れる男とはこの人のような人のことを言うんだろう。
僕は自然とそのような思考を巡らせていた。
誠「さあ!それより我が筋肉的満足中枢を満たす強者はどこだ?!」
男の中の『男』であるマッチョ誠さんは強者を求めて辺りを見回していた。
・・・・ところで強者って誰だろう?
僕は周りを見渡すがそのような人はどこにも存在しなかった。
誠「・・・・・・・」
誠「何ぃぃい!いないではないか!いづみさん!」
い「ごめんね〜、誠くん」
い「こうでも言わないと誠くん来ないだろうから口実として言っておいただけなの」
誠「なんだとぅー!では我が求めし強者はここにはいないと!」
い「もちろんよ」
誠「・・・・・・・・無駄な時間を過ごしてしまった」
誠「帰って、また強者探しの旅に出るとするか・・・とりあえず次は・・・」
い「ちょっと待って」
い「呼び出したのには他に理由があるのよ」
い「当初の予定とは違うけど、この子を『漢』にするための指導をお願いできるかな?」
誠「・・・・・・・・・」
マッチョ誠さんは僕の体格を一目見た。
そして・・・・・。
誠「さ〜て、帰ろうか、世界の猛者が俺を待っている!」
ホ「――――!!」
ホ「ちょっと待ってください!」
ホ「どうしてダメなんですか!?」
誠「クックック・・・・言うまでも無い!」
誠「まずそのボロ雑巾のように生温い脆弱な肉体だ!」
誠「俺の魂の抱擁で脊髄が骨の髄まで砕け散ってしまいそうなほどの軟弱ぶりでないか!」
誠「さらに美(肉体美)の片鱗さえも垣間みえん!」
誠「そんな程度の肉体と美で『漢』になど成れるものか!」
誠「『漢』とは筋肉への飽くなき向上心と情熱!・強固なる魂の叫び!・
誰もが驚愕するほど強靭かつ精巧な肉鉄塊(筋肉の強化版)とその美!・肉体美への無限に広がるトーク!・
そして筋肉愛!があって、やっとその資格を得られるほど成るに難し存在なのだ!」
誠「つまり完全無比な肉鉄塊の肉体美・柔軟性・精巧性・技術・魂・情熱・速度・信頼・愛が
あってこそ誰しも認める『漢の中の漢』になれるのだー!!!!」
誠「志は愚か、スタート地点にも立てない愚息に教える義理もなければ義務も無い!」
誠「家に帰ってつぐみママに抱かれてウジウジといじけて寝とくんだな!」
言いたい放題いわれて、自分の無力感が悔しかった。
だけど今、言われた条件を揃える術は持てそうにない。
この人に僕を認めさせたい!
そして優に認めてもらえるほどの相男らしい『男』になりたい!
い「ウフフフ♪肩に乗ったムシケラを掃われるかのように無様に断られちゃったわね♪」
マッチョ誠さんに言い返そうと思ったがこの人のこの言葉に頭に血が上りかけた。
こんな酷い言い方をするなんてこの人は・・・・・!
ホ「まだあきらめていませんよ!」
ホ「それよりそんな言い方ないんじゃないですか!」
沙「忍ともかんとも、まったくでござる!」
つ「・・・・・・・・・」
ホ「ってお母さんもなんとか言ってよ!」
だがお母さんは動く気配を全く感じさせない。
ただこの光景に呆れ返っているかのようだ。
普通の子供思いの親なら自分の息子がこんな言われ方すれば怒るはずなのに・・・。
つ「無駄だから・・・・」
ホ「え・・・」
つ「無駄だと言ったの」
つ「昔からそういう言い方しかしない人なんだから」
つ「つまりここで私が話に介入しても無意味なのよ」
い「そういう事♪」
い「それより当てが無くなっちゃったでしょう♪」
い「だから・・・・・」
い「私の暗殺術『シャドウヴィーナスズ・イレイズ(闇女神の抹殺術)』を学ぶっていうのはどう♪」
い「闇の暗殺の快楽を君たちに無料で教えてあげるわよ♪」
いづみさんはそんな問題発言を満面の笑みで語りかけてきた。
ゾクッ・・・・!
また危険極まりない未知の言葉が出てきた・・・・!
暗殺術って、快楽って・・・・・しかも満面の笑顔だし・・・もうこの人は怖すぎる・・・。
恐怖により自然と体が震えしてしまう。
つ「アレを教えるの?」
つ「まあ、使い方次第で殺害術にも護身術にもなるけど」
ママはどうやらその未知の言葉の真意を知っているようだ。
だが僕は絶対に教わりたくなかった。
というかこの人から逃げたい!
ホ「い、いやですよ!」
なんとか否定の言葉を吐くことができた。
だが僕の顔は死を目前にした人間と同等、あるいはそれ以上に
生気も血の気が失せ、恐れているに違いない。
い「あら〜♪残念ね〜」
い「クスッ♪・・・けどいかにもアマちゃんって感じだから仕方ないわね」
い「ましてやお子ちゃま精神なホクトくんには刺激が強すぎるかも」
お、お子ちゃま精神って・・・・つくづく失礼な人だなぁ。
自然と右の拳に力が入る。
い「というわけで沙羅ちゃんはどう?」
沙「え!私!?」
い「そうよ〜♪沙羅ちゃんって忍者が好きそうな話し方するでしょ」
沙「か、関係ないじゃないですか!」
沙「忍は忍法でござるよ!ニンニン」
い「あら、忍者の本職は『暗殺』よ♪」
い「忍法は『暗殺』を実行するまでに必要な能力にすぎないわ」
い「魅力が強いとこだけ見て、忍者に憧れるなんて・・・・」
い「いけない子ね〜♪」
い「汚い部分には目をつぶって本質を見ない・・・」
い「それで忍者に憧れるなんて言語道断よ!」
い「そういう血生臭く・汚い面も知っても忍者が好き?」
沙「に、忍者は歴史的には目立たぬ、影の立て役者でござる!」
沙「陰気で汚い損な役回りが多いけどしなやか身のこなしと忍術がカッコイイ・・・・
私はそんな忍者が大好きなのー!!」
い「じゃあ、その汚い部分である暗殺術を学んで、忍者マスターになろうと思わない?」
い「今なら無料で忍術『暗殺』を教えるわよ!」
い「さあ、あなたの忍者への気持ちが本物なら忍術『暗殺』を学ぶしかないわ!」
沙「ぎょ、御意でござる。師範代、拙者に忍術の伝授をお願いします!」
い「ウフフフフ♪あなたを一流の忍者にしてあげるわ」
・・・・・・・・・・・・・・・・。
沙羅が悪魔の囁きにより悪魔に魂を売ってしまった。
沙羅の忍者好きはとにかく半端じゃない。
僕が説得しようと不可能だろう。
けどお母さんなら・・・・!!
けどお母さんは・・・・・・相変わらず他人事のように見ていた。
今日のお母さんは変だー!明らかに変だー!壊れたー!
ホ「お母さん!沙羅が悪魔に魂を売っちゃうよ!」
ホ「何で黙っているの!?」
つ「・・・・・・・・・・・」
ホ「まさか沙羅を殺人鬼にしたいの?!」
つ「大丈夫よ」
ホ「へ・・・・」
つ「私、さっき殺害術か護身術っていったでしょう」
ホ「いや・・・要は人を殺すんでしょ」
つ「それは殺人術・・・・確かにいづみさんは危険極まりない性格だけど
毒はもってないわ、少なくとも人間に対しては」
ホ「それってどういうこと?」
つ「彼女の父は遺伝子工学の権威でクローンの研究をしているの」
つ「けどある日、彼の研究所で事故が起きて肉食獣のクローンが大量発生してしまったらしいの」
つ「当然、彼は始末に困ってしまった」
つ「だから彼は当時21歳ですでに暗殺の魅力に夢中になっていたけど標的がいないと
嘆いていたいづみさんにクローン肉食獣の暗殺を頼んだらしいの」
つ「すでにバーチャル暗殺ゲームで世界屈指のレベルだったいづみさんはそのクローン肉食獣たち
の喉元にドス・ナイフ・フォークを超速かつ的確に刺して、瞬く間に127匹を抹殺した」
つ「それ以来、クローン肉食獣を父親に頼んで生み出し続けてもらっていて、
今尚も彼らを抹殺して楽しんでいるという噂よ」
つ「というわけ暗殺者というより異常精神の密猟者って方が正しいわね」
つ「だから彼女は私の知る限りだけどいづみさんは自らの意思(強調)で、人は、殺してないのよ」
つ「けど闇世界にいた頃、依頼で計300人程を殺ったらしいけど・・・・」 
つまり闇世界の依頼以外では人は暗殺しないから足を洗った今は問題ないと・・・。
だけど過去のその事件によりおぞましい趣味が本格的に芽生えてしまい、それに今も夢中なんだ。
そうか、あの暗黒極まりない性格はその時感じた快楽からきているんだ。
ようやく彼女の狂悪さ・恐ろしさがわかったような気がする。
ホ「けどそんなに沢山クローン動物を作るのって違法じゃないの?」
つ「そうね、けど彼女たちはうまく隠していると思うわ」
ホ「訴える?」
つ「やめときなさい、間違いなく『暗殺』されるわよ」
つ「それだけの能力と理由は十分すぎるほどあるのだから」
つ「沙羅に関しては・・・まあ牽制に使えば護身術にはなるだろうしね」
つ「今は物騒な世の中なんだから身に付けておいて損はないわ」
ホ「う、うん・・・・でも・・・」
つ「心配しなくても大丈夫よ、沙羅はそれぐらいの分別はあるわ」
ホ「うん・・・・」
お願いだ・・・・沙羅。
どうか危険な方向には染まらないでくれ。
誠「さて、じゃあ俺は帰るとするか」
誠「多忙なスケジュールがつまっているんでな」
マッチョ誠さんは既に外に出て帰ろうとしていた。
僕はそれを見て、急いで追いかける。
ホ「ちょ、ちょっと待ってください!」
誠「なんだ」
冷徹で拒絶的な態度だった。
だがここで引くわけにはいかない。
まずこの人に認めてもらえないと何も始まらないんだ。
ホ「僕を弟子にしてください!!」
誠「おごるなよ、貴様などが俺のトレーニングについていけるものか」
ホ「なら、今テストをしてください!」
誠「ほぉ・・・・口だけは一人前だな」
誠「いいだろう、かかって来い!」
ホ「はい!」
僕は彼に向かい一直線に向かっていき、右の拳を突き出した。
パシッ・・・・。
誠「温(ぬる)い、温すぎる!!」
誠「愚息よ、その程度で俺の弟子入りとは・・・・笑止ぃ!!」
突如、僕の体は宙に浮いていた。
そして体に痛みが走る。
どうやら軽く投げられてしまったようだ。
誠「多少スピードはあるようだが、戦略性が全く無い!」
誠「体格だけで圧倒的不利ということは承知の筈!」
誠「それをいきなり直線的に向かってくるだけの単純戦法とは・・・!」
誠「戦略という言葉も知らんのか!」
誠「少しは工夫をしろ!」
誠「見込みはない・・・・じゃあな」
つ「ちょっと待って」
突如、目の前にミュミューンが・・・・。
いやミューミューンの着ぐるみを着たお母さんが現れた。
誠「なんだ?つぐみ」
つ「この子の潜在能力を発揮できる方法があるんだけど・・・・」
誠「くだらんな」
つ「話ぐらい聞いてもいいんじゃない?」
誠「やれやれ・・・まあいいだろう」
遠くにいてよく聞こえなかったが、そのやり取りの後、二人は部屋の中へと消えていった。
どういうことなんだろう?
・・・・・・・・・・・・・。
それから間も無く沙羅が部屋から出てきた。
ホ「沙羅、ママたちはどうしたの?」
沙「さあ、なんか話があるから少し部屋から出てくれって」
ホ「わからないな〜」
沙「うん、そうだね」
ホ「そ、それより・・・『暗殺術』はどうなったの?」
恐る恐る気になる事を聞いてみた。
沙「まだ、凶器の投げ方を教わった程度」
沙「護身術に使えそうだし、なんか忍って感じだよ♪」
ホ「・・・・あんまり悪いことは学ばないようにね・・・」
沙「拙者、こう見えても分別はあるでござるよ。ニンニン」

それからしばらくしていづみさんとマッチョ誠さんの二人が現れた。
あれ?お母さんはどうしたんだろう?
い「じゃあ、始めましょうか」
い「沙羅ちゃん、こっちに来て♪」
沙「御意でござる〜」
沙羅は忍者走りと思われる動きで二人のところに向かっていった。
い「さて、準備も整ったことだし・・・・計画実行♪」
その後、いづみさんの行動には僕は我が目を疑った。
いづみさんは突然、沙羅を捕まえ切れ味鋭そうな包丁を取り出しと・・・・。
それを沙羅に向けたのだ!
い「ウフフフ♪人質作戦〜♪」
沙「え、え〜!!」
ホ「い、いづみさん、何を!?」
い「見たまんまよ」
最狂の問題発言を平然と言ってのける漆翼の暗黒堕天使!
い「つぐみちゃんは邪魔だから睡眠薬で眠ってもらっといたわ♪」
ホ「そ、そんな!よくもお母さんを!!」
い「ウフフフフ♪」
沙「お、お兄ちゃん、助けて!」
い「さあ、可愛い妹を助けたかったら私を抹殺しなさい♪」
い「倒せるものならだけど・・・・」
いづみさんは挑発をする程、余裕綽綽なのだろう。
女神のような笑みを浮かべながら悠然と不気味な雰囲気を漂わせながら立っている。
この人からは嫌な感じがしていたけどまさかこんなことをするなんて!
許せない!!
ホ「沙羅を離せ!」
僕は猛然といづみさんに向かいダッシュした。
しかし突如、眼前に巨大な壁がそびえ立っていた。
誠「愛しい妹を救いたかったら、俺を殺してからにするんだな!」
ホ「マッチョ誠さん!あなたまで・・・・!」
誠「俺が発端者さ」
ホ「――――――!!!」
ホ「信じていたのに・・・・あなたのようになりたいと思っていたのに・・・・!」
誠「幻滅したか?」
誠「だが貴様が俺を勝手に信じ、憧れた」
誠「そして勝手に失望し、幻滅した・・・・それだけの話だ」
――――――――!!!
い「ほら〜、グズグズしていると・・・・♪」
沙羅の喉元に切れ味鋭い包丁がわずかに触れた。
沙「―――――――――!!!」
沙「お兄ちゃん!!助けて―――!!!」
沙羅は泣いている。
溢れん涙を流しながら、僕に助けを求め叫んでいる。
僕だけに助けを求めている。僕しか沙羅を助けることはできない。
お父さんもお母さんもいない今、沙羅を助けられるのは僕だけだ・・・。
僕がしっかりしないと・・・・。
僕が奴らを倒して・・・・・沙羅とお母さんを助け出す!
沙羅を泣かせる奴は・・・・。
大切な沙羅を泣かせる奴は・・・・・この僕が、許さない!!!!
刹那、僕の意識・理性は怒りという感情に侵食され、消えた。


ホ「ふざけるなよ!!!!」
ホ「沙羅を・・・・僕の大切な妹を、泣かせる奴は・・・・・誰であろうと・・・!」
ホ「・・・・・許さない!!!!」
ホ「ぶっ潰してやる!!!」
い「誠くん、これよ!」
沙「え・・・お、お兄ちゃん・・・!」
誠「クックック・・・・この筋肉本能が疼く感覚は久しぶりだな!」
誠「大した潜在能力じゃないか!楽しませてもらえそうだな!!」
ホ「邪魔だ!どけ!このむさ苦しい筋肉だるまが!!」
怒りという感情により理性を失ったホクトは獣のように誠に飛び掛った。
その速度はつぐみのキュレイによって譲り受けた驚異的な運動能力により
まるで獣のように俊敏かつ敏捷だった。
誠「だるまほどではないがな」
ホ「うるさい!!」
ホクトは驚異的な速度で攻撃を繰り返してくる。
その速度は狂気・憤怒・キュレイの影響により異常な速さだ。
だがさらに恐ろしいのは誠だ。
そのホクトの拳打の嵐を全て紙一重でかわしているのだ。
誠「この超反射による洗練された筋肉の躍動!相手の魂との語り合い!」
誠「衝突する肉体と肉体との語り合い!!敵の高速拳を紙一重で避けた後に感じる
疾風の如き一筋の風!これぞ我が求めし享楽の快感――――!!!」
その光景はもはや『人外どもの戦い』といってもいい程の動きだ。
キュレイの力により人間離れした身体能力により超速で動く二人の闘いはまさに異次元の闘いだ。
い「あらあら、すごい現実離れした光景ね〜」
い「だけど自分の息子を誠くんに認めさせるためだけに、こんな演技を私たちにやらすなんて・・・・」
い「あなたも十分ドス黒く、罪な女ね〜」
い「つぐみちゃん」
つ「・・・・・」
沙「え・・・・」
そこにはどういうわけか眠らされたはずのつぐみが立っていた。
い「つぐみちゃん、そろそろ止めたら」
つ「そうね」
つぐみは無言で二人の間に近づいていった。
そして・・・・。
パシン!
つぐみの平手打ちがホクトの頬に直撃する。
ホ「え・・・僕はいったい・・・それに何でお母さんがここに・・・・」
つ「ごめんね、ホクト・沙羅・・・・」
つ「これは私が誠にホクトを認めさせるために仕組んだことだったの・・・・」
沙「え・・・・」
その言葉にホクトはようやく正気に戻った。


これは仕組まれたこと?お母さんによって?
じゃあ・・・・睡眠薬で眠らされたっていうのは・・・・。
つ「わかったようね」
つ「そう、睡眠薬で眠らされたというのは嘘・・・・」
つ「全て、私が二人に頼んだことなの」
つ「だから二人のことを悪く思わないであげて・・・」
・・・・・・・・・。
そうか、この計画は全てお母さんが仕組んだことだったんだ。
僕をマッチョ誠さんに認めさせるにはそれなりの実力・見込みを証明しなければならない。
そこでお母さんは以前LeMUで僕が暴走したことを思い出し、それを利用しようとしたわけだ。
だからそのためにはあの時と似た状況下を作り出す必要があり、二人にそれを実行するように頼んだ。
そういうことなのだろう。
ホ「そういうことだったのか」
沙「だからあの時と似たような状況下を作り出したんだね」
どうやら沙羅も現状を理解したようだ。
つ「そう、だから軽蔑されるのは私の方なの・・・」
つ「どういう理由にせよ、二人を傷付けた事には変わりないわ・・・」
つ「本当にごめんなさい、二人共・・・」
お母さんは本当に申し訳なさそうに頭を下げた。
だが当然怒る気なんてない。
むしろ感謝している。
こんなことをしてくれる程、僕たちのことを大切に想っていてくれているのだから。
ホ「ううん、そんなことないよ」
ホ「むしろ礼が言わないといけないよ」
沙「すごく怖かったけど、そんな理由だったんなら全然問題ないよ」
つ「ありがとう、二人共・・・」
誠「うむ、親子愛とは素晴らしいものだ」
い「これで私たちの汚名も晴れたわね〜」
い「このまま罪悪人にされたら堪らないところだったわ」(←すでに罪悪人)
ホ「あ、マッチョ誠さんもいづみさんも誤解してすいませんでした!」
い「いいのよ、私も二人には酷い事したしね」
い「特に沙羅ちゃん、ごめんなさいね」
沙「い、いえ・・・そんな」
沙「むしろこんな憎まれ役を演じてくれてありがとうございました」
戸惑いながらも沙羅は丁寧に礼をした。
誠「それよりも筋肉だるまとはな〜」
誠「酷い言われようだ」
誠「この強靭さと柔軟さと美の調和のとれた完成された肉体をここまで言われたのも久しぶりだ」
誠「俺は寛大だから怒らなかったが、結構頭にきたぞ」
ホ「す、すいませんでした」
誠「うむ、わかればいい」
ホ「じゃあ、例の話は・・・・・」
誠「無論、OKだ」
誠「むしろ資質に惚れたぞ」
誠「鍛えがいがありそうだ!」
ホ「あ、ありがとうございます!」

大学から少し離れた山の中・・・・。
誠「では早速、特訓と始めるとするか」
ホ「はい!」
誠「さて、俺の門下生なら『究極の肉体美を極めるための旅』に出かけることになるが構わんか?」
ホ「三ヶ月なら、OKです」
誠「ナニィ〜!僅か三ヶ月では、半逆三角形(逆三角形の成長途中段階)が限界ではないか!」
誠「それでは貴様の腹筋が男の肉体美を醸し出すほどの締まり具合までに到底いかんぞ!」
ホ「すいません、男らしくなって彼女にアプローチするためなんで・・・・」
誠「黄金の卵と思える程の見込みがあるのだが・・・・・」
ホ「僕も弟子につきたいですよ・・・・そうだ!」
誠「ん、どうした我が愚弟よ」
ホ「彼女も連れて行っても構いませんか?」
誠「俺の次、行くところは行くところはブラジルだぞ」
誠「そして俺はそこにいるグレイシー柔術師範代とクロコダイルと闘う予定なのだぞ」
誠「さらにブラジルに着いてからの移動は徒歩だ。命の危険性もあるぞ」
ホ「そうなんですか・・・それより野生の獣とも闘うんですか?!」
誠「ああ」
誠「5年前ぐらいから人間にあまり歯応えを感じなくなってきたから、
以後、猛獣も『我が欲望の糧』にリストアップしたのだ」
ホ「すごいです!壮大な夢・野望です!!」
ホ「憧れますよ」
誠「ところでその少女をそんなところに連れて行って大丈夫なのか?」
ホ「大丈夫ですよ。彼女は秘湯巡りの為に山に篭り、サバイバルをするほど野性的で獰猛な性格です」
ホ「以前、ツキノワグマと闘ったこともあるとか言っていましたから問題ないと思いますよ」
誠「勇猛な女だ!彼女ならお前の頼もしいパートナーになれるだろう!」
ホ「問題解決ですね、マッチョ誠さん!」
誠「うむ、解決だ!」
誠「では早速『漢の肉体美講座』を始める!」
誠「といっても以前だいたい話したな・・・・」
誠「よし!ならばまずは実施講座といくか!」
その視線の先には直径4メートルの巨大な大木があった。
これをサンドバックに実演するのだろうか?
誠「俺が見るにお前の華奢な肉体では一撃必到は到底不可能だ」
誠「だが幸い、俺の5年掛け鍛えて続けている流技に向いている」
誠「というわけで俺のアブマッスル流技参式『超速鉄塊闇』(ちょうそくてっかいえん)を教えよう」
(超速鉄塊闇:超速の速さで肉鉄塊をドス黒い闇と共に繰り出す異常な筋肉の流技・・・らしい)
誠「一見倒せそうにない大木も回復期間を持たせることなく乱打をぶち込めば崩壊も可能!」
誠「膝のバネをきかせ、腰の回転と、肩の捻りと共に魂と情熱の宿した拳を弾き出す!!」
誠「そしてその一撃一撃を大木の一箇所に集中し、速く正確にそして超速で可能な限りぶち込むのだ!」
誠「オリャアアアァァァァアアアア!!!」
ズドムドムドムドムドムドムドムドムドムドム・・・・・・・・・・・・・!!!!!
恐ろしいことに大木は傾き、暴力的な音を通り越して破壊的な音と共に倒れた。
誠「というふうに、一撃の破壊力が微弱でも、手数とスピードと正確性、
あとは回避能力があれば小物が大物を倒すことは可能なのだ」
現実ではまず考えられない光景だろう。
だがマッチョ誠さんはその恐るべし行為をキュレイ・強靭な筋肉・魂によって
いとも簡単にやってのけてしまったのだ。
有無をいわずに僕はその驚異的な力に感動してしまった。
ホ「か、感動しました!」
誠「うむ、ではこのプランで貴様も『美の結晶』を生み出すのだ!!」
ホ「了解です!」
・・・・・・・・・・・・・。
こうしてホクトの『男らしく』なるための計画は
初期当初のスケールを遥かに超え、実行されていくのだった。





そして約束の日・・・・三ヵ月後がやってきた。
そこは水と自然に満ち溢れる美しい森林公園。
薄れ行く景色の中、秋は徐々に深まっていっていた。
湖に落ちたイチョウが射光により一瞬黄金色に輝き、神秘的な光を放つ。
その公園の中心に位置する噴水広場・・・・大勢の人の中に二人の少女と一匹はいた。
一人はどういう目的かは全く見当もつかないがイモムシを彷彿とさせる動きで地面を這いずり回っている。
その動作は地球外生命体といっても相違のない程の実に奇怪な動きだ。
ペットと思える(電子)犬もその様子をただ呆れ返ったかのように見ている感じだ。
言うまでも無く、周りの人々は奇妙なものをみるかのように少女から距離とって歩いていた。
もう一人の女の子の容姿・行動は当然だがその奇怪な動きをしている女の子に
比べればまとも過ぎるぐらいまともだった。というかこれが普通だ。
オレンジ色のショートヘアが特徴的なボーイッシュな18歳ぐらいの少女だ。
彼女は噴水の石段に座って、誰かを待っているようだった。
その表情は限りない幸福感と期待に満たされていた。
優(秋)「ねえ、ココ。そんな行動、人前でやっていて恥ずかしくない?」
ショートヘアの女の子は奇怪な動きをしている少女に耐えかねたかのように話かけた。
コ「ふに?」
コ「小なっきゅもする、イモムー♪楽しいよ〜♪」
コ「なによりイモムシの気持ちがわかるよ〜♪」
コ「・・・・それとも小なっきゅはココのこんなささやかな快楽すら許してくれないの・・・・」
ついさっきまで奇怪な行動をしていたココという少女は小なっきゅと呼ぶ
女の子に目に涙を溜め、懇願の眼差しで迫った。
優「い、いや・・・・そういうわけじゃ・・・・・」
コ「(ウルウルウルウル・・・・)」
優「・・・・・好きにしていいよ」
コ「じゃあイモムーやろう♪」
優「い、いや、私はいいよ、アハハッ・・・」
コ「そっか〜、残念だな〜。じゃあココは少ちゃん来るまであっちで『ぷっぷくぷぅ〜』でもしておくよ」
優「うん、じゃあいってらっしゃい」
コ「うん♪」
ココは新たなる奇怪な行動パート2をやりながら噴水の裏側へと消えていった。
優「はぁ・・・・やっと静かになった」
優「前はちょっと言い過ぎたから面と向かってしっかりと謝らないと・・・・」
優「ホクト、早く来ないかな・・・」
彼女は上空を見つめがら寂しげに呟いていた。
?「おお〜い、優〜」
どこからともなく男の声が聞こえてきた。
優「ホクト!」
優の表情がたちまち至福の表情へと変わっていく。
ホクトは優に向かって一目散に走ってきた。
ホ「優、久しぶり!」
優「もう〜、あれ以来、電話やメールしても繋がらないから心配したんだよ」
ホ「アハハハッ、ごめん優」
ホ「僕も優に『男らしくない!』なんて言われたから嫌われちゃったのかと思ってしまってさ」
優「うん・・・あれは言い過ぎたと思っているよ。ごめんね、ホクト」
優「(よし!ちゃんと謝れた!)」
優「アレ?それよりホクト、体つきが締まって逞しくなったような気がするんだけど」
ホ「うん、優のためにある人の下で『男らしく』なるための特訓をしていたんだ」
優「そうだったんだ」
優「私のために・・・・・ありがとう」
優「今のホクト、顔つきも凛々しくなったような気がするよ」
ホ「え!ホント!?」
優「うん」
ホ「じゃあさ、優・・・・あのさ・・らしく・・ったし・僕と・・・・あって・・・くれないかな?」
優「ん〜、小さくてよく聞こえないぞ〜。男ならその想いをハッキリ言いなさいよ、ウリウリ〜」
ホ「わ、わかったよ」
ホ「じゃあ、言うよ」
優「うん・・・」
ホ「優、僕は男らしくなった。だから僕と付き合って欲しいんだ」
優「うん・・・・私も・・・・ホクトのことが好きだよ」
ホ「じゃあ!」
優「もちろん♪」
ホ「やったー!」
優「こらこら、君。そう騒ぎなさんな」
ホ「けど嬉しいから。そうだ、もう一つ頼みがあるんだ」
優「ん、何、このお姉さんに何なりと言ってみなさいな♪」
ホ「実はね、僕と一緒に師匠である『マッチョ誠さん』の
『究極の肉体美を極めるための旅』について来て欲しいんだ!」
優「え・・・・なに?究極のニクタイエビをきわめる旅?」
優「なにそれ?」
ホ「見てよ、この男の美徳ともいう筋肉を!」
言うが早し。
ホクトは逞しくなった自分の腕っぷしに力を込め、上腕二等筋で力コブをつくっていた。
ホ「今はまだまだだけど、がんばってマッチョになってやるんだ!」
ホ「とりあえず今の目標はミケランジェロの『ダビデ像』さ!」
ホ「そしていつかはマッチョ誠さんのような『漢の肉体』を手にしてやるつもりなんだ」
ホ「ついでにマッチョ誠さんは世界中の猛者たちから『超速肉鉄塊のダークテンペスト(漆黒暴風雨)』
と言われている程の世界最強の強者なんだって」
ホ「あの超人的強さ・洗練された筋肉・目にも止まらぬ超速のスピード・不屈の情熱・底の知れない向上心
・そして肉体美への執拗なまでの漢のこだわり・・・・やっぱり最高だよ」
ホクトは熱い口調と高揚した眼差しでマッチョ誠の魅力について語っていた。
その様子はもはやマッチョ中毒という未知の症状にかかっているかのようにも見て取れる。
ホ「というわけで優に僕のパートナーとしてついて来て欲しいんだ」
ホ「お願いできるかな?」
優はただ黙って下を向いていた。
前髪と影によってその表情からは何も読み取れない・・・。
ただ何かを堪えている・・・そんな様子だ。
優「ホクト・・・・」
消え行くような小さな声で優は呟いた。
優「『私』とその『究極の肉体美』・・・・どっちの方が大切?」
ホ「え・・・・」
ホ「なんで優と肉体美を天秤にかける必要があるの?」
優「いいから答えて!」
表情こそ読めないがさっきとは決定的な違いがそこにはあった。
それは優から憤怒と懇願の感情が含まれていることだ。
だがホクトは何がなんだかサッパリわからないといった感じだ。
ホ「よくわからないけどわかったよ・・・言うよ」
優の手に自然と力が入る。
ホ「僕は・・・・・」
ホ「『究極の肉体美』の方が欲しい!!」
優「―――――――――!!!!」
ホ「第一、肉体美がないと優が望むような『お・・・・」
言葉を言い切る前にホクトの眼面に肌色の物体が直撃していた。
ガスゥゥウ!!
ホ「ぐはっ!!」
優の顔面ストレートがホクトに直撃したのだ。
ホクトは頬を抑えながら、驚愕と恐怖の視線を向けた。
そこにはもはや狂犬など生易しいほどの敵意と殺意に満ちた表情の鬼人の如し金剛力士像が立って・・・・
はいなかった。そこにあったのはまだあどけなさの残る一人の少女の寂しく悲しげな表情だった。
優は目頭にある、光るものを堪えながら、怒りの視線をホクトに投げかけていた。
だがその表情も長くは続かなかった。
優「アハハ・・・・・・」
優「もう・・・・いいよ」
優「君なんか『筋肉と心中』すればいいんだよ!!!!」
目からは涙が留まることもなく溢れんばかりに流れていた。
だが彼女は決して涙を拭うことはしなかった。
ただ、信じていたものに裏切られたかのように、何かに耐えているかのようだった。
ホ「ゆ、優・・・・・」
優「こんなことなら・・・・あんな言葉いわなかった方がよかったよ・・・」
優「そうしてたら・・・・あの時の君と・・・・」
自分自身に言っているかのように小さく儚げな言葉だった。
優「じゃあね・・・・」
優はホクトに背中を向けて走り出そうとした。
ホ「ゆ、優!ちょっと待ってよ!」
ホクトは咄嗟に優の腕を掴んだ。
だが優はバランスを崩し、前のめりに倒れてしまった。
優「・・・・・・・・」
ホ「あ、ご、ごめん。優、大丈夫」
それを見たホクトは優を起こそうと体を支えようとした。
だが・・・・・。
パシン・・・!
無常にもその手は払われてしまう。
優「私に触らないでよ!!!」
ホ「―――――!!!」
優は吐き捨てるように内に秘めた感情を吐き出した。
優はまだ泣いていた。雨は留まることを知らずに降り注いでいる・・・・。
優「さようなら・・・・」
それから優は再度背中を向け、駆け出した。
その姿は繊細で脆く儚げで誰かが支えてあげなければ壊れてしまいそうなほど弱々しかった。
だがホクトは動けなかった。
今の自分が何をしようと現状を打開する方法がないということをわかってしまっていたから・・・・。
ホ「・・・・・・・・」
そして優は公園の出口を曲がり、ホクトの視界から消えてしまった。
虚空を見つめながら、彼はただ呆然と立ち尽くすだけだった。



同時刻。
八神ココは謎の行為を今尚も続けていた。 
コ「ぷっぷくぷぅ〜、ぷっぷくぷぅ〜♪」
意味不明な効果音を発しながら地面をゴロゴロと転がり回っている。
通行人の面々が地球外生命体を見るかのような白い目で、ココを見ていることは言うまでも無いだろう。
だが当の本人は自分の世界に夢中で気付く気配は毛頭ない。
コ「『ぷっぷくぷぅ〜』は飽きたし・・・・次はっと」 
コ「う〜ん・・・・よし!『ピピごっこ』だ〜♪」
ペットの犬の方向を見て、ココは張り裂けんばかりの声をあげた。
コ「ピピは今、こう思っているんしょっ!」
コ「『ココ、少しは大人になるんだぜ、ベイビー』」
ピ「クゥ〜ン・・・・(あ、頭が痛いぜ)」
コ「『フッ、やるじゃないか・・・ベイビー』・・・・って思っているんしょー!」
コ「ニャハハハハハハハハハ!!!!」
何が楽しいのかはよくわからないがココは断末魔の如き爆笑をし始めた。
子供「お母さん、あのお姉ちゃん、なにが楽しいのかな〜?」
母親「翔ちゃん、ああいう子には近寄っちゃあダメよ!」
母親「――――がうつるから!!」
親子のこのようなやり取りさえ聞こえてくる。
こうしているうちに人々はさらにココを敬遠し始める。
そして辺りは人通りが全く無くなってしまった。
吹き抜ける一風の風が虚しさを際立たせる。
コ「静かになっちゃったね・・・」
ピ「くぅ〜ん・・・(当然だろ)」
コ「じゃあ、ココたちは寝よっか」
静かになったら寝るのが『八神ココの法則』なのだろうか?
事実は不明だがココは噴水の石段の上でうつ向けに倒れた。
コ「死体ひなたぼっこ〜♪」
コ「ぽかぽかぽかぽか・・・・・・」
また八神ココが意味不明な発言から意味不明な行動を起こした。
これは心地よい日差しを浴びて、気持ちいい気分を効果音に表したつもりなのだろうか。
何の意味があるのか見て、当てることは言うまでも無く不可能だ。
ココは何が楽しいのかよくわからないが、ただ地面に突っ伏して倒れ続けている。
遠めでみたらその光景は『噴水前に倒れている少女の死体』のようにも見て取れる。
コ「・・・ミュィ〜ン・・・・ツピピピピ・・・・」
もう驚くこともないだろう。またもや八神ココが不思議な効果音を発した。
だがその効果音は今までにも増して、さらに奇特な効果音だった。
コ「むむむ・・・これは」
コ「少ちゃんの『電波』だ♪」
八神ココはいったいどういう体の構造をしているのだろうか。
人の『電波』を瞬時に察知し、誰がここに来たかを瞬時に判別できるというのだろうか?
もしそうだとしたらココは未知の地球外生命体、確定だろう。
桑「お〜い、ココ〜」
コ「お〜い、少ちゃ〜ん!こっち、こっち〜」
どうやら『電波予想』は的中したようだ。
これで八神ココが未知の地球外生命体だということは疑いようの無い事実だ。
その理由は言うまでもなく『地球人は電波で人の気配を感じたり、判別することは不可能だからだ』。
よって決定。議論の必要性はないだろう。
桑「こんにっちゃ〜♪ココ!」(注:彼は桑古木涼権です)
ココに負けず劣らずのハイテンションで少ちゃんとやらは屈託のない笑みを向けた。
コ「・・・・・・・」
その様子に地球外生命体こと八神ココの表情がみるみるうちに曇ってゆく。
桑「どうしたんだ?それよりココ、フナムシごっこやろうぜ〜♪」(注:彼は桑古木涼権です)
コ「しょ、しょ、しょ、しょ、しょうちゃ・・・ん・・・?」
桑「ブゥ・・・少ちゃんなんて水臭いな〜。『涼ちゃん』って呼んでくれよ♪」(注:彼は桑古木涼権です)
桑「なっ☆」(注:彼は桑古木涼権です)
気味が悪い程、無垢な笑顔で少ちゃんはウィンクをした。
夢なら覚めて欲しいような不気味で最悪な光景だ。だがこれは間違いなく現実なのだ。
三度、人通りが激しくなってきた公園の通行者たちは
覚めることのない最悪の悪夢を見ているかのように背筋に底知れぬ悪寒と恐怖を感じていた。
だが背筋に恐怖と悪寒を感じていたのは通行人たちだけではなかったようだ。
ピ「グルルルルル・・・(なんだ、こいつは!消えろ!)」
コ「ヒ・・・・・・」
桑「それそれ〜♪カサカサカサ・・・・・」(注:彼は桑古木涼権です)
愉快な掛け声と共に少ちゃんはフナムシのごとく高速で地面を這いずり回った。
さらにはココのように効果音までついている始末。
誰がどうすれば人間ここまでになれるというのだろうか。
ふとこのような疑問が沸々と湧き上がってきてしまう。
つまり、それ程不気味で最悪な光景なのだ。
とにかく今ここに八神ココと同等、あるいはそれ以上の地球外生命体、
いや、異常精神の変態が現れた!
コ「(フルフルフル・・・・・)」
コ「ヒ・・・ヒィィィィィィィイイイィィ!!!!!」
ピ「キャンキャン!(ココー!)」
耳が張り裂けんばかりの断末魔の絶叫と共にココとピピは逃げるように駆け出していた。
桑「え?な、なぜ逃げるだ〜〜!!!?」
桑「あんな恥ずかしい思いをしてまでがんばった俺の努力はいったい!」
桑「・・・・・・・・・」
少ちゃんはショックのあまり、愕然と膝を地につけていた。
だが世間はこの男に落胆し、落ち込んでいる暇も与えてはくれないようだ。
堰を切ったかのように、ココの奇怪な行動時と同等、
いや、それ以上の白い軽蔑の眼差しが少ちゃんに注がれる。
桑「・・・・・・・・・」
自然と額から一筋の汗が流れる。
そしてその汗はいつしか滝のように流れるようになっていた。
桑「・・・・・・・・・」
桑「ウワァァアアァァ!!!!!」
少ちゃんは絶叫と共に出口に向かい、駆け出していったのだった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
あの悪夢から2時間後・・・。
俺は今、倉成家にいる。
そこには武・優(春)・つぐみ・ホクト・沙羅もいた。
しかしその空間にはあるのは、『沈黙』だけだった。
皆「・・・・・・・・・」
桑「わ・・・・・・・」
桑「わい、あかん!わいは『負け犬』や!!」 
絶望的な衝動に駆られて俺は何故か関西弁で思いのたけを口にしていた。
つ「ホクト、気持ちはわかるけどしっかりしなさい」
沙「お兄ちゃん・・・・」
ホ「どうせどうせ・・・・(ウジウジウジ・・・・)」
・・・・・・・。
俺の心配をしてくれる人・・・・・。
無し・・・!
俺の脳内では雪山で雪崩が起こっていた。
そしてそれに俺は飲み込まれ、消えた・・・。
今年の冬はさらに冷えそうだ・・・・。
自然と明後日の方向を見てしまう。
つぐみと沙羅は三度(みたび)フラれてしまったホクトを慰めている。
武はただ黙りこくっており、何を考えているのかよくわからない。
優はただ下を向き、申し訳なさそうな表情をしている。
それは朧月の夜の時の様子と似ていた。
優「・・・・涼権、『負け犬』だなんて・・・」
優「そんなこと、ないよ」
桑「ハハッ・・・ありがとう、優」
桑「けど同情はよしてくれ・・・・」
桑「第一、これを『負け犬』といわないでなんという?」
優「・・・・・・・・」
ポンッ。
誰かの手が肩に置かれていた。ふと振り向いてみるとそれは武だった。
武「確かに結果には繋がらなかったが、お前の努力は俺が認めてやる」
武「『負け犬』とは戦わずして逃げる臆病者のことをいう」
武「お前は努力し、逃げずに戦っただろ?」
武「だからお前は『負け犬』なんかじゃないぜ」
桑「た、武・・・・」
優「倉成・・・・」
武「そう、お前は・・・・・」
武「『負け男』さ」
最高に爽やかな笑顔で武はそんな言葉を言ってのけた。
その言葉に俺は瞬く間に石化してしまった。
いや、俺だけではない。その場にいる全員が石化現象を起こし、硬直していた。
ホ「・・・・・・(ウジウジウジウジ・・・・)」
桑「・・・・・・・・」
沙「パ、パパ・・・・」
つ「武・・・・」
優「倉成・・・・慰めの言葉になってないよ」
武「なにぃ!俺は最高に暖かく慰めてやったつもりなのだが!!」
優「途中まではよかったんだけど・・・・」
沙「うん、最後が・・・・・ねぇ」
つ「やっぱり武はバカなのよ・・・」
武「なにぃぃぃ!つぐみ!お前、バカとはなんだ!バカとは!」
武「それが最愛の人にいう言葉か!?」
つ「武のバカは昔からでしょう」
つ「おかげで私も武のバカがうつってしまったんだから」
武「お前が自らバカらしさを欲しただけだろ!」
武「だから今のお前はバカなんだ!!」
つ「私はバカなんか欲してない!」
つ「武のバカウィルスがうつってしまったのよ!」
武「なんだとぅ!!」
つ「なによ!」
沙「人前でも相変わらず熱々でござるな〜、御両人」
沙「田中先生、パパとママはいつもこんな喧嘩をしてるんだよ」
沙「こっちはラブラブ過ぎて見て耐えかねんでござるよ。ニンニン」
優「え!そうなの、倉成・つぐみ!」
つ「そ、そそ、そんな、わけ、なな、ないでしょ・・・!」
武「つぐみ、そんなに慌てることないだろうが・・・」
武「俺のことが嫌いになったのか?」
つ「そそそ、そうい、う・・・わ、わけじゃ・・ない・・・けど・・・!」
沙「アハハハッ♪やっぱりママはウブで可愛いよ」
つ「さ!沙羅!!もう〜、いい加減にしなさい!!」
沙「おお〜、『灼熱ラブリー』炸裂でござる〜」
・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・。
―――――――――!!!!
つ「ちょっと!おこ・・・・」
桑「いい加減にしてくれ!!」
俺はその場の雰囲気に耐えかねてテーブルの上を強烈な勢いで叩いていた。
辺りは水を打ったかのように静まり返っていた。
その光景に俺は・・・・・・。



<選択肢>
湧き上がる気持ちを言葉にしてぶつけた⇒Devil Endへ

湧き上がる気持ちをなんとか抑えた⇒True Endへ 







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